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■夏の日の想い出・振袖の日(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2016-01-15
2007年、私が高校1年生の時の年末。
12月31日の夕方に∴∴ミュージックの畠山社長から電話があった。1月4日にKARIONのデビュー記者会見をするから、当日10時から青山の★★レコードに来てくれないかということである。
「私、別にメンバーではないですし。こないだの音源制作では緊急事態ということで参加しましたけど」
「そんなつれないこと言わないでよ。僕も和泉ちゃんたちも君をKARIONのメンバーだと思っているよ。近い内に君のお父さんにも挨拶に行って、きちんと契約を結びたいと思っているし」
「父との話は少し待って下さい。私自身が父と話し合いたいので」
「うん、分かった」
「1月4日も私は参加しない方向で」
「それは来て欲しいなあ。だって4人で歌う歌なんだからさあ」
「そうですね。そのあたりは音源で流すとか」
畠山さんはかなり粘ったものの、私は何とか拒絶を通した。
ところでこのお正月、私は政子と初詣に行く約束をしていた。それで1月2日、「姫始め」で姫飯、つまり普通の御飯を炊いておかずはまだ充分残っているおせちをつまんで朝御飯とした後、私は出かける準備をして部屋から出てきた。姉からもらったモヘアのピンクのセーターに黒いスリムジーンズを穿いている。
「友だちと約束してたから、初詣行ってくるね」
と私は言う。
「まるで女の子みたいな服だな」
と父が言ったので私は
「お父さん。実はボク女の子になっちゃったんだ」
と言った。
母がドキっとした顔をする。
「あれ?そうだったの?」
と言って、父は笑っている。冗談だと思っているのだろう。
「それで女の子のアイドル歌手としてデビューしたいけど、いい?」
と私が言うと、父は
「おお、構わん、構わん」
などと言って笑っている。
「じゃ確かにお父さんの許可もらったよ」
と私はニコっとした笑顔で言い、
「行ってきまーす」
と言って、出かけて行った。
それを見送って父は
「あれ、萌依の服か?」
と訊いたらしい。
「うん、そうだよ。あの子、ああいう服が似合うよね」
と姉。
母は冬子がとうとう父にカムアウトするのかと思ったのが肩すかしを食った気分だったそうだがが、気を取り直して
「お父さん、ちょっと話したいことがあるのだけど」
と言った。
「いいけど、帰って来てからでいい? 俺もそろそろ会社に出なきゃ。急ぎの仕事がたまっていて」
と言って、父は身支度して会社に出かける。
それで母も父に私の芸能活動のことを話すのは空振りになったと後から言っていた。
一方私は電車に乗って中央線某駅で政子と落ち合った。
「可愛い服を着てきたね」
「お姉ちゃんからもらったー」
「今年はもう女装で行くんだね」
と政子は言ったが
「え?別にこれ女装じゃないけど」
「でも政子の服も可愛いじゃん。振袖だよね?」
「うん。これ小振袖というんだよ。袖丈が短いでしょ。普通の和服よりは長いけど。ヤフオクで2万円で落とした」
「2万円は凄い!」
ふたりで府中本町駅まで移動し、大國魂神社に行く。
まだ1月2日ということで参拝客は多く、私たちは人の流れに沿って歩いていき、拝殿でお参りをした。
境内では雑誌社の記者の目に留まり、ふたり並んでいる所の写真を撮られたりした。この写真は実際に雑誌に掲載されたが、私の高校のクラスメイトには女装の私を見たことのある子が少ないため、詩津紅・若葉・奈緒など数人が気づいただけであったようである。
神社にお参りした後、政子が街に出ようよというので私は一緒に都心方面の電車に乗った。
「花見さんとは会わないの?」
「別に会いたくも無いし」
「政子、本当に花見さんのこと好きなんだっけ?」
「そうだなあ。割とどうでもいいかな」
「どうでもいいって!?」
私は花見さんのこと、そんなでもないなら、私の恋人になってくれない?と言いたい気分だったが、自分自身が男ではなく女でありたいという気持ちとそういう政子への気持ちとの板挟みになっていた。
新宿で電車を降りたのだが、アルタの方に出て少し歩いていたら、献血を呼びかけている人がいた。
「ああ、お正月は血液が不足しがちだよね」
と私が言うと政子は唐突にこんなことを言い出す。
「クイズです」
「ん?」
「車の中でもできます。ベッドがあると、なお良い」
「へ?」
「血が出ます。痛いです。でも愛さえあれば大丈夫」
「えっと・・・」
「さて何でしょう?」
「いや、政子、そういうことはまだボクたちは・・・・」
と私が焦って言うと
「冬、私たちもう16歳だもん。していいと思うよ」
などと言うので私は更に焦る。
「でも、まだ高校生でそういうことしてはいけないと思う。政子、自分を大事にしようよ。ボクは政子のこと好きだけど、せめて高校を卒業してからにしない?」
「勇気を出そうよ。どうせ私、初めてじゃないし」
「え?あ、そういえば一度したって言ってたっけ?」
「冬も体験していいと思うよ」
「でもその・・・・」
「だから行こうよ、献血」
「え!?」
「愛の献血だよ」
「え〜〜〜〜!?」
「冬、何だと思ったの?」
「いや、その。うん。16歳になったら献血できるもんね。行こうか」
それで私と政子は2人で献血ルームの方に行った。
「献血しまーす」
「ご協力ありがとうございます。失礼ですが何歳ですか?」
「ふたりとも16歳です」
「でしたら200mL献血が可能ですね。献血カードか献血手帳はお持ちですか?」
「いえ」
「初めてですか?」
「私は去年の10月にしました。こちらはその時はまだ15歳だったのでできなかったんですよ」
と政子が言う。
政子は確かに文化祭の時にJRCでやっていた献血に協力していた。
「その時は献血カード作りませんでした?」
「どうだったっけ?」
「じゃ新しいカードを発行しましょう」
ということで、私と政子は名前・生年月日・連絡先などを用紙に記入した。
「ご自分の血液型はご存じですか?」
「私はAB型です」
と私。
「冬って変わり者だからABだよね」
と政子。
「そんなの関係あるの〜?」
「血液型と性格は関係あるんだよ。私はごく普通人のA型」
そんなことを言いながら問診を受けてOKが出た後、血液検査を受ける。最初に私が受けたが
「体重が献血できるギリギリの40kgなので、どうだろうと思ったのですが、ヘモグロビン濃度はちゃんと基準値あるから大丈夫ですね」
と言われた。
私の検査表には体重 40.0kg 血液型 AB 血色素量 12.4 と印刷されていた。
次に政子が受けたが、こちらもOKが出る。政子の検査表には
体重42.0kg 血液型 AB 血色素量 14.3 と印刷されている。
「あれ〜? 私ABなんですか?」
「ですよ」
「私A型だと思ったのに」
政子がそんなことを言うので検査ミスがあってはいけないということで再度、さっきとは別の検査キットで検査しているようであった。
「間違いなくABですね」
「うっそ〜? AB型なんて変人ばかりと思っていたのに。血液型性格論って当たらないんじゃないの?」
などと言っている。
「占い師してる知り合いも血液型性格学と六**術はデタラメだって言ってたよ」
「そうだったのか」
それでふたりとも採血ベッドに横たわり血を取られる。私は初めての経験なのでけっこうドキドキしていた。針を刺される時、ちょっと痛かったが、その後はそうでもない。
けっこう時間が掛かるので、まだかな?と思っているうちに、やがて
「終わりました。お疲れ様でした」
と言われる。それで針を抜かれるが、この抜かれる時がまた痛かった。
政子も私と前後して終わり、一緒に休憩室に入る。
「このお菓子とかジュースとか自由に飲んでいいんですか?」
と政子が尋ねる。
「ドリンクは自由ですが、お菓子は1人1個でお願いします」
とスタッフさん。
「1個か。じゃアイスにしようかな」
と言って取っている。私はドーナツを取った。
「そういえば冬は体重ギリギリって言ってたね」
と政子がアイスを10秒ほどでたいらげてから言う。
すると近くにいたスタッフさんが
「女性は40kg以上、男性は45kg以上なんですよ」
と答える。
ん?
政子も「あれ?」といった顔をして、私の検査表を覗き込んでいる。
「血色素量も基準あるんですか?」
「はい。女性は12g/dL以上、男性は12.5g/dL以上です」
政子は含み笑いをしている。私も「そういうことか」と気づいた。
「献血カードお渡ししておきますね」
と言ってスタッフさんが私と政子にカードを渡す。
政子のカードにはナカタ・マサコ AB+、私のカードにはカラモト・フユコ AB+という文字が印刷されていた。
「冬は男の子だったら、この体重とヘモグロビンでは献血お断りされてたね」
と政子はわざわざ言う。
「元々女性は男性より身体が小さいですし、生理があるのでどうしてもヘモグロビン量が男性より少ないんですよね」
とスタッフさんは言っている。
「そうだよね。生理でどうしても血を出すもん。冬、高校生にもなって生理がまだ来てなかったら大変だしね」
と言って政子はおかしくてたまらない風であった。
「冬、そのドーナツ食べないの?」
「え?あ、今食べようと思っていたんだけど・・・・政子に上げるよ」
「さんきゅー。冬、好きだよ」
政子から「好き」なんて言われたら、私、平静な気持ちではいられないよぉ。
休憩後、一緒に献血ルームを出ておしゃべりしながら歩いて行くとISデパートのところで初売りの福袋を売っているそばで、「祝成人・振袖展」などというものをやっている。
「今日成人の日だっけ?」
と政子が効くので
「成人の日は今年は14日だよ」
と私は答える。
それでも何となく足を停めて
「わあ、きれいだね〜」
「これ加賀友禅だね。華やか〜」
などと言っていたら
「ちょっとこちらの友禅の振袖着てみられませんか?」
などとお店の人が言う。
「でも私、小振袖着てきたから、脱いじゃったら自分で着られません」
「終わった後、ちゃんとその小振袖着せてあげますよ」
「あ、それじゃ着てみようかな。こんな豪華な振袖、とても買えないもん」
と政子は結構乗り気である。
「じゃボクここで待ってるから頑張ってね〜」
と私は言ったのだが、
「お友達もご一緒にどうぞ」
などと言われてしまう。
「いや、その私は・・・」
と私は自分は男なのでと言おうとしたのだが、その前に政子が
「うん。冬も着せてもらうといいよ」
などと言う。
それで結局2人ともデパートの中に連れ込まれてしまった。
会議室のようなところが着替え所になっているようである。参ったなあと思いながら中に入る。中には3人ほどの女性がいて、着付け作業中だった。高校生くらいの子が2人ともうひとりは20歳前後の子である。
政子は着付師の人にまず今着ている小振袖を脱がされる。下には長襦袢を着ているが、袖丈が異なるのでこれも交換する必要がある。それで長襦袢も脱がされて肌襦袢になってから、振袖用の長襦袢を着せられていた。
私の方は自主的にセーター・ポロシャツとジーンズを脱ぐ。下にはスリップとパンティを着ている。政子は私の下着姿を見てなんだか頷いている。私はその下着はそのままでいいですと言われ、まずタオルで補正をされる。
「あなたウェストがくびれてるし、バストも結構あるからかなり補正しなくちゃ」
などと言われる。政子がニヤニヤしている。それで補正の後、和装スリップを着せられた。確かに肌襦袢よりこっちの方が手軽である。
政子はもう長襦袢が終わって振袖を着せられている所である。私はこれから長襦袢を着せられ、そのあと振袖に入る。
「あら、あなた振袖着たことある?」
と私の着付けをしてくれている人が言う。
「私、小さい頃から民謡しているので、振袖はけっこう着てます」
と私は答えた。
「それでか。凄く着せやすい。着せられ方を知ってるもんね」
「そうですね」
それで結局振袖を着せる段階で私の方がスムーズに進むので、帯を締めてできあがったのは、結局私も政子もほぼ同時であった。
「おお、きれいきれい」
と私。
「おしとやかな日本女性という感じ」
と政子。
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