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■夏の日の想い出・星遮りし恋人(17)
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(C) Eriko Kawaguchi 2021-05-16
葉月はその日久しぶりに休みになったので、自宅の居間で寝転がってネットを見ていた。玄関のピンポンが鳴るのでモニターを見たら母である。
「はーい」
と言って玄関に行き、ドアを開ける。奥の部屋に居た和紗も一緒に出て行く。
「お母さん、お早うございます」
「和紗ちゃん、お早う」
と母も笑顔で和紗(桜木ワルツ)に挨拶する。
「聖子、今日はお休み?」
「うん」
「じゃちょっと来て」
「いいけど」
それで葉月は和紗に「ちょっと出かけてくるね」と言って、カジュアルなブラウスとスカートという格好で母と一緒に出かけた。
(葉月は男物の服を全く持っていない)
昨年夏に妊娠を発表し音楽活動を事実上休止していたXANFUSの音羽(桂木織絵)と光帆(吉野美来)であるが、ふたりそろって2021年3月3日に女の子を出産した。ふたりは同じ病院で出産し、出産時刻も5分違いであった。ふたりは同じ病室に入院して、赤ちゃん2人もそばのベッドに寝せてもらい、幸せそうであった。
(千里によると2人は2020.6.10に“受精”したことが確実なので予定日は3.3だったらしい。つまり予定日通りの出産だった)
美来が産んだ子は“浪織”(ローリー)、織絵が産んだ子は“来稀”(クレア)と名付けられた(読めん!)。お互いに相手の名前から1字取っている。そして2人の名前の頭文字を並べて“ロック”になるという趣向らしい。むろん織絵と美来は、浪織と来稀を一緒に姉妹として育てるつもりである。
千里が何か表を見ながら悩んでいる様子なので、私は声を掛けた。
「まあ冬ならいいか」
と言って、彼女はその表を見せてくれた。このように書かれていた。
浪織 Rh+B
来稀 Rh+B
──────
織絵 Rh-OO
美来 Rh-OO
広実 Rh+AB
優子 Rh+AA
桃香 Rh-BO
「父親は確定したね」
と千里は言った。
「どういうこと?」
「去年の6月9日の深夜(6/10 0:00-6:00頃)、この5人が酔っ払って乱交状態になったんだよ。だから本人たちにも誰が父親か分からなかった」
「広実って誰だっけ?」
「三田夏美さん」
「全員女ばかりじゃん」
「酔っ払った誰かさんのせいで全員数回性転換されている」
「ああ」
私はその状況を想像して顔をしかめた。
「生まれた子供が男の子ならY染色体持っていたのは広実ちゃんだけだから広実ちゃんが父親ということで確定していたんだけど、生まれたのはどちらも女の子だったから、これでは確定しない」
「三田夏美さんだってY染色体は無いのでは?」
「それがあるんだな。あの人、男だったから」
「嘘!?」
「この夜に性転換されちゃって、それでもうこのままでいいと言ったから、女のままになっている。法的な性別も半陰陽だったという診断書もらって訂正したと思う。やり方は教えて弁護士も紹介しておいたから」
「ここ2-3年、半陰陽で性別訂正した人がかなり大量に発生している気がする」
「まず産んだ本人は母親と確定していい」
「まあそうだろうね、普通は」
「だから父親が問題だけど、織絵も美来も父親ではない」
「O型同士では子供は必ずO型になるからね」
「桃香も父親ではない。桃香がRh-で、織絵も美来も同じくRh-だから、桃香の子供であれば、子供もRh-でなければならない」
「織絵も美来もRh-だったのか」
「だからすぐにふたりともガンマグロブリン注射したよ」
「しとかないと、やばいよね」
Rh-の母親がRh+の子供を出産(流産を含む)した場合、放置すると抗体ができてしまうので、次にRh+の子供を妊娠した時にアナフィラキシー反応を起こし、生命の危機もある(昔はそれで随分Rh-の母親が亡くなっていると思う)。それを防ぐには、出産(流産)後72時間以内にガンマグロブリン注射を打つ必要がある。
遺伝子的両親の両方がRh-なら子供は“必ず”Rh-になる。遺伝子的両親の片方がRh+なら、子供はRh+になる“可能性がある”。
(再掲)
浪織 Rh+B
来稀 Rh+B
──────
織絵 Rh-OO
美来 Rh-OO
広実 Rh+AB
優子 Rh+AA
桃香 Rh-BO
「そして優子はA型だからO型の母親との間にB型の子供は生まれない」
「そこがいちばん難しい所だね」
A型の父親とB型またはAB型の母親との間にならB型の子供が生まれることはある。しかしA型の父親とO型の母親であれば、子供はA型かO型である。
↓再掲:両親の血液型と(通常)生まれる可能性のある子供の血液型
「ということで消去法で父親は2人とも広実ちゃんであったことが確定」
「じゃあの子たち本当に姉妹なんだ」
「母親違いの双子だね」
「父親違いの双子なら聞いたことあるけど、そんなのは初めて聞いた」
ギリシャ神話のヘラクレスとイピクレスが父親の違う双子である。ゼウスはアルゴスの王女アルクメネに恋し、彼女の夫・アムピトリュオンの姿に変身して彼女と交わった。アルクメネはその後、本物のアムピトリュオンとも交わったため、父親の違う双子を産むことになった。ヘラクレスはゼウスの子であり、イピクレスはアムピトリュオンの子供である。
父親が違う双子というのは結構存在している可能性があるが、普通は遺伝子検査までしないので分からない(きっと母親だけが知っている)。
「ちなみに千里は父親ではないんだよね?」
と私は確認した。
「千里1は自分を性転換しなかった。男になった桃香と優子には、やられていたけど、織絵・美来には、やられてない。広実は最初に女に変えられてから、その後はずっと女のままだったし」
「やはり乱れてるな」
と私は呆れるように言った。
「取り敢えず私と一緒に来て。お母さんの許可は取ってるから。いいよね?」
とイリヤは、母を見て再確認した。
「まあ好きにすれば?でも私と離婚することは許さないからね」
と母は言った。
「じゃ1ヶ月後に」
「1ヶ月??」
と旅世は物凄く不安そうな顔をした。
峰川伊梨耶(みねかわ・いりや)は1989年生まれで2012春に音楽大学の作曲科を成績トップで卒業した優秀な人である。
在学中から学資稼ぎで下川圭次先生が主宰する下川ドリーム・ファクトリー(通称“下川工房”)のアレンジャーとして活躍した。彼女のアレンジは非常に品質が高かったので、個人ブランド“Il y a”(イリヤ)を付けることを許される。Il y a は彼女の名前をフランス語風に綴ったものだが、フランス語としては"There is"(そこにある)の意味である。
2018年春に下川工房から独立して自分の編曲工房 Il y a un studio (イリヤ・アン・ステュディオ:直訳すると There is a studio:スタジオがある:通称イリヤ・スタジオ)を設立した。
当初は仕事が取れなくて苦労していたが、大量に生産される松本花子作品の編曲および音源の制作指導をほぼ独占して請け負い(一部は台湾の向日葵音楽工作工房でも編曲しているが、制作指導はイリヤの所がする)、一躍中堅の編曲工房に成長した。
イリヤは3人きょうだいの末っ子で長女、つまり上にお兄さんが2人いる。4つ上の長男・拓朗(たくろう)は塾の先生(理科担当)をしている。2つ上の次男・広高(ひろたか)は写真家で、写真スタジオを経営している。結構はやっているようである。きょうだい間で才能の出方が違ったようだ。
イリヤたちのお父さんは高校の数学の先生、お母さんは音楽の先生だが、絵も上手くて二科展の会員である。イリヤは母のピアノを物心つく前から弾いて遊んでいて、自然と音楽家の道を選んだが、広高(ひろたか)は母の画材でたくさん絵を描いていたようである。広高は写真家になったが絵も物凄く上手い。
ちなみに長男は同性愛者であり、自分より5つ年下の男の子と同棲している。その相手の男の子は以前女性と結婚していた時期もあり、その時にできた子供を自分が育てていた(その子を産んだ女性は亡くなったらしい)。それで結局拓朗たち男2人でその子を頑張って育てている。
次男は女装者であり、いつも可愛い格好をしている。しばしばイリヤの“妹”!と思われている。高校までは男子制服で通学していたものの、大学(美術系の大学)に入って以来女装で通している。アーティスト系の人には、割と性別の曖昧な人は多いので、クラスメイトたちからは“ちょっと変わった人”程度にしか思われていなかったと本人の弁。20歳になった時点で名前も広香と改名してしまった。(ひろたか→ひろか、いう“たぬき”:男から女に化けた、とか言っていた)
姉(?)は高校生の時以来、イラストや写真を美術展に出品する時は“峰川広香”の名前を使っていたらしい。
「戸籍の性別も変更するの?」
と当時尋ねたのだが
「去勢したら、それだけでもいいかという気分になっちゃって」
などと言っていたので、
「無理することないと思うよ。性転換手術は身体への負担も大きいみたいだから」
と言っておいた。
その後、本人からは何も聞いてないが、7年前に一度戸籍謄本を取ってみた時は“次男”と記載されていたので、少なくともその時点ではまだ手術もしていなかったのだろう(現在は分からないが)。でもバストは20歳頃の時点でも自分より大きかった!どうも高校生の頃以来、女性ホルモンを飲んでいたようである。まあ女性ホルモンの入手は“容易”だったろうからね〜。
イリヤ本人は性的にはノーマル(自称)で2014年に(男性と)結婚しているが『忙しいから』と言って、新婚旅行無しで結婚式の翌日には仕事に復帰した。2015,2017年に子供を産んでいるが、どちらの時も出産前日まで仕事をし、出産の一週間後には仕事に復帰するという超人的なことをしてみせている。下川社長は1ヶ月くらい休みなよと言ったのだが、自分に編曲して欲しいという依頼が大量に来ているのを放置できなかったのである(完全な仕事中毒)。
なお結婚した時、苗字は峰川をそのまま使用している。彼が
「君はその名前でバリバリ仕事してるから苗字変わると困るでしょ?僕はただのサラリーマンだから苗字変わっても大丈夫だから」
と言って、峰川の苗字を名乗ってくれたのである。これについてはイリヤの祖父(父の父)が凄く喜んでいた(なにせ兄2人の所には曾孫ができる可能性が無い)。彼氏の父は、彼氏が次男だったこともあり妥協してくれた。ちなみに旅世には男の兄弟は居ない。それで峰川を名乗るのは、イリヤの子供2人だけなのである。
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