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カメラは楽屋!を映している(撮影者:矢本かえで)。女優係の夕波もえこが入ってきて声を掛ける。
「第1幕第2場・フレデリック邸控の間行きます。アクアさん、スピカさん、お願いします」
「はいはーい」
と応えて、ドレスを着たアクアとスピカが立ち上がる。
「あ、ネックレス」
「大変、大変。大事な小道具を」
と言ってアクアはそれを自分の首に掛け、夕波もえこと一緒に撮影現場に向かった。
このネックレスは本物の18金のネックレスで結構重い。
説明板係(広瀬みづほ)が「フレデリック邸控えの間」と書かれた板を持っている(原作第1幕第2場)。
広瀬みづほは緑色の葉っぱを重ねて作ったかのようなデザインの服を着ており、ピーターパンを意識している。
この板は各国語版ではその国の言葉に置換することになっている。実を言うと撮影は“真っ白な板”で行なっている。編集で文字を載せる。
またこの説明板は弱視の人や、文字が読めない人(日本以外では結構多い)のために読み上げる。日本語版・英語版・ドイツ語版・フランス語版では、みづほ自身が読み上げた。このため、みづほはフランス語とドイツ語の訓練を、この話があった3月上旬からゴールデンウィークに掛けて約2ヶ月間受けている。
彼女は『黄金の流星』撮影のためモールス信号打電の訓練も受けていて、昇格試験に合格した2月中旬以降大忙しだった。彼女が採用されたのは「やりたい人?」と川崎ゆりこが言った時に「はい!」と真っ先に手をあげたからである。もちろんゆりこは何の仕事かは言わずに単に「やりたい人?」と訊いた。話も聞かずに立候補するくらいでなければチャンスはつかめない。
ロザリンド役のアクア、シーリア役の姫路スピカが入ってきて、部屋の中のテーブルの椅子に座る。河村監督の「撮影開始!」という声が掛かる。撮影助手香田正和がカチンコを鳴らして撮影が始まる。
小間使いのヒスペリア(古屋あらた)が入ってきて、ロザリンドとシーリアにお茶とお菓子を出し下がる(セリフが無い)。
「何かパーッと気分が良くなることないかな」
「女装してみるとかはどうよ?」
「楽しそうだなあ。スカートとか穿いてみたい。でも女物の服をどうやって手に入れる?」
「タッチストーンに頼めば何とかしてくれると思う。あいつコネが多いから」
「でもあいつに頼むと女の服を何点かくすねるよね」
「あいつに入る女物の服があるとは思えん」
(以上の会話は宗教規律の厳しい国の版ではカットされた)
「他にはドキドキすることないかな」
「そうだなあ。恋をするとかはどう?」
「悪くはないよね。ただし本気になったらだめ。恋に本気になってしまったらただ苦しいだけだから。あくまでこちらは冷静で、1段高い所から言い寄る男を見ているの。彼が狂おしげにこちらを口説こうとしているのを微笑んで見ているのが楽しいのよ」
「そうそう。こちらが男に夢中になってしまったら終わりよね。何も判らなくなって結果的に男にいいように振り回されるのよ」
「うん。恋をするならあくまでこちらが主導権を握ってないとね」
そんなことを話していると道化師のタッチストーン(Martin Grotzer)が入ってくる。タッチストーンは道化師であることを示す赤と黄色の菱形模様の衣裳を着ている。
「おい、お前ら、親父さんが呼んでるぞ」
「あんた、いつからそんな生意気な口を利くようになったの?」
とシーリア(姫路スピカ)が注意する。
「あはは、俺はどんな無礼でも許されてる道化師だからな。だから公爵にでも司教にでもタメ口で話すぞ。昨日も公爵を怒らせてきた。花瓶を投げ付けられたからキャッチしてありがたくもらって古道具屋に売り飛ばした、お嬢さんがたも俺のことは分かってるだろ?」
「ふーん。でももう少し礼儀正しく話しても損はしないよ」
「敬語とか使うの、面倒くさいじゃん」
「まあいいけどね。で何の用事さ?」
「なんかレスリングのデスマッチやるから見に来いって言ってたよ」
「デスマッチって?」
「どちらかが死ぬまで戦う」
「ほんとに死んじゃうの?」
「だからデスマッチっていうんじゃない?」
「なんてそこまでするのよ?」
「見てて楽しいからじゃない?」
「人が死ぬのは楽しくないと思う」
「まあいいから来なよ。公爵の命令だからさ」
それで仕方なくロザリンドとシーリアはタッチストーンに付いて部屋を出て行く。
場面は変わり、広瀬みづほが「フレデリック邸の庭」と書かれた板を持っている。
強そうなレスラー(イービル小林)が1人のレスラーを投げ飛ばす。投げ飛ばされたレスラーはピクピクッとした後、動かなくなる。担架に乗せて運び出される。別の男が彼に挑戦する。しばらく戦っていたが、彼も地面に叩き付けられて動かなくなった。また担架で運び出される。
「あいつ強いよな。シャンジュ(*9) っていって、公爵様のお気に入りレスラーだぜ。きっと今日はあいつの優勝だな」
とタッチストーンが言う。
「圧倒的に強いじゃん。あれだけ力の差があったら何も相手を殺さなくても勝敗は決するのに」
とロザリンド。
「私とても見てられない。目を瞑ってる」
とシーリアが言っている。
「まあ景気よく死人が出るのがきっと公爵様の好みなんだよ」
とタッチストーン。
(*9) 原作ではこのレスラーの名前は Charles チャールズだが、現実世界で英国王太子の名前がCharlesだったので、悪役の名前に王太子の名前はまずいという判断から、Change という名前にchangeした!
なお現実世界のCharlesはこの映画の公開後、エリザベス2世が2022年9月8日に崩御なさったのに伴い、新国王・チャールズ3世となられた。
ロザリンドはレスラーたちの列の最後に並んでいる男(Stephan Schmelzer)と目が合った。
「道化」
「へいへい」
とタッチストーンが答える。
「あの列の最後に並んでいる背の高い男の人をここに呼んできて」
「へーい」
それでタッチストーンはその列の最後に居る男に声を掛け、ロザリンドたちの所に連れてきた。
「お姫様方、何でしょうか?」
と男が訊く。
「お前をお教えください。私はロザリンド・ドゥ・モンドです」
「私はオーランド・ドゥ・ボアと申します」
「ドゥ・ボア?もしやあなたはローランド・ドゥ・ボア様の・・・」
「はい。ローランドの三男です」
「あなた、お若い身でどうしてこのような試合に出られるのです。あの男に殺されてしまいますよ」
「僕は負けませんよ。兄貴からは穀潰しだの、役立たずだの、いつも罵られてますけど、腕力だけは他人には負けませんから。まあ見ててください」
彼は自信ありげにそう言った。そして
「次の者!」
という声(ルボー:木取道雄)に応じてリングに上った。
多数のレスラーを倒した男シャンジュ(イービル小林)と組み合う。激しい攻防があるが、どちらもよく戦う。観客の熱い声援が掛かる。
しかしついにオーランドがシャンジュを組み敷いた。
「ギブアップと言え」
「言わん。俺に勝ちたければ俺を殺せ」
それでオーランドは彼を殴った。シャンジュが気を失う。観客がざわめく。フレデリックがオーランドに尋ねる。
「その男は死んだのか?」
「気絶させただけです」
「この試合は相手を殺すまですることになっている」
「では私は試合放棄します。失礼します」
と言ってオーランドは退場した。物凄い拍手が送られる。
ロザリンドが彼を呼び止める。
「オーランド様、素晴らしい戦いでした。これを差し上げます」
と言って、ロザリンドは自分が首に掛けているネックレスを取ると彼の首に掛けてあげた。
「ありがとうございます」
「またどこかで」
「はい、またどこかで」
と言って、オーランドはロザリンドの手の甲にキスをすると去って行った。
彼を見送るロザリンドを見てシーリアが言った。
「ロス、あんた彼に恋しちゃってないよね?」
「違うよ。高い所から見てるだけよ」
「ふーん」
男性用の楽屋が映る(撮影者:田崎潤也)。
先ほどシャンジュに“殺された”レスラーたち(北陸プロレスの皆さん)がくつろいでいる。
「いやあ参った参った」
「殺される役も結構難しいよね」
「ピクピクッと筋肉をけいれんさせた後、全脱力だよね」
「その脱力してる状態の皆さんを担架で運ぶのが凄く重くて大変でした」
「気絶してる人運ぶのと同じで重さが倍になる感じだよね」
「子泣き爺の原理」
「だけどあのドイツ人さん、結構な筋力ある感じだね。動きもいいし」
「レスリングの大会で優勝したこともあるらしいよ」
「さっすかー」
「ほんとにレスリングしてたんだ?」
「柔道も二段だって(*10)」
「やはり本当に鍛えてる人はしっかりしてるよね」
「イービル小林さんも、かなりマジでやってた」
「うん。ちゃんとした試合になってた」
「でもアクアちゃんって可愛いなあ」
「お嫁さんにしたいタレント2年連続1位だって」
「俺握手してもらった」
「あ、いいなあ」
(*10) シュメルツァーは元々レスリングをやっていて、その応用で柔道にも興味を持ち、柔道でも二段を取った。そこから日本文化に興味を持ち、日本語も少し勉強していた。
簡単な日常会話程度の日本語はできていたので、日本語のできるアクション俳優として、今回の映画のオーランド役に起用された。今回の映画ではドイツ語版・英語版・日本語版のセリフを自身で当てている。
例によって今回の映画も、昨年の白雪物語同様、先にセリフ録音をして、その声の再生を聞きながら無言(口だけ動かすが声はだそない)で演技して撮影している。
セリフ録音は英語版→日本語版→ドイツ語版→フランス語版の順に1ヶ月半にわたって越谷の白鳩タウンで行われた。日本語版を作っている最中に英語版を再調整したほうがいい箇所が出て来て英語版は少し録り直したが、それでだいたい問題は出尽くして、ドイツ語版・フランス語版ではほとんど問題は出なかった。
撮影は春日部の全天候型スタジオでおこなっている。公爵邸のセット、アーデンの森・田園地帯などのセットもその中に作った。出演者は何度もそのセットを見学に行ってイメージ作りをしてから録音に臨んでいる。撮影中に問題の出て来た箇所は、宿舎のある越谷で再度録音している。
今回も昨年の白雪物語同様、録音・撮影中は、原則として外出禁止である。週2回休みの日があり、他の仕事に出演する場合のみ外出が許可される。
時間の空いている人は、自室でネットゲームをしたり、白鳩タウン内の施設で、水泳・テニス・卓球・アーチェリー・電子式の射撃、ゴルフ打ちっ放し、またカラオケなどを楽しむこともできる。但しバスケットなど多人数の競技は禁止である。
シュメルツァーはイービル小林と意気投合して、かなりレスリングをやっていた。更に陣中見舞いに来た醍醐春海(千里)に誘われて剣道を習い「面白い!」と言って、道具を揃えてもらいかなり練習していた。彼はフェンシングも結構するらしいが、剣道は感覚が全く違うので面白がっていた。
「次はサムライ映画に出てみたい」
などと彼は言っていた。
「悪い忍者たちからアクア姫様を守るんだ」
アクアがそういう役柄に同意すればね!
実際、アクアからきれいに1本取られて「嘘!?」などと言って物凄く悔しがっていた。絶対次会った時は君から1本取るなんて言ってたから、必死で練習するだろう。アクアは一応剣道初段を持っている。
食事は朝昼夕部屋にデリバーされるが、制作中はムーランの和食・洋食・中華・軽食のトレーラーレストランが4つ揃って24時間営業した。他に回転寿し、そば屋、ラーメン屋、ピザ屋も夜21時までだが臨時営業した。なおお酒の類いは禁止である。昨年村里泰蔵が規律違反でクビにされていることもあり、みんな規則は遵守してくれた。
他に出前を取るのはウーバーを含めて自由だが、デリヘルの類いは禁止である。男性の(とは限らないが)俳優・スタッフには希望者にテンガが無料配布される。例によって河村監督とアクアは制作中のセックス自粛を宣言している。でないと他の役者さんに示しが付かない、
出番の少ない一部の役者さんは、英語・日本語のセリフ録音の後、撮影をしてその後、ドイツ語・フランス語の録音をして1-2日で解放されているケースもある。古屋あらたのようにセリフの無い役者さんは撮影にだけ参加して半日で終わっている。
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お気に召すまま2022(2)