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■春動(18)
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金沢ドイルこと青葉は1月24日に、津幡組の他のメンバーと一緒に高岡に戻る予定だった。しかし23日の夜になって青葉から幸花に電話があったのである。
「すみません。報道部の方の新番組『ミュージシャンアルバム』というのの取材で、帰りが3日ほど伸びることになりました」
「え〜?それ困るよお」
「27日には絶対帰りますから、翌日にはそちらに顔を出しますので」
「分かった。よろしくね」
それで24-26日の3日間『ミュージシャン・アルバム』の取材をした青葉はコスモスから「ぜひお願いしたいことが」と言うのを断固拒絶する。そして1月27日(木)、千里に浦和から熊谷まで送ってもらい、能登空港へ飛ぶHonda-Jet
Tigerに乗った。
「じゃ、青葉さんは今日帰ってこられるんですね?」
と青葉の母に電話した幸花は確認した。
「はい。15時すぎに到着予定です。私が迎えに行くことになっていますが、明日はそちらに顔を出すつもりだと言っておりました」
「こちらはかなり切迫しているんです。こちらで迎えに行ってもいいですか」
「はい。いいと思いますよ。すみませんね。ご迷惑掛けて」
それで幸花は真珠に青葉を迎えに行くように言い、真珠は青葉家に駐めてあるマーチニスモ(青葉の車)を運転して能登空港に迎えに行ったのである。
そして真珠が迎えに来たことに驚いている青葉を強引に車に乗せ、金沢の〒〒テレビに連れて行く。真珠は運転しながら、今回取り上げる予定のテーマとここまでの取材経過を、道々説明した。
(青葉が乗ってきたホンダジェットの帰りに奏音と優子の両親が乗った。この分はついでだからタダでいいと言われたので、今回優子は1/30の1往復分3万円しか料金を払っていない)
真珠の説明を聞いて青葉は言った。
「人形が動くとか、盆栽が動くとか、自動車が勝手に動くというのは、実際問題として気のせいだと思うよ」
そんなことを言いつつ、小鳩ホールのは本当に動いていたかも知れないという気もした。
そういえば。あの時、リサさんが真珠に頼まれたと言って再現ドラマの撮影をしたけど、真珠たちはあの時期から“動く人形”を追いかけてたんだなあと青葉は思った(*15).
(*15) あれは実際には千里が、きーちゃんにリサの振りをして撮影してもらったもの。むろん撮影したビデオは真珠に送ってあげている。再現ドラマではあっても凄い迫力であったため、実際の番組クライマックスで使用された。
↑本当に再現ドラマか?間違って本物の浄霊シーンの方を送ってないか??
青葉が霊界探訪編集部に来ると、千里姉も来ているので呆れる。だって浦和の家から熊谷の郷愁飛行場まで、千里姉に送ってもらったのに!
しかし青葉が来た所で、神谷内・幸花・明恵・真珠・初海・青葉・千里による編集部全員会議が行われた。
ここまで取材したビデオを見たりもする。
「でも人形が勝手に動くというのは『おもちゃのチャチャチャ』とか『トイストーリー』とか『くるみ割り人形』とかの世界だ」
と千里が言う。
「どれも、そういう空想から生まれた物語でしょうね」
と神谷内さん。
「くるみ割り人形が書かれたのが19世紀初頭だから、それがこの手の話の起源かも知れないですね」
(ホフマンの『くるみ割り人形とねずみの王様』が最初に書籍の形で世に出たのは1816年であり、前述のドイツの素朴なチャイナドールが生まれるより前の時代である。恐らくもっと原始的な人形だったと思われる。デュマ親子によるフランス語翻案が出たのは1838年で、ここに出てくる人形はドイツの陶器人形かも知れない。プティパによるバレエ作品が初演されたのは1892年で、この頃はビスクドールの全盛期であり、その後の子供向け童話などでも、出てくるお嬢様人形は、フランス人形っぽいイメージが定着している)
「取り敢えず盆栽は全く怪しい所が無い」
というので、千里・青葉・明恵、3人の意見が一致した。
「まあ尺合わせに5秒くらい映してあげよう」
「せっかく取材に応じてくれたしね」
「この人形美術館はやばいね」
と千里も青葉も言った。
「やはりやばいですか」
と明恵は言っているが、明恵はたぶん取材の時も何か感じたはずだ。
「これ“処理”してあげなよ」
と千里。
「うん。どこかのタイミングで行こう」
と青葉。
「でも供養するのはいいけど、勝手に動くのを防止する対策って無いのかなあ」
と明恵が言う。
「それを何か考えたいね。2〜3日中に」
と千里。
この日は青葉が来てから休憩をはさんで5時間くらい打合せたのだが、妙案は浮かばなかった。この日は遅くなるので、いったん解散する。
もう23時すぎである。
「みんなタクシーチケットあげるね」
と神谷内さんは言ったのだが
「家まで帰るの大変だよ。“宿泊所”に行こうよ」
と真珠が言う。
「いいけど、スイートホームに私たちがお邪魔していいの?」
と明恵が訊く。
「全然気にしないで」
と真珠が言うので、結局、幸花・明恵・真珠・初海・青葉・千里の6人は2台のタクシーに分乗して金沢市内の“宿泊所”に向かった。
タクシーはほんの5分ほどで目的地に到着する。
マンションのようなので
「誰かの家?」
と青葉は訊いた。
「ぼくの別宅みたいなものかな」
などと真珠は言っている。
「へー」
それでみんなで7階まで上がる。真珠がカードキーでドアを開ける。
「お邪魔しまーす」
と明恵が言うので、(真珠を除く)他のみんなも同様に言って中に入ると、邦生が驚いたような顔をしている。
「今夜このメンツで泊まるから」
と真珠。
「ここ吉田君のマンション?」
と青葉が言う。
「そそ。ぼくと結婚することになったから、1Kじゃ子供産むのにも狭いし、ここに引っ越したんだよ」
と真珠。
「まだ結婚の約束までしてないぞ」
と邦生が抗議する。
「大丈夫、大丈夫。くーにんが性転換手術とかしてもちゃんと結婚してあげるから」
などと真珠は言っている。
「吉田君とまこちゃん、そんな話になってたんだ!」
と青葉は驚いているが
「ああ、そこまで進展したのね」
と千里が言うので、どうも千里は以前から2人の仲をある程度推察していたようだ。
「でも部屋足りるかな」
と邦生。
「大丈夫大丈夫。千里さんと青葉さんはいちばん奥の部屋使って下さい。幸花さんと初海ちゃんはその隣を使って。私とあっちゃんが手前の部屋を使う」
「ちょっと待て。俺は?」
と邦生。
「リビングで寝てね」
「結局そうなるのか」
“真珠が”冷凍室からピザを出してきてレンジに掛ける。冷蔵庫は大型のものが2台並んでいる。一方でヤカンを2つガス台に掛け。お湯を沸かしている。
「カップ麺くらいしかないけど適当に取って」
といって大量のカップ麺の入った箱を抱えてくる。
「たくさんあるね!」
「宿泊所だからね」
「ここ、布団は10組あるから最大10人泊まれるし、食器もだいたい12-13人分用意してるんですよ」
と明恵が言う。
「ほんとに宿泊所なんだ!」
と青葉。
「俺はもう諦めてる」
と邦生。
「くにちゃんの銀行のお友達もよくここに来て食事したり、家が遠い人は泊まって行ってるし」
と明恵。
それで真珠と明恵は、ペットボトルのお茶(6本入りの箱が10個くらい積まれていた)、人数分の皿とコップに箸を出してきて、ピザをレンジから取り出し、カップ麺にお湯を入れてタイマーを掛けた。
「まこちゃん、なんか既に主婦してる」
「ううん。ここの主婦はくーにんだよ。ぼくはほとんど料理しない」
「なんか料理がうまいの何のとおだてられてる」
「もう一緒に暮らしてるの?」
「ううん。ぼくは実家から大学に通ってるよ。ここは時々来るだけ」
と真珠は言うが
「まあ、時々というか、週に5日くらい来てるみたいね」
と明恵が言うので、青葉たちも2人の関係をだいたい把握した。
「結婚式はやはり2人ともウェディングドレス?」
「もちろんもちろん」
「何で俺がウェディングドレス着ないといけないんだよ!?」
「あ、分かった!まこちゃんがウェディングドレスで、くにちゃんは白無垢とか」
「なんか不思議な組合せだ」
「でも白無垢とタキシードというカップルはいるよ」
「あるよね!」
それでみんなピザを食べ、カップ麺を食べて、更に真珠が出してきた冷凍のチキンをチンしたのを適当に摘まんで食べた。真珠は紅茶を入れ、クッキーも出してきた。
「でも青山君というか、青山さんの所はマジで双方ウェディングドレスで結婚式をあげるみたい」
と幸花が言う。
「そういう方向に行っちゃったんだ?」
「青山さんが妊娠して9月に出産予定」
「青山さんが!?なんで彼が妊娠できるんです?」
「妊娠しちゃったものは仕方ない」
と言って幸花は取材で撮影してきた母子手帳を見せる。
「名前が違うけど」
「戸籍上の夫の妊娠というのは法的に難しいから、奧さんが妊娠したことにした」
「まあ夫が出産するというのは珍しいかもね」
「9年ほど前に大阪で夫婦の夫のほうが妊娠出産したことがあった(斎藤命→星)。2年前には、岡山でも夫のほうが出産したことがあって(武石満彦→令菜)、岡山の2人は病院には入れ替わって受診して、妻が妊娠・出産したかのように装った」
と千里。
「それ青山さんのケースと同じだ!」
青葉はそれって、ちー姉のせいじゃないの?と思った。そしてやはり、青山さんは、ちー姉の“余計な親切”のせいで、赤ちゃん産むことになったのだろうと思った。
「くーにんも、ぼくの赤ちゃん産まない?」
などと真珠は言っている。
「どこで妊娠して、どこから出産すればいいんだよ!?」
と邦生は言っている。
「私が今言った2人のケースはどちらも帝王切開」
「やはり男じゃ産むルートが無いよね」
「その前にどうやって妊娠したのかが疑問なんですけど?」
「でも、まこちゃんたち子供作れるの?くにちゃんは既に去勢済みでしょ?」
「ああ、冷凍精子があるから大丈夫ですよ」
「そうだったんだ、備えあれば安心だね」
「冷凍精子はあるけど、俺去勢とかしてないです」
「今更隠さなくてもいいのに」
冷凍精子は明恵と真珠に「性転換手術受けても子供が作れるように」などと言われて、うまく乗せられて作ったものだが、むろん性転換手術も去勢手術も受けるつもりはない(本人談)。精液の保管費用は“自動振替で”青葉が払っている(本人はたぶん忘れている)。
「睾丸があったら、くにちゃんが女性にしか見えない容姿なのが説明できないよね」
と明恵。
「だから会社ではもう女性行員なんですよ」
と言って、真珠が邦生の名刺をみんなに見せる。
「おお、可愛い!」
「これ撮させて」
と言って幸花がiPhoneを取り出す。
「どうぞどうぞ」
と真珠は言っている。
「銀行では女子制服着てるし、客先訪問する時とかはスカートスーツ着てるし」
(結局真珠はスカートスーツを買ってあげた、邦生はせっかく作ってくれたので一応銀行には持って行ったものの、ロッカーに入れっぱなしで着てない(本人談))
「男子制服着てるし、営業の時は男物のスーツだよ」
「分かった。男物のスーツだけど、ボトムはスカートなのね」
「さすがにスカートタイプの男物スーツは存在しないだろ?(*16)」
「くにちゃんも確実に女の子に進化してるなあ」
「妊娠まであと7cmくらいですよね」
(*16) ファッションショーなどでは、スカートタイプの男性用スーツはしばしば発表されているが、プレタポルテや一般既製品には無いと思う。理解のある百貨店とかでオーダーすれば作ってくれるかも?
筆者は以前、博多の天神コアでエスカレーターに乗ったら目の前に乗っている男性が上は紳士用の背広で、ボトムは共布っぽいプリーツスカートだったのを見たことがある。オーダーして作ったものか似た布のスカートを合わせたのかは不明。ヒゲもあったし、足の毛を処理していなかったので、たぶん女装ではない。
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