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場面が変わる。広瀬みづほは「どこかの道の途中」と書かれた板を持っている(原作に無い場面)。
ギャニミード(ロザリンド)、エイリーナ(シーリア)、タッチストーン(Martin Grotzer) が右手から歩いてくる。ギャニミードはダブレット(後述)にズボン、シーリアは田舎娘のようなよれたワンピース、タッチストーンはフレデリック邸にいた時と同様の菱模様の服である。但し赤と黄ではなく、青と緑で、少しだけ地味である。
左手から覆面をした5-6人の男が出てくる。
「おい、お前ら、金目のものを置いていけ。そしたら命までは取らん」
と男の1人が言う。
「お前らこそ役人に引き渡されたくなかったらさっさと立ち去れ」
とギャニミードは男声で言う。
「物わかりの悪い兄ちゃんだなあ。そんなに死にたいのか?」
と言って、男が短剣を抜くが、ギャニミードはさっと自分の剣を抜き、男の短剣を自分の剣で跳ね飛ばす。そして相手の股間!を蹴る(*16).
男が倒れる。ギャニミードは男の喉元に剣を突きつける。
「ここで死ぬのと、役人に突き出されるのと、逃げるのとどれがいい?ぼくは4-5人相手にしても平気だよ。ただしその場合はいちいち寸止めする余裕が無いから全員あの世に行ってもらうが」
「参りました。助けて」
「行け」
「はい」
それで盗賊たちは逃げて行った。
ギャニミードは剣を鞘に収めるとエイリーナとタッチストーンに言った。
「さ、行こか」
「お前強いな、俺はお前たちを放り出してひとりで逃げようと思ったのに」
とタッチストーン。
「そんな非道い」
とシーリア。
「まあ道化君はそうするだろうね」
と男装のロザリンドは女声で言って笑った。
(*16) このシーン、盗賊役をしたのは、レスラー役もした北陸プロレスの人たちである。アクアが蹴り上げるシーンは“アイドル女子のキック力なんて大したことないだろう”と思って
「少々蹴られても平気ですから思いっきり全力で蹴ってください」
と言った。それでアクアが本気で蹴ったら、本人は5分間立ち上がれなかった。
「大丈夫ですか?」
とアクアが心配する。
「平気平気」
と言うが立ち上がれない(この状態で声が出るところがさすが丈夫である)。
結局8分間ほど撮影が中断した。
映画公開時には
「アクアまじで蹴ってるけど、サンダーバットさん(首領役をしたレスラーの名前)、男を廃業したりしてないか?」
「今度リングに性転換女子レスラーとして出てきたりして」
などと言われていた。
またアクアのサーベルの扱いが様になっていたので、オーランド役のシュメルツァーは
「アクアちゃん、ケンドーだけでなくフェンシングも上手いんだね」
と感心していた。
場面が変わる。広瀬みづほは「フレデリック邸の広間」と書かれた板を持っている(原作第2幕第2場)。
フレデリック(光山明剛)とルボー(木取道雄)が登場する。
「そんな馬鹿な!?誰も見てないというのか?」
「はい。侍女たちの話では、夜は確かにシーリア様とロザリンド様でいつものように一緒のベッドに入りお休みになったのに、朝行ってみると、ベッドは空っぽたったそうです」
「しかし娘2人が出ていくのに誰も気付かなかったなどということがあるか?他に居なくなったものはいないか?」
「道化師も居なくなっていますが、あんな奴はいつ居なくなっても不思議ではありません」
「うーむ・・・」
「小間使いのヒスペリアによりますと、お二人は、先日のレスリングの試合でシャンジュに勝ったレスラーのことを随分褒めていたそうです。もしかしたら何か関わっているかも」
(このシーンにヒスペリアが一緒に並ぶ演出もあるがこの映画では採用しない)
「ああ。ドゥ・ボアの所の三男だな?すぐあいつを引っ立ててこい。もし捕まらなかった兄貴のほうを連れてこい」
「はい。すぐ兵士を向かわせます」
「そして何としててもシーリアたちの行方を捜し、2人を連れ戻すのだ(*17)」
「分かりました」
(*17) フレデリックは、ロザリンドを追放したのに、そのロザリンドまで一緒に連れ戻せと言っているのは一見矛盾しているかのように見えるが、もちろん“娘をたぶらかした重罪”でロザリンドを処刑するつもりである。
ロザリンドも捕まったら自分は処刑されるだろうというのは覚悟でシーリアと一緒に出奔した。
場面が変わる。広瀬みづほは「ドゥ・ボア家の門前」と書かれた板を持っている(原作第2幕第3場)。
オーランドが帰宅しようとした所にアダムが飛び出してくる。
「オーランド様!ああ、よかった、キャッチできた。お屋敷に入ってはいけません」
「いったい、どうしたんだ?アダム」
「公爵様がお兄様を呼ばれて、あなた様を捕らえるよう命じられたのでございます」
「なぜ私が捕らえられるのだ?」
「私も詳しい話までは立聞きでませんでしたが、きっとオーランド様が公爵様お気に入りのレスラーをお倒しになったからですよ。それであなたの捕縛を命じられたのだと思います」
「レスリングの試合に勝ったからって捕らえられる言われは無いのだが」
「それでオリバー様はこの機会にあなた様を亡き者にしようと計画を練っておられました。お屋敷の中に入るのは危険です。どうかどこかにお逃げください」
「しかし逃げると言ってもどこに?」
「どこでも構いません。ここではない所なら」
「しかし、邸に入れないと、俺の部屋にある金とかも持ち出せないし、食うにも困る。まさか物乞いをしたり、追い剥ぎとかするわけにもいかんし」
「ここに500クラウン(約130万円)ございます。私が長い間このお屋敷で働いて頂いたお給料を貯金したものでございます。これをお持ちください」
「そんな大事なものを」
「私は大旦那様(オーランドたちの父)にたくさん可愛がられました。そのご恩返しでございます。私は酒も飲みませんでしたし、女と遊んで寿命を縮めることもありませんでした(*18). 17歳の時から、もうすぐ80になろうという年までお仕えしましたが、最後のご奉公をさせて頂きとうございます。足手まといになるかも知れませんが、どうか私自身もお連れください。若旦那様があまりお得意でない、人との交渉とかもさせて頂きます」
「分かった一緒に行こう。お前のことは俺が最後まで何としても面倒見るよ」
それで2人一緒に退場する。(*19)
(*18) 当時は射精することで寿命が縮むという説があった。
(*19) 原作ではオーランドが退場した後、アダムがモノローグを述べてから退場する。この映画ではモノローグを省略し、一緒に退場することにした。演出によっては、オーランドが舞台の端でアダムがモノローグを言うのを待っていて、それから一緒に退場するものもあるらしい。
場面が変わる。広瀬みづほは「アーデンの森近くの田園地帯」と書かれた板を持っている(原作第2幕第4場)。
ダブレット姿のギャニミード(ロザリンド:アクア)、田舎娘の扮装のエイリーナ(シーリア:姫路スピカ)、菱模様の服のタッチストーン (Martin Grotzer) が画面右側から登場。
この場面、アクアは男声で演じる。
「おっ、もう少しでアーデンの森だぞ。気分は最高!」
タッチストーンが言う。
「あんたは最高かい?俺はさすがに疲れてきたぞ」
ギャニミードが言う。
「男ってもんはさ、たとえきつくても笑顔で『気分いい』と言うもんだよ。ペチコート着てる時の言葉と、ダブレット(*20) にズボンを着ている時は自ずと言動は変わるものさ」
とギャニミード。
「そんなたいそうなもんかねー。ドレス着てても男言葉で話したかったら話せばいいし、ダブレット着てても女言葉で話したかったら話せばいいじゃないか」
とタッチストーンは言っている。
「俺、女言葉で話そうか?」
「ぼくに刺し殺されたくなければやめておけ」
(*20) 原文は"doublet and hose". ダブレットは14世紀から17世紀に掛けて西洋で使用された男子の上着。英語ではダブレット (doublet), フランス語ではプールポワン (pourpoint), スペイン語ではフボン (Jubón), ポルトガル語ではジボン (Gibão) と言い、このポルトガル語が日本語の“襦袢(じゅばん)”の語源となった。衿の立ったいわゆる南蛮服もこれである。
ダブレットは紳士服ではあるが、婦人服のようなスラッシュ(切り込み)が入ったり、レースが付いたり、リボンを結んだりもしていた。300年ほどの間に結構形態は変化しており、最終的には丈が短くなって、下に着ているシュミーズ(現代でいうところのワイシャツ)を見せるようになり、現代のベストのルーツとなった。
エイリーナ(シーリア:姫路スピカ)が弱音を吐く。
「もう1歩も歩けない。お願い。私をおんぶしてくれたりしない?」
タッチストーンは断る。
「やなこった。むしろこっちがおんぶしてほしいよ。あんたが俺をおんぶしてくれたら、俺があんたをおんぶしてもいい。ここまであんたをだいぶおんぶしてこちらはクタクタだよ」
「まあまあ、もうアーデンの森は目の前だよ。少し休もう」
とギャニミード(ロザリンド)は言い、3人は倒木に腰を下ろす。
カメラは少し左にスパンし、ギャニミードたちは画面の右側に映る状態になる。
画面左手(舞台でいえば下手)からコリン(藤原中臣)とシルヴィアス(鈴本信彦)が登場する。
「お前まだそんなことしてるのか?そんなんじゃ、あの子にまともに相手にしてもらえないぞ」
とコリンがシルヴィアスに言う。
「ああ、コリン。僕がどれだけ悩んでいるか分からないだろうなあ」
「分かるさ。俺だって若い頃は恋をしたんだぞ」
「いや、それでも僕の苦しみは分からない。恋でこんなに苦しんでるのは世界でも僕以外に居ないよ」
「俺もたくさん苦しんだけどなあ」
「どんなに恋をしても、今のぼくのフィービーへの思いとは比べようも無いよ。ああ、フィービー、フィービー、フィービー」
と言って、シルヴィアスは立ち去ってしまった、
ギャニミード(ロザリンド)はコリンに語りかけた(男声)。
「もし、お尋ねします」
「なんだい?旦那」
「どなたか親切な方で、今晩1番泊めて頂けるような方をご存知無いでしょうか。長旅をしてきて、私の妹が疲れ果てていて。お金は払いますから」
「それはまた気の毒に。しかし私は雇われ者の身なので、ここの土地の石ころひとつ、羊の毛1本、自由にならないのですよ(*21)」
「そのご主人さんはどちらに」
「それがこの付近の土地を売りに出しておられる状態で。お陰で私の身分も宙ぶらりんで困っているんですけどね」
「どなたか買い手の見当はあるんですか?」
「今の若者に買ってくれないかと言っている所なんですけどね。あいつは、どうもそれ以外のことで頭がいっぱいで、埒があかなくて」
ロザリンドは少し考えた。
「だったらどうでしょう?この土地を私が買うことはできないでしょうか?」
「旦那、こんな田舎の土地に興味をお持ちで?」
「私がお金を出すから、あなたの名義で買い取ってもらうというのは、どうでしょう」
「それは可能だと思いますけどね。取り敢えず、私の羊飼い小屋にいらしてください。少し具体的な話もしましょう。小屋にはパンのひとかけら程度はあったかも知れない」
「助かります!お邪魔します」
それでギャニミード(ロザリンド)はエイリーナ(シーリア)を助けて立たせ、タッチストーンと一緒にコリンの羊飼い小屋に向かった。
(*21) 当時英国は世界最大の羊毛生産国で、人間の1.5倍ほどの羊が飼われていたという。他の国では羊は“遊牧”され、草のある所へ羊飼いたちは羊とともに大移動していた。しかし英国では土地が狭いためこのような遊牧は行えず、定住型の放牧が発達した。
中世に発展したのが三圃式といって、土地で春蒔きの作物と秋蒔きの作物を植え、収穫後の土地で羊を放牧するというものである。羊の放牧により土地は羊が踏み固めるし、屎尿によって地力が回復し、また作物を育てられるようになる。
このサイクルは村で共同で行うようにしていたので、放牧時期による収穫の差が出ないよう土地は細切れにして羊が多数の所有者の土地に跨がって放牧されるようになっていた。また村の周辺の所有者が曖昧な地域には土地を持たない人々が小屋を建てて勝手に住み着いており、種蒔き・収穫などの際の労働力となっていた。彼らは自分の小屋周辺の土地を勝手に耕して自分用の作物を育てることも認められていた。
しかし16世紀に起きた囲い込み(enclosure) では、羊毛の生産を上昇させるため、土地所有者たちは各々の所有地を適度に交換し、自分の所有地をひとつにまとめ、そこで効率よく農耕や放牧をするようになった。土地の境界には山査子(さんざし)の生垣が作られた。
この結果各々の所有地境界が明確になり、これまで曖昧に村周辺に勝手に住んでいた人たちは追い立てられ、農作業や放牧には土地所有者から雇われた賃金労働者として参加することになる。ここでコリンはそういう賃金労働者として農作業や牧畜をしていたものと思われる。シルヴィアスは恐らくは本人もしくは父親が土地所有者で、他の人の土地も買えるだけの資産を持っていたのだろう。
ここでの羊飼いの仕事は、昼間羊を外縁部の荒れ地で遊ばせ、夜間には休耕中の畑に連れ戻すことである。夜間羊たちが過ごすことで、その土地は地力を回復する。彼らは種まきや収穫の時には農作業もしたであろう。
だからこの物語で書かれている shepherd というのは農村労働者という意味と考えて良い。それは大陸の羊飼いのイメージとはかなり異なる。
ロザリンドがコリンにお金を出すからあなたが買って欲しいと言ったのは、余所者が土地を買おうとするのは警戒されるからで、村の住人を通して実質所有する方法を提示したものと思われる。そういうことをすぐ考えるロザリンドは本当に頭がいい。
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お気に召すまま2022(4)