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(C)Eriko Kawaguchi 2020-03-21
1849年にイギリスで敢行された『Who's Who』(Who is Who?) は世界中の著名人のプロフィールをまとめた本である。毎年敢行されており、その後、アメリカなど他の国でも同様に“Who's Who”という名前の本が刊行されるようになった。
千里2は札幌駅近くのビックカメラで《げんちゃん》がハードディスクを買っているのを見かけた。
実は《せいちゃん》から千里3に送られたメールをまんまとハッキングして傍受し、《げんちゃん》が札幌に買い出しに来るという情報をつかんでいたのである。多分ピックかヨドバシかどちらかだろうと思い《げんちゃん》の波動を頼りに探したら、ビックで見つけた。
見ていると《げんちゃん》は千里2が知らない女性(実は女優の間枝星恵)と一緒にハードディスク5台のほか、DVD-R 50枚入りの箱も4箱買っている。2人で手分けして荷物を持ち外に出た。バスターミナルに向かう。女性が切符売場に行く。千里は《つーちゃん》に彼女の近くに行ってどこ行きの切符を買うか見て、同じ区間の切符を買うように言った。
「帯広行きポテトライナーの切符を買ったので同じのを買ってきたよ」
と言って《つーちゃん》は千里に切符を渡してくれた。
(帯広方面に向かうJR根室本線は2016年夏の台風で東鹿越−新得間が不通になり、2020年3月時点でも復旧の見込みは立っていない。深刻な赤字区間であるため、このまま廃止になってしまう可能性もある)
「ありがとう」
と言って受けとる。どうも《げんちゃん》は他にも用事があるようで、ターミナルから出ていった。女性は帯広行きバスに乗るようである。千里は迷ったものの、女性の後をつけることにした。《げんちゃん》は長時間尾行すればこちらに気づくだろうが、相手が人間なら自分が気配を殺しておけばまず気づかれないと考えた。
彼女がバスに乗ったのから少しあけてバスに乗る。そしてポテトライナーは出発する。
女性の様子を伺うが、東野啓吾『虚ろな十字架』の文庫本を開いて読み始めたようだ。千里は自分も何か文庫本でも買っておけばよかったなと思った。
仕方ないので、携帯でネット小説を読み始める。
そして・・・5分もしない内に眠ってしまった!
『千里、千里』
という《つーちゃん》の声で目が覚める。
『あれ?もう帯広?』
『もうすぐ音更大通11丁目(帯広のすぐ近く)だけど、あの女の人、乗ってない』
『え?途中で降りた?』
『このバスは大谷地駅(札幌市内)から音更まではノンストップ。大谷地駅では降りなかったのに。ごめん。私もそれで油断してた』
千里2は自分が(多分3番に)ハメられたことに気づいた。
『仕方ない。マルセイバターサンドでも買って帰ろう』
『ごめんねー』
『ついでにエスカロップ食べていこうかな』
『あれは根室だよ』
『根室と帯広って近くじゃなかった?』
『250km離れてるよ。千里、道産娘のくせに』
『・・・。いいや。根室まで行く』
『それもいいかもね』
C学園の男子制服(**)を着たアクアと、S学園の女子制服を着た葉月が具志堅満奈美マネージャーと一緒に##放送に向かっていたら、同局の清水志保アナウンサーが局の建物から出てくるのに遭遇した。
(具志堅はこの時点ではまだ学生バイト。2019年3月に大学を卒業して同4月から正社員になる)
「おはようございます」
「おはようございます」
と挨拶を交わす。
「今からならコーラコーダの撮影?」
「はい。そうです。清水さんは取材ですか?」
「うん。ちょっとお台場まで行ってくる」
「お疲れ様です。お気を付けて」
「ありがとう」
(**)C学園には男子制服は存在しないのだが、アクアが女子制服のブレザーのボタンを左右交換した服に学生ズボンを組み合わせて通学しているので、アクアの下の学年(現在の4年生)の男子で、アクアを真似て同様の制服を着る子が2人出て、これがあたかもC学園の男子制服であるかのようになっている。むろん、アクアのクラスメイトの武野昭徳のように学生服を着てもよく、4年生男子のもう1人は学生服を着ている。
ちなみに来年度の入学予定男子3人の内の2人もアクアと同様の“男子制服”を着ようかなと言っており、“もう1人”は女子制服を着ると言っている!
さて、清水が地下鉄とゆりかもめを乗り継いでお台場に来たら、ちょうど駅の入口の所でC学園の女子制服を着たアクアと、学生服を着た葉月が緑川志穂マネージャーと一緒に駅に入って来たのに遭遇する。
「アクアちゃん!?」
と清水が言うと
「おはようございます、清水さん」
とアクアも葉月も挨拶する。
清水が戸惑うような顔をしているので、アクアが説明した。
「FHテレビでドラマの撮影があってボクが女の子役で、葉月が男の子役の状態で撮影したんですよ。今からFM局に移動する所なんですが、時間が押し迫っているので、このまま移動しているんです。女子制服姿なんて恥ずかしいんですけど」
いや、全然恥ずかしそうな顔はしてないぞ。
だいたい時間が無いからと撮影の衣装のまま飛び出してきたのなら分かるが、わざわざ女子制服に着替えてるじゃん。
だけどアクアの女装姿の盗撮写真が全然ネットなどに投稿されない理由が分かった気がした。アクアの女子制服姿には全く違和感が無いので、みんなそのまま見過ごしてしまうんだ!
「でも私、さっき君たちに赤坂で会ったような気がするのに・・・・」
「ああ、ポクたち、短時間であちこち移動しているから、神出鬼没だって言われることよくあります」
「そうかもね。じゃ頑張ってね」
と言って清水はアクアたちと別れたものの、短時間で移動するといっても、あり得ないタイミングのような気がして、首をひねった。
竹田は3年前に会社をやめて、都内でパン屋さんを始めたのだが、お店がマンションの2階という人に気づかれない場所にあったせいか、ごく少数の固定客を除いては、客が全く来なくて、最初に準備していた資金はあっという間に使い果たし、借金をして営業を続けていた。ある日、ケンタッキー・フライドチキンの創業者カーネル・サンダースは高速道路の開通で自分の店に客が来なくなったからと一番の売れ筋商品だったフライドチキンを大きな道路の近くまで売りに行くようにして成功したと聞き、これだ!と思った。
それでお店で一番売れ筋の“人形クロワッサン”(チョコ入り)を持って近所の春沢公園に屋台を出して売るようになった。するとマンションの2階よりはまあ売れるのだが、採算がとれるほどではない。1日の売上は100円の人形クロワッサンがせいぜい100個程度で、かろうじて材料代が出る程度。天気の悪い日は10個未満という悲惨な日もあった。
この日は午前中の天気が悪く公園に来る人も少なかった。今日はやばいかなと思っていた所に、生まれてまだ1ヶ月くらいかなと思う赤ちゃんをスリングで抱いた24-25歳の女性が通り掛かった。
(千里はだいたい年齢より若く見られる)
「人形クロワッサンって不思議な存在ですね」
「でしょ?実用新案取っているんですよ」
「へー。美味しい?」
「美味しいですよ」
と言って試食品を渡すと「美味しいね!」と言ってくれた。
「じゃ、この子はまだ食べられないけど、私とお母さんとあと死んだ旦那の陰膳に2個ずつ6個ちょうだい」
「旦那さん亡くなられたんですか?」
「そうなんですよ。この子は忘れ形見で。だけどこの子が居るから私も頑張らなきゃと思って」
「それは大変でしたね。でもほんとお子さんのためにも頑張って下さい」
「うん。ありがとう。そうだ。明日の朝御飯用にあと6個、合計12個下さい」
「ありがとうございます!」
それで竹田は人形クロワッサンを4個ずつ2袋と2個ずつ2袋に入れて4袋にし、それを更に大きな手提げ袋にまとめて入れて千里に渡した。
「消費税入れて1396円?」
「いえ。消費税込みなので1200円です」
と竹田は答えながら、この人、掛け算間違っているよと思った(108×12=1296)。
それで千里は1200円を払ったが、ふと気づいたように言った。
「これチョコ以外にカスタードクリーム入りとかもあると面白いかもね」
「あ、それは娘にも言われたことあります」
それで千里は由美と一緒に去って行った。
30分ほどした頃、今度は3-4歳のスカートを穿いた女の子の手を引いた女性がこちらにやってくるが、さっき赤ちゃんを抱いていた女性と同じ人のように見える。竹田は首をひねった。女性が近づいてきて言う。
「人形クロワッサンって不思議な存在ですね」
「でしょ?実用新案取っているんですよ」
「へー。美味しい?」
「美味しいですよ」
と言って試食品を2人に渡すと母娘とも「美味しいね!」と言ってくれた。
「京平、何個食べる?」
「4個!」
「じゃ私が2個とこの子が4個に、そうだなあ阿倍子さんにも2個くらい買っておいてあげるか。それにチームメイトに配るのに12個、合計20個下さい」
「ありがとうございます!」
「でもお嬢ちゃん、きょうへいちゃんって男の子みたいな名前だね」
「ボク男の子だよ!」
「ごめん!」
男の子なの?でもなんで男の子がスカート穿いてんのさ!?
竹田は4個入りの袋4つと2個入りの袋を2つ作り、それをまとめて大きな手提げ袋に入れて千里に渡した。
「お待たせ」
「消費税入れて2360円くらい?」
「いえ。消費税込みなので2000円ジャストです」
と竹田は答えながら、この人も掛け算間違っているよと思った(108×20=2160)。
それで千里は2000円を払ったが竹田は尋ねた。
「ちなみに奥さん、双子の姉妹とかおられます?」
「ううん。妹は2人いるけど、1人は2つ下で札幌だし、もう1人は7つ下で富山だし」
「遠くに住んでおられるんですね!ちなみに旦那さんは何をしておられます?」
「この子のパパはバスケット選手。私もバスケット選手でバスケット夫婦なんですよ」
「それは凄い!頑張って下さいね」
「ありがとう」
竹田はだったら他人の空似なのかなと思った。
千里は去り際に、ふと思いついたように言った。
「この袋にも人形クロワッサンの絵を描いたらいいのにね。可愛い絵で」
「あ、それいいかも知れないですね」
それで千里は京平と一緒に去って行った。
そして更に30分ほどした頃。今度は5-6ヶ月くらいの女の子をベビーカーに載せた女性がこちらにやってくるが、さっき赤ちゃんを抱いていた女性や男の子を連れていた女性と同じ顔に見える。竹田はメガネをゴシゴシと拭いた。女性が近づいてきて言う。
「人形クロワッサンって不思議な存在ですね」
「でしょ?実用新案取っているんですよ」
「へー。美味しい?」
「美味しいですよ」
と言って試食品を渡すと「美味しいね!」と言ってくれた。
「じゃチームメイトに配るのに・・・・・30個とかあります?」
「あります!」
「じゃ30個と、私のおやつ用に2個、合計32個」
「ありがとうございます!」
と言って竹田は5個入りの袋6つと2個入りの袋を1つ作り、それをまとめて大きな手提げ袋2つに分けて入れ千里に渡した。
「消費税入れて3456円?」
「いえ。消費税込みなので3200円ジャストです」
と竹田は答えながら、この人は暗算で108×32をやったな。すげーと思った。この掛け算を暗算でできる人はそう多くない。
それで千里は3200円を払った。
「ちなみに奥さん、双子か三つ子の姉妹とかおられます?」
「ううん。妹は2人いるけど、1人は2つ下で札幌だし、もう1人は7つ下で富山だし」
「遠くに住んでおられるんですね!ちなみに旦那さんは何をしておられます?」
「この子のパパはバスケット選手。私もバスケット選手でバスケット夫婦なんですよ」
「それは凄い!頑張って下さいね」
「ありがとう」
と会話しながら竹田は、この人さっきの女性と完全に同じこと言っているぞ。これって偶然なのか??と悩んだ。
千里は去り際に、ふと思いついたように、ひとこと言った。
「そうだ。この屋台ですけど、もし可能なら、10mくらい向こうの、あそこの木の陰の所に出した方が売れ行きが上がると思いますよ」
「そうですか?ありがとうございます」
それで千里はベビーカーに載せた緩菜を連れて去って行った。
竹田は何となく今日は帰った方がいい気がしてそのまま店を畳んで帰宅した。そもそも64個も売れたら、充分平均程度には売れている。
そして竹田は千里に言われたように翌日からはその木の陰にお店を出した。するとその日は120個も売れた。その後も毎日80個以上売れるようになった。ほんのちょっと移動しただけなのに、売れる場所と売れない場所があるのかなと竹田は思った。
また袋に人形クロワッサンの絵を描くというのは奥さんも賛成したので、中学生の娘に絵を描いてもらい、それで印刷屋さんに発注した。半月後にはクリームを使用した人形クロワッサンも開発に成功して一緒に店頭に並べるようにした。
すると人形クロワッサンの売れ行きはそれまでより更に売れるようになり、200個くらい売れる日もあった。実際チョコよりクリームの方が多く売れた。また紙袋に人形クロワッサンの絵が描かれ、電話番号まで書いてあるので、屋台ではなく、奥さんが留守番しているお店の方に注文がある時もあった。それで近所に住んでいる義母に留守番をお願いして奥さんがスクーターで配達をして回ったが、この電話注文が結構な売上になった。
そういう訳で人形クロワッサンは2ヶ月後には充分採算ベースになるようになる。近くの駅の土産物店が置いてくれるようになり、何度か雑誌にも取り上げられ、更に1年後にはコンビニチェーンに注目され、ライセンス生産で関東一円のコンビニの店頭に並んで、竹田は借金も全部返した上で、ライセンス料で食べて行けるようになったのであった。
竹田は1年半後にはもっと人通りのある場所の1階にパン屋を移転し、人も雇って、人形クロワッサンはもちろん、多数のパンを売るようになり、5年後には支店も出すほどまでになるが、あの日公園で3人の同じ顔の女性に会った日のことは決して忘れなかった。
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△・Who's Who?(1)