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■夏の日の想い出・振袖の勧め(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2016-01-29
その日私がKARIONのアルバムの制作作業を終えて帰宅すると、政子が麻央と2人でなにやら写真をたくさん見ているようだった。私はいや〜な予感がしながら「何見てんの?」と言って近くに寄る。
「麻央ちゃんから、冬のかぁいい写真たくさん見せてもらってる」
などと政子は言っている。
私もテーブルに出ている写真を見て
「よく集めたね!」
と感心していた。
テーブルに乗っている写真は私が多分まだ幼稚園の頃からの「女の子姿」の写真ばかりである。
「政子ちゃんから冬の古い写真無いかと言われてさ、(愛知県)江南市時代の古い友だちに片っ端から連絡取ってみたら、これだけ集まった」
などと麻央は言っている。
「この写真は凄い。こんなのどこにあったんだろう?」
と言って私が指さしたのは、幼い私が赤い小鳥の柄の可愛い浴衣を着て、花柄の浴衣を着ている姉の萌依と一緒に写っている写真だ。
「それは(青井)リナが持っていた写真だけど、リナもなぜこの写真を持っていたかは覚えてないと言ってた」
「へー」
「これ何歳の時か分かる?」
と麻央が訊くので、私はガラス戸付きの棚に置いている黒い箱を降ろしてきて、その中に保管していた扇子を取り出す。広げると高山のカラクリ人形の写真になっている。
「すごーい。きれいな扇子」
「あ、平成九年葉月って書いてあるね」
「うん。だから1997年8月。民謡大会に出て、入賞してこの扇子をもらったんだよ。私の宝物」
「だとすると冬は5歳か」
「うん。年長さん」
「これで冬は5歳の時点で既に性転換して女の子になっていたことが確定だな」
などと政子は言った。
「しかし美事に、小学生の時もスカート穿いた写真ばかりだし、中学生の写真はちゃんとセーラー服着ているし、高校も全部女子制服着てるし」
と麻央。
「最初から最後まで女学生だよね」
と私も開き直って言ったのだが、政子が何か考えている風。
「どうしたの?」
「いや、何かあったなと思って・・・・割と隣にいる女学生?」
と政子が言い出す。
「は?」
「なんかそんな感じの曲無かった?」
しばらく考えていた麻央が「ワルトトイフェルの女学生?」と訊く。
「あ、それそれ!」
「ワルトトイフェルが《割と隣にいる》になるのか」
政子は結局紙を持って来て《赤い旋風》を使い『割と隣にいる女学生』という詩を書き始めた。
「このボールペン、私が高校入学の時に買おうとしてお金が足りなくて、麻央からお金借りて買ったボールペンなんだよね」
「ああ、そういえばそんなことあったね。結局政子ちゃんが使ってるんだ?」
「うん。『ちょうだい』と言うんだもん」
「冬って、何かちょうだいと言えばくれるのかな。金の延べ棒を頂戴と言ってみようかな」
「金の延べ棒なんて持ってないよ!このボールペンは麻央がきっと誰かに渡すことになると言ってたからだよ」
と私は言うが
「ボールペンと交換に女の子の服をあげた」
と政子が言うと
「なるほどー。そういうものに弱いのか」
と麻央は納得するように言っている。
「エミール・ワルトトイフェル(1837-1915)は、スケーターズ・ワルツと女学生が有名だね」
と私は話を少し戻して言う。
「可愛い曲を書くよね〜。どんな女性だったのかなあ」
と政子。
「いや、エミール・ワルトトイフェルは男性」
「嘘!?」
「エミールというのは男性名だよ」
「そうだっけ?」
「ジャン・ジャック・ルソーの『エミール』なんてあるし。エミールという男の子の教育について述べた本だね」
「へー。あれ、人の名前だったんだ?」
「ちなみにエミール(Emile)が男で、女はエミリー(Emilie)」
「なるほどー!」
「『乙女の祈り』は誰だったっけ?」
と麻央が訊く。
「それはテクラ・バダジェフスカ」
「その人は女性?」
「女性。この人は本国ポーランドではほとんど忘れられているらしいんだけど、日本では明治時代以来『乙女の祈り』が人気なんだよね」
「ああ、よその国の方が評価が高いという人は時々いるね」
2015年11月8日(日)。例年の各種音楽賞のトップを飾ってBH音楽賞が発表される。ローズ+リリーは今回『雪を割る鈴』で、KARIONが『黄金の琵琶』でゴールド賞を頂いた。これでローズ+リリーは2008年から8年連続受賞である。
(2008『その時』(新人賞)2009『甘い蜜』2010『恋座流星群』2011『神様お願い』、2012『天使に逢えたら』2013『花園の君』2014『Heart of Orpheus』2015『雪を割る鈴』)
この他ローズクォーツ名義で2011年『夏の日の思い出』、KARION名義で2013年に『アメノウズメ』が受賞している。
授賞式ではローズ+リリーが賞状をもらって歌唱した後、AYAが『雨傘』で受賞して歌い、次がKARIONであった。それで私はAYAが歌っている間に大急ぎでKARIONの衣装に着替えて出て行ったが、なんだか周囲の人たちがみんな笑っていた。
今回の受賞メンツの中で特筆すべきなのが福留彰さんである。これまで多数の楽曲の歌詞をKARIONに提供してくださってきたのだが、今回ご自身の作詞作曲・歌による『遠来橋』でこの手の音楽賞を初受賞した。2月にリリースして8万枚もの売上げを記録している。実は福留さん自身の作品が1万枚以上売れたのは初めてなのだそうである。賞状を受け取った福留さんにKARIONの4人で花束を渡したが、福留さんはその花束を抱え、泣きながらこの歌を歌っていた。
11月初旬でやっとローズ+リリーのアルバム制作が一段落(まだ海外版の歌唱録音をしなければならない)したので私はKARIONの方の音源制作に突入した。
今回のアルバムタイトルは『メルヘン・ロード』である。いつもお願いしているソングライターの方々に童話を意識した曲を頂けないかと打診し、各々快諾をもらっている。お願いしたのがだいたい夏頃であったのだが、実際の楽曲は10月頃までにだいたい出そろったのだが・・・・
「蘭子の曲ができてないんだけど」
と和泉が文句を言う。
「ごめーん。ホントに手が回らなかったんだよ。これから頑張って書くからね」
と私は謝る。
「頑張るのはいいけど、品質はキープしてよね」
「それは当然ですよ、森之和泉さん」
「期待しているからね、水沢歌月さん」
2015年12月2日、ローズ+リリーの11枚目のアルバム(3枚目のオリジナル・アルバム)『The City』が発売された。収録曲目は最終的な収録順にあげると下記である。
『摩天楼』(マリ&ケイ)
『たまご』(作詞ナオ&マリ・作曲ケイ)
『灯海』(マリ&ケイ)
『スポーツゲーム』(鮎川ゆま)
『ファッションハウス』(スイート・ヴァニラズ)
『ハンバーガーラブ』(マリ&ケイ)
『ハイウェイデート』(上島雷太)
『仮想表面』(マリ&ケイ)
『短い夜』(マリ&ケイ)
『枕が揺れる』(マリ&ケイ)
『通勤電車』(葵照子・醍醐春海)
『モバイル・ガールズ』(神崎美恩・浜名麻梨奈)
『Flying Singer』(琴娘)
『ダブル』(マリ&ケイ)
ナオは私の親友・横沢奈緒のペンネーム、琴娘は青葉の友人清原空帆のペンネームである。
14曲中『たまご』『灯海』『短い夜』『ダブル』の4曲がアコスティック楽器をふんだんに使った「マリ&ケイ・サウンド」仕立てになっている。他の10曲は電気楽器が主役となる曲である。
当初『ダブル』ももっと電気楽器を使ったアレンジだったのだが、最後の最後になって政子が「この曲はアコスティックにすべき」と言い出し、急遽編曲をしおなして3日で制作した。このため実はプレス作業の開始を1日待ってもらったのだが、それでも何とか発売日までに初動で行きそうな分のCDは用意できた。
さてその『The City』の発表記者会見にはスターキッズを含む伴奏者を20人ほども入れ、『摩天楼』、『たまご』『灯海』『ハイウェイデート』『モバイル・ガールズ』『ダブル』の6曲をいづれもショートバージョンで演奏した。
集まっている記者の数もひじょうに多く、演奏シーンをそのまま生中継するテレビ局もあった。質問も多数出るので私や氷川さんがひとつひとつの質問に丁寧に答えていった。記者会見は30分の予定だったのだが、質疑応答が延びて結局45分ほどに及んだ。
「キャンペーンライブとかのご予定は無いですか?」
「申し訳ありませんが、予定はありません。代わりに各地のCDショップで今回のアルバムのひとつずつの曲に作ったPVを一挙上映しますので、良かったらそれを聴いてから買ってください」
「カウントダウンライブをなさいますが、その次のツアーの予定は?」
「4月くらいに考えています。その後、来年の後半はまたアルバム作りに没頭することになると思います」
「次のアルバムのタイトルは決まっていますか?」
「まだ★★レコードさんの許可をもらってないのですが」
と私は加藤課長を見ながら言う。加藤さんが苦笑している。
「取り敢えず仮のタイトルということで『やまと』というのを考えています。ひらがなで『やまと』です」
と私が答えると、記者さんたちが一斉にメモしていた。
12月6日(日)。今年のYS大賞の授賞式が行われた。
今年の大賞はAYAが1月に出した復帰作『変奏曲』で受賞した。その他優秀賞には、ローズ+リリー『コーンフレークの花』KARION『黄金の琵琶』のほか、山村星歌・松原珠妃・ステラジオ・富士宮ノエル・ゴールデンシックス・南藤由梨奈・斉藤奈々といった面々が揃っていた。
山村星歌は結婚につき休業中だが、休業前最後の曲で受賞。この日は久しぶりにカメラの前に姿を現し、しっかりした声で歌って、一緒に受賞したライバル・富士宮ノエルから花束をもらって笑顔を見せていた。
インタビューにも応じ、新婚生活について訊かれ、さんざんおのろけを言っていた。
「幸せそうですね。星歌さん、ベビーの予定は?」
「まだなんですよ〜。欲しいんですけどねー。マキちゃんに頑張るよう皆さんも言っておいてください」
などと星歌が発言すると、その後大量に本騨真樹のツイッター・アカウントに「子作り頑張ってください」というメッセージが送られ、事情を知らなかった本人が「何これ!?」と驚いたらしい。
また最優秀新人賞はアクアがデビュー曲『白い情熱』で獲得。ホワイト▽キャッツ、丸山アイも新人賞を獲得した。
私たちのアルバム『The City』が発売されたちょうど1週間後の12月9日(水), アクアの初めてのアルバム『閼伽(あか)』が発売された。閼伽というのは仏教用語(サンスクリット語)で水のことであるが、恐らくラテン語のアクアと同語源。東大寺の「お水取り」の水をくみ上げる井戸のある場所は閼伽井屋と呼ばれている。
こちらはアクアのバックバンドを新しく務めることになったエレメントガードのお披露目にもなった。
リーダーの槍田小豆絵(やりだこずえ通称ヤコ)は2007-2009年頃にサイドライトというバンドで活動していた人である。一応メジャーアーティストではあったものの、足かけ3年で出した4枚のシングルの合計セールスが1万枚に到達していない。このバンドは★★レコードの八雲礼朗さんがまだ駆け出しの頃に担当していたらしいが、最近では「ブレイク請負人」の異名もある八雲さんでも、全ての担当アーティストをブレイクさせられる訳ではないということだろう。
彼女を含めてだいたい30歳前後の女性ミュージシャンだけで構成した新編成バンドである。
さてそのアクアの初アルバムの発表記者会見だが、実際にエレメントガードのメンバーの生演奏に合わせてアクアが生歌唱した。歌った曲は10曲収録されたアルバム内から
『翼があったら』(マリ&ケイ)
『テレパシー恋争』(東郷誠一:実際は葵照子・醍醐春海)
『ウォータープルーフ』(上島雷太:実は福井新一)
の3曲である。上島先生はアクアのアルバムに1曲頼むと言われたものの、他のアーティストのアルバムなども抱えていて、本当にどうにも手が回らなかった。しかし自分の息子同然のアクアに適当な曲は渡せない。それで上島先生が唯一使っているゴーストライターで、先生の元恋人(かつ上島先生の娘・貴京−現在小学3年−の母)である福井さんに頼んだのである。福井さんは最初話を聞いた時アクアを上島先生の隠し子の1人かと思い難色を示したものの、高岡さんの子供だというのを聞いてそれならと快諾した。
「あんたたち、なんでそんなにこそこそと子供作ってんのさ?」
と福井さんは上島先生に言っていたらしい。
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