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■夏の日の想い出・振袖の勧め(9)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-01-31  
ムーンサークルの前座が終わってローズ+リリーのステージが始まるまでの休憩時間中には会場の観客に暖かいおでんが振る舞われる。500人の会場運営スタッフの手で3万人の観客に保温バッグの中に入れられたおでんのパックとホットドリンクが配られる。彼らは配り終えると、清掃係に変身してゴミ回収をしてくれることになっている。
 
ゴミ1つ残さないことというのが会場を貸してくれたショッピングモール側との約束である。清掃作業は明日元日に夜が明けてからも再度行われることになっている。
 
出番を待つ私たち歌唱者や伴奏者たちにもおでんとホットドリンクが配られる。私ははちみつレモン、マリは「なんか甘そうなコーヒー」と言ってジョージアのエメラルド・マウンテンをもらっていた。
 
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ところがコーヒーを受け取ったマリが突然変な声をあげる。
 
「きゃー。このコーヒー浮く!」
「え?」
 
実際コーヒーを持つマリの手はどんどん上に上がって行っている。私は慌ててマリの手を押さえた。
 
「ありがとう」
「どうしたの?」
「このコーヒーが上に行こうとするんだよー」
「そんなバカな」
「羽でも生えてるの?」
と近くに居た小風が言う。
 
鮎川ゆまが近寄って来てコーヒーを見る。
 
「あ、分かった。このコーヒー、アルミ缶なんだよ」
とゆまが言った。
 
「どういうこと?」
「マリちゃん、このコーヒー、スティール缶だと思ったでしょ?」
「ん?」
「ああ、これ似たような感じのスティール缶が多く出回ってるもんね」
と和泉。
 
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「スティール缶と思い込んでいたから、スティール缶を支えるのに必要な力で缶を支えようとしたんだよ。ところがアルミ缶は軽いから、重力に抵抗しようとする力が余っちゃって、コーヒーは上にあがってしまったんだな」
とゆまは解説する。
 
「なるほどー!」
 
「そうか。普段意識してないけど、物を持つ時って、それを上にあげようとする力を私たちは加えているのね」
と小風が言う。
 
「うん。それがどのくらいの重さかというのも、だいたい習慣で覚えている。コーヒー缶ってこのくらいの重さだと思っているから、異様に軽かったので筋肉を司る神経が混乱したのが『コーヒー缶が浮いちゃう』現象だね」
とゆま。
 
「恋がうまく行って《舞い上がる気分》なんてのも、似たようなものかもね」
と千里が言う。
 
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「ん?」
「彼氏に告白する前なんて、物凄く重たい気持ちじゃん。いろんなこと考えちゃってさ。それがいざ『好きです』と言ってみたら彼も君のこと思っていたなんて言われた時には、これまで持っていた重たいものが全部無くなって相対的に軽くなる。だからまるで浮き上がるような気持ちになるんだよ」
と千里。
 
「ほほぉ!」
 
「ほら、今詩を書きたそうにしている人が3人もいる」
と千里は更に言う。
 
「えっと誰か紙持ってる?」
とマリが言い
 
「はいはい、どうぞ」
と千里は政子・和泉に白紙とボールペン、私とゆまには五線紙とボールペンを渡した!
 
「相変わらず用意がいいね」
「まあいつもの予定調和だよ。でも冬は歌月とケイの2人分書かなきゃ」
「ノーノーノー、水沢歌月とケイが同一人物なことは秘密。言ってはいけません」
 
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「何を今更」
と多くの声。
 

21:55。スターキッズやその他の伴奏者がステージに出ていく。拍手が起きる。楽器の音の確認をする。やがて今日後半の進行役をしてくれる川崎ゆりこが振袖姿でステージ端に立つとステージに近い席に居て、ゆりこの顔を認識した観客から「ゆりゆり〜!」という声がかかり、ゆりこも手を振っていた。
 
21:59:45。ゆりこが時計を見ながら
「それではこれより2015-2016ローズ+リリー・ニューイヤーカウントダウンライブを開始します」
という口上を述べ、続けて22時の時報が鳴ると、一斉に和楽器の音が鳴り始め少しおいて酒向さんのドラムスの音も入っ最新曲『振袖』の前奏が始まる。
 
そこに私たちが舞台袖から赤と白のドレス姿で出て行くと、3万人の大観客から物凄い歓声と拍手が沸き起こった。例によってマリはユリのような細いドレス、私のはスカート部分がティアードになっていてバラのようなデザインである。
 
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そして私たちはこの楽しい曲を歌い始める。
 
ゆまの吹く笙の音、千里の吹く龍笛の音が会場の上空に鳳凰と龍を呼ぶ。この曲の演奏中、上空を見上げる観客の姿がかなり見られ、スタッフが撮影した写真には複数のUFOが映っていたようである。
 

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今回のライブで多数の楽器を使った『振袖』の伴奏者をどうするかは私たちもかなり悩んだ。音源は使用しないということで、私と七星さんと氷川さんの意見は最初から一致していた。
 
この曲でとても大事なのが笙と龍笛である。
 
音源制作の時、笙は今田七美花(若山鶴海:後の2代目若山鶴乃)が吹いたが、彼女は高校生なので22時から始まるライブには出演できない。そこで、これは鮎川ゆまが吹いてくれることになった。ゆまは本来国営放送の大晦日歌番組に出演する南藤由梨奈のバックバンド・レッドブロッサムのリーダーであるが、同番組は生演奏ではなく録音された伴奏を使用するカラオケ方式である。それでこの日時間が取れたのである。ゆまはここ数年、龍笛を千里に、笙を都内文京区H神社の氏子さんで笙の名手の人に習っている。
 
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一方、音源制作の時に龍笛を吹いてくれた千里はお正月のオールジャパンに40 minutesで出場することになっており1月1日から試合があるし、当然12月31日まで練習がある。しかし音源制作で笙を吹いた七美花が出られない所を龍笛まで他の演奏者に委ねたくなかった。
 
それで千里と話し合った所、大晦日の練習が終わった後、こちらまで駆け付けてくれることになったのである。彼女は18時すぎに江東区での練習が終わった後、東京駅19:44の《あさま625》に乗り、20:44安中榛名着の行程で来てくれた。
 
そして今夜は渋川市の伊香保温泉に泊まり、明日朝の新幹線(高崎6:17→7:16東京)で帰るということであった。
 
「安中榛名の自宅から東京都内に通勤するようなものかな」
 
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(演奏に参加した後は東京に戻る手段が存在しない。安中榛名の東京行きは21:12が最終だし、高崎発最終の22:50にも、安中榛名からは間に合わない。会場から高崎駅までは17kmであるが、必ずしも良い道ではない上に路面凍結や積雪も予想されたため安全運転で行けば1時間以上かかる可能性があった)
 

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『振袖』の演奏が終わった所で私たちは
 
「こんばんは!ローズ+リリーです」
と一緒に大きな声で挨拶した。
 
歓声が収まるのを待ってから私たちは少しおしゃべりする。
 
「今年2015年も残り1時間54分ほどになりました」
と私は残り時間を掲示している電光時計の数字を見ながら言う。
 
「寒い中今日はこういう場所まで来てくださってありがとうございます。温泉の宿泊券とセットのチケットを買ってくださった方はライブが終わったらゆっくりと温泉で身体を温めて旅の疲れを癒やしてくださいね。それから一応座席には温熱シートが敷いてあり、ストーブも入っていますが、毛布も貸せますし、手袋や帽子は300円で販売しておりますので、それもお気軽に巡回しているスタッフにお声をおかけ下さい。トイレは終演後会場を閉めるまで演奏中を含めていつでも利用できますので、絶対に立ち小便などはしないように。立ち小便をしているのを発見したら即刻退場してもらいますので」
 
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と最初に注意事項を話しておく。
 
「立ち小便したら、おちんちん切っちゃうとかは?」
とマリが茶々を入れる。観客席で笑い声が起きる。
「マリはそういうの好きだね〜。でも女の子だったらどうする?」
「うーん。女子の立ち小便は想定外だったな。その時は男子で立ち小便していた人から没収したおちんちんをくっつけちゃうということで」
「数が足りるといいね」
「足りなかったら竹輪でも」
 
あちこちから苦笑が漏れているのを聞いた上で本題に戻る。
 
「さて今冒頭に演奏した曲は12月23日に発売したばかりの新曲『振袖』です」
と私が言うと
「新曲だけど曲を作ったのは随分前だよね」
とマリがコメントする。
 
「うん。曲を書いたのは2008年1月で、まだローズ+リリーのデビュー前。マリが歌詞を付けてくれたのも、6月だったね」
 
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「よくそういう細かい日付覚えてくるね」
「ちゃんと日記に書いてるから」
「私ならその書いた日記が行方不明になるな」
 
観客から笑い声が起きた所で私は伴奏者を紹介する。
 
「この曲の伴奏をしてくれた人、笙、鮎川ゆま、レッドブロッサムのリーダーです」
と私が紹介すると、ゆまは挨拶代わりに笙で素敵な音を出してみせる。かなりの拍手が起きる。
 
「龍笛、村山千里。KARIONの『皿飛ぶ夕暮れ時』で焼きそば投げのパフォーマンスを何度かしてくれたバスケット・日本代表シューターでもあります」
 
と私が紹介すると、この焼きそば投げは見ていた人もかなりあったようで、結構な歓声が上がっていた。
 
千里は
「宣伝していいと言われたので言っちゃいます。元日から4日までと来週末9,10,11日に東京都内・駒沢体育館や代々木体育館などを使ってバスケットボールのオールジャパンが開かれます。お近くの方はぜひ見に来て下さい」
と言った。
 
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その後、私は和楽器奏者全員、ヴァイオリン奏者全員を紹介した上で、スターキッズのメンバーの名前もひとりずつコールした。
 
「それでは次の曲は12月2日に発売したアルバム『The City』の中から灯りの海と書いて『灯海(とかい)』」
 
と私は述べる。この曲にも和楽器がフィーチャーされているので、1曲目の伴奏陣がそのまま残って演奏する。ただし若干の楽器持ち替えもある。ゆまは笙を置いてサックスを持つ。七星さんとゆまと心亜の3人でサックス三重奏である。
 
その後前半は『摩天楼』『たまご』『ダブル』『仮想表面』『虹を越えて』
『ガラスの靴』と演奏し、最後に『コーンフレークの花』を演奏した。
 
ここでダンサーが2人振袖を着てステージにあがり踊り出すので歓声があがる。今回ダンサーをしてくれたのは、ドリームボーイズのダンサー仲間で松野凛子と竹下ビビである。昨年の夏から近藤うさぎ・魚みちるがダンスをしてくれていたのだが、一応1年くらいという約束だったので、今回から交代したのである。ふたりはドリームボーイズが「一応解散」した後も唐突に蔵田さんから呼び出された時のためにダンスレッスンだけは継続していたという。今回蔵田さんの許可も取って話を持って行くと「やるやる。ギャラは親友特別料金でよろしく」などと言っていた。
 
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夏のフェスで近藤・魚ペアが踊った時はムームーから脱いでビキニ姿になったのだが、さすがに真冬の野外イベントではそんなことしたら風邪を引いてしまうので、今回はまず振袖からスタートし、曲の途中でそれを一瞬で脱いで、真っ白い雪のようなドレスに変更した。
 
この振袖は以前ドリームボーイズのライブでも使用したことのある、ファスナーひとつで着脱できる、すぐれものである。
 

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この曲を演奏した後はインターバルとなる。
 
私たちがステージから降りるのと入れ替わりにスリファーズの3人が出てきて司会の川崎ゆりこが
「ゲストコーナーです。前半はスリファーズのみなさんです」
と紹介する。
 
拍手歓声の中、彼女たちのヒット曲を歌い始める。
 
楽屋では私とマリは汗を掻いた下着を交換した上でマリは後半の衣装、私はKARIONの衣装を着ける。その上でトイレに行ってきたらマリは
 
「お腹が空いた」
と言って、事前にオーダーしていたらしいスキヤキ丼を食べている。
 
「マリの胃袋は元気なようだ」
「ケイも何か食べないと、寒い中で燃やすものがないと辛いよ」
 
「うん。今回はそう言われたからおにぎり食べる」
と言って、私は鮭おにぎりを1個と暖かいお茶を飲んだ。私はふだんのライブでは途中では飲み物しか取らない。
 
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スリファーズが10分間ほど歌った後は、KARIONの出番である。
 
「スリファーズのみなさん、ありがとうございました。ゲストコーナーの後半はKARIONのみなさんです」
と川崎ゆりこが紹介する。
 
小風が黄色い車輪の振袖、和泉が赤い花の振袖、私がピンクの鳥の振袖、美空が青い月の振袖を着て出て行く。車輪は風を表しており、花鳥風月の模様なのである。
 
「会場内、ストーブとか入れていてもさすがに寒いね」
と和泉。
「みなさん、毛布とか欲しい人は気軽に言ってね」
と私。
「手袋と帽子は販売なのね?」
と小風。
「うん。身体に直接身につけるものだから衛生上の問題を考えて販売にした。返却後の管理や洗濯も大変だし。でも手袋も帽子も300円だから」
と私。
「消費税は?」
と美空。
「税込み。さすがに1円玉のやりとりまでできないし」
と私は答える。
 
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実際場内でライブ中に多数歩いて回っている売り子の人たちが販売しているロゴ入りの手袋・帽子にティッシュ・ホッカイロ、携帯充電器、有料のホットドリンクや肉まんなど、ライブのパンフレットや写真集、ローズ+リリーのCD/DVDなども基本的に100円単位の値段設定にしてあり、お釣りのやりとりが楽になるようにしている。
 
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■夏の日の想い出・振袖の勧め(9)

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