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■春動(24)

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人形美術館の改造(施行:ムーラン建設!:播磨工務店だと危ない)と人形の移動が終わった直後、2月10日(木・さだん)、千里・青葉・真珠(ドライバー兼カメラマン)と“マリアン”は、S市の人形美術館を訪問した。
 
下記の場面は、真珠によりリアルタイムに撮影され、今回の『北陸霊界探訪』のラストシーンとして放送された。
 
この日は、先に真珠と青葉が中に入り、オーナーおよび人形移動作戦の中心となった孫娘・遙佳に挨拶する。美術館は既に改装工事が終わっており、バルコニーが新設されている。ムーラン建設は、今の美術館の壁が弱くてバルコニーを設置すると壁ごと崩れる恐れがあるとして、壁自体を鉄板で補強してくれていた。
 
そしてプライドの高い人形たちはそのバルコニーに並べられている。また孤独が好きな子たちは、仕切りのある所に並べられている。2週間弱休館した美術館も明日の建国記念の日から再開の予定である。
 
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名札付けについて現時点では、ガラスケース内のアンティークドールだけ作業しており、真珠はそれを撮した。そして全ての人形に同様に名札を付けるので、この後は人形が一時的に勝手に移動しても、最終的には自分の名札のある席に戻るはずとオーナーさんが説明した。なお、本格的な名札付けは、たぶん4月以降の作業となる(これは業者にはさせられないので)。
 

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真珠が美術館の入口を撮影している。
 
そこに千里が“マリアン”の手を引いて、一緒に歩いて入ってきた。
 
「ウォーキング・ドール!」
とオーナーさんが声をあげる。
 
「フランス生まれ、ウォーキング・ドールの“マリアン”です。よろしくお願いします」
と千里が言う。
 
「マリアンちゃん?こちらこそよろしくね」
と、屈み込んで人形と同じ視線で、遙佳が挨拶した。
 
それでマリアンはこの日から、ここの美術館に長期出張することになったのである。
 

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千里が提案したのはこういうことであった。
 
人形たちが勝手に動き回らないようにするには、見張りを付けるのがいい。でも例えば警官とかの人形に巡回させるのは、デリケートな人形たちが萎縮する。怖がる子もいる。
 
むしろ人形たちに必要なのは、お母さんである。
 
お母さんが見回るのは、人形たちもかえって安心する。
 
それでウォーキング・ドールの登場となったのである。
 
ウォーキングドールというのは、子供が手を引いてあげると、しっかり一緒に歩いてくれて(家の中くらいなら)お散歩のできる人形である。100年前の技術で、これだけのことができる人形が作られたのは、本当に凄いことである。但し千里が連れて来たウォーキングドールは2000年代に作られたリプロダクションである。さすがに19世紀当時のウォーキングドールで現在でもしっかり動くものは、恐らく世界中でも数体しか残っていないものと思われる。
 
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通常リプロダクションは、実際のアンティークドールから型を取ってヘッドを作り、それを焼成するため、オリジナルより2割ほど小さくなる。しかし、マリアンは3Dプリンタで25%ほど大きい型を作っているので、焼成後は、オリジナルとほぼ同じサイズになっている (1.25×0.8=1.0).
 
“マリアン”は人形作家が、からくり人形師と組んで、既に動かなくなっていたウォーキングドールを研究し、当時の歩行機構を再現して、電子回路など無しでお散歩できるようにしたものである(歩行機構の部品には耐久性の問題から一部ファインセラミックスやプラスチック製品も使用している、また靴もしっかりしたラコステのスニーカーを履かせている)。
 
制作したのはマルセイユの人形工房で、マリアンの姉妹は実は全部で20体ほど居る(同じ型から作っているが、例によって顔は一体一体微妙に異なる)。量産できるものではないし、1体の制作には半年くらいかかる。お値段は聞かないほうがいい。
 
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千里は自分で手を引いてマリアンを館内に連れて来たが、この子に人形たちの間を巡回させるには、手を引いてあげる人物が必要である。
 
それで千里は、その導き役としてて、先日小鳩ホールで使用した後、自宅待機していた巡回ロボット“”(オーケストラ団員たちの命名で、舞音の手で“Sui Sui 1”という名前が描かれている)を連れてきた。なお、車の中でマリアンは座席に座らせたが、スイスイ1号は荷室に入れていた!
 
それでスイスイ1号にマリアンの先導をさせようというのが千里の提案だった。
 
実際にスイスイ1号がマリアンの手を引いて人形たちの間の保守用通路を一緒に巡回している様子を見て、オーナーさんも遙佳も
 
「すごーい!」
 
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と言って感動していた。
 
展示されている人形たちも、この“お母さん”には興味を示していたようである。スイスイ1号(水谷妹の手で顔も描かれている)については「何か変な子がいるが、まあいっか」程度。
 
マリアンはちゃんと導けば方向転換もできる。この導き方は、急遽プログラムを組んで、スイスイ1号に覚えさせた。万一マリアンが倒れた場合はスイスイ1号から指定の電話番号に電話が掛かる。が、通報があったのは、運用開始後1度だけ、通路に掃除用のモップを置き忘れていたのにマリアンが躓いたのがあっただけである
 
巡回のインターバルは調整出来るので、日中は30分に1度、夜間は1時間に1度巡回させることにした。人形の歩みはスローなので、1回の巡回に10分くらいの時間がかかる。
 
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今回の『北陸霊界探訪』は、このスイスイ1号に導かれて、ウォーキングドールのマリアンが人形たちの間を歩き回る様子の映像で閉じられた。
 

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2月11日(祝).
 
編集会議が終わり、解散になった後、青葉は千里と一緒に、真珠が運転するCX-5で帰る態勢だったが、千里が
 
「ちょっと用事を思い出した。先に帰ってて」
と言って、離脱した。
 
(それで青葉を運ぶ車はマーチ・ニスモに変更された)
 

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テレビ局廊下の自販機の前に、邦生がボーっとして立っている。
 
「くにちゃん」
「あ、千里さん」
「何か最近悩んでない?」
と千里が言うと
 
「千里さん、ちょっと相談に乗ってもらえませんか」
と邦生は言った。
 
「うん。何?」
「どこか他人の聞いてない所で」
「じゃ私の車の中で話そう」
「はい、すみません」
 
それで千里は邦生を駐車場に連れて行き、駐めてあるCX-5の鍵をアンロックして後部座席に一緒に乗った。
 
車内に常備している缶コーヒーを1本渡す。
「済みません」
「まあ襲ったりしないから、気楽にね」
「はい」
と言い、邦生は缶のふたを開けて一口飲む。千里も一口飲んだ。
 
「実は私の体質がここ数年女性的になってきているのではないかと、周囲の人からよく言われるんですけど」
 
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「ああ、けっこう女性化してきてるよね。でも女性的になりたいんでしょ?」
 
邦生は少し考えていた。
 
「私自身は男っぽいとか、女っぽいとか、あまり気にしないんですけど、女性ホルモン摂ってないのに女性化しているのなら、肝臓疾患とかも考えられるから、病院を受診した方がいいと言う人もあって。千里さん、どう思います?」
 
「私は医者じゃないよ」
「病院行ったら、男性ホルモンとか投与されそうで。でも自分をあまり薬漬けにしたくない気分で」
 

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千里は
「手を握らせて」
 
と言って、邦生の手を握った。しはらく何か探るようにしていたが、やがて頷くようにしてから言った。
 
「女性化が進む場合、アロマターゼが過剰になっている可能性がある。アロマターゼというのは、体内で生産された男性ホルモンを女性ホルモンに性転換する物質。女性の身体の中では、いったん作られた男性ホルモンがアロマターゼの働きで、女性ホルモンに変化し、女らしい身体を作る」
 
「アロマターゼは男性の身体の中にもあるけど、本来は肝臓で分解されて過剰にならないようになっている。しかし肝臓疾患があると、この分解がうまくいかず、アロマターゼが過剰になり、男性ホルモンがどんどん女性ホルモンに転換され、女性ホルモン過剰になって女性化が進む。だから男性なのに女性化乳房とかがある場合、真っ先に肝臓疾患が疑われる。またアロマターゼは脂肪の中にあるから、脂肪の多い人はアロマターゼが多く、女性化しやすい。お相撲さんのおっぱいが大きいのも多分このせい」
 
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と千里は前提の解説をした。
 
「でも私が見る限りは肝臓にも副腎にも異常は無いよ」
「本当ですか」
「私は医者じゃないから、保証はできないけどね」
「はい」
 

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「くにちゃんの女性化は、むしろ性別軸がずれてることによるもの」
「性別軸!?」
「性別軸は、女性なら0度、男性なら180度、いわゆるふたなりの人は270度、90度も男女中間の形だけど270度とは別の形態」
 
(デンデンクラウドは最初270度“ふたなり”に近い285度に設定したが、その後、バストがあるのは困ると言われて90度“中性”に近い120度に再設定した。その結果クラウドは現在立っておしっこができない(おしっこは女性の位置から出る)が上半身の裸だけ見ると一応男みたいに見える:本当は思春期前の少女に近い。どっちみちもう“裸芸”はできない。彼は男のままにしておくと絶対性犯罪者として捕まる、というのでマリナ・千里・丸山アイ3者の意見が一致した。彼の身体のことを知っているのはケンネルのみ)
 
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「角度があるんですか!」
「いわゆる男の娘には、これが180度に到達してなくて、150度くらいの人がいる。アクアなんかがそのくらいだよ」
「へー」
「だから彼は思春期前の男の子のように性的に未成熟」
「アクアの性別もよく分からないですね」
「普通20歳で思春期がまだ来てないというのは考えられないから、多くの人がアクアは去勢しているのか、あるいは実は女の子なのではと思っている」
「ええ」
 
「女性ホルモンを摂取して女性化していきつつあるMTFさんは190度くらいの状態に近い」
「なるほど」
「あくまで人工的にそれに近い状態にしているだけだけどね」
「ああ」
 

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「くにちゃんの場合は、性別軸が今175度くらい。だから睾丸の機能が低くなっている。それで男性ホルモンの分泌が少ない。でもアロマターゼは通常の男性と同程度あるから、結果的にわずかに女性ホルモン優位の状態になっていて、女性化が進行しているのだと思う」
 
「なぜ軸がずれたんでしょうか」
「笑劇団の呪いのせいだと思うよ」
「やはりあれ呪いなんですか!」
 
「恐らく性転換しちゃった人たちは160度から、ひょっとしたら140度くらいまでずれたと思う。でも、くにちゃんは早々に逃げ出したから軽く済んだ。それでも、たぶんこれ放置してたら、軸はもっとずれていって、女性ホルモンが多くなると睾丸の機能が弱くなるからいづれ加速度的に女性化が進み、乳房も膨らんでいって、5年程度以内に、くにちゃん、性転換手術を受けたい気持ちになっちゃうと思う」
 
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「それは困ります!」
「真珠ちゃんと結婚できなくなるよね。その呪いを除霊してもいい?」
 
「お願いします」
 
それで千里は、靴を脱ぎ靴下も脱いで、スカートがめくれるのも気にせずあぐらをかくと、右手の薬指と左足の中指を接触させた。
 
邦生の身体の中から何かが抜けていく感じがした。
 
邦生はすごくスッキリした気分になった。
 
「次は君の右手薬指で私の左の第10肋骨に触って」
「千里さんの胸に触るんですか〜?」
「除霊に必要なんだよ。人体模型にでも触る気持ちで」
「分かりました」
 
邦生は“第十肋骨”がどこにあるかは知っていたようである。千里が場所を教えなくてもそこに触った。
 
「その状態のまま左手薬指で自分のちんちんに私がストップと言うまで触って」
「はい」
「ストップ」
 
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千里はすぐ「ストップ」と言った。触っていたのは数秒だったが、下腹部付近の“暖かい部分”(実は卵巣のできかけ!)が少し減った気がした。右手も外していいと言うので外す。
 
「これで呪いは除去した」
「ありがとうございます!!」
「もう性別軸がこれ以上ずれることはないよ。ついでに睾丸が女性ホルモンに曝されて機能を失いつつあったのを少しだけ回復させた」
「助かります!」
 
(実は千里は後半の操作で軸を177度くらいまで戻したが、そのことは(言わない方が面白そうだから)言わない。睾丸の機能回復は軸を修正した副作用である。この程度の角度なら、身体は男っぽくもならないが女性化はほぼ停止する(物凄くゆっくり女性化する)はずである:多分真珠の好み)
 
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「これ見料はいくらくらいお支払いすればいいでしょう?」
 
なんか凄いことしてもらった気がするから100万円くらいかなあ、などと思う。
 
「そうだなあ。ダイヤの指輪が欲しいかな」
「ダイヤの指輪ですか!?」
「真珠(まこと)ちゃんに買ってあげなよ」
 
邦生は一瞬顔を赤らめた(やはり性格が女性的になっている)が、すぐ元気な声で言った。
 
「そうします!」
 

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「ところで、性別軸はどうする?」
「え!?」
 
「このままにしておけば適度に女らしくなれる。私も気付かなかったけど、175度は、男の娘として最高の角度だよ。外見的には女に見えるから無理なく女装できるし、たぶん女湯に入ってもバレない。一方で男性機能はあるから、男としてセックスできるし、最高かも」
 
「女湯に入るとか無茶です」
「女湯に入ったら女の裸とか見放題なのに」
「真珠に殺される気がする」
 
「そうかもね。いっそ0度にしようか。完全な女性になって妊娠も可能になる。真珠ちゃんの赤ちゃんを産んであげられるよ」
 
「私が産むんですか〜?」
 
「あるいは270度にする手もある。ペニスもヴァギナもあるふたなり状態になるから、男とも女ともセックスできる。真珠ちゃん男役が好きみたいだし、そういう身体も便利じゃない?真珠ちゃんに入れてもらえるよ」
 
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ヴァギナが無くても日々入れられてるんですか?(さすがに言えない)
 
「あのぉ、完全な男にして頂くことは?」
「せっかく女らしくなってきてるのに、そんなのもったいないじゃん!こんな可愛い、くにちゃんを、男にしてしまうなんて犯罪だよ!」
と千里は本当に嘆くように言った。
 
 
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