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■夏の日の想い出・The City(8)
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目次 8
時間索引 #
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11月。正望は司法修習生になって、1年間の修習を開始した。この修習で全国各地の裁判所所在地で、刑事裁判・民事裁判・検事・弁護の実習をするし、また埼玉県の司法修習所での研修もある。そして最後にいわゆる「二回試験」を受けて合格すると法曹資格を得られる。
「冬、正望さんが修習に入る前にちゃんとセックスした?」
などと政子が訊く。
「ううん。別に」
「最後のセックスしなくて良かったの?」
「最後って。二度と会えないわけでもないし」
と私は言う。
「冬って実は男の人に恋愛感情が無いとか?」
「私、むしろ女の子に恋愛感情を持てないんだけど。マーサだけが例外」
「正望さんはセックスしたかったと思うなあ」
「だったら頑張って修習1年間お勤めして、弁護士になって私の所に戻ってきてくれればいい」
「確かに心残りがあった方がいいのかも知れんね〜」
「うん。出発前にセックスとか、映画とかでは死亡フラグだよ」
「言えてる言えてる」
11月8日(日)。その日、政子は珍しく早く起きると
「タコ焼きが食べたいから付き合って」
と言って、私を連れて新大阪行きの新幹線に乗った。
地下鉄で中心部まで行き、政子のお気に入りというお店でタコ焼きを4パック買う。近くの公園の階段に座ってとりあえず1パック開けて食べる。何だか近くで同様に座って食べている人がいるので何となく居やすい。
「美味しいね〜」
「でしょ? ここ好きなんだよね〜。個人的には大阪のタコ焼きBest3のひとつ」
「マーサがBest3と言うのは凄いなあ」
「6月に来た時は新大阪駅の近くで買ったんだけど、あのお店に再度行き当たらないんだよね〜。あれも結構良かったのに」
「曜日とかにもよるんじゃない?」
「かもね〜」
「全てのお店が毎日出ている訳でもないだろうし」
「やはり食べ物って一期一会なんだよね」
「うん。人、物、景色、全ての出会いが一期一会だと思うよ」
「ホテルに行かない?」
「まあ、この残りのタコ焼きを食べる場所が欲しいよね」
それで政子が「以前泊まった時にけっこう気に入ったから」と言って自分で千里(せんり)阪急ホテルのデラックスダブルの部屋を予約、地下鉄で移動した。私は駅から降りてから、あれ?ここって千里(ちさと)の彼氏・細川さんのマンションの近くじゃんと思った。
フロントに行ってチェックインする。すぐそばに中国自動車道と大阪中央環状線(府道2号)が走っていて、中央環状線のインターチェンジ(千里IC)がある。私は千里(ちさと)がこの7年間、何度も何度も愛車のインプレッサで千葉からここまで走ってきて、この千里(せんり)ICで降りて、細川さんとデートしたんだろうなというのを思っていた。
部屋に入ってから政子は
「一緒に食べよ」
などと言うが、私は
「もうお腹いっぱい。マーサが残りは食べてよ」
と言うと
「そう? ひとりで食べちゃうの悪いかなと思ったんだけど」
などと言いながら、窓のそばのテーブルの上にタコ焼きのパックを置き、楽しそうに食べている。
「やはり言っちゃおう」
と政子は照れくさいのか窓の外を見たまま言う。
「私ね、こないだ8月9日に山村星歌ちゃんのライブにゲストで出た後、美空と会ったことにして、実は貴昭とこのホテルで会ったんだよ」
「へー。ここだったのか。でももしかしたら貴昭君と会ったのかもとは思ってた」
「すっごーい!冬ってやはり私のこと分かってるのね」
「マーサのこと好きだから」
「えへへ。私も冬のこと好きだよ」
それでキスする。
「彼とセックスして別れた」
「いいんじゃない?」
「婚約者のいる男の人とセックスするなんて、私、悪い女かなあ」
「それで終わりにしたんだったら、問題無いと思うよ」
「私もっと頑張るべきだったかな。千里は相手が結婚しても諦めるなって言ってたね」
「あの子、諦めてないみたいだしね」
「あれ、やはり千里って細川さんと続いてるんだっけ?」
「だと思うよ」
「すっごーい。不倫してるのか」
「どちらも日本代表だし。バレたらスキャンダルだろうけどね」
「細川さん、写真集出すんだって?」
「そうそう。千里が笑ってた。本人はオリンピック代表を逃したタイミングでそんなの出すなんて恥ずかしいと言っていたらしい」
「ああ。男子バスケはダメだったね」
バスケットの男子日本代表は先日のアジア選手権(9.23-10.3)で4位に留まり、ストレートでリオ五輪の切符を獲得することはできなかった。来年7月に予定されている最終予選(18ヶ国で争い、切符は3または4枚である)に回ることになった。
「今回のアジア選手権では、Best4を決める大事な試合で勝ち越し点を挙げたのが印象的だったからね」
「ああ、大活躍だったんだ?」
「実はあまり活躍してない」
「え〜?」
「印象に残るプレイと成績って必ずしも一致しないんだよね」
「なるほどー」
「その試合で細川さんが取った点数はその1ゴールだけなんだよ。まあスティールとかでは結構活躍したけどね」
「成績がよくても印象に残らない選手もよくいるよね」
「そうそう。大事なところで活躍してなくて辻褄を合わせるかのように点数だけ良い選手もいるんだ」
「歌手でも売れてるのに目立たない人いるよね」
「いるいる。逆に知名度高いのに売れてない人もよくいる」
「どちらがいいんだろう?」
「セールスなんて時の運だよ。やはり印象に残る活動をした人が後の世に名前も残っていく」
「男の娘もさ」
「ん?」
「身体をちゃんと直していても女に見えない人、女にしか見えないのに実は身体を全くいじってない人がいるよね」
「なぜそういう話になる。マーサの思考回路が不思議でしかたない」
「私、可愛い男の娘が好きだもん」
「それは知ってるけどね」
「アクアって男の娘になるつもりないのかなあ」
「彼を男の娘にしちゃいたい人は一杯いるみたいだけど、本人はその気無いから」
「やはり眠っている内に去勢してしまうしかないか」
「やめときなよー」
「その龍虎だけどさ」
と私は言った。
「先日、とうとう高岡さんのお父さんと和解したんだよ」
「何か揉めてたっけ?」
「DNA鑑定では高岡さんの息子だというのがちゃんと出ていたんだけど、それを高岡さんのお父さんはずっと認めていなかったんだ」
「ふーん。それって戸籍上の問題?」
「うん。DNA鑑定の結果が出ているから、裁判所に申請すれば龍虎の父親欄に高岡猛獅の名前を記入することは可能だった。でも高岡さんのお父さんの気持ちに配慮してその申請は8年前からずっと保留していたんだよ」
「へー」
「でも龍虎がこの春からドラマに出てたじゃん。それをちょっと気になって見てしまったら、高岡さんの中学生の頃にそっくりだと思ったんだって」
「へー!ワンティスの高岡さんって男の娘だったのか」
「そういう意味じゃないと思うんだけど」
「そうだっけ?」
「それで一度会いたいと言うから、取り敢えず支香さんと2人だけで会いに行った。それで孫として認めるとお父さん側が言って、それで龍虎も『ふつつか者ですがよろしくお願いします』と言って、祖父と孫として今後は交流していくことになったという話だった」
「じゃ戸籍も修正するんだ?」
「それはしないことにしたらしい」
「なんで?」
「お祖父さん側からすると、アクアがこれだけ売れてから唐突に孫だと認めたらまるで金目当てみたいに思われたくないと言うんだよね。そして龍虎の側からは自分は田代のお父さん・お母さんと仲良くやっているから、別に戸籍上の親とかは無くてもいいと言うんだよね」
「確かに戸籍にそういう記載をすると田代さん夫妻から見たら子供を取り戻されるような気分かもね。7年間育てて来たのに」
「そうそう。だから戸籍はこのままにしておいて、単におじいさん・おばあさんと孫という関係をお互いの気持ちの上で持つだけでもいいんじゃないかということになった」
「気持ちの上でか・・・それ大事なことだよね」
と政子は窓の外に視線をやりながら言う。
「うん。それがいちばん大事。私とマーサだって法的には結婚できないけど、お互い夫婦の気持ちでいるし」
「うん。死ぬまで一緒だよ」
と言って政子は私にキスする。
「もし松山君のこと好きなら、ずっと思っていてもいいと思うよ。彼が結婚してしまっても」
「それは思い切ることにしたんだよ」
と言いながら政子は部屋の窓からホテルの下の道路を見下ろしていた。
「冬も見ていいよ」
と言うので何だろう、と思ったら何と松山君が同年代くらいの女性と一緒に歩いている。松山君は上等の背広、女性も上等のフォーマルスーツを着ている。ふたりの後ろには双方の両親だろうか。50歳前後くらいの感じの夫婦が2組歩いている。
「今日結納だったんだよ」
「鹿児島の彼女の実家でするんじゃなかったんだ?」
「鹿児島遠いじゃん。そしてあまり立派な場所もないし。それで貴昭は東京だし、露子さんは鹿児島だから、中間地点ということで大阪のホテルでしようということになったんだ。ちょうどふたりも大阪に住んでいるし」
「もしかして、このホテルでしたの?」
「うん。12時からだったんだよ」
私はしばらく松山君たちの様子を見守っていた。彼も婚約者も、まさかこんな場所から私たちに見られているとは思いもしないだろう。
「気持ちの問題といえばさ」
と私は言う。
「ん?」
「千里は細川さんと不倫しているつもりは無いんだよ」
「ただの友だち付き合いの範囲だとか?」
「千里はね。今でも自分こそが細川さんの妻であるつもりなんだよ。あの子は。戸籍上の記載と関係無くね。更にあそこの場合、細川さんの妹さんやお母さんもそういう千里の態度を支持している」
政子はしばらく無言で考えていた。
そして言った。
「ずっと疑問に思っていたんだけどさ」
「うん?」
「京平君って実は千里が産んだんじゃないの?」
と政子は言う。
「どうしてそう思う?」
「2月頃だっけ。みんなで集まっていた時、妊娠検査薬使ったじゃん」
「ああ、そんなことあったね」
「あの時、千里は妊娠してるって出てた」
「そういえばそうだった」
「そして気づいた? 千里、7月頃、凄い巨大なナプキン持ってたよ」
「それは気づかなかった」
「あれは産褥用ナプキンだと思った」
「へ?」
「それとさ、7月頃以降千里のそばに寄ると、おっぱいの臭いがするんだよ。今度千里と会った時に、気をつけててごらんよ。こないだの『灯海』の制作の時もやはり臭いを感じたよ」
「・・・・いや赤ちゃん産んだのは阿倍子さんのはず。それに出産したばかりの人がバスケの合宿やって、アジア選手権でも大活躍なんてあり得ない」
「性転換手術した翌日にライブやった冬よりはあり得る」
「私、性転換手術の後は1ヶ月寝てたけど」
「その件はまたあらためて追及するけど、阿倍子さん、おっぱいが出ないって言ってたよね。それと難産だったわりに出産の傷が思ったより小さかったんですよとも言っていた」
「まさか・・・・」
「だから結論」
「ん?」
「冬も赤ちゃんが産める」
「なんでそこに来る訳〜?」
「冬、私の赤ちゃん、頑張って産んでね」
と政子は笑顔で言って私にキスをした。
翌日の朝、ホテルのベッドの中で目を覚ました私は和実からのメールが来ていることに気づいた。そして文面を見て、大いに戸惑った。
《私、赤ちゃんできちゃった》
と、そこには書かれていた。
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