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■夏の日の想い出・振袖の日(3)

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「でもあんた性転換手術しなくていいんだっけ?女の子歌手になるんでしょ?」
と母は訊いた。
 
「手術受けた〜い」
と私は正直に言う。
 
「それ手術代いくらかかるの?」
「本格的な手術だと120万円くらい」
「120万か。お父ちゃんに相談しないと無理だなあ」
と母。
「ヴァギナまで作らないなら、もう少し安くなるみたい。実際、本格的な手術してしまうと、半年か最低でも2〜3ヶ月、療養期間が必要なんだよ。だからやるとしたら、ヴァギナまでは作らずに外見だけ女の子にする簡易性転換手術だと思う。年末に若葉に連れていかれた病院では60万円と言われた」
と私は説明する。
 
「60万か。それならあんたの学資保険を解約したら払えると思う」
「ありがとう。でもまあお父ちゃんが知らない内に手術して女の子になったら、それ自体叱られるよね」
と私。
 
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母は少し考えるようにしてから言った。
 
「ねぇ、怒らないから正直に言って。あんた実はこっそり手術してもう既に女の子になってしまっているということは?」
「え〜? まだ手術はしてないよぉ」
「ほんとに?でもあんた、おっぱいはあるでしょ?」
「小さいけどね」
「睾丸はもう取ってるんだよね?」
「まだ取ってないよぉ。取りたいけど」
 
「・・・・もし本当にまだ手術してなくて、こっそり手術受けたくなった時は、反対しないから私にだけは事前に言って」
「うん。ちゃんと言うよ」
 
「女性ホルモンは飲んでるんだよね?注射だっけ?」
「女性ホルモン剤は持ってる。でも飲んでない。実は怖くてまだ開封してないんだよ」
と私が言うと
「それは怖いという自分の気持ちを大事にした方がいい。飲む時はもう後戻りできないんだということをしっかり考えてから飲みなさい」
 
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「うん。でも私、男の子に戻ることはないよ」
と私は母に通告した。
 
「うん。そうだとは思っていた」
と母も笑顔になって言ってくれた。
 
それで私は7時すぎに自宅を出て電車で都心に向かった。
 

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通勤時間帯の前だったのでスムーズに移動することができて、8時半すぎに★★レコードに到着する。畠山さんからもらった入館証を見せようとしたが
 
「ああ、柊洋子さん、どうぞどうぞ」
と言われて、結局顔パスで中に入れてしまう。
 
それで言われていた控室に行くと社長の奥さん・千鶴さんがいて
「この衣装に着替えてね」
と言われ、ピンク色の鳥の絵が描かれたキャミソールを着た上に同様にピンクのポロシャツとミニスカートを穿く。ハイソックスとパンプスも同じピンクのを渡されたのでそれに履き替えた。
 
「なんか凄い短いスカートですね」
「うん。今日は演奏者も伴奏者もこういう格好なのよ」
「和泉たちは別室ですか」
「うん。ここは伴奏者控室。もうひとり後から来るはず」
 
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と言っていたら9時頃、24-25歳くらいの女性が来た。
 
「おはようございます。平原夢夏です」
と彼女は名乗る。後に作曲家として有名になった人である。当時もシンガー・ソングライターをしていたのだが、この頃は全く売れていなかった。
 
「おはようございます。天野蘭子です」
とこちらも挨拶する。
 
彼女は鳥の絵のついた緑色のキャミソールと、その上に緑色のポロシャツを着る。そして緑色の膝上スカートである。私が穿いたのよりやや長いが、充分丈の短いスカートの部類だ。
 
「この年でこんな短いスカート穿くのはちょっと恥ずかしいですけどね」
などと言って笑っていた。
 

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9時20分くらいになって、和泉たちと合流しましょうと言って別室に移動する。すると、そちらには社長と三島さんに和泉・美空・小風がいる。和泉たちも私や平原さんと同じような衣装を着ている。和泉は赤、小風は黄色、美空は青である。
 
「おはようございます」
「おはようございます」
「明けましておめでとうございます。今年もよろしく」
などと言い合う。
 
「でもいよいよデビューだね」
「うん。もっと緊張するかと思ったんだけど、なぜか平常心」
「それでいいよ。平常心でないと、ちゃん歌えないもん」
「デビューの時は足が震えるなんて話も聞くけど、私たち誰も緊張してない」
「こんなに緊張してなくていいのか?と思うくらい」
 
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「でも私たち3人だけだと交通信号だねと言っていたから蘭子が来てくれてホッとした」
などと小風が言っている。
 
「あ、そうだ。平原さん、忘れる所だった。事前にお送りした譜面から少し修正したんですよ」
と言って和泉が新しいスコアを平原さんに渡して説明している。
 
「了解です。使用楽器は何でしたっけ?」
「DGX-220です。ここでのデビューイベントの後、CDショップにもそれを持ち込みます」
「DGX-220なら何度も使っているから大丈夫かな」
 
その会話を聞いて私は「え?」と思った。DGX-220というのはYAMAHAのキーボードである。
 
「キーボードって私が弾くんじゃなかったの?」
と和泉に訊く。
 
「蘭子はコーラスだよ」
と和泉。
 
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「あ、そうだったのか。了解〜。でもコーラスなら私、譜面が欲しい。キーボードかと思って、そちらを練習してた」
 
「あ、ごめんねー」
と言って和泉は私にスコアを渡す。
 
「このC1のパートをよろしく」
「OK」
 
と言って私は譜面を受け取ったものの、顔をしかめる。
 
「これコーラスじゃないじゃん!」
 
スコアを見ると、ボーカルパートがS1・S2・A1・A2と印刷されている所のS2という文字が横線で消されてC1と手書きで書き加えられているのである。
 
「間違いなくコーラス。CはChorusのCだし。但し中身はS2と同じだから」
と和泉。
 
「立ち位置は最前列、私と美空の間で」
「ちょっとぉ!」
 
小風と美空が苦しそうにしている。私は畠山さんを見る。すると畠山さんは
 
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「うん。悪いけど、その立ち位置でコーラスを」
などとまじめな顔で言っている。
 
そして私は今気づいた。私のスカートの丈は、和泉たちのスカートの丈とほぼ同じである。そして平原さんだけが、少し長いのである! つまり私の衣装はそもそも和泉たちとお揃いっぽい。
 
うーん・・・・。
 
私が何か言おうとした時、畠山さんの携帯が鳴る。
 
「はい」
と言って取る。
 
「え〜〜〜!?」
と大きな声をあげる。
 
「ちょっと待って」
と言って時計を見ている。そして決断したように言った。
 
「平原さん」
「はい」
「申し訳ないのですが、緊急事態が起きて。別の場所で演奏してもらえませんか?」
「はい?」
 
「実は11時から横浜でMURASAKIのライブがあるのですが、その伴奏をすることになっていたキーボード奏者が会場の前で飲酒運転の車にはねられたらしくて」
 
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「え!?」
「命には別状無いらしいのですが、病院に搬送されて大変なことになっているらしくて」
 
「その代理をすればいいんですね?」
「ええ。お願いできませんか。時間が無いので、新たに誰か頼んでいる余裕が無いんですよ。ギャラははずみますので」
「分かりました」
「千鶴。向こうの会場にお連れして」
「はい」
 
それで平原さんは社長の奥さんと一緒に出て行った。
 

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「えっと、こちらはどうしましょう?」
と和泉が畠山社長に訊く。
 
「やはり私がキーボード弾きますから、歌は和泉・小風・美空の3人で」
と私は言う。
 
その時、美空が言った。
 
「私の友人でキーボードのうまい人が今たぶん代々木にいると思うんです。その人を呼び出しましょうか?」
 
代々木からなら青山までおそらく30分ほどで来られるはずである。今時刻は9:28。ギリギリ間に合うだろう。最初にメンバーの紹介とかをしていれば何とかなるはずだ。
 
「よし、美空ちゃん、その人を呼び出して。ギャラは充分出すからと言って」
「はい」
 
それで美空が電話を掛けている。相手はなかなか出ないようだ。私たちは時計とにらめっこしながらそれを見ていた。
 
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9:33。もうタイムリミットかな、と思った時に、やっと電話が繋がった。
 
「すぐ来てくれるそうです」
「助かった!じゃ三島君、ここに残ってて、その人の対応を。僕たちはもう下に行く」
「分かりました」
 
それで私は社長と和泉・美空・小風とともに記者会見場のある1階へ降りていく。緊急事態が起きたおかげで、私はうやむやのうちに、和泉たちと並んで歌うのを了承したも同然になってしまった。和泉が記者会見の進行と演奏の演出を説明する。やがて★★レコードの鷲尾海帆さんという女性が来てお互いに挨拶した。鷲尾さんは女性アイドル全般を担当しているらしい。当面の間、KARIONの窓口になってくれるということであった。
 
9:54、控室の方で待機していた三島さんから、美空に頼まれた伴奏者が来たという連絡が入り、私たちはホッとした。連絡が取れて向こうが来てくれることになったのはたぶん9:36くらい。大江戸線から半蔵門線に乗り継いだか、あるいはJRから銀座線に乗り継いだかどちらかだとは思うが、恐らく本人が元々駅の近くか構内に居た上にとてもうまい連絡があったのだろう。代々木から青山まで18分ほどで来れたというのは凄いと私は思った。
 
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そして私は思った。直前にトラブルがあったのに運良く挽回できたのは、このKARIONというユニット自体の運の強さを示している、と。
 

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10:00。
 
畠山社長・鷲尾さんに続いて、小風・和泉・私・美空の順に会見場に出て行く。キーボードの所には黒いドレスを着て長い髪の女子高生くらいの子が就いている。美空が小さく手を振り、彼女も笑顔で手を振り返したので、これが美空の友人なのだろう。私は彼女をどこかで見たような気がしたものの、思い出すことができなかった。音楽関係者なのだろうから、どこかのイベントかライブで会っているのかも知れないと思った。
 
椅子に座ってから部屋を見ると、記者は・・・5人と後ろの方で小型のビデオカメラを持っている女性が1人。寂しいなと思ったが、とりあえずビデオ撮影している人がいるだけでもマシかと私は思い直した。どこかのテレビ局だろうか?これ30秒くらいでもいいからテレビで流してもらうと随分違う。
 
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畠山さんの紹介に続いて、1人ずつ自己紹介する。
 
「KARIONのリードボーカル・ソプラノでリーダーのいづみ。8月14日生れの獅子座です」
「KARIONの愛嬌担当・ファンクラブ会長・メゾソプラノのこかぜ。7月17日生れの蟹座です」
「KARIONの不思議担当・食事係・アルトのみそら。9月10日生れの乙女座です」
「KARIONのサブボーカル・ソプラノで落ち担当のらんこ。10月8日生れの天秤座です」
 
三島さんがデビューCD『幸せな鐘の調べ』を流す中、畠山社長がこのユニットのコンセプトや、活動方針などを話す。それを記者たちはメモしているが質問などは出ない。見ていると、なんだかやる気無さそうな雰囲気の記者ばかり。たまたま時間が空いてたので来たという感じか。
 
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しかしその雰囲気が変わったのが、私たちが実際に歌を歌ってからであった。私たちが席を立ち、和泉がキーボード奏者に会釈をする。向こうも会釈を返して伴奏が始まる。
 
へー!と私は思った。
 
私は歌いながら後ろで弾いている彼女の音を聞いていて、私は、この人の演奏って自分の演奏と似ていると思った。
 
何が似ているかというと、自己流なのである!
 
ピアノ教室とかには通わず、ひとりで見よう見まね・試行錯誤で覚えた弾き方だ。そしてこれは恐らく直前に譜面を渡されて充分読む時間が無かったせいもあるのだろうが、和音の弾き方とかが適当!である。本当はミラドの和音になっている所をラドミの和音で弾いたりしている。
 
恐らく書いてある音符は無視して、CとかDm,G7のようなギターコード表示だけを見て弾いている。実際、練習の時間など無かったし、破綻せずに弾くためには、その弾き方が無難だ。
 
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ただそういうアバウトさの分、かなり即興・初見演奏に強いとみた。
 

歌い終わったところで記者さんが全員拍手してくれる。そしてお互いに顔を見合って何か言い合っている様子。
 
「済みません。サンプルCDとかありませんか?」
とひとりの記者が訊くので畠山さんが
「どうぞお持ち下さい」
と言い、三島さんがCDをその場にいた記者とカメラマン6人に1枚ずつ配った。
 
続いて『小人たちの祭』を演奏。そして最後にポロシャツを脱ぐ。このキャミソールの絵柄は、小風・和泉・私・美空と並んだ時、左右対称になるようになっている。それを見て記者席から歓声があがる。
 
そして私たちが『鏡の国』を歌うと、またまた大きな拍手があり、とても良い雰囲気の中、私たちのデビュー記者会見は終了した。
 
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夏の日の想い出・振袖の日(3)

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