[*
前頁][0
目次][#
次頁]
(C)Eriko Kawaguchi 2020-04-03
アクアはその日、事務所で打ち合わせした後、ドラマのロケで川崎に行くことになっていた。ところがアクアを搬送できるようなスタッフが誰も居ない。
「大丈夫ですよ。電車でいきますよ」
「あんたが電車に乗ったらファンに取り囲まれて予定通り移動できない。タクシー使いなさい」
と言って、コスモスがタクシー券を渡した。
それで事務所のビルを出たらちょうど千里と遭遇する。
「どこ行くの?放送局かどこか?」
「川崎でドラマのロケがあるんです。タクシーで移動しようと思ってました」
「山村も高村さんも居ない?」
「偶然誰も居ないんですよー。緑川さんなら30分くらいで来られるんですが、時間が惜しいので」
「だったら私が送って行くよ」
「いいんですか?何かご用事があったのでは?」
「平気平気。1番に行かせる」
と言って千里は赤いガラケーを出して誰かに電話している。たぶん《きーちゃんさん》(天野貴子)に連絡して、1番さんに行かせるんだろうなとアクアは思った。
千里と一緒に近くの駐車場に行くとオーリスが駐まっている。
「乗って乗って」
「お邪魔します」
と言って、アクアは助手席に乗り込んだ。千里が車をスタートさせる。
「川崎のどこ?」
「ちょうど千里さんのマンションの近くなんですよ。スノーヴァ溝の口って屋内スキー場なんです」
「ああ、3番のマンションの近くね」
「千里さん、3番さんですよね?」
「え?私は2番だよ」
「だまされませんよ」
「何で分かるの〜〜?」
「ガラケーを使ってみせても、オーリスに乗っていても、オーラをふだんより大きくしていても、見れば分かりますよ」
とアクアは言う。
「ほんとに?」
「ちなみにボクが誰かも分かりますよね?」
「君はFでしょ?」
「正解です。こないだから3人で話していたんですよね〜。最近、2番さんも3番さんもわざと自分が誰かを誤認させるようにしているよねって。昨日は2番さんがアクオス使ってアテンザ使ってましたよ。オーラも小さくしてたし」
「うむむ。アクアにはバレていたか。鱒渕さんも《こうちゃん》もケイも気づかなかったのに」
「鱒渕さんって元々ボンヤリさんだし。こうちゃんさん、ボクたち3人の区別も全然できてないですよ。わっちゃんさんはちゃんと見分けてくれるのに」
「まああいつは割とテキトーだしね。多分デートの途中で相手が変わっていても気づかない」
「こうちゃんさんは女なら誰でもいい気がします」
「ああ。するする。代わりにコンニャク置いといても気づかない」
「コンニャク?コンニャクで何するんですか?」
「知らない子は気にしない!」
アクアを川崎に送り出したコスモスはそのすぐ後にTKRから呼び出しがあり、タクシーで北新宿のTKRまで行った。
三田原部長と打ち合わせをしていたら、千里が入ってくる。宮川課長のところに来たらしい。コスモスは会釈をしておいた。打ち合わせは夕方まで掛かったが、結局TKRを出たのは千里と一緒になった。
「コスモスちゃんは車で来たの?」
「いえ。タクシーで来ました」
「だったら送っていくよ。自宅?事務所?」
「赤坂の##放送とかいいですか?」
「いいよー」
それでTKRの提携駐車場に行く。アテンザが駐まっている。
「乗って乗って」
「では失礼します」
と言ってコスモスは赤いアテンザの助手席に乗り込んだ。
「そうだ。鱒渕さんに連絡しておかなくちゃ」
と言って千里はピンクのアクオスを取り出すとローズ+リリーのマネージャー鱒渕に電話する。
「今どこですか?」
「ああ、移動中でしたか。だったら好都合です。TKRの宮川さんから、そちらにドラマ『青い旅路』の主題歌の依頼があると思うんですが、松本花子を使ってください。ケイにはこの件は言わずに処理を。はい、歌詞だけマリちゃんに書いてもらって。ええ。五島にも連絡しておきますから」
それで千里は五島(せいちゃん)にメールを書いて送信したようである。
「お待たせしました」
と千里はコスモスに言う。
「いえ、大丈夫ですよ」
それで千里はアテンザを発信させる。TKRからもらった無料券を精算機に通して駐車場を出ると車を赤坂に向けた。
「そうだ。醍醐先生、うちの川崎ゆりこが久しぶりにCDを出すことになったんですよ。こちらはドラマ『みんなの弁護士』の主題歌で本人も出演するんですが。申し訳無いですが、夢紗蒼依でいいので1曲、書いて頂けませんか?ドラマの企画書は後でメールしますから」
「あ、夢紗蒼依の件は2番に」
「醍醐先生、2番さんですよね?」
「え、私は3番だよ」
「醍醐先生、31×29は?」
「えっと・・・902くらい?」
「先生、奇数と奇数の掛け算は奇数ですよ。31×29 = (30+1)×(30-1) = 30
2 - 1
2 = 900 - 1 = 899 です」
「あぁ、私その手の計算法がよく分かってない」
「3番さんなら2桁同士の掛け算を5-6秒で暗算なさいます」
「そこだけは誤魔化しが効かないなあ」
「それ以前におふたりの性格が違うから分かりますけど」
「そうだっけ?」
「わざわざスマホを使ってみせたり、アテンザを使ってみせたり、更にわざわざオーラを小さくしてみせても、私とかアクアとかは見分けると思います」
とコスモスは笑いながら言った。
「ああ。アクアも使えんと思った。ケイとかは簡単に欺されるのに」
「ケイちゃんは純粋すぎるんですよ」
「そうそう。だからあの子は名義貸しの闇の世界には関わらせたくなかったんだけどね」
「昨年は緊急事態でしたからね」
「ほんとに大変だったね」
アクアは、アクア自身の名義で(2019年)3月13日に『鍛冶橋から呉服橋まで/白い霧の中で』をリリースしたが、、北里ナナ名義で5月1日に『招き猫の歌/白雪姫』をリリース予定である。小林芳雄名義のCDを出す企画も出たのだが、“男装のアクア”なんて需要が無い、と言われて企画ボツになった!
ゴールデンウィークには平成から令和に掛けての“元号またぎ”ツアーをしようという話は、明仁天皇の御譲位が決定した2017年12月の段階で提案があり、1年前の2018年4-5月には会場も押さえて企画が進行していた。
次の楽曲制作はそのツアーの後にすることになるが『鍛冶橋から呉服橋まで』の歌詞違いの曲『常磐橋から数寄屋橋まで』は確実に入れて、その他に2曲入れた三A面のCDにすることにし、1曲は岡崎天音・大宮万葉(マリ+青葉)、1曲は加糖珈琲+琴沢幸穂(蓮菜+千里の後輩!?)にお願いしようという方針が、コスモス、和泉(アクアプロジェクトの事実上の指揮者)・三田原部長(TKR)の話し合いで決まっている。
コスモスはこの方針を、マリ、青葉、蓮菜、天野貴子(きーちゃん:琴沢幸穂の代理人)に伝えて、了承をもらっている。制作がツアー明けになるということで、楽曲もそれまでに用意してもらえることになった。青葉は水泳の合宿などもしているのだが、合間を見つけて書いてくれるということだった。むろんこのメンツにケイが入っていないのは、ケイが現在絶不調の状態にあるからである。ケイ名義の『鍛冶橋から呉服橋まで』は実際にはマリが書いた歌詞をベースに、松本花子作曲/岡原世奈編曲の作品をゴールデンシックスの花野子が調整したものである。多くの人がいかにも「ああ、ケイの作品だよな」と感じる作品に仕上がっている。
(岡原加奈・岡原世奈の“姉妹”は松本花子のケイ風作品を生み出すバリエーション・システムで、加奈はリズミック系、世奈はアコスティック系を得意とする。Yamada-17, Yamada-18(小樽ラボ)で動作している。各々のメインプログラマは鮎川ゆま・イリヤ。ゆまはケイの長年の親友だし、イリヤはケイの作品の編曲を何十曲も担当してきていて、ふたりともケイ作品を熟知している)
アクアは今年も『アクアちゃんの性別を確認する!』という番組に出ることになった。BPOから過去に何度も警告を受けているので、なんだか“確認”の仕方が曖昧になって来ている感じもある。
いつものように中立な第三者と思われる病院の先生にアクアの身体を見てもらって、確かに男性器が存在することを確認してもらい、その後、アクアには今年はバレエの男性役を踊ってもらった。
アクアは元々バレエを習っていたのでこれは難なくこなす。女性のバレリーナと組んで、『白鳥の湖』第3幕、王子とオディールのグラン・パ・ド・ドゥを踊ったが、完璧な踊りに協力してもらったバレエ団のメンバーから拍手が沸き起こっていた。
但しアクアの衣装は、王子様っぽい半ズボンを穿いた衣装になっていて、股間の形が分からない。
それで番組が流れた後
「本当に男の子なら、普通のバレエダンサーみたいにお股の形が分かる衣装を使った方が“男の証明”になるのでは?」
という声がネットであがる。そして
「それはやはりお股の形が分かる衣装だと、お股に突起物が何も無いことが分かるからじゃない?」
「実際には、お股には何も付いてないよね?」
「普通の男性バレリーノの衣装ならサポーターが踊っている最中にずれちゃうよね。止めるようなものが無いから」
といった話になっていく。
更に、アクアがデビュー前に通っていたバレエ教室の発表会で、アクアが黒鳥の衣装を着けて32回のグラン・フェッテを踊っている所の映像がネットにはアップされ
「やはりアクア様は王子よりお姫様よね」
という意見が圧倒的となったのであった。
アクアが黒鳥を踊ったのは中学1年の時なので、今でも32回転できるのか?という質問が多く寄せられた。それで結局バラエティ番組で披露することになる。
チュチュは勘弁してもらったものの、結局レオタードにブラウスとシフォンスカート(司会者がうまく乗せて穿かせてしまった)を着けた格好で、アクアは32回のグランフェッテをきっちり踊ってみせ、男子ファンからも女子ファンからも感嘆と称賛の声があがっていた。
(実際に踊ったのはFである。MもNも32回維持できなかった)
「ちんこで回転が止まる」
などとMが言うのでFから
「だったら取っちゃえば?」
と言われ
「それだけは絶対嫌」
とMは言っていた。でもNはドキドキした顔をしていた。きっとちんちんを取られたいのだろう。
2019年4月9日(火)、千里1は7日に“コスモス”から頼まれた楽曲の編曲を集中的にしようと思った。昨日から始めたかったのだが、昨日は菊枝に会いに岡山に行っていたのである(それでルキアを2度性転換させた)。それでこの日9日の夕方、桃香に言った。
「ちょっと頼まれた仕事があって集中してやりたいんだよ。1週間くらい留守にするから、早月の面倒みててくれない?由美は一緒に連れて行く」
「分かった」
「ちゃんと毎日3度、ごはん食べさせてよね」
「面目ない」
それで千里がキーボードやパソコンを持ち出かけようとしたら、桃香はその千里に後ろから抱きつくようにして、首筋にキスをした。
「一周忌がすぎるまではダメって言ってたじゃん」
「ごめん。千里のことが好きで好きでたまらなくて」
「次こういうことしたら殴るからね」
「うん。もうしないから」
それで千里は由美をムラーノの後部座席にセットしたベビーシートに乗せ、出かけて行った。
桃香はその日の夕方は千里が作っておいてくれた豚汁を早月と一緒に食べたが、急に不安になった。
1週間って言ってたぞ。その間、ちゃんと早月に御飯を食べさせてあげる自信は・・・・無い! しかし早月が餓死したら大変だ。千里にしこたま殴られるよな(そういう問題ではない)。何とかしなくちゃ。
そこで桃香は「季里子の所に行こう!」と決断したのである(早月の命を守るには英断である)。
そこで早月(もうすぐ2歳)をミラにセットしたチャイルドシートに乗せ(これを使わずに乗せたことがバレると千里から5−6発殴られるのは経験済みなので、最近は忠実に千里の指示に従いチャイルドシートに乗せている)、千葉市の季里子の家に向かった。
季里子の家では、季里子も両親もびっくりしたものの、1週間くらい千里が留守と聞くと季里子は「早月ちゃんの命を守るために滞在を許可する」と言ってくれた。それで桃香は季里子の家で1週間ほど過ごすことになったのである。季里子の娘たち、来紗(年中) ・伊鈴(来紗の1つ下)は
「パパぁ」
と言って、桃香に抱きつき
「早月ちゃん、一緒に遊ぼうね」
と言って、早月も2人の姉たちを見て喜んでいた。
[*
前頁][0
目次][#
次頁]
△・Who's Who?(9)