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■夏の日の想い出・ボクたち女の子(4)
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映画の制作は初日の全体説明から土日の休日を置いて、7/26(月)から実質的に始まった。
暑い時間帯は避けて作業する。それで5:00-11:00, 18:00-22:00 という体制で臨むが、(出演者)の各々の稼働時間は(アクアを除いて!)8時間を越えないように調整する。
(でもスタッフは毎日10時間働いている!更に監督・助監督・脚本・制作の5人は毎日時間外に結構会議をしていて1日14時間くらい働いている。多分いちばん働いたのは脚本家で制作期間中は睡眠時間が4時間くらいだったと後日言っていた)
録音スタッフは3チーム編成していて、出演者がぶつからないシーンは同時進行で録音が行われる場合もあるので、実は録音スタジオに入っている俳優さんたちは、隣同士の部屋に居るのに別の場面の録音に参加している場合もある!
(各録音技師の部屋から、誰の個室と誰の個室を録音室に接続するかが指定できる。誰がどこに入っているかは各々の俳優さんが使用しているIDカードで自動的にシステムか認識している。だから実は俳優さんは好きな個室に入って良い!)
7月31日。この日は録音作業はお休みだったのだが、午前中にジールマン社長が1人だけでアクアのコテージを訪ねた(実はコテージがお隣!)。慌ててアクアMが自分の個室に籠もる。
「Mx Aqua, Can you speak English?」
とジールマンが言う。(Mx は性別に中立な敬称。s/heなどと同様の表現)
「I don't understand German well, but English, I can speak」
とアクアFは答える。
葉月と理紗は視線を交わして「We stay in own room」と言って席を外した。
↓以下は面倒なので日本語で表記するがアクアとジールマンは英語で会話している。
「ここまでの録音作業で君の演技を聞いていたけど、君本当にうまいね」
「ありがとうございます」
「君が出演した『ロミオとジュリエット』、それに昨年の『気球に乗って5日間』、それに日本国内で放送された『ねらわれた学園』とかも見た」
「『ねらわれた学園』とか駆け出しの頃でお恥ずかしいです」
「いや、君はデビュー間もない頃から上手かった。君の演技力は天性のものだよ」
「褒めてくださってありがとうございます」
「それにしても本当に君は男女を美しく演技し分けるね?本来の声は今話しているみたいな高い声?」
「そうです。でも男の子のような声も出せますよ」
と後半を男声の声色で話してみせた。
「凄い。声のトーンだけでなく、話し方まで違う」
というジールマンさんはなかなか観察力が鋭い。普通話し方の違いまでは気付かない。
「日本ではこういうのを“両声類”と言うんです。蛙とかの“両生類”(amphibian)にひっかけて。ラテン語で言うと amphivoxan かも」
「面白い表現だ!」
とジールマンさんは喜んでいる。
「ただ僕が凄く疑問に思ったのはね」
とジールマンが言う。
「はい」
「『ロミオとジュリエット』でロミオとジュリエットが結婚式をあげる場面で、ロミオとジュリエットが並んでいる場面でね。合成の跡が見つからないのだよ」
アクアは腕を組んだ。
「例えば『気球に乗って5日間』では、気球に4人が乗っているシーンの映像を超拡大してみると、繋ぎ目を発見することができる。コンピュータによって物凄くきれいに編集されているから、かなり観察眼の鋭い人てないと見つけきれないと思うけどね。しかしロミオとジュリエットの結婚式シーンにはそれがない」
「はい」
「つまり、あれはまるで双子の役者さんが並んで撮影したもののように見えるんだよ」
「・・・・」
「ね。誰にも決して言わないからさ、本当のこと教えてよ。僕も老い先短いからあの世の土産にさ」
アクアは微笑んだ。この人なら絶対秘密を守ってくれるだろう。
Mの部屋を開ける。
「ちょっと出ておいでよ」
それでMが出てくる。
「やはり双子だったのか!」
とジールマンは言った。
「違います。私たちは同一人物です」
とアクアは答えた。
「どういうこと?」
「まずこれを見てください」
と言ってアクアFは自分の服をめくってお腹の手術跡を見せる。
「これは7歳の時に大病をして手術を受けた時の傷跡です。Mも見せなよ」
「うん」
それでMも服をめくって傷跡を見せる。
「同じ形でしょ?触ってもいいですよ」
ジールマンは「Sorry」と言って、2人のお腹の傷に触る。
「どちらも本当の傷だ」
「同じ形の傷があるというのが私たちが同一人物である最大の証拠です」
アクアは更に数字や単語を紙に書いてFだけに見せてMが答える、Mだけに見せてFが答えるというのもやってみせた。
「私たちは同一人物だから、記憶も共通なんですよ」
「違うのは性別だけだよね」
「うん。ボクは男なのでM」
「私は女なのでF」
「じゃ女性役はFちゃんが演じて、男性役はMちゃんが演じてたんだ?」
「違います」
「違うの?」
「どちらがどちらを演じるかは決まっていません。実際ロミオとジュリエットの結婚式シーンは、Mがジュリエット、私がロミオを演じました」
「え〜〜!?」
「ボクたちは本来同一人物なんで、どちらも男役・女役ができるし、男の声・女の声の両方が出せます」
「どちらかというと、双方の負荷を分散するように分担してるよね」
「だから今回も白雪の出番がずっと続いている所は2人で交替しながら演じているんですよ」
それで2人は『ロミオとジュリエット』の“窓”のシーンを
M=ロミオ、F=ジュリエット
F=ロミオ、M=ジュリエット
という2通りの配役で演じてみせた。
「凄い!」
とジールマンさんが感動していた。
「だけどM君は男の子だと言うけど、喉仏が無いよね?」
とジールマンさんが尋ねる。
「それなんですけど、やはり7歳の時の大病の影響と、その後の治療薬の副作用もあって、ボクの睾丸はどうも機能不全っぽいんです。だから男性的な二次性徴が出てないんだと思います」
とMは言う。
「私は2人に分離して以来女性的に発達してるけどね」
とF。
「するとM君はホルモン的には中性に近いのかな。だけどF君が女性的に発達していても、ふたりの体型はほとんど変わらないよね」
「それはボクたちが体液を共有しているからだと思います」
「共有?」
アクアは理紗の部屋をノックして開けた。
「理紗ちゃん、アルコールチェッカーとワインか何か調達できる?」
「ホテルからもらってきます」
それで理紗がホテル昭和まで行き、アルコールチェッカーとワインの小瓶にグラス3個を持って来た。
それで2人のアクアは最初にアルコールチェッカーでふたりともアルコール分ゼロであるのを見せた上で、Fだけがワインをグラス1杯飲む。すると2人ともアルコール濃度が出たので、ジールマンさんは驚く。
「実はFが生理になっている時はボクも生理痛を感じるんですよ」
「だからボクたちは身体は2つに見えるけど、体液も共有しているみたいなんですよね。だからボクたちはホルモン濃度も同じなんです」
「だけどそれならMちゃんもおっぱいが膨らんだりしないの?」
「ボクには女性ホルモンのレセプターがほとんど無いんだと思います」
「なるほどぉ!」
「でも体型は一緒になっちゃうみたいね」
「だからボクたち、バストはFにしかないけど、アンダーバスト・ウェスト・ヒップは同じサイズなんですよ」
「もしかしてだからMちゃんは男性的な発達をしないのだったりして」
「それはあり得ますけど、ボクは男の子であるという自己認識はあるけど、あまり男っぽい身体にはなりたくない気持ちもあるので、それを容認しています」
「なるほど。ごめんね。凄く微妙なことを聞いて」
「いえ」
「でも君たち、いつから2人いるの?本当に双子として生まれたんじゃなかったの?」
「私たちは2017年春に唐突に分裂してしまったんです」
「人間が分裂するの!?」
「ごくたまにある現象みたいです。ただずっと分裂したままなのか、最終的に1人に戻るのかは分かりません」
「私たちが2人いることを秘密にしているのは、公表したあとで1人に戻ってしまった場合、2人いたはずが1人しかいなかったら、もう1人は殺されたのではとか疑われるからです。人間が分裂したり統合したりするなんて、誰も信じてくれませんから」
「いや、僕も信じられない気分だ」
「私たちが2人いるのはごく少数の人しか知りません。たから今回も狩人と妹と白雪の3人だけのシーンは2人が同時に出て撮影する予定です。七浜は2人いることを知っているので。それで一人二役なんだけど、2人の役者が演じているのと同じ時間で撮影できるんですよね。合成とかの必要が無いから」
「うーん・・・・」
アクアたちとジールマンの会話は結局丸一日、この日の夕方まで及んだ。その間、アマアはテレビ局などの仕事があるので、片方が理紗と一緒に出かけて行き、残った片方がジールマンと会話を続けた。(スタンドイン役の葉月はそれ以前に出て行って夕方戻って来た)
ジールマンは2人のアクアが交替で出かけていくのに、片方とした会話内容を他方も完全に覚えているのを見て、“アクアは1人”というのを理解したようだった。
「東洋の神秘だな」
「私たち仕事が忙しいから、実は2人いることで倒れたりしなくて済んでいるんですよ。もし良かったら、私たちがずっと2人で居られるようにお祈りしておいてください」
「うん。僕もそれを祈る。だから君たちは朝から晩まで演技をしていても疲れを見せないんだね?」
「そうなんですよ。これ人に知られると、絶対2人でもできないくらい大量の仕事を入れられますから」
「ありそうだ!」
とジールマンさんは最後は笑っていた。
そういう訳でアクアが2人で頑張ったこともあり『白雪姫』の制作は、予定通り、8/12までに音声の録音が完了した。
8/15からいよいよ“収録済みの音声を聞きながら”演技する作業に入った。
声に合わせて口を開けるが声は出さない。コロナ下で生まれた、特殊な収録方法である。声自体は各自自分が収録したものだから、ちゃんと内容を理解した上で演技できる。その声の収録の時点で充分に練っているので、撮影はスムーズに進んだが、ごく一部、ここは修正した方がいいという意見が出たところもあり、そこは声を録り直してから再度演技をした。
また、出番が1日で終わる役者さんの場合は、撮影当日に郷愁村に来て、その部分の音声もその日に録音している。実はその部分の音声は、8/12以前の作業では代役さんが代行しているので、この時に差し替えている。
撮影は『ロミオとジュリエット』でもそうだったが、感染防止の観点から、その場面の撮影に必要な人だけを呼び出しておこなっている。複数の撮影が同時に並行して進む場合もある!(声の収録の時もそうだった)
そのために撮影者は3人いる。撮影場所も、王宮だったり、地下室だったり、狩人の家、鉱山技師の小屋など様々である。それで各自のスマホに配信される予定表には「何時にどこに」行くかの指示が表示されるので、それを見て場所を間違わないようにと指示があった。予定は変わる場合もあり、その度に新しい日時が各人のスマホに配信されるが、基本的に早くなることはないので、各々の役者さんは自分の予定まで安心して休んでいることができる。
しかし結果的には自分の出番でもないのにずっと撮影に立ち会っている、みたいなことが無いので、こういう“河村流”を知らなかった役者さん、例えば雨梨美貴子さんなどは
「こんなに体力使わない収録は初めて」
と驚いていた。
「それでちゃんと予定は進んでいるから凄いですよね」
と、雨梨さんとすっかり意気投合した七浜宇菜が言う。
「そうそう。こんなに楽でいいのかなと思ったら、ちゃんと予定通り進んでいるし」
“撮影”初日の8/15、アクアは午前中に“白雪の母”の役をした。
そして15日夕方の飛行機で小浜に移動した(ことになっている:本当は飛行機で移動したのは葉月で、アクアは体力を使わないように転送!)。
8/16は、白雪の子供の頃のエピソードなので、少女時代のアクア・・・じゃなくて少女時代の白雪姫を演じる、白雪めぐみ・やまと・さくらの三姉妹(男の子も1人混じっているけど)の出番であった。それでアクア本人はその日、小浜でライブをしていた。
8/17が白雪の成人式シーンから、王妃に命を狙われるテラスの場面、地下室の場面と続き、ボウル市のパーティーの場面まで撮影する。その後次のように続く。
8/18 狩人が白雪を拉致する所から川辺で魔獣に襲われる所まで。アクア(狩人)と松田君(フランク軍曹)が馬を走らせるシーンは、早朝の薄明かりの中で空港を使用して撮影した(夕方は離着陸があるので)。カメラは軽トラの荷台に乗せて撮影している。アクア2人が乗る馬は美高さん、松田君とモナが乗る馬は矢本さんが撮影している。松田君は乗馬が習いたてで下手なので!2つの馬は自然に距離が離れていった!!
この日はアクアF・アクアM・七浜宇菜の3人だけで森の中のシーンを美高さんの撮影でした一方、王・王妃・侍女マリア・フランク軍曹・大臣は王宮のセットで矢本かえでの撮影で、王妃が王を倒して女王になる宣言をする所なども撮影している。
物語上もこの2つの場面は同時進行だったのだが、実は本当に並行して撮影した。
8/19 鉱山技師の小屋で狩人兄妹が白雪姫と再会する付近。
8/20 グスタフたちが国境に到着し、王子と一緒に白雪を探しに戻る付近。国境シーンは空港の脇に臨時設置したセットで撮影している。
(8/21-22休)
8/23 王妃がカンドラに白雪殺害を依頼するシーン、白雪がリンゴで倒れるシーン
8/24 白雪が蘇生するシーン。23-24の2日間は“白雪姫人形”大活躍である。この人形は王子に口づけされ、宇菜に口移しされているが、各々の撮影前にはきちんとアルコールで唇を拭いているから、王子と宇菜は間接キスしてない!
8/25 王宮突入、白雪と王妃の対決。総延長100mの廊下が使用される。この廊下には多数の“ポケット”があり、そこから白雪に味方する兵士、阻止しようとする兵士の双方が出てくる。
8/26 国王と王妃の葬儀、白雪と王子の結婚式
8/27 予備日
この物語には、白雪と狩人の他はごく少数しか居ないシーンが多く、そこに立ち会う人が、多くはアクアが2人いることを知っている人になるようになっている(正確にはそういうキャスティングをした)。
それで実は葉月をボディダブルに使って2度撮影して編集、という作業はそんなに多くは発生しなかった。それでアクアが1人2役をしている割にはあまり時間を食わずに作業は進んでいるのである。
そういう訳で、8/15から始めて本当に2週間で終わるのだろうかと多くの役者さんが心配していたものの、撮影は8/26までにほぼ終わり大半の役者さんが解放された。8/27の予備日は、アクアF・Mと七浜宇菜の3人だけで多少の追加撮影をした。
この映画の主題歌であるが、アクアがアルバムに収録していた『白い恋の物語』をそのまま使用することにし、結果的にシングルカットされることになった。また、ローズ+リリーのアルバムに収録される予定の曲、『白い雪・愛のテーマ』をアクアがカバーすることになった。更にオリンピックが終わって、やっと時間が取れた千里に書いてもらった曲『リンゴのパイ』と一緒に3曲入りシングルを出すことになった(それ以外にサウンドトラックも出る)。
『白い恋の物語』(マリ&ケイ)
『白い雪・愛のテーマ』(甲斐流星作詞・ケイ作曲)
『リンゴのパイ』(翔太&リル子作詞・醍醐春海作曲)
映画が12月公開予定なので、このシングルとサントラは11月に発売予定である。
『リンゴのパイ』のMVでは、アクア(もちろん白雪姫の衣裳)が実際にアップルパイを作って、七浜宇菜・坂出モナ・雨梨美貴子!と4人で美味しそうに食べているシーンなども映っている。
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夏の日の想い出・ボクたち女の子(4)