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この騒ぎで東京駅は閉鎖され、東京駅を出るはずだった列車が全て運休となった。東京着の新幹線は新横浜(東海道新幹線)・上野(東北新幹線および上越新幹線)止まりとなり以降その2駅で折り返し運転となった。
犯人は3・4番線のホームにいたので、銃撃されて窓が割れた列車は3番ホームに停まっていた電車、4番ホームから発車した電車(事件後緊急停止)、そして入線してきたばかりの5番線の電車(千里たちが乗っていた電車)の3つであった。
国際的なテロリストによる犯行が当初疑われたため、警察はホームおよび列車内の客を1人ずつ身分証明書などを確認しながら順次解放していった。身分証明書を持っていない人は家族や知人などを呼んで確認してもらうことになったが、やはりアメリカのテロの直後なので、あまり不満は出ていなかったようである。
教頭先生が
「合唱の全国大会に行く所なので早く解放して欲しい」
と訴えたので、千里たちは早めにチェックしてもらい、11時すぎには解放された。北海道から出てきた学校の団体というだけで信用度が高かったのも幸いした。
穴の開いたトランペットは写真を何枚も撮られた。警察は証拠品として預かりたいようだったが「今から大会の演奏に使うので困ります」と言って、写真だけで勘弁してもらった。
しかしこの日、チェックに時間が掛かった人は夕方くらいまで東京駅に留め置かれたようである。ついでに覚醒剤を所持していた俳優が逮捕された!
他に拳銃をトイレのゴミ箱に捨てようとした男が逮捕された。犯人との関連を疑われてかなり厳しく取り調べられたようだが、ただの!?ヤクザであることが分かり、暴力団関係の捜査官に引き渡された。
教頭先生は主催者に連絡し、東京駅での事件のため拘束されていてリハーサルに間に合わない旨を連絡したのだが、N小以外にも2校、同様に足止めを食った学校があったらしい。しかし事件現場の傍にいて、物的な被害まで出たのはN小だけだったようである。
「トランペット、どうしましょうか?」
と海老名君が馬原先生に相談する。この時点ではまだ東京駅でとりあえず電車から降りてホームで待機していた。
「レンタル楽器とかは借りられませんか?」
と保護者の1人が言った。
「僕が検索して電話してみるよ」
と6年・小塚さんのお父さんが言って、AirH"(エアエッヂ)装備のパソコンで都内のレンタルショップを検索し、片っ端から電話を掛けまくってくれた。
(AirH"は2001年6月にサービス開始した。それ以前はISDNの公衆電話を使うか高額の携帯電話料金を払わないと外出先でのパソコンからのネット接続はできなかった)
「そのトランペット、音はどう?」
と訊かれて海老名君が穴の開いたトランペット吹いてみるが、明らかに音がおかしい。
その時蓮菜が
「ガムテープか何かで穴をふさいだらどうでしょう?」
と言った。
「やってみよう」
偶然ガムテープを持っていた保護者(洋服のホコリを取るコロコロ代りに持っていた)が荷物からガムテープを取りだし、馬原先生がそれを貼って穴を塞ぐ。片側はそれでいけるのだが、反対側は金属がめくれていてうまく塞げない。
「先生、そちら側は内側から塞げばいいかも」
とひとりの男性保護者が言う。
「でも内側からできる?」
と戸惑うように馬原先生。
要するに弾丸が飛び込んだ側は金属が内側にめくれているから外側にガムテープを貼ればよく、弾丸が飛び出した側は外側にめくれているので内側にガムテープを貼ればよかったのである。もっとも手とかは入れられない箇所なので作業は難しい。
「私がやります。これ指が細くないとできない」
と小春が言った。
小春は、最初に内側に指を入れてティッシュでよく拭いた上で、短く切ったガムテープを2枚、穴から内側に入れて各々指で押さえてから、最後にその隙間を外側から塞いだ。
海老名君が吹いてみる。
「ちゃんとした音が出てる!」
「じゃ万一代わりのトランペットが借りられなかったらそれで」
30分ほどで小塚さんのお父さんが今日すぐに借りられるお店を見つけてくれた。
「新宿の楽器店が貸してくれるそうです。レンタル料金は一週間6000円なのですが、来店して借りる場合は保証料として3万円預けないといけないそうです」
「それは僕が出すから借りて下さい」
と教頭が言い、小塚さんのお父さんは即予約を入れた。
「じゃ私は新宿に寄ってから会場に入ります」
「すみません。よろしくお願いします。今の電話代とか通信代とか交通費はあとで精算しますね。取り敢えずその費用も含めて概算で」
と教頭は言って、6万円渡していた。
11時過ぎに解放されるが東京駅は閉鎖されているので、電車が使用できない。しかしツアー会社が手配してくれたバスに乗って会場のホールまで移動した。小塚さんのお父さんはそのバスで新宿まで送ってもらい、トランペットを借りてから山手線で原宿に移動して会場に入った。
千里たちが会場に到着したのは道路まで交通規制されていたこともあり11:40くらいであった。小塚さんのお父さんが到着したのはもう13時くらいである。
東京駅で留め置かれた小学校3校の内、千里たちが結局いちばん早く到着したようであった。13時半くらいに2校目のZ小学校(熊本県・昨年は銀賞)が到着したが、メンバーはかなり疲れているようだった。主催者は本当に今日大会を実施していいのかまで含めて検討したようだが、結局1時間半遅れの14時半から始めることになる。
これでN小の一行は帰りの最終便に間に合わないことが確定した!
昨年は14時に始めて17時前に終わっている(演奏2時間+審査30分+スペシャル合唱団10分+表彰20分)が参加校が6校増えているので所要時間が多分4時間半近く掛かる。そのため今年は13時から始めて17時半までに終わる予定だった。しかし乱射事件の影響で始まりが1時間半遅くなったから終わるのはおそらく19時である。それから移動しても新千歳行きの最終(21:00 ANA)に間に合わない(確保していたチケットは20:05 JAS)。
ツアーの添乗員さんと教頭が話し合い、添乗員さんは会社とも何度も連絡していたが、取り敢えず今夜は東京に1泊することにして、すぐ宿を確保してもらった。航空券は日程変更の利かない格安チケットであるが、これは旅行代理店の支店長決裁により、無償で翌日のチケットに振り替えてもらった。代理店は大損害であるが、非常事態でやむを得ない。余分な宿泊料金についてはこの日は「話し合いたい」と代理店側も言っていたのだが、最終的には本社社長決裁で追加料金無しということになった。さすが大手旅行代理店である。
なお3校目のA小学校(都内!昨年金賞)が到着したのはもう16時すぎであった。東京駅に到着直前に事件が起きて、駅に入ることもできず線路上で長時間缶詰になっていたらしい。ほんとにお気の毒である。
この日は観客で開始に間に合わない人も多数あったようで、始まった時はに結構空席が目立っていた。また実は審査員で間に合わない人もあり!本人と電話連絡承認の上で代わりの人に審査に参加してもらったケースまであったらしい。
さて、千里たちはもうリハーサルには間に合わないと思っていたのだが、開始が遅れたのでリハーサルさせてもらえることになり、ステージに上がって課題曲・自由曲の歌唱をした。4年生の部員たちは「すごーい!ひろーい!」などと言って感激していたようである。
予定より1時間遅れの13時に観客を入れ始めたがその時点では中止もあり得るという説明だった。14時近くになって「14時半頃より演奏を開始します」という案内がある。
14:25くらいに開始が宣言され、1校ずつ演奏が始まった。千里たちは後ろに回されたので14番目の登場となる。昨年は1校平均12分掛かっていたので17:00くらいの演奏かなと思っていたのだが、この日は学校紹介ビデオが省略され(テレビでの放送の際には挿入されると説明された)、1校9分で進行した。それで10番目の学校の演奏が終わった16:00頃、進行係の人が呼びに来たので席を立つ。
練習室で、阿部さんのピアノ、海老名君のトランペット、間島さんのアルトソロ、そして馬原先生の指揮で練習をする。やはりみんな実際に声を出したことで結構緊張が取れる感じだった。昨年は最初の方で歌ったので、あまり緊張する時間も無かったのだが、今年は後のほうになった。それで、たくさん上手な学校の演奏を聴いた上での出演になり「こんなうまい所ばかりなのか」という気持ちになりかけていた部員もあったようである。
「去年はここから(ピアニストの)鐙さんが転んだんだよなあ」
「あれはどうなることかと思ったよ」
などという声も出るが、間島副部長は
「あまり悪いことを思い出さないように。悪いことって考えると起きちゃうから」
などと言っている。
それで係の人の案内で部屋を出ようとした。それで係の人がドアを開けようとした時、その前にドアが開いた。
この部屋のドアは内側に開くようになっている。
先頭に立っていた係の人がドアに押されて「わっ」という声を挙げて後ろに倒れる。するとその後ろに居た間島副部長が倒れ、その後ろにいたピアニストの阿部さんが倒れ、その後ろに居た海老名君は・・・何とか持ちこたえた!
将棋倒しが起きてしまったのである。
「あ、済みません!中におられたんですね!」
と外でドアを開けたスタッフの人が謝った。
「ごめん。僕がロックをかけ忘れていたみたい」
と先頭に立っていて最初に倒れたN小を誘導していた係の人が謝りながら立ち上がる。
「みなさん怪我は無いですか?」
と振り返って声を掛けたのだが・・・
「間島さん!?」
係の人の下敷きになった間島さんが立ち上がらないのである。
「意識を失ってる!?」
「動かさないで!」
「医師を呼んでくる!」
と言って、N小の次の出番の、Z小を誘導していた係の人が走っていく。
小春が間島さんを横向きにして寝せ自分のポーチを頭の下に敷いて少しだけ頭を高くした。
「千里、熱さまシート持ってたよね?出して」
「うん」
それで小春は熱さまシートを間島さんの額と首の後ろに貼った。名前を呼んだ方がいいと小春が言ったので高花部長や馬原先生、彼女に親しい子が数人「伶花ちゃん」と呼びかけている。小春は足をつねったりもした。
「阿部さんは大丈夫?」
と小塚さんが訊いた。
「それが倒れた時に指を突いちゃって」
と言って、彼女は左手の指を押さえている。
「海老名君は?」
「トランペットが・・・」
なんと持っていたトランペットが大きく曲がっているのである。
「それと僕もペットに指をかけていたので」
と言って彼も右手を押さえている。
「ちょっとぉ!?これどうしたらいいのよ!?」
と部長の高花さんがパニックになっている。彼女はわりと動揺しやすいタイプだよなと蓮菜は思っていた。
「落ち着いて。ここでパニックになってはダメ。対処法だけを考えればいい」
と言ってみんなを落ち着かせたのは自分は指を痛めている阿部さんである。
「私はこの指では弾けない。だから美那ちゃん弾いて」
「分かりました」
と美那が答える。
そこに医師が駆け込んできた。医師はバイタルをチェックしながら本人の名前を呼んであげてというので、馬原先生や同級生たちが間島さんに呼びかけていると、間島さんは目を開けた。
「意識が戻った!」
「君、自分の名前言える?」
「ましま・れいか」
「生年月日は?」
「平成元年8月4日」
「性別は?」
「たぶん女です。ちんちん付いてないし、生理あるし」
医師がこちらを振り向いて訊く。
「倒れていたのは何分くらい?」
「4分くらいですね」
と小春が腕時計を見て言っている。
「だったらギリギリOKかな」
と言っていた所に、長内さんが観客席から呼んできた間島さんのお母さんがやってくるが、娘がもう起き上がっているのでホッとしたようだ。
「歌えますかね?」
と阿部さんが尋ねる。
「30分くらい安静にしておいた方がいいです」
と医師は言った。
それで結局間島さんは担架に乗せて医務室に運んだ。お母さんと教頭先生が付き添っていった。