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■少女たちの修復(1)

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(C) Eriki Kawaguchi 2019-05-12
 
千里たちが住んでいる神社の境内に子供用のバスケットゴールが置いてあり、近所の子供たちがいつもそれで遊んでいる。元々はタマラのお父さんが作ってくれたもので、千里たちがそれでたくさん遊んだものの、今は下の世代の子たちが使っていた。
 
ところがある日ゴールの軸と輪っかが外れてしまった。遊んでいた子たちが神社に常駐していることの多い小春に相談し、小春が学校で相談すると、鞠古君が「うちの父ちゃんが直せると思う」と言った。実際鞠古君のお父さんは折れたゴールを見て「ああ、簡単簡単」と言って、すぐ熔接してくれた。
 
「すごーい」
とみんな鞠古君のお父さんを尊敬した。
 
「しかしこれ網もかなり傷んでるな」
「それは適当な網に交換しましょう」
と言って、そちらは鞠古君のお母さんが新しい網を持って来て交換してくれた。
 
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「最近、網の途中からボールがこぼれたりすることあって、これは点数にカウントしていいのか揉めていたんですよね」
とリーダー格のドーラが言う。
 
「リングさえ通過していれば点数は入るよ」
と田代君が教えてあげた。彼はミニバスのスポーツ少年団に入っている。
 
「あ、それでいいんですね?結構議論があったんですよ」
 

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2001年6月、小学5年生の千里や蓮菜たちのクラスで、最近流行の
音楽が話題になっていた。
 
「あれ、ちょっと面白いと思わない?」
「ね、ね、あれ真似してみようよ」
 
「道具そろう?」
「何とかなる気がする。みんなで少しずつ分担して持ち寄ろうよ」
 

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それで『無法音楽宣言』を演奏するのにみんなが持ち寄ったのはこういう道具である。
 
穂花 ノコギリ
田代 オモチャの銃とキャップ火薬
鞠古 クラクション付き自動車のオモチャ
恵香 おもちゃのチャルメラ
 
他にお小遣いを出し合って100円ショップで風船を多数、プラスチック製ゴミ箱の大小1個ずつを買った。またみんな500mlペットボトルを多数持ち寄った。
 
田代君はノコギリを“弾く”ための弓の代用品として、ネットで調べて、小鳥飼育用のプラスチック製止まり木を買ってきた。実際弾いてみると結構鳴ってくれて優秀だった。但し金属をプラスチックで弾けば、どうしても弓側は削れていくがこれはやむを得ない。
 
(実際のワンティス『無法音楽宣言』で上島さんは普通のヴァイオリンの弓でノコギリを弾いている。千里たちは知らないことだが雨宮が都内のリサイクルショップで50円で買ってきた、毛が随分傷んだ鈴木製の弓だった)
 
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みんなが持ち寄ったペットボトルに、音感の良い蓮菜が水を入れて、木琴用のマレットで叩くとちゃんと音階になるようにした。中堅スーパーのプライベートブランドの固めのボトルがいい音を出してくれた。
 
風船はたくさん膨らませておき、適当なタイミングで針を刺して割るのだが、担当の美那は割る度に悲鳴をあげそうになるのを必死で抑えながらの演奏になった。
 
基本的に佳美がドラムス代わりのゴミ箱を打つリズムに合わせて、蓮菜がペットボトルの瓶琴?を打ち、千里がノコギリでメロディーを入れる。そこにチャルメラ、オモチャの銃、風船、クラクションなどが入る。これに手の空いている人が歌を入れる方式で演奏したのである。
 
この演奏を見ていた我妻先生は楽しそうな顔で拍手をし
「これ秋の学習発表会で演奏しようよ」
と言った。
 
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その日、留実子は昼休みに校庭で何人かの(男子の)友人と三角ベースで遊び、そろそろ昼休みが終わるというので教室に戻ってきた。するとクラスの男子たちが、何だか輪を作っている。どうもジャンケンをしようという態勢である。
 
「おお、いい所へ。原田君、鈴木君入って」
と高山君が言っている。
「何のジャンケン?」
と言いながら2人がジャンケンの輪に入る。
「花和は?」
と原田君が訊く。
「ああ、花和君も入って」
と東野君が言ったので、留実子も入る。
 
それでジャンケンした。人数が多いので、高山君の出す手と勝った負けたで勝敗を決めていく方式を採る。高山君も入れて5人になった所で普通のジャンケンに切り替える。
 
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最終的に留実子が勝った。
 
「じゃ、花和君がピーターで」
「ちょっとパワフルすぎるピーターだけど、まあいいよな」
「じゃフレドリックは2番目の原田君で」
「ジェイコブは3番目の中山君」
「王様は4番目の高山君」
「市長は5番目の佐藤君」
 
「ピーターとか王様とか何?」
と話を聞かないままジャンケンに参加した原田君が訊く。
 
「学習発表会の役決め」
「あぁ!」
 

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今年の学習発表会の演劇の出し物については昨年は4年1組が『白雪姫』、2組は『裸の王様』だったが、今年は1組は『魔法の白鳥』、2組は『眠り姫』をすることになった。
 
『魔法の白鳥』はスコットランドの民話収集家アンドルー・ラングの民話集に収録されている童話で、グリム童話の『黄金のガチョウ』の類話である。3人の兄弟、ジェイコブ・フレドリック・ピーターがいた(3人の名前はこの話のバリエーションにより様々である)。ピーターは力も弱く頭も良くないので、上の2人からいつも馬鹿にされていた。
 
この3兄弟を中山・原田・花和(留実子)の3人が演じる。
 
ところでこの国の王様には悩みがあった。それは跡取りの王女が、生まれてからこのかた1度も笑ったことがないことであった。王様は何とか王女を笑わせようと、多数の芸人や俳優などを呼び、面白い話を聞かせるのだが、周囲が爆笑しても王女だけは絶対に笑わない。
 
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それでとうとう王様は「王女を笑わせた者には金貨1000枚またはこの国を与える」とお触れを出したのであった。
 

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ある日、ピーターは上品な貴婦人と会う。彼女はピーターに家を出ることを勧めるので、ピーターは父親に暇乞いをして家を出た。そして貴婦人の助言に従い、岐路に梨の木があって男が寝ている所に行き、男に気付かれないようにそっと、そばの木に結んである美しい白鳥を取ってきた。
 
ピーターがその白鳥を持っているとその美しさに人々が見とれて「ちょっと触らせて」などと言う。それでピーターが「どうぞどうぞ」と言うと、人が触った途端、白鳥は凄い声でわめく。そこでピーターが「白鳥白鳥!」と言うと、白鳥は鳴き止むものの、触った人は白鳥にくっついてしまう。
 
(呪文はラングの原文では Swan hold fast. バリエーションでは Swan Swan Hold onというものも見る。hold fast も hold on も「くっつく」という意味がある)
 
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最初に若い男がくっついてしまい、その男を離そうとした恋人の女がくっつき、彼女の知り合いの煙突掃除人がくっつき、サーカスの道化師がくっつき、それを見とがめて警察に連れて行こうとした市長がくっつき、その奥さんがくっつき、その状態で王宮に入っていく。
 
王女はちょうど馬車に乗って出かけようとしていた所だったが、この一行を見て大笑いする。王女はわざわざ馬車を降りてピーターたちに近づき、再度大笑いをした。「王女様が笑った!」というので王宮は大騒ぎになる。話を聞いて出てきた王様自身もピーターたちを見て大爆笑した。
 
王様はピーターに「金貨1000枚とこの国のどちらを取る?」と訊く。するとピーターはこの国を選んだので、王女と結婚し、王宮で暮らすことになった。
 
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女子たちの間でも役決めの話し合いが進んでいた。
 
最初に問題になったのが王女役である。
 
「前半で色々なお笑いパフォーマンスを聞いても一切笑わずポーカーフェイスを決め込むことができないといけない」
 
「そこが意外に難役だと思う。誰ができる?」
「いつも面白くない顔してる蓮菜は?」
「なんで私が?」
 
と言いながらもテストしてみる。恵香がアメリカンジョークやロシアン・ジョークなどを言うが、蓮菜は笑わずにじっとしている。ところが、くすぐり攻撃で落ちた。
 
「これは誰でも笑うよぉ」
 
他に優美絵、玖美子など数人が言われてやってみるが、恵香の話でたいてい落ちてしまう。
 
「恵香は前半のお笑い芸人役確定」
「蓮菜は道化師役かな」
「で王女役は?」
「うーん・・・」
 
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とみんな腕を組む。面白い話を聞いても、くすぐられても笑わずにいられそうな子がいないのである。その時、優美絵が言った。
 
「千里ちゃんは?」
「ん?」
 
千里はこの女子たちの役決めの輪には入らず、しかし男子たちの輪にも入らずボーっとして窓の外を眺めていた。
 
「千里!ちょっとおいで」
と蓮菜が呼ぶ。
 
「なぁに?」
 
「今から私が何を話しても笑ってはいけない」
と恵香が言う。
 
「いいけど」
 
それで恵香がさっきから披露していたアメリカンジョークをたくさん言うが千里は笑わない。それで最後はくすぐり攻撃を受けるが、それでも千里は笑わない。
 
「すごーい!」
 
「千里ちゃん、普段は結構笑っているのに」
「いや、この子はこうすると決めたら結構それを守れる」
「千里は実は何を考えているのかが表情から読めない」
 
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ということで、王女役は千里に決まってしまった。
 
「え?王女役なの?私、男の子だけど」
「いや、それは絶対嘘だ」
 

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今年の合唱コンクールの課題曲はサンプラザ中野(*1)さんが作詞して福田和禾子(わかこ)さんが作曲した『ロボット』という曲である。福田和禾子さんは『おてんきじどうはんばいき』『そうだったらいいのにな』『バナナのおやこ』、『はみがきじょうずかな』『北風小僧の寒太郎』『赤鬼と青鬼のタンゴ』などの作曲者である。みんなサンプラザ中野さんの作詞で『バナナのおやこ』などの作曲者の作曲と聞いて期待したのだが・・・
 
合唱コンクールっぽい難しい作品だった!
 
歌い方をめぐって、馬原先生と部員たちでかなり議論をした。この歌は解釈によって随分と印象の変わる曲である。内容的には、いじめをテーマにしていていじめをした側が全員ロボットになっちゃうというストーリーなのだが、これを感情を込めて歌うべきか、ロボット的に敢えて平坦に歌うべきかは意見が別れた。結局、なぜか自分がロボットになってしまったという1番は不安げに、その原因となった昨日のいじめの付近は平坦に歌い、最後の付近は表情豊かに歌うという方針が決まった。
 
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自由曲については馬原先生からの提案で『流氷に乗ったライオン』というコミカルだがハーモニーの美しい曲を使うことになった。昨年の『キタキツネ』と同じ高倉田博(たかくらだ・ひろし)さんの作品である。この曲にはトランペットのソロがフィーチャーされているが、部員に入っていない6年生の海老名君が上手いということでお願いすることにした。ブラスバンド部の部員だが、幸いにも合唱と大会日程が重なっていない(大会規定では参加者は当該校の生徒であればよい。またそもそも伴奏者は生徒以外でも校長が認めていれば参加出来る)。他に実は低音部(アルト)のソロもあるのだが、これは6年生の間島さんが歌うことになった。彼女は副部長でもある。
 
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(*1)“サンプラザ中野くん”への改名は2008年1月なので、この時期はまだ“サンプラザ中野”でよい。
 

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