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■夏の日の想い出・ボクたち女の子(17)

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(C) Eriko Kawaguchi 2021-10-03
 
電話が鳴っているのに、誰も出ない。彼は事務所を覗いてみたが、あいにく全員席を外しているようだ。彼は“気が重かったものの”編集室を出て、事務室の電話を取った。
 
「大変お待たせしました。HTF制作・制作部でございます」
「電話取るの遅いよ!」
「大変申し訳ありません」
「美女(きら)部長いる?」
「大変申し訳ありません。席を外しておりますが」
「じゃ伝言しといてよ」
「はい。承ります」
「『三度伯爵の朝食』で撮影場所に使う予定だった、レストランがこないだの地震で崩壊してしまったらしいんだよ。それで代替場所について打合せたいから、連絡欲しいって」
「承知いたしました。そちら様は、##放送の鶴岡部長様でしたでしょうか?」
 
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この声には聞き覚えがあったのである。
 
「うん。そう。ごめん。言い忘れた。君の名前は?」
「わたしでございます」
「いや、だから名前を訊いているんだけど」
「えっと・・・」
と彼が困っていたら、そこに部長秘書の黒部が戻ってきた。
 
「少しお待ちください」
と彼は言うと、電話を保留にしてから、黒部を呼び止め、手短に用件を伝える。
「じゃ私がお返事します」
「助かる」
 
それで黒部は電話の保留を解除して受話器に向かう。
 
「お待たせしました。美女(きら)の秘書・黒部でございます。『三度伯爵の朝食』の撮影場所の件、確かに承りました。美女はあと1-2時間で戻ると思いますので、すぐ連絡するよう申し伝えます」
 
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「うん、頼むよ」
と言って、鶴岡は電話を切った。
 

「ありがとう。助かったよ」
と渡司監督は言った。
 
「だいたい電話口では監督のお名前通じないですよね〜」
「渡司(わたし)です、と言うと、だから誰?と言われる」
「いっそ苗字を変えます?」
「苗字は簡単には変更できないよ」
「たとえば、私(わたくし)のお婿さんになってくれるとか」
「そういうのあまり安易に言うと、本気にする男もいるよ」
と渡司は軽くいなしておいた。
 

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アクアは8月20日に20歳になった誕生日の記者会見で、自分の両親が2003年に事故死した、高岡猛獅と長野夕香であることを明らかにしたものの、そのこと自体に対する反響はあまり無かった。
 
ただ、そのことより、彼女(彼?)が出生届けを出されていなかったために戸籍を獲得するまでに大きなドラマがあったことがかなり話題になった。そこで、この話を映画化しようという動きが出てくる。
 
いくつか動きのあった所がお互いに調整しあった結果、独立系の番組制作会社HTF制作が制作することになった。HTF は Hakusan-Tateyama-Fujisan で日本三名山の名前を連ねたものである。
 
ここは以前、アクアが小学1年生の時に手術を受けた際のエピソードを映画化した『アクア2008-奇跡の邂逅』(2017.7公開)を制作している。その時の監督・溝口さんは独立して別の制作会社アインガング(Eingang) を設立していたので、HTF制作の制作部長・美女(きら)は、若い監督・渡司条時に白羽の矢を立てた。
 
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映画のタイトルは『私を求めて-アクア2008序章』である。配役はこのように発表された。
 
佐藤翌桧(アクア相当)白雪みずほ(小2)
佐藤涼香(長野支香相当)小野寺イルザ
佐藤幸子(長野松枝相当)橋本一子
佐藤道香(長野夕香相当)山口梓
近藤竜也(高岡猛獅相当)暁昴
室田晩成(上島雷太相当)高橋和繁
歳浜流礼(雨宮三森相当)鮎川ゆま
水原志摩(志水照絵相当)原野妃登美
水原研二(志水英世相当)大林亮平!
辰奈弁護士:山折大二郎
 
バリバリ関係者を起用している。山折大二郎は上島雷太の(自称)一番弟子。小野寺イルザと原野妃登美は“上島カズン”。高橋和繁も“上島カズン”のAYAの夫。鮎川ゆまは雨宮三森の弟子。橋本一子は海野博晃の妻で、海野率いるナラシノエキスプレスはワンティスのライバル・バンドのひとつだった。一子自身、ワンティスがレギュラーになっていた番組の司会を務めていた(海野との結婚はワンティス活動休止後)。
 
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そして極めつけ、アクアの役を務める白雪みずほはアクアの三従妹違いである。
 
そして前回の映画と違って今回はギャラの高い人が多い!前回の映画の制作予算はわずか2000万円であったが、今回はどう見てもギャラだけでその10倍を突破している。
 
雨宮三森役の人選には実は苦労した。最初女優さんを候補にあげたら雨宮が
「私は男なのに女の俳優を当てるなんて失礼ね」
などと言う。それで男性の俳優を当てたら
「まさか男みたいな声で演じたりしないわよね」
などとおっしゃる。
 
どうしろと言うんじゃ?と困り、実は私の所に美女部長から相談があった。それで私がゆまを推薦したら、美女さんも「それはいい考えだ」と言う。雨宮先生に照会すると「ゆまならまあいいか」と納得してくれたのである。ただし、私はゆまに睨みが利く三宅先生から「撮影中禁酒」を厳しく言い渡してもらった。
 
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一時的に雨宮役を頼まれていた高橋和繁さんは
「女装せずに済んで良かったぁ」
と言っていた。彼は上島雷太役に回ることになる。
 
また最初に頼まれていた山口梓さんは長野夕香役に回った。
 

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制作発表記者会見には、HTF制作の美女(きら)部長、渡司監督、出演者の小野寺イルザ・橋本一子・原野妃登美・高橋和繁が並んだ。
 
美女部長が出演者をPowerPointのスライドで紹介した上で、
「監督は“わたし”か務めます」
と発言すると、記者たちの間にざわめきが起きる。
 
「美女(きら)さんご自身がメガホンを執られるんですか?」
 
もし美女部長自身が監督を務めるなら、おそらく20年ぶりくらいになる。
 
「違う、違う、監督は“わたし”だよ」
「やはり、美女さんご自身が?」
「いや、そうじゃない」
と言って、美女部長は渡司監督を立たせ
「彼の名前が渡司(わたし)なんだよ」
とPowerPointのスタッフ一覧の所を探し出して表示した上で彼の名前のところをマウスで指し示した。
 
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記者たちの中で渡司監督の名前を知っていたのは3〜4人で彼らはさっきから笑い転げていた。ほかの記者たちはやっと意味が分かったが、しばらくざわめきはやまなかった。
 
美女部長が渡司監督を紹介する。
 
「渡司条時(わたし・じょうじ)君は、武蔵野美術大学の映像学科を出た後、2年間東海ピクチャーに勤めて山田勲監督の下で撮影助手を務めました。東海ピクチャーの倒産後、アメリカに渡り、ハリウッドのレッドリバー・ムービーズに入りました。ルナ・ビールマン監督の下で最初は下働き、やがて撮影技師に採用されてGeorge Watershootの名前で『ハムレットの朝食』や『パンが無かったらナンを食べよう』などといったユーモア映画の撮影者を務めました」
 
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と言うと、記者たちの中から歓声にも似た声が起きる。
 
「昨年春に、コロナの流行で帰国して、ΛΛテレビさんの『白い壁』、◇◇テレビさんの『魔仁子の結婚』でディレクターを務めています」
 
記者たちもそれだけの実績があれば監督を務めるのも期待していいかもという空気になったようである。
 
橋本一子(48)が発言した。
「今回の映画の出演者さんは、みんなおとなだもん。ちゃんと監督の指示を守って、いい映画を作ってくれますよ」
 
笑顔で橋本一子がそう言うと、記者たちは頷いていた。要するに彼女が睨みを効かせるから、若い監督にはあまり雑音を気にせず、思い通りに撮影を進めてもらいたい、ということだろう。彼女の発言で記者たちの空気は完全に安心感に変わった。
 
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龍虎(アクア)は8月20日に20歳に到達したので、長野支香による未成年後見人も終了した。支香はただちに、龍虎の本籍地(さいたま市)に後見人終了の届出を出したが、この他に2ヶ月以内に、財産収支報告書・引継書を提出する必要がある。これが物凄く大変であった。
 
龍虎の資産は、預貯金・投信のほか、株式や債券、不動産、金やプラチナなど様々な形になっており、しかもその量がハンパではない。日本円だけでなく、ドルやユーロ、また仮想通貨(ビットコインやイーサリアムなど)になっているものもあって、その総額の評価については、半年前からプロの証券マン5人による評価専門チーム!を作って調査・評価していったのだが、途中で人数を10人に増やしている!!
 
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結局評価は9月末に完了し、支香は2000ページを越える分厚い引継書を裁判所に提出した。これをチェックする裁判所の事務官も大変だろうなと思った。実際にはチェック不可能だと思う。
 
プロが運用していただけあって、龍虎の資産は本当に物凄い金額になっているらしい。しかし彼自身は、財産運用チームから毎月振り込まれてくる1000万円の“お小遣い”を使う暇もなく、質素な生活をしている。
 
Mは実際には毎月20万円程度で生活している。食材調達用に彩佳に毎月10万円渡している(正確にはMとFが5万ずつ出している)ので、そのお金で彩佳・宏恵・桐絵が食材を買い出しに行き(一部は“大地を守る会”などの宅配も利用しているし、女子寮からも食材を分けてもらっている)、それで彩佳たちに食事を作ってもらっている。着る服などはほとんどファンからのプレゼントで間に合っている!
 
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Fもやはり毎月20万円程度で生活している。自身の眷属である《りっちゃん》(竜崎由結)に買物を頼んでいる。彩佳が“大地を守る会”を“田代龍虎”の名前で代々木のマンション(18F)で受け取っているので、Fは“らでぃっしゅぼーや”の宅配を“長野龍虎”名義で八王子の家で受け取っている。それで自身でご飯を作っているが、実は彩佳が毎日“2人分”の食事を用意してくれているので、彩佳が持って来た食事の半分をこちらに転送して食べていたりもする。(仕事が遅くなった時は八王子まで帰らず、代々木の10階の部屋で食事をして寝ることもある。10階の部屋を知っているのは現時点ではFとMに和城理紗・竜崎由結のみ)
 

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理史が八王子に泊まることが多くなってきているので、コスモスは2人と会って「きちんと婚約するまでは、泊まる日は月に8日以内にしてほしい」と要請。2人はコスモスにそれを守ることを約束した。
 
(理史が龍虎にダイヤの指輪を贈ったことはコスモスも知っているし“黙認”している−町田朱美と平野啓太の関係は“黙殺”状態である)
 
しかし理史の“荷物”を収容するため、龍虎Fは八王子の家の自分の部屋の西隣(敷地入口から見たら奥側)に自分の部屋と同じサイズの部屋を増設してしまった!それで理史はそこにかなりの荷物を搬入した。
 

 
理史の部屋と龍虎Fの部屋は、襖(ふすま)だけで区切られている。理史の部屋に入るには、龍虎Fの部屋を通過するか(理史は龍虎Fの部屋の鍵も持っている)、あるいは南渡り廊下→西側の廊下と回り込んで向こう側から入るかである。
 
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基本的には回り込むのが面倒くさいので、だいたい龍虎Fの部屋を通過する。回り込むルートを作ったのは、コスモスへの言い訳である!
 
それで理史は平日は川口市のマンションに帰宅するが、だいたい金曜日の晩には八王子に行き、月曜日の朝、そこから出勤する。要するに週末同棲だが、実際には理史も龍虎も忙しいので、なかなかイチャイチャする時間は取れない。
 

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