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■春動(21)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-10-07
「ちんちん邪魔だよね。ぼくが取ってあげるね」
そんな真珠の声を聞いた気がしたが、あまりにも眠かったので、邦生はそのまま眠ってしまった。夢の中で邦生は真珠とお揃いの白いドレスを着て記念写真を撮られていた。
1月28日は編集会議を19時で終えて解散することにした。青葉・千里は明恵・真珠にマーチニスモで津幡に運んでもらい、火牛ホテル(ここ結局営業してるんだっけ?)に泊まった。
(千里と青葉を津幡で降ろした後、明恵と真珠は高岡まで行き、青葉の自宅に駐めた真珠のバイクを回収してきた)
青葉と千里は御飯をデリバーしてもらって休んだが、青葉は仮眠した後、4時間くらいプールで泳いだ。昨日泳げなかったので、たくさん泳いで満足だった。
翌日(1/29 Sat) は朝食をデリバーしてもらっていたので、それを食べてから出発する。青葉はマーチニスモを使うつもりだったのだが、千里が
「少し大きめの車を使おうよ」
と言って、Mazda CX-5を持って来ていたので、それを使うことにする。
明恵が運転席、真珠が助手席に座り、後部座席に千里と青葉が乗る。
「この車、パワーある〜!何ccですか?」
「2500だよ」
「さっすが」
(実はマーチニスモとCX-5は、長さと高さはほとんど同じだが、幅が広い。それより1500ccと2500ccの違いが大きい。馬力があるので田舎道に強い)
「こんな車、前からあったっけ?」
と青葉は訊いた。
「私も何台車があるのか、もう分からなくなった。車検証上の所有者は雨宮先生だけど、あの人、車も女も半年くらい乗ったらすぐポイするから」
「困った人だ」
「それ絶対その内、女に刺されますよ」
「それ多分確実」
「でも雨宮先生って、女の人とはレスビアンセックスしてるんですか?」
と真珠が訊いた。
“実用的な質問”かなと青葉は思った。
「まさか。女の人に、ちんちんを入れてると思うよ」
と千里が言う。
「ちんちんあるんですか〜?」
「ある。玉は除去済みだけどね」
「玉無しで立つんですか?」
「立つ人はわりと居る。取ったら立たなくなる人が多いけどね。あの人の場合、自分は玉が無くて妊娠させることはないから、生でやらせろと言ってるみたい」
「まさか、そのために去勢したとか」
「あり得る、あり得る」
真珠が考え込んでいるようなので、やはり邦生と真珠の関係はレスビアンなのかな、と青葉は思った。
邦生って、たぶん去勢済みだよね?女の子になりたいようには見えないけど、あまり男性化したくなかったんじゃないかなあ。そういえば以前、精液の冷凍を作ってたけど(←その保管料金を自分が払ってあげたことを忘れている)、きっとあの後、去勢したのだろう。更に、恐らく女性化しない程度の微量の女性ホルモンも飲んでるのでは、と青葉は思った(←それ小学生の時の青葉自身じゃん!)。
途中のサービスエリアで運転交代する。しかし2人ともさすが田舎道の走り方が上手い。加速度が最少になるように急カーブの連続を曲がっていくし、坂道に掛かる前にシフトを切り替えるから、同乗者も酔いにくい。
目的地近くのポケットパークでトイレ休憩した後、10時頃、S市の人形美術館に到着する。
明恵と真珠は3度目の訪問となった。
「まあ金沢ドイルさん!」
とオーナーさんは大歓迎してくれた。
ケーキ付きのチケットを4枚買い、ケーキを食べながら人形たちを観賞した。そして青葉と千里は頷きあっていた。
食べ終わってから、青葉はオーナーさんに言った。
「お人形さんの中に、辛そうな顔をしている子が何人かいるんです。その子たちのヒーリングをしてあげてもいいですか」
「はい。えっとどの子ですか?」
「全部で・・・28?」
と言って千里姉の顔を見る。
「私も28と思った」
「28体いるんですか!」
「よろしかったら、一体ずつ教えてください」
「はい」
それで青葉はオーナーさんを連れて28体全部のそばまで行き、ひとりずつ
「この子です」
と指し示した。オーナーさんも
「確かに気になってました」
と言った。
「でもヒーリングするのは、開館中はお客さんに迷惑だから、夕方閉館してからにしようか」
と千里が提案する。
「そうしようか」
それで青葉たち4人はその日はS市に宿を取って休み、夕方19時に再度人形館にお邪魔した。
最初の一体から処理を始める。明恵と真珠にはバックアップとして観覧席に座って控えているように言い、千里と青葉がオーナーさんと一緒に回る。
「ヒーリングした結果、表情が変わる場合がありますが、いいですか?」
「はい。それで人形の心が安らぐのでしたら」
青葉はその人形を抱えて自分の膝に抱くと、般若心経を唱える。人形がその読経の声を気持ちよさげに聞いているかのようだ。そして人形の心か開放的になったところで、青葉は珠を起動し、その人形の中にあったマイナスの気を浄化した。
「終わりました」
「人形の表情が穏やかになった!」
「このように表情が変わりますが、続けていいですか?」
「はい、お願いします。きっと今まで苦しんでたんですよ」
それで青葉・千里・オーナーは28体のひとつひとつについて供養を進めた。1体の処理に“軽症”の子でも5分掛かる。青葉は先に軽症の子20体をヒーリングしたが、これだけでも2時間掛かった。
「一休みしましょう」
「余ってるケーキでも良かったら出します」
「お願いします。カロリーが欲しい」
それで30分休んでから、残り“重症”の8体に取りかかる。
最初の3体は各々10分ほどで供養できた。次の2体が各15分くらいずつだった。
残り3体である。
次の子は30分掛かった。でも表情が物凄く可愛くなった。
「この子、本当はこんな可愛い子だったんだ!」
とオーナーさんも驚いていた。
10分休み、コーラを一気飲みしてから次の子に行く。青葉は“取り付く島”が無い感じで、どこから攻めようと思った。すると千里が
「ドイル、これ使って」
と言って、大粒のサファイアの玉を渡した。
何これ!?凄まじいパワー!!
青葉はそのサファイアをその子の胸の所に当てる。
するとこちちらの呼びかけに何も答えなかった人形の心が開く!
「ボンジュール・マドモアゼル。怖がらなくてもいいんだよ。ここのオーナーさんは優しい人だよ」
と青葉はフランス語で語りかけた。
「ママン?」
「そうだよ。そして私は君のお姉ちゃん」
「おぉ!マサール!(お姉さん!)」
と言って、やっと心を開く。色々心の中にあった哀しみを自ら語り始めた。青葉は人形が自分で語るのを静かに聴いてあげた。
そして30分後。
人形が自分を取り戻し心が安定したのを見て青葉は人形内の邪気を浄化した。
人形の表情はとても優しいものに変わった。
「終わったね」
「疲れたー」
「30分休もう」
千里が全員に“暖かいハンバーガー”と缶入りの飲物を配った。
全くもう!
オーナーさんは、明恵たちが今コンビニで買ってきてくれたのだろうと思ったようで「すみません。頂きます」と言って食べていた。
そして最後の子に取りかかる。
サファイアを使う。
千里が賛美歌110番「愛しきイエス様、優しきイエス様(O Jesulein Süß, O Jesulein Mild)」をドイツ語で歌唱した。
微かにハートが動く。
千里は更に「シューベルトの子守唄 (Wiegenlied)」を歌う。
但し歌詞の「Schlafe, schlafe, holder süßer Knabe」(眠れ眠れ優しく愛しい息子よ)の所を「süße Tochter」(愛しい娘よ)と歌った。
微かに開いた!!
千里が更に「明日サンタクロースがやってくる(Morgen kommt der Weihnachtsmann, きらきら星のドイツ語版)」を歌うと、人形はドイツ語で唱和した!
それで青葉はドイツ語で語りかける。
「グーテン・モルゲン、フロイライン」
「あなたは誰?」
「私は君のムターの代理だよ」
「子守女さん?」
「似たようなものかな」
それで少し会話している内に、彼女は青葉に心を許したようで、少しずつ、辛かったことを語り始めた。
そして・・・
人形は3時間しゃべり続けた!
(完全に聞こえてるのは青葉・千里だけだが、明恵とオーナーもある程度感じとっていたようだ。オーナーさんは涙を流していた。真珠は寝てた!)
彼女か落ち着いた所で、彼女の心を覆っている闇を珠で浄化した。
そして、人形は穏やかな表情になった。
凄い美人だった!
「お疲れ様!」
「疲れた!」
「この子はガラスケースに移そう」
「それがいいかも。デリケートな子みたいだし」
「さっきの子も」
「ですね」
「今の子はスペイン風邪とか言ってたから、1920年代には居たということでしょうね」
「ですよね?この子てっきり戦後生まれの子かと思ってた」
どうもあまり有名ではない工房の生まれで(でも人形の品質自体は良い)、それでビスクドールに詳しいオーナーさんも知らなかったようである。更に人形の傷みが少ないので古い時代の子であることに気付かなかったようだ。
終わったのは、もう午前4時近くである。
「ホテルに帰ろう」
「あなたたち、この状態で車を運転したら駄目。うちに泊まって」
とオーナーさんが言うので、結局青葉たちはここから歩いて5分ほどの所にあるオーナーさんの御自宅にお邪魔し、そこの客間で寝せてもらった。
翌日(1/30 Sun) の朝、千里はホテルに連絡し、もう1泊したいと伝え了承を得た。供養の最中に寝ていて、いちばん元気のある真珠に現金を渡してホテルに行かせ(自転車を借りて往復した)、手続きをしてもらった。
オーナーさん本人より少し遅れて11時頃、青葉たちはオーナーさんの御自宅から人形美術館に移動する。
「お早うございます」
「お早うございます。何か人形たちの雰囲気が凄くいいですよ」
「やはり辛そうにしている子に同情していた子たちもいたでしょうしね」
「そうみたいです」
青葉たちはオーナーに幾つかの提案をした。
「女の子のお友達になるように作られているから、だいたいフレンドリーな子が多いみたいですが、中にはプライドの高い子もいますよね」
「確かにそういう子も多分5%くらい居ます」
「その子たちは、他の人形と一緒に並べられているのが不満だと思うんですよ。その子たちをちょっと分けて展示しませんか」
「それは考えたことありますけど展示スペースが」
「ここの壁の、そうですね、高さ70-80cmくらいの所に奥行き30cm程度のバルコニーを設置してですね、そこにその子たちを並べたらどうでしょう?」
「それなら行けるかも知れないですね!」
「何なら私が関与している工務店に作業させましょうか?彼らなら1日でやってくれるし、費用も材料費だけの工賃ゼロでいいですよ」
「そんなに早くできるんですか!?」
「いや、実はテレビの放送に間に合わせたい人がいるみたいだから」
とと言って明恵を見ると頷いている。
「分かりました。金沢コイルさん紹介の工務店なら間違い無いでしょうし、それお願いします」
「ただ工事中は何かの間違いで人形を壊したらいけないから、一時的に全員退避させて欲しいんですけど」
「それ信頼できる人何人かに頼んで、早急にやります」
これはオーナーの孫・遙佳さん(レストランのジュニア看板娘!)が通う高校の女生徒たちが20人ほど(男の娘2名を含む!)が協力してくれることになったらしい。それで今週月〜木の4日間で、人形の退避作戦が実施されることになった。退避先は、その高校の空き教室である!(学校自体が協力してくれた)それで翌週の土日はこの高校で人形たちを見ることができ、休館を知らずに来た客はそちらに案内した。
むろん翌週には人形たちを戻す大作戦も実施された!
(結果的に2週間臨時休館して、2月11日(金)に美術館は再開された)
青葉はオーナーさんに言った。
「プライドの高い子たちと結構ダブると思うんですが、集団が苦手な子もいますよね」
「それはわりと多いです」
「その子たちは周囲に不透明のプラスチックの板とか立てて、ひとりだけで落ち着けるようにしたらどうでしょう」
「それは使えますね!」
「実は以前、ここの近くの支援学校にお邪魔したことがあるのですが、発達障害の子には集団が苦手な子が多くて、そういう子は教室の中でも左右に仕切板を立てて、教師だけが見えるようにしていたんですよ。それを思い出しました」
「いや、そのやり方は有効だと思います」
とオーナーさんは言った。
結局、集団が苦手な子たちは最後尾にひとりずつ仕切りのある所に並べることにした。これはバルコニー工事のため、人形たちをいったん退避させた後、再度戻す時に作業する。
また、ガラスケースに入れられているアンティークドールたちは孤独癖が無い子でも仕切りがあった方がいいかもということで、全員の間に仕切り板を立てることにした。但し、フレンドリーな子は集めて、その子たちの間は透明仕切りにすることにした。この子たちは仲間が居たほうが安心するのである。
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