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■夏の日の想い出・星遮りし恋人(13)
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(C) Eriko Kawaguchi 2021-05-15
2021年4月12日(月).
上田信希が入学した高校では身体測定が行われた。
信希と雪渡知香(七尾ロマン)はこの日の早朝、自分が今年度受ける講義のリストを高校のサイトに登録した。登録の時にエラーにならなかったので、“必須科目が足りない”とか、“講義時間が重なっている”と言った類の単純ミスは無かったようである。提出期間は月曜日の朝6時から翌日朝9時までである。水曜日までが調整期間で、その間に教室の収容人数の関係で若干の調整が行われる。
木曜日からはその自分が決めた時間割に沿って授業を受けることになる。信希にしても知香にしても、午後は仕事の関係で早引きする可能性もあるので、必修科目は午前中に受けられるように設定し、その件も特記事項に書いておいた。午後の授業の欠課が出る可能性があることから、単位数不足が起きないよう早朝0時間目の授業は全部取っている。それで2人は朝は8時半ではなく、7時半までに登校する必要がある。これは送迎のドライバーさんにも言ってある。
木曜日からはクラスのメンバーも(昼休みの昼食の時を除いて)バラバラになるので、その前にしておくべき行事が水曜日までの間に組まれていた。
それで月曜日に身体測定、火曜日に心電図・内科検診・胸部X線間接撮影が組み込まれていたのである。
「大城さんはどうするのかな?」
と一部の女子の間で、大城令耶のことを心配?する子もいたが、彼女は女子とも男子とも分けて、個別検査されるということで、月曜日は登校してすぐに呼び出され保健室に行った。それで女子の間には安堵する空気が流れていた。
上田信希は「ボクはいいのかなぁ〜」などと思いながら、他の女子と一緒に2時間目の授業(担任の現国の授業)の途中で呼び出され、保健室に行く。このクラスは女子12名(大城令耶を含む)と男子10名の合計22名である。むろん女子と男子は別々に呼び出される。
最初女子が呼び出された時、信希は『どうしよう?』と思ったが、佐枝涼花が「ひろちゃん、何やってんの?行くよ」と言ったので「まいっか」と思い、他の女子と一緒に保健室に向かった。
保健室に行くと、信希のクラスは1年1組なので、先頭だったようである。保健室に入り、服を脱ぐのかな?と思ったら、
「着衣のままで」
という指示があるので、そのまま1m間隔(床に赤いビニールテープが貼られている)で並ぶ。
「おしゃべり厳禁」
と書かれているので、取り敢えずみんな黙って並ぶ。換気のため窓は全開である。
最初に身長を測られる。
上履きを脱いで身長計に乗ると、補助員さんが身長計の測定バーを生徒の頭に乗せてカチッとスイッチを押す。すると測定値がコンピュータに自動入力されるようである。つまり身長は読み上げられない。測定バーは1人測定する度にアルコール消毒している。
続いて体重だが、これも服を着たまま、上履きだけ脱いで体重計に乗る、別の補助員さんがスイッチを押すので、それで測定値がやはりコンピュータに自動入力される。こちらも体重を読み上げたりはしない。
保健室の先生はモニターを見ていて異常がないか確認だけしているようである。
「服の分として1.5kg引いています。鉄の鎧・シャネルNo.5など極端に重い服・軽い服を着ている人は申告してください」
という掲示があった。
信希は“シャネルNo.5”って、何か軽い服なんだろうか?と疑問を感じた。
(60年前のジョークが今の高校生に通じる訳が無い)
しかし女子の場合、特に背の高い子、体重の重い子は、みんなの前で読み上げられると恥ずかしいので、このシステムはコンプレックスを感じなくて済むなと思った。
一応自分の身長・体重は、プリントされた紙を渡されるので、それで知ることができる。
感熱紙にレシートのような感じで印刷され、渡された。
速攻で丸めてゴミ箱に捨ててる子もいた!!
その後、視力検査があるが、これは普通にランドルト環のどこが空いてるかを答えるものである。これも遮眼子は1人ずつアルコール消毒していた。ほんとに大変だなと思って見ていた。
この日はこれで終わりで、そのまま教室に戻る。
保健室の出口の所に2組の雪渡知香がいて目が合ったので笑顔で手を振り合った。
「これなら男女混ぜて測定しても問題無いくらいだな」
と信希は思った。
「ねね、大城さんは何cm何kgくらいかな」
と保健室から教室に戻る途中、誰からともなく話題になる(大城さんは朝の内に測定されているので教室に残っている)。
「180cm 80kgくらい?」
「180cm越えてると思う。182cmかな」
「体重は90kgある気がする」
「あの子、中学時代は剣道部だったらしいよ」
「背が高いと、バレー・バスケット・剣道とか勧誘されるよね〜」
「柔道部にも勧誘されたけど、男子と組み合うの嫌だからと断ったって」
「そりゃ心が女なのに男子と組合いたくないよね」
「相手の男子も組みたくないと思う」
「でも体育の授業でも柔道しない?」
「それいつも先生と組んでたらしい」
「なるほどー」
みんなよく情報集めてるなと感心する。
信希の場合は、柔道の日は割と男子と平気で組んでいた。ボクはアセクシュアルなのかもと自分では思う。男女どちらにも恋愛感情を感じたことがない(睾丸が無いせいかも知れないけど)。でも女子の友人に誘われて一緒にバレンタインのチョコを買いに行ったりはしていた!中学時代の友人たちは自分が男の子に興味があるのだろうと思っていたようだ。女子寮の子たちも同様だけど!
そういう訳で月曜日の身体測定は問題なかったのだが、火曜日は心電図検査、内科検診、胸部X線間接撮影がある。
今日は休んだほうが良くないか?とも思ったが、朝自室でぐずぐずしてたら知香から「そろそろ出るよ〜」と電話が掛かった来たので『ま、何とかなるかも』と思い、登校することにした。
今日も女子は2時間目(化学の時間)に呼び出される。男子は午後からですという指示が朝の段階であっていた。
それでみんなで結構ソーシャルディスタンスを“破った”状態で保健室まで行く。保健室の中に入ると女子の体育の先生から紙袋を渡され
「靴を脱ぎ下着姿になって列に並んで下さい。靴は紙袋の一番下に入れて下さい」
という指示の書かれた紙を指さされる。
「パンティストッキングはどうするんですか?」
と質問している子がいる。
「ガードルやタイツ・パンティストッキングは脱いで下さい」
というお答え。
すぐ先生はその件を掲示に書き加えていた。
それで信希も最初に上履きを脱いでそれを紙袋に入れ、それからスカートを脱ぎ、標準服の上着を脱ぎ、リボンを外し、ブラウスを脱いで各々畳んで紙袋に入れる。しかしちゃんと畳んで入れる子と、適当に丸めて突っ込んでいる子がある。どちらかいうと後者が多い!まあ底辺校だしなあと思う。
下着姿までは問題無いので、そのまま1m間隔で並ぶ。信希は(女子では)2番目なので、先頭の井上弥生に続いて最初からカーテンの中に入ってと言われて中に入る。
弥生が上半身の下着を脱いでカーテンの中に入ってと言われ、キャミソールとブラジャーを脱ぎ、紙袋の中に入れて向こうに行った。すぐに信希も
「上半身の下着を脱いで」
と言われる、
次の順の木崎ルカが入ってくる。
信希は軽く会釈して、自分のキャミソールを脱ぎ、ブラジャーを外した。ルカが
「ほんとおっぱいちっちゃいね」
と小声で言う。
「私、発達遅いみたーい」
と小声で答えておいた。
やがて弥生ちゃんの心電図が終わったようで「そのまま次のカーテンの向こうへ」と言われている。信希が呼ばれて中に入る。心電図の機械がある。女性看護師さん?が電極をアルコール消毒している。事務所の定期健康診断でも毎年受けているので、この機械自体には慣れている、上半身裸のままベッドに横になる。
電極を胸にたくさん付けられる。足にも付けられる。
「安静にしていて下さい」
「はい」
それでしばらく安静にしていると
「はいOKです」
と言われ、電極を外される。それでそのまま次のカーテンの向こうへと言われるので、紙袋を持って進む。弥生は居ないので、もう次のX線に進んだようである。
女性の医師が居る。その前の椅子に座る。
「あなた性的発達が遅れていると言われたことは?」
と医師は信希の小さな胸を見て言う。
「私、少食だから発達が遅いのかも」
「生理は来てるよね?」
「もちろんです」
「前回の生理はいつあった?」
「えっと、4月1日だったと思います」
「その前は?」
「おひな祭りの時だったから3月3日かな」
「定期的に来てる?」
「はい」
「じゃ大丈夫かな」
先生はそう言ってから、信希の胸に聴診器を当てて心音を診ていた。180度回転して背中にも聴診器を当てられる。
「大丈夫みたいね」
「ありがとうございます」
上半身裸のまま、保健室の外に通じるドアを出てレントゲン車まで行って下さいということである。
外に出ると今日は目隠しの衝立が並んでいて、上半身裸を他人の目に曝さないようにしてレントゲン車までいけるようになっていた。授業中なので教室の窓から外を覗く子も居ない。
レントゲン車に入っていくと、まだ弥生が撮影中のようだった。しかしすぐに出て来て、笑顔で微笑むので、こちらも笑顔を返す。交替で撮影室に入る。ドアが閉まる。
「妊娠はしていませんか?あるいはした可能性がありますか?」
と尋ねられる。
「いいえ」
「男の子とセックスした後、次の生理がまだ来ていない場合も申告して下さい。学校には言いませんから」
と再度言われるが
「セックスはしてませんから大丈夫です」
と答えると
「それでは撮影します」
ということになる。
助手の人?が機械を消毒していたのだが、その人が機械から離れた所で、機械の上の部分に顎を乗せ、抱きつくようにする。
それで撮影された。
それで「いいですよ」と言われて撮影室の外に出る。(次の順番の)ルカちゃんが上半身裸で待っているので笑顔で軽く手を振ると彼女も手を振り返してくれる。(信希は女の子の裸を見ても平気である)彼女が交替で撮影室の中に入る。信希はブラジャーを着け、キャミソールを着てから、ブラウスを着て、リボンを結び、制服の上下も着る。その制服のスカートを穿いている最中に次の順番の弓恵ちゃんが来たので、彼女とも手を振る。そして制服のスカートを穿き、上履きを履くとレントゲン車を出た。“帰りはこちら”と書かれた矢印に従って校舎に戻った。
「ふう。何とか気が付かれずに済んだ。助かったぁ」
と信希は思った。
「やはりちゃんとおっぱい育てた方がいいのかなあ」
と信希は本気で悩んだ。
今年はまだ1年生だから“発達が遅れている”で済んだけど、来年も今のままだと、病院に来て精密検査受けてとか言われそう、という気もした。
「おっぱいの無い女はまずいけど、おっぱいのある男はあまり支障が無い気もするし、やはりちゃんと女性ホルモン飲んで育てるべきかなあ」
などとも思う。
信希は自分が女子標準服で登校することを決めた時に、もう“女の人生”を選択してしまったことをまだ明確に認識していない。
信希は“男として生きていく”気は最初から無かったのだが、だからといって女として生きていくのかという問題については、まだ心がふらふらしている。雨宮先生が言っていた“性別保留症候群”に近いのかも知れないとも思う。
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