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■春動(3)

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幸花が広紀たちに言ったように、この時期『霊界探訪』の取材班は人の足にからみついて転ばせる妖怪“足つかみ”を追いかけていたのだが、雲をつかむような話だったこの事件の解決の糸口は思わぬ所から得られた。10/16-17の短水路選手権が終わった後、10月19日に青葉はホンダジェットで北陸に戻ったが、この飛行機に優子一家が同乗していて、“妖怪足つかみ”の話を聞いた優子の母が“転ばぬ先の糸”を教えてくれたのである。
 
青葉はその話を子供の頃に聞いたことはあったものの、ずっと忘れていた。それで行き詰まりの様相も見せていたこの件の取材も急展開を見せる。『霊界探訪』取材班は手分けして、この話を知っている人を探した所、津幡アリーナの敷地内に立つ辺来里神社の宮司さんが結構詳しい話を知っていた。それで宮司さんや優子母にも番組に出演してもらい、番組スタッフが実際に“転ばぬ先の糸”をしてみて、後日結果報告することにした。
 
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それで慌ただしく、10月29日放送分のビデオが完成したのである(結構ぎりぎりだった)。
 

ところで、常滑真音は『八犬伝』の撮影が10月末に終わった後、11-12月に多忙な日程の間を縫って、水谷姉妹と一緒に『こどものうた・はるのうた』の音源制作をしていた。舞音とスイスイ(水谷姉妹)の録音自体は、五反野の女子寮地下のスタジオで行うのだが(しばしば早朝に起こされてやるので、水谷姉妹もとっても早起き)、オーケストラによる伴奏は、越谷の小鳩ホールでおこなっていた。オーケストラは夏に『こどものうた』を録った時と同様、信濃町バンドのピックアップメンバーである。
 
ボーカルの監修は古城風花(本来はローズ+リリーのプロデューサー)、伴奏の監修は、信濃町バンドのプリンシパル・コンダクター清水春浩と、マスター・コンダクター佐良美結が管理している。オーケストラのスコアは実際佐良さんがほぼひとりで書いている(清書は何人かで手分けして行っている)。
 
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夏に『こどものうた』を収録した時は、オーケストラの音は、熊谷リゾート内の小さなスタジオで録ったので結構音響に不満の声が出ていた。しかし今回は秋に完成した越谷の小鳩ホールを独占使用したので、非常に良い音が録れた。
 
ホールは3000人規模のホールであるが、人間の聴衆が入っているのと同じような音響にするため、座席に3000体の、洋服を着た人形を並べた。この人形は、洋服屋さんなどで使用されていたマネキンの中古を、買い集めてきたものである。だから実に様々なタイプのマネキンが混じっていた。マネキンだけでなく、“離婚して里帰りしてきた”ラブドール(女性が多いが男性や男の娘・女の息子!も居る)まで混じっている。ラブドールは凄く人間っぽいので結構ドキッとすると演奏者たちは言っていた(オーナーの若葉はわざわざ彼女たちを前のほうの席に並べた)。
 
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小鳩ホールでオーケストラの演奏をやっていたのは、だいたい2021年11月いっぱいだったのだが、その噂は制作を始めて1週間くらいの頃に起き始めた。
 
「人形たちの座っている席が毎回微妙に違う気がする」
「この子たち、夜中に勝手に席を移動してない?」
 
指揮者の清水さんが
「誰もわざわざ移動したりしないし、人形は勝手に動いたりしないよ」
 
と言うものの
 
「いや絶対動いている」
と多くの演奏者の声。
 
困ってしまった清水さんは、この“小鳩シティ”(*3)の管理人、佐力梨沙さんに相談した。彼女は両親が日本に帰化した後で生まれたので、生まれながらの日本人だが、フランスとスーダンの血を引いている。肌がやや黒い外人さんに見える。彼女は千里の小学校の時の同級生で、現在越谷F神社の常勤巫女でもある。通常は神社に居て、呼ばれたらスクーターで駆け付けてくる。
 
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(*3) 小鳩シティは、小鳩ホール、小鳩アリーナ、小鳩マンション、および広い駐車場から成る。マンション1階には、コンビニと牛丼屋さんも入っている。
 

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梨沙は巫女衣装でホールのステージに立ち“観客たち”を見渡したが
「怪しい人形は居ないよ。みんないい子だよ」
と言う。
 
「ほんとに大丈夫ですか?」
と不安そうにオーケストラの団員たちが言うので
 
「じゃお祓いの祝詞を上げてあげよう」
と言い、F神社から巫女さんを2人呼ぶと、彼女たちに龍笛と太鼓を演奏させ梨沙は結構長い祝詞をあげた。
 
“外人”の巫女さんが美しい日本語で祝詞をあげるので団員さんたちは「へー」という顔をしていた。
 
彼女は神宮大麻をステージの隅に貼って行ったので、これで団員さんたちも結構落ち着いた。
 

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しかし梨沙は神社に戻ると、千里に電話した。
 
「あれ私の手には負えない。祝詞とお札で取り敢えずは抑えたけど、数日で封印は破れると思う。シサト、手伝ってよ」
 
(彼女は千里のことを“しさと”と呼ぶ)
 
「そういう話なら、専門家を連れて来よう」
ということで、熊谷でアクアが歌う『ワンザナドゥ』のトリビュートアルバムの編曲をしていた青葉が、強引に呼ばれた。千里は深夜、自分が運転する車で、青葉を越谷まで連れて来たのである。
 
「私きついんだけど」
「青葉ならきっと30分で終わる」
と言って、千里は現場を見せた。
 
「これは酷い」
と青葉はホールの人形たちを見て言った。
 
千里は言う。
「何も供養されないまま、ここに連れて来られてるから色々な念が渦巻いている。私の手には負えない。青葉に頼むしかない。依頼料は若葉に出させるから」
 
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『ちー姉だって、このくらい処理できるだろうに』と青葉が思ったら
「私ならこの人形たちをお焚き上げしちゃうくらいしか処理方法を思いつかないもん」
と千里は“声で”答える。
 
また私の心を読んでるし!(青葉が無防備なのも全く進歩しない)
 
「やるから、ちー姉、このホールに結界張って」
「了解」
 
瞬間的にホール全体を囲む結界が出現するので、さっすが!と青葉は思った。
 
青葉はローズクォーツの数珠を持ち、般若心経を唱える。その詠唱がホール内に響き渡ると、人形たちが静かにそれに聞き入っているようである。
 
“珠”を起動する。
 
珠の作用で、水のようなものがあふれだし、人形たちの持つ念を押し流していく。
 
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物凄い量の歓喜の声が聞こえる。青葉はその間ずっと般若心経を唱え続けた。
 
そして静かになった。
 
「終わったね」
と千里。
 
「終わった。もう大丈夫」
と青葉。
 
見ていた梨沙が
「凄かったね!」
と感動するように言った。
 
「青葉さん、今の再現映像撮りたいからもう一度やって」
と言って、梨沙はiPhoneを取り出す。
 
「再現映像?」
「伊勢(真珠)さんから頼まれた」
「あはは」
 

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話を聞いた若葉は、青葉に500万円の処理料を払ってくれた。更に
 
「人形たちが勝手に動かないように見張りを置くといいね」
 
などと言って、§§ミュージックの社員寮(12月オープン予定)にも導入予定の“見回りロボット”の簡易版(会話機能や相手識別機能などが省略されたもの)を1台買ってここに持って来た。そして団員さんたちが作業を終える18時から朝仕事を始める10時までの間、1時間に1回ホール内を巡回させるようにした。団員たちの中にはこのロボットの動きを面白がって、仕事が終わった後ずっとその動き回るのを見ている人たちまで出た。
 
しかしこの最終的には青葉のした処置で、その後は、人形が勝手に動くという噂も消え、団員たちは気持ち良く、童謡の伴奏をしたのである。
 
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青葉は10月末から12月中旬に掛けて、熊谷の郷愁リゾートのコテージ“さくら”で、『ワンザナドゥ』のトリビュートアルバムの編曲をしていた。元々のアルバムは2003年に当事のワンティスが1年近くの時間を掛けて制作したアルバムだったのだが、高岡猛獅の急死に伴うワンティスの活動休止により、発売が延期されたまま放置されていたものである。そして延期されている内に音源自体が行方不明になっていた。それを§§ミュージック社長の秋風コスモスが偶然発見し、それでこれを18年ぶりに発売しようということになった。ところがここで、ケイ・千里・コスモス・雨宮三森の四者極秘会談で、このようなことが話し合われた。
 
・このアルバムを18年前に発売していたら、ミリオンになっている。しかし今更発売しても5-6万枚しか売れない、
 
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・そこでこのアルバムを高岡猛獅の“娘”(全員“娘”でよいことにした)であるアクアにカバーさせ、トリビュートアルバムを発売したらそのアルバムは間違いなくミリオン行く。
 
・しかしアクアに昔のアレンジのまま歌わせても、アクアらしくない音源になる。当事のワンティスは25歳だった。だから今25歳くらいのミュージシャンに新たなアレンジをさせて、そのアレンジでやはり20代のハンドに伴奏させて音源を作ったほうがいい。
 
それで、アレンジャーとして、アクアに多数の楽曲を提供している青葉(24)が起用されることになったのである。コスモスが言葉巧みに青葉を高岡から熊谷に呼んで作業をしてもらった。
 
(それで青葉は短水路選手権の後10/19に高岡に戻っていたのがまた10/29に熊谷に出てくることになった)
 
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2021年の青葉の所在
 
12/30 能登→郷愁 RC大賞の授賞式に出る
1/01 熊谷→小浜 ローズ+リリーのライブに出る
1/02 小浜→熊谷 作曲家アルバムの取材
1/06 熊谷→能登 帰宅
2/02 能登→熊谷 ジャパンオープン・作曲家アルバム
2/12 熊谷→能登 帰宅
3/06 能登→仙台 震災イベント
3/08 東京に移動 作曲家アルバム
3/13 熊谷→能登 帰宅
3/27 能登→熊谷 千里と貴司・桃香の結婚式/日本選手権/代表合宿(熊谷)
4/16 熊谷→能登 帰宅
6/01 能登→熊谷 ジャパンオープン
6/07 熊谷→能登 帰宅
7/20 能登→熊谷 東京オリンピック
8/16 Jヴィレッジで宇宙飛行士オーディションに出る
8/18 水連で鈴木会長と会い、現役続行を決める
8/19 熊谷→能登 帰宅
8/25 能登→熊谷 作曲家アルバム/舞音ちゃんタロット
10/04 熊谷→能登 帰宅 10/13 新居打合せ
10/14 能登→熊谷 短水路選手権
10/19 熊谷→能登 当日土地受け取り
10/29 能登→熊谷 トリビュートアルバム編曲
(年内は熊谷・浦和に滞在)
12/09 日帰りで高岡まで行き、青葉の新居を見る。
 
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伴奏は“ゼロティス”という臨時編成のバンドを構成した。これはアクアの通常のバックバンド“エレメントガード”はアクアの通常の仕事の伴奏で多忙であり、とてもこういう仕事を割り込ませる余裕が無いこと、そして彼女たちでは年齢が高すぎるからである。技術が多少未熟でも“若い”音が欲しかったのである。
 
ゼロティスの主体は、実はColdFly5を起用した。彼女たちは17-23歳で若い。そして若い割りには結構上手い。これにコスモスは“青葉人脈”の演奏者を追加した。東京に住んでいる上野美津穂(Cla)以外は、北陸から呼び寄せている。
 
田中世梨奈(Fl)は、〒〒スイミングクラブのスタッフなので、青葉が言えば、2〜3ヶ月東京に来てもらうのは全く問題無い。
 
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日高久美子(Sax)は無職だったので、そのまま連れてきた。
 
吉田邦生(Tp/Tb/Horn/Tuba)はH銀行の行員だが、東京への長期出張として処理された。これは青葉と銀行の課長さんとの電話で決まり、本人は能登→熊谷の飛行機の中で話を聞かされた。
 

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しかしそういう訳で邦生は11月1日の朝唐突に
 
「ちょっと東京まで出張してきて」
 
と言われて、2-3日分の着替えしか持たずに、自分のバイクで能登空港まで行き、§§ミュージックのホンダジェットに乗った。そして3ヶ月くらいの仕事と聞いて仰天した。
 
制作作業をする五反野の研修所に付属する寮8階の部屋を与えられた邦生は、取り敢えず真珠に電話した。
 
「突然2〜3ヶ月の出張になってさ」
「え〜?3ヶ月も逢えないの?夜が寂しいよぉ」
「人が聞いたら誤解するようなこと言うな!」
 
ともかくも邦生は彼女に能登空港に駐めっぱなしにした自分のバイクの回収を頼み、またこちらに着替えを送ってくれるように頼んだ。真珠は邦生の部屋の鍵を持っているし、バイクのスペアキーの置き場所も知っている。また邦生は色々お金の掛かることも頼むかもと言って、彼女の口座に取り敢えず5万振り込んだ。そして時々でもいいから、自分の部屋の郵便物チェックを頼むと言った。
 
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翌々日には、真珠からの荷物が「バレ・ドゥ・ラ・メール802号室吉田邦子様」宛で届いたが(わざと女性名にしている)、中身が美事に女物ばかりなので、呆れた。元々邦生が持っていた女物の下着や服に加えて、かなり買い足して送って来たようである。更に、邦生のお化粧品セットに“ウィスパーさらふわスリム”まで入っていたが、ナプキンとかどうしろというんじゃい?と思った。
 
下着は別に誰かに見せるものでもないので、女物でもいいことにしたが、真珠が送って来たアウターのボトムはスカートばかりだったので、邦生はユニクロの通販でレディスパンツを3本買った(前述のように邦生は女性体型なので、紳士用のズボンが入らない)。
 
邦生の不在中、アパートは女子の友人たちの集会所と化していた(普段からそうだった気もする)。一応郵便物はDMや請求書の類い以外は、毎週1回まとめて送った。請求書は真珠がコンビニで払っておいた。
 
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邦生はこの五反野の“女子寮”に2ヶ月ほど滞在したが、ここが男子禁制の女子寮であることに、最後まで気付かなかった。なぜ気付かなかったのかは知るよしも無い!?
 
ちなみに邦生は緊急時のために、寮の事務をしている海浜ひまわりに保険証のコピーを取られたが、邦生の保険証が「性別女」になっているので、ひまわりも邦生の性別には何の疑問も感じなかった。青葉はコスモスに邦生の性別はちゃんと伝えているのだが、コスモスは彼を男の娘さんなのだろうと誤解したふしがある。実際の邦生にも会っているが、見た目ふつうに女性に見えるので
 
「さすが青葉さんの知り合いの男の娘は完璧だ」
とコスモスは思った。
 
(青葉人脈の男の娘:鐘崎絢水→葉月の付き人、谷口翼→招き猫バンド)
 
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なお毎度性別の怪しい子が入居すると、密かに?隠しカメラや盗聴器などを仕掛けて、入居者の性別を確認しようとする“女子寮情報部”の面々は、邦生については何の疑惑も感じず、普通に女性と思ったので、隠しカメラを仕掛けたりすることも無かった!
 

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