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■春動(22)

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真珠がオーナーさんに言った。
 
「正式には、後日放送局の責任者が申し入れると思うのですが、この子たちの展示会を開くことはできないでしょうか。金沢の適当な施設で」
「展示会ですか!」
 
「〒〒テレビの主催で。“ビスクドール展・フランス人形・ドイツ人形の魅力”みたいな感じて。3月あるいは4月くらいにでも」
「それは考えてもいいです」
 
「もちろんテレビ局から、こちらの美術館さんには適当なお礼をお支払いしますし、運搬はテレビ局が責任もって行います。なんでしたら、特に大事な子は私と沢口が責任持ってお運びするのでもいいですし」
 
「それは、業者さんより、あなたたちに是非お願いしたい!」
 
とオーナーは言い、これから日程を詰めるものの、金沢でビスクドール展が開かれることになった。結果的にはこの展示会の協力金により、今回の美術館の改装費(材料費だけだけど)はほぼ、まかなえたのである。
 
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青葉がオーナーに言った。
 
「ここに居る人形たちって、たぶん各々固有の名前を持っていますよね」
「はい」
「その名前を確認できますか?」
「受け入れ簿を調べればほぼ分かると思います」
「もし可能だったら、その名前をですね。人形の前に会議室の名札みたいにして表示してあげられないかなと思って」
「それは膨大な手間がかかりますけど、やる価値があると思います」
 
これは実は駐車場で自分の車を駐めた場所が分からなくなる対策のひとつとして、いくつの商業施設の大型駐車場が、行っているものの真似である。明恵・真珠・初海があちこちの駐車場を見て回っていて見付けた。
 
各駐車枠に固有の番号(N347みたいな)を大きく表示しているので、利用者はその番号を覚えておけば、容易に自分の車を見付けることができる。実際には多くの利用者はスマホでその番号を撮影しているようだ。
 
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人形美術館でも、各々の人形の前に自分の名札が出ていれば、万一人形が勝手に移動しても、最終的には自分の席に戻るだろうという考え方である。
 
青葉がその趣旨を説明すると、
「小学校の教室みたいで面白いかも知れないですね」
と楽しそうに言った。
 
青葉はこの機会に人形の名簿をパソコンで管理しませんかと勧め、それは名札の件と合わせて孫に相談してみると言っていた。
 
この作業は、実際には業者に依頼して受け入れ簿を丸ごとパソコンに入力してもらった上で、複数の名前を持っている子の名前選択に関しては渡辺さんとプログラマーさんが話し合いながら試行錯誤した(結構微妙なロジックになった)。名前が不明な子については、孫の遙佳に投げて、彼女が命名してあげた。
 
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そしてこの作業中にオーナーも人形の性別を勘違いしていた子が数人あったことが判明した!優しい顔立ちだと大抵女の子だと思っちゃう!!。
 
(その子たちはかえって女の子の服を着せられて喜んでいたりして!?)
 
名札の制作も業者に丸投げしたが、名札を立て、また人形の服にも名札を貼り付ける作業は、デリケートな作業なので、孫の遙佳とその友人たちがやってくれた(報酬はパン食べ放題!←バイト代払うより高くついたりして)。それで夏までには、全ての人形に名札が付くことになる。
 

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千里がオーナーに言った。
 
「渡辺さんは、W神社をご存じですか」
「あ、はい」
 
「実はそこで供養を待っている人形たちの中にビスクドールが居るのに気がつきまして」
「ああ。居ますか。捨てられた人形たちを見るのが辛いので、あそこには行かないようにしていたのですが」
 
「ビスクドールを12体保護しました。この子たちはかなり心が疲れているし、雨風に曝されて身体も傷んでいるので、身体と心のオーバーホールが必要です。それはこちらでしますから、そのオーバーホールが終わった後で、こちらで養女にして頂くことはできないでしょうか」
 
「オーバーホールを終えた後だったら、引き取れると思います。でもあまり予算が無いのですが」
 
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「無償譲渡でいいんですが、それだと人形たちが「私たちタダなの?」と嫌がりそうなので、1体5000円、12体合計で6万円とかでは如何でしょうか」
 
「そのくらいなら全然OKです」
 
「これ現在の写真です。まだオーバーホールしてないので、顔が疲れていますが」
と言って、千里は12体の写真を見せる。
 
「パプリカ!エリー!ティルダ!」
とオーナーは驚いている。
 
「この子たちを見て保護しなければと思ったので、神社さんと交渉して引き取らせて頂きました」(*17)
 
「保護してくださって、ありがとうございます。こんな子たちがいたなんて」
とオーナーは言った。
 
「良かったら、この子たち12体のお洋服を作っていただけません?着ていた服は雨で傷んでるんですよ。たぶん脱がせる時に崩壊します。身体のサイズは後で連絡しますので」
 
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「作ります!」
 
実際には身体が“全交換”になった子がほとんどであった。千里の眷属・太陰が、元の身体のサイズを推定して、元のボディと同じ形式のボディを新製した。
 
ビスクドールの多くは首から上(ヘッド)だけが陶磁器で、身体はコンポジションや、ぬいぐるみである。(ごく一部全身ビスクの子もいるがこの12体には居なかった)。これらの素材は雨に当たると崩壊したり悪臭を放つようになり、全交換が必要である。
 
この子たちの心のメンテは多分、新しい身体に新しいお洋服を着せて落ち着かせた後で(青葉が!)始めることになる。
 

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(*17) 実は昨日の午後、ホテルで待機している間に神社から全員引き取りOKの連絡があり、“千里”に行って引き取ってもらったのである(自分使いが荒い)。補償金は実際問題として、ほとんどの人が不要と言ったらしい(2人だけ受け取った)。神社は供養料に関しては全員に返金し、これは全員受け取った。
 
高価な3体の元持ち主は金額に仰天したものの、お金を受け取ると罪悪感が増すからといって、全員辞退したらしい。また神社も手数料を辞退した。
 
だから千里が払ったのは12万円だけである。
 
またW神社の宮司さんと、人形美術館の渡辺オーナーが直接話し合い、今後、ビスクドールは神社では供養の受付をしないことにし、こちらの人形美術館を紹介するということで話がまとまった。ただし「売却」の話は受け付けず「無償譲渡」のみを受け付ける(引取料1000円:ほぼ実費)
 
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またS市(しかもかなり端)まで来るのが大変なので、金沢市に人形美術館の“金沢事務局”を設置し、そこで無償譲渡の受付をすることにした。なお事務局の場所は〒〒テレビ内である!!
 

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千里は言った。
 
「あと最後にひとつお願いがあるのですが、ひとり人形をこちらで預かって頂けませんでしょうか」
 
「あずかるんですが」
 
「はい。養女ではなく出張で」
「どういう子でしょう」
 
(実は養女として引き取ってもらうには、あまりにも高価すぎるのである。渡辺さんには多分とても払えないし、無償譲渡すると高額の贈与税が掛かるので、所有権を移転しないまま、単に客人として預かってもらう以外無い)
 
「私の友人が所有しているお人形なのですが、ここの話を聞いたら、人形たちのお母さん代わりになってあげられないかと言って」
 
「ああ、おとなのドールですか?」
「微妙ですね。雰囲気は10-11歳くらいです。だからベベ(bebe) というよりアンファン(enfant) という感じです。身長は80cmくらいです」
「かなり大きいですね!」
 
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「今度連れてきますので、他の子たちと仲良くできそうだったら」
「分かりました。ではその子を見てから」
 

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2月7日(月).
 
邦生は「研修受けて来て」と言われた。窓口係の伊川峰代、融資係の河合さくらも一緒に行くということで、峰代の車を3人で交替で運転して、研修の行われる高山市まで行った。東海北陸道を走って金沢から2時間ほどである。服装は銀行の制服ということだったので、邦生は朝礼が終わったらすぐ、そのまま駐車場で峰代・さくらと待ち合わせ、峰代の車、ホンダ・ヴェゼルに3人で乗り込む。
 
「お父さんの車?」
などと、さくらが訊く。
 
「だいたいみんなそう言う」
などと峰代は言う。
 
「伊川さんの車なんだ!」
 
「峰代ちゃんはモコとかタントに乗る子ではない」
と邦生。
 
「うん、くにちゃん、私の性格をよく分かっている」
「へー」
「くにちゃんは、ミラココアに乗ってるの見たことある」
「あれは母ちゃんの車なんだよ。僕は四輪は持ってない。通販もバイク」
「ああ、吉田さんも“僕少女”か」
 
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えっと・・・
 
「まあこの3人はあまり、女女(おんなおんな)してないのが共通点かもね」
などと峰代は言っている。
 
「そうだね。私なんて“かわい・さくら”という名前だけ聞くと、可憐な少女を連想するのにと言われる」
と、さくら。
 
「女子トイレや女子更衣室で悲鳴をあげられたこと多数という伝説が」
「その情報も広まっているか」
と、さくらは言っている。
 
「女子の新入社員は窓口にまず配置されること多いのに、私は最初から融資課に入れられたから。しかもひたすら回収専門」
「ああ」
「必殺・はがし人などと呼ばれている」
 
彼女の迫力で迫られると返すかも!?
 
「吉田さんもわりと背が高いね」
「そうかな?168cmくらいしか無いけど」
「充分背が高いじゃん!」
と、さくら。
 
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「くにちゃんは身長があるから、普通のキャミソール買うとおへそ出ちゃうというのでミニスリップをキャミソール代わりにしている」
と峰代が言う。
 
「あ、私もそれ!」
と、さくら。彼女は身長が173cmくらいありそうである。高校時代はバレーをしていたということで、腕も太い。髪もわりと短いし、女子トイレ・女子更衣室で悲鳴をあげられる訳だと邦生は思った。
 
「でも今回の女性幹部候補生研修に参加するということは3人とも4月には転勤だろうね」
と峰代が言う。
 
(邦生は↑の“女性”ということばを聞いていない)
 
「え?そうなの?」
「たぶん主任か何かに任じられて他の支店に行くんじゃないのかなあ」
 
そうなると、引っ越さないといけないのだろうか。あまり遠くになるのは真珠との交際に不便になるなあ、と邦生は思った。
 
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「まあそもそも銀行は、不正防止の問題で、ひとつの支店の同じ部署に長期間勤めることはないからね」
と、さくらも言っていた。
 

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車は途中不動寺PAまでを峰代が運転し、その先、目的地までを邦生が運転した。目的地はカーナビに入れてあるので、その指示通りに運転して辿り着く。
 
会場となる高山市の研修施設は、市街地からも離れていて、周囲に住宅や商業施設などは見当たらない感じであった。
 
受付で3人の名前の所にチェックを付けてもらう。
 
「ちょっと待ってください。そちらは男性の方ですか?」
と受付の人は、さくらを見て言った。
「この子、よく間違われるけど女です」
と峰代が言い、さくらは健康保険証を見せる。ちゃんと性別:女と書かれている。
 
「確かに女性ですね。失礼しました」
ということで、さくらも受け付けられた。
 
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