[携帯Top] [文字サイズ]
■夏の日の想い出・星遮りし恋人(6)
[*
前p 0
目次 8
時間索引 #
次p]
大曽根部長はその日、§§ミュージックに来ると言った。
「アクア君でロミオとジュリエットを撮ろう」
コスモスがあからさまに嫌そうな顔をした。
「その話は『火の鳥』の企画に変わったのでは?」
とゆりこは言ったが、
「ΛΛテレビさんのはそうだろうけど、オリジナルの企画は生きている」
と大曽根部長は言う。
「やはりアクアがジュリエットなんですか?」
と、ゆりこは“期待を込めて”尋ねたのだが
「ロミオとジュリエッの1人2役」
と部長。
「やはりその線か」
「そういう企画にしないとコスモス君が『うん』と言ってくれないよね」
と部長が言うと、コスモスはまだ難しい顔をしている。
「アクアもねばりますよね。もう女の子の身体になってしまったこと、全国民にバレバレなのに」
と、ゆりこ。
「まあアクア君は女の子なんだろうけど、男役もわりと上手いからね」
と大曽根部長。完璧に男装女優扱いである。
しかし、そういう訳で、ロミオとジュリエットの映画が制作されることになったのである。撮影期間は4月いっぱいから、5月頭の連休までの約1ヶ月を予定することになった。
コスモスは山村に指示して、その間のアクアのレギュラー以外の仕事をまた松梨詩恩、米本愛心、羽鳥セシル、Ye-Yo, 木下宏紀、山鹿クロムや三陸セレンなどに振り分けて、代替させてもらう交渉を、広告代理店や放送局などとするように言った。そういう訳で、またまた詩恩・愛心・セシルが忙しくなる(結局セシルは新学年になっても、お昼までで早退するというパターンが続くことになる)
なお、ほのぼの奉行所物語は、昨年の撮影中止の責任を取って、橋元プロデューサーが降板したので、今年の『ほのぼの奉行所物語III』は、稗田プロデューサーが担当することになった。
稗田プロデューサーは、コスモスに“メールして”、1人2役があると、撮影に2〜3割増しの時間がかかるので、感染拡大防止の観点からも撮影時間を短くしたいから、アクア君には南川しの役だけに専念して欲しいという要請をした。
山村マネージャーが調査すると、既に南川和之介役には、男性グループアイドルのメンバー・石橋広也が起用されることになったという報道が明日にも流れるようになっていることが判明した。
それでコスモスは稗田プロデューサーに“電話して”、アクアは女役だけのオファーには応じられないとして降板したのである。それで、アクアは『ときめき病院物語』(2015)から5年間参加したこのシリーズから離れることになった。アクアの後任の南川しの役は、ホワイトキャッツの川内浩佳が務めることになったようである。
コスモスは番組の制作予算も削られて、ギャラが高額のアクアを降ろしたかったのではないかとも思った。南町奉行役の片原元祐さん(超高額ギャラ)、同心山門役の藤原中臣さん(安いギャラでは使えない)なども今回は降板している。またこのシリーズの前身・ハートライダー以来、脚本を書いていた桐生俊郎さんが降板して無名の新人脚本家が採用された。
(片原やアクアの降板もあり、この番組は今年度は制作こそされたものの視聴率が低迷し、半年を待たずに7月で打ち切られてしまうことになる。それで2011年以来の松芝ハートフルアワーも終了した)
しかしわざわざ、つくばみらい市のワープステーション江戸まで行って泊まり込みの撮影をしなければならない時代劇の撮影は、アクアにとってかなり負担になっていたので、それが無くなることでかなりスケジュールが楽になることになった。
そしてその出来た時間に『ロミオしジュリエット』の撮影が入ったのである。
大和映像では、実は1月に“アクアでロミオとジュリエット”を撮ろうという企画が出た時点で、最終的にアクアを使えなかったとしても、ロミオとジュリエットの映画は作ろうということになり、神奈川県内にオープンセットを建設していた。それが実は3月中旬に完成したので、その時点で大曽根部長はコスモスの所に来て、正式オファーをしたのである。
ΛΛテレビの鳥山部長は、ジュリエットがアクアで、ロミオは佐原春樹君を考えていたようだったが、大曽根部長は佐原は人気こそあれ演技力には疑問があると感じていた。
そしてアクアはやはりロミオの方だろうと考え(でないとコスモスが同意する訳が無い)、相手役のジュリエットに、実は、以前の映画で共演したことのある木田いなほ(2021春に高校を卒業した)を考えていた。ところが、木田いなほが、コロナに罹ってダウンしてしまったので、回復を待ったとしてもしばらくはハードな撮影は無理だろうと考え、結局アクアの2役という線に転じたのである。
大曽根部長がそういう経緯を説明すると、コスモスも男女両役ならと(渋々)同意した。
ギャラは“2人分”ということで1.4億円というオファーであった。映画の興行収入を考えるとむしろ安いくらいかも知れないけど、アクア君のギャラ相場をあまり高くしすぎると、彼へのオファー自体を減らすことになるから、などと大曽根部長は言っていた。確かにギャラが30億円などという俳優(ハリウッドにはこのクラスがごろごろ居る)は、企画する側もバクチになってしまう。映画が当たらなかったら確実に会社が潰れる。
ということで、アクアはせっかく“王子様路線”で売っていこうとしていたのに、またまたお姫様役をすることになった(和泉がぶつぶつ言っていた)。
撮影はもちろんいつものように葉月をボディダブルに使って2度撮影して合成する。アクアと葉月は、2度演技する際に、お互いに1度目に相手が演じたのと完全に同じ動きをしてくれる。それで普通のボディダブルを使っての撮影に比べると、かなり楽なのである。なお、コロナのおり、演技は全て無言で行い、あとでアフレコする方式である。
原作の主な登場人物
エスカラス公(Prince Escalus) ヴェローナの支配者
パリス伯(Count Paris) エスカラス公の親族でジュリエットに求婚している。ジュリエットの墓をあばこうとするロミオと争いになりロミオに殺される。
マーキュシオ(Mercutio) エスカラス公の親族でロミオの友人 ティバルトに殺される
キャプレット卿(Lord Capulet) 有力貴族
キャプレット夫人(Lady Capulet) その妻
ジュリエット(Juliet Capulet) その娘(13歳)【女主人公】
ティバルト(Tybalt) キャプレット夫人の甥(ジュリエットの従兄)マーキュシオを殺害し、ロミオに殺される
ジュリエットの乳母(nurse)
ロザリン(Rosaline) キャプレット卿の姪。ロミオの物語当初の思い人
ピーター(Peter) ジュリエットの乳母の侍従
サムプソン(Sampson) グレコリー(Gregory) キャプレット家の使用人
老人(Old Capulet) キャプレット卿の従兄
モンタギュー卿(Lord Montague) 有力貴族でキャプレットと対立している
モンタギュー夫人(Lady Montague) その妻
ロミオ(Romeo Montague) その息子【男主人公】
ベンヴォーリオ(Benvolio) ロミオの従兄で親友。若者たちの中で唯一生き残る。
バルササール(Balthasar) ロミオの従僕
エイブラム(Abram) モンタギュー家の使用人。
ローレンス修道士(Friar Laurence) フランシスコ派の修道士
ジョン修道士(Friar John) ローレンスの手紙をロミオに届けに行った
薬屋(Apothecary) 毒薬を売った
楽士 各幕のオープニングを歌う
語り手(Chorus)
物語の舞台は7月で、ジュリエットは7月末に14歳になると言っている。実際“ジュリエット”という名前がいかにも7月生まれっぽい。原作ではロミオの年齢は明記されていない。
映画の助監督も務める美高鏡子(河村監督の奥さん)はマクラ(アクアF)を捉まえて「ここだけの話」と言って、
「アメリカで結婚するという話は結局どうなったの?」
と尋ねた。
「キャンセルですね」
とマクラは答えた。
「あらぁ」
「去年、『君はダイヤモンド』の撮影が終わった後、いったんアメリカに戻ったんですよ」
「うん」
「でもコロナでアメリカ入国後2週間の自己隔離の義務があるから、それで彼にも会えないまま、自己隔離していたんですけど、その間に『とりかへばや物語』が大変だから、来てくれないかという話が来て」
「ああ」
「それで結局、彼とは1度も会わないまま日本に舞い戻って」
「うん」
「そのことで彼と喧嘩になってしまって」
「いや、それは彼氏の気持ち分かる」
「ですよねー。それで揉めちゃって。結局売り言葉に買い言葉で決裂しちゃったんです」
「わぁ」
「ということで婚約解消です」
「それは大変だったわね。でもそれ仲直りできないの?」
「喧嘩した勢いで、彼、別の女の子とくっついちゃったみたいで。彼女が妊娠したから私との話は無かったことにしてくれと言われました」
「少々不愉快ね」
「大いに不愉快です」
「全くね」
「でもこちらも、もうアメリカには行くなと言う人ができたし」
「**君でしょ?」
「何で分かるんですか〜?」
「だって彼のあなたを見る目がねぇ。だから私、最初彼をパリス役に考えていたのを変更したのよ」
「うーん・・・」
「でも彼、しばしば間違ってアクアちゃんの方を見てる」
「あはは」
「だって、女の子衣装つけてるのはアクアちゃんが多くて、男の子衣装つけてるのはマクラちゃんが多い」
「それもよく分かりますね〜。実は私が女装してアクアが男装すると、同一人物に見えないんですよ」
「そうか!」
「それにアクアは女の子の服を着るのが好きだし」
「まあ、好きだろうね。でもこの衣装はあなたが着てね」
と言われて美高さんが出してきた衣装を見て、さすがのマクラ(アクアF)もギョッとした。
今回の主な配役
エスカラス公(Prince Escalus) 藤原中臣
パリス伯(Count Paris) 白鳥リズム
マーキュシオ(Mercutio) 七浜宇菜
キャプレット卿(Lord Capulet) 倉橋礼次郎
キャプレット夫人(Lady Capulet) 沢田峰子
ジュリエット(Juliet Capulet) アクア【主役】
ティバルト(Tybalt) 松田理史
ジュリエットの侍女(maid) 坂出モナ (乳母をメイドに変更)
ロザリン(Rosaline) 常滑舞音
モンタギュー卿(Lord Montague) 広川大助
モンタギュー夫人(Lady Montague) 万田由香里
ロミオ(Romeo Montague) アクア【主役】
ベンヴォーリオ(Benvolio) 岩本卓也
バルササール(Balthasar) 栗原リア
ローレンス修道士(Friar Laurence) 大林亮平
ジョン修道士(Friar John) 木取道雄
語り手(Chorus) 元原マミ
制作 大曽根三朗
監督 河村貞治
脚本 小森勇子
「なんか物凄い既視感(デジャヴュ)のある配役なんですけどぉ」
「火の鳥の出演者は全員出てるね。元々同根の企画だし」
「ジョン修道士が木取さんって凄く似合ってる」
「ポカの多い人だもんね〜」
「しっかり者のコスモスちゃんがどうしてあんな男の子と、と思った」
「いや、だから似合ってるんだと思うよ」
誰も白鳥リズム・七浜宇菜が男役をすることについて何の疑問も感じてない!ついでに栗原リアも男装なのだが、配役が発表された時点ではパルササールというのが男の役というのが認識されていなかったため、話題にならなかった。
ちなみにリズムも宇菜も剣の扱いが上手い。アクアもうまい。松田君はこの配役を聞いてから、慌ててフェンシングを習いに通ったらしい。
映画のタイトルは『星遮りし恋人』と決まった。これはロミオとジュリエット原作序文(Prologue)にある言葉("star crossed lovers")なのである。
Two households, both alike in dignity
どちらも充分な品格を持つ2つの名家
(In fair Verona, where we lay our scene),
(この物語の舞台となる美しいヴェローナで)
From ancient grudge break to new mutiny,
古くからの恨みが今また新たな騒ぎを引き起こし、
Where civil blood makes civil hands unclean.
市民の血が市民の手を汚してしまう。
From forth the fatal loins of these two foes
この仇同士の家に生まれ出た(*1)
A pair of star-crossed lovers take their life;
星に遮られし恋人たちがその命を落とす。
(*1)loinは一般的には“腰”ということだが、ここでは古い時代の用法で、生殖器を意味する。その2つの家の家系に生まれたものということ。
牛肉の部位を表すsirloin(サーロイン)は腰付近のお肉である。日本語の“ロース”の語源という説もあるが、あれはむしろ roast (焼く)から来たという説のほうが有力。
当時のヴェローナというのは数個の有力な家柄が集まって合議制で市政を動かすシステムが取られていたので、その有力家同士では、熾烈な勢力争いが行われていた。現存世界最古のタロットとして名高い“ヴィスコンチ・スフォルザ・タロット”を遺したヴィスコンチ家もそういう有力な家のひとつである。
この映画の主題歌もアクアが歌うことになり、私たちに制作依頼があった。エンディング曲もアクアが歌うが、琴沢幸穂(千里)が書く。今回はアクアのメインライターである青葉(大宮万葉)が入ってないが、彼女はオリンピック直前で時間が取れない。
挿入歌は、白鳥リズム、七浜宇菜、坂出モナ、常滑舞音、松田理史が1曲ずつ、また出演者のラインナップには入っていないが、三つ葉の月嶋優羽とColdFly5の米本愛心のデュエット曲が舞踏会場面に使用されることになっている(この2人がデュエットするのは5年ぶりらしい)。それで歌曲8曲とBGM4曲を入れた12曲入りのサウンドトラックが発売される予定である。
私とマリは撮影現場にお邪魔した。今日は千里も来ていた。コスモスやゆりこもいる、このふたりはたいていどちらかは事務所でお留守番しているので、両方が出て来ているのは珍しい。今日が撮影初日だからかも知れない。
キャプレット家の舞踏会の場面である。
ここにロザリン(常滑舞音)目当てでロミオ(アクアだが葉月の代役)はベンヴォーリオ(岩本卓也)を伴って仮面をつけて侵入する。ロミオがいることににティバルト(松田理史)が気付き「あの野郎叩き出してやる」と言うが、キャプレット卿(倉橋礼次郎)は「別にいいではないか。彼は紳士だよ」と言って容認する。
会場内をロザリンを求めて歩き回っていたロミオは、偶然出席者の女性と立ち話をしてしまう。が、その彼女に一目惚れしてしまった。彼女を侍女(坂出モナ)が呼びに来たことから、ロミオはそれがキャプレット家の令嬢ジュリエット(アクア)であったことを知り仰天する(原作第1幕第5場)。
[*
前p 0
目次 8
時間索引 #
次p]
夏の日の想い出・星遮りし恋人(6)