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■少女たちの修復(6)

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2001年8月26日(日).
 
合唱サークルが参加する今年の合唱コンクール地区大会が旭川市で行われ、今年は全員JRで移動した。昨年は予算も無かったことから、保護者の車で相乗りして旭川に移動したのだが、一部の車が高速道路上での事故で足止めをくらい本番に間に合わなかった。
 
しかし昨年は結局全国大会まで行ったことから今年は予算がかなり増額されており、JRを使うことができた。各保護者には朝留萌駅まで送ってもらえばよい。
 
参加校は昨年は12校だったが今年は10校に減っている。
 
(このコンクールの参加校数は90年代には毎年減っていき2002年が底であった。その後、また参加校数が増えていく)
 

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千里たちN小学校は出場10校の内8番目であった。昨年この地区大会で優勝したのだから最後の登場でも良さそうだが、後ろ2校は例年上位に入っている私立の学校である。
 
ピアニストの阿部さんは昨年は全国大会の舞台で伴奏をしているので今年は余裕である。指揮は馬原先生、これに今回の参加者黒1点の海老名君(誰も千里を男子だとは思っていない)がトランペットを吹き、また低音部の間島さんがアルト・ソロを取る。
 
会場の外で練習してから更衣室で合唱サークルの制服に着替える。なお唯一の男子である海老名君は着換えずそのままの服である。彼は最初から子供用スーツを着てきていた。むろん更衣室には入らず部屋の外で待機している。
 
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舞台袖につながるロビー奥の方に行く。やがて前の学校が舞台に出たので千里たちは舞台袖まで行く。後方には昨年銀賞だったF女学園の生徒たちが来ている。部長の高花さんが会釈すると、向こうの部長さんっぽい人が会釈を返してくれた。
 
「頑張りましょうね」
「お互い頑張りましょうね」
 
と声も掛け合う。ここは5年ほど連続して銀賞らしい。その後方にY女学院の生徒たちも来るが、何だか緊張している感じで全く私語をしていない!ここは10年ほどこの地区の金賞を独占していて一昨年は全国大会まで行ったのに昨年千里たちのN小に敗れて銀賞に終わっている。きっとリベンジに燃えているだろう。
 

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ひとつ前のT小学校の演奏が終わる。生徒たちが退場する。千里たちがステージに上がる。それで演奏を始めようとした時だった。
 
ドン!
 
という物凄い音がして「**合唱コンクール」と書かれた大きな板が上から落ちてきた。千里たちは最初何が起きたのか分からなかった。
 

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会場は物凄いざわめきである。係の人が数人ステージに上がり、落ちてきた板を片付ける。千里たちは
「びっくりしたー」
「何が起きたかと思った」
などと言い合っている。
 
係の人が
「怪我なさった方はありませんか?」
と尋ねるが、みんな大丈夫のようである。板は指揮者と生徒たちの列の中間、誰もいない所に落ちたのであった。
 
先生がお互いに隣の人が怪我していないか見てあげてというので、千里も隣の蓮菜とお互い触り合って怪我していないことを確認した。
 
「大丈夫のようです」
と先生が係の人に報告する。
 
「でも誰にも当たらなくて良かった」
「ほんとほんと」
 

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それで気を取り直して演奏開始である。係の人の「お騒がせしました。次は留萌から来ました留萌市立N小学校です」というアナウンスがある。阿部さんが出だしの音をピアノで弾き、これにみんな声を合わせる。
 
先生の指揮棒が振られ、伴奏が始まり、みんなが歌い出す。実際問題として今回は5〜6年生が慣れているとはいえ、やはり緊張している部員も多かったのだが、直前の看板転落事故で結果的に緊張がほぐれてしまった。それでこの日はとてもリラックスして歌うことができた。
 
感情表現などもとてもうまくできる。最後の夢落ちの部分も本当に安堵したような雰囲気を出して終了する。
 
部員たちは、うまく行ったという感触があるので、お互い笑顔である。そしてこの良い雰囲気のまま自由曲に行く。
 
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ピアノの向こうに置いた椅子に座っていた海老名君が前に出てきて指揮者の傍に立ち、トランペットを構える。阿部さんのピアノが最初の音を出してみんな音を合わせる。馬原先生の指揮が始まり、トランペットの音が高らかに鳴り響く。そのフレーズが終わった所でみんなの歌が始まる。
 
課題曲がうまく行ったので、自由曲ものびのびと歌うことができた。テーマを繰り返した後で入るアルトソロもうまく行き、それに続くトランペットも格好良く入り、再現部も美しく歌うことができた。合唱って、やはりこういうハーモニーの美しい曲がいいよなあと、千里は歌いながら思っていた。
 

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千里たちの後はF女学園が入り、課題曲の「ロボット」ともう1曲は大中恩さんの女声合唱組曲『月と良寛』から『月かげ』を歌った。『月と良寛』の中では『月とうさぎ』が演奏される機会が圧倒的に多いのだが、千里はその歌が嫌いである。うさぎが自ら火の中に飛び込んで自分の肉体を老人(実は帝釈天)に献げたというのはどうにも納得出来ないと思う。F女学園の歌を聞いていて、『月とうさぎ』でなくて良かったと思った。
 
『月かげ』にはアルトソロ(オクターブ下げてバリトンが歌ってもよい)が入っているので、こちらのアルトソロを歌った間島さんが食い入るようにF女学園でソロを歌っている子を見ていた。
 

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F女学園の演奏が終わった後は、最後の出演校・Y女学院の演奏である。児童が整列して、まずは課題曲を歌うが、千里たちとは全く違う歌い方をした。
 
F女学園の歌い方は、1番は表情豊かに、2番は機械的に歌っていて、千里たちN小学校の歌い方と近かったのだが、Y女学院は全曲をかなり躍動的に歌った。この曲はやはり解釈が色々成立するんだろうなと思った。自由曲は無調音楽っぽい曲だった。正直この曲は分からないと千里は思った。
 
ところがこの曲を演奏中のことだった。
 
今度はステージ後方に掲げられている国旗と主宰者の旗が突然落ちてきて、児童たちの上にかぶさるようになったのである。
 
「きゃー」
という悲鳴が上がる。
 
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もちろん演奏は中断する。
 
係の人が数人飛び出して行く。
 
「怪我はないですか?」
と声を掛ける。
 
「大丈夫みたい」
と旗がかぶさってしまった児童たちが言う。
 
自由曲は再度演奏することになったが、どうも事故の影響が出てしまったようにも思えた。同じように事故が起きても千里たちは、かえってそれで緊張が解けて良い演奏ができたのだが、Y女学院の場合は集中が途切れてしまったようであった。
 
演奏が終わってから泣いている子もいる。自分たちでもうまく演奏できなかったというのを感じているのだろう。
 

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15分間の休憩をしますとアナウンスされたものの実際には30分待たされた。
 
「揉めてるみたいね」
「事故の影響を考慮するかどうかで紛糾しているのかもね」
 
やがて審査員長が出てきて結果を発表した。
 
「最初に金賞。これは北海道大会に進出します。金賞、留萌市立N小学校」
 
千里たちは歓声をあげ、高花部長と間島副部長がステージに上がって賞状と楯を受け取った。
 
「続いて銀賞。F女学園小学校、稚内市立H小学校」
 
会場内にざわめきがあった。Y女学院は銀賞も取れていなかった。そのあと銅賞が発表されたが、結局Y女学院は銅賞に入っていた。
 
でも賞状を受け取りに出て行かなかった!
 
どうも金賞が発表された所で帰ってしまったようである。昨年は一応銀賞を受け取ったのだが、よほど悔しかったのだろう。
 
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(後で合唱連盟のほうから厳重注意されて、顧問が校長との連名で始末書を提出したらしい)
 

2001年9月2日(日)、留萌市内の温水プール“ぷるも”が正式にオープンした。完璧に水泳シーズンが終わってからのオープンだが、北海道では9月上旬はかなり寒いので、その時期に泳げるというので結構な人出があったようである。
 
千里たちは正式オープン前から何度か授業で使わせてもらっていたのだが、9月3日(月)にN小の全校生徒で行って、水泳記録会をした。
 
千里は女子更衣室で女子用スクール水着に着替えるが、いつものことなのでもう誰も気にしない。
 
1-2年生はビート板で何m進めるかのような競技をしていた。むろんクロールができる子は3年生と一緒にそちらに出てもよい。3年生以上はクロール、平泳ぎ、背泳のどれかで25mまたは50mのタイムを測るが、25m泳げない子は何m泳げたかを測る。それ以外に仰向けの姿勢で1分間水に浮いていればよいという競技もある。これは水難事故に遭ったような場合に結構重要である。
 
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5年生以上の場合は各種目の25m,50mのほかに100m自由形もあるが(実際には全員クロールで泳ぐが公式の水泳大会と違って平泳ぎや背泳で一部または全部を泳いでもよい)、さすがに参加者は少ない。
 

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「るみちゃんは何に出るの?」
「僕は100m自由形」
「すごーい!100m泳げるんだ?」
「400mくらいは泳げるよ」
「ひゃー!」
 
「400mなんて走るのでも辛い」
と言っている子も多い。
 
「千里は何に出るの?」
「距離認定」
 
25m泳げない子対象のものだが、5年生ではそう多くない。
 
「実際は何mくらい行く?」
「10mくらいかなあ」
などと千里は言っていたが
 
「千里は“か弱い女の子”を演出せずに本気を出せば20mくらいは行くはず」
と蓮菜から鋭い指摘を受けた。
 
「ああ、演出なんだ?」
「千里の実態は嘘と演出が95%」
などと蓮菜からは言われている。
 
「千里が普通の女の子であることはみんな知ってるから、こういう時は本気を出しなよ。剣道部ではわりと本気じゃん」
と玖美子からまで言われた。
 
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「そういえば夏休み中にあった支庁大会で優勝したんだって?」
「3位だよぉ」
「それでも凄いじゃん」
 

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千里が距離認定に出場したのは、実は距離認定は“男女混合”であるというのもあった。25mや50mなどの競技は男女別に行われる。
 
プールに入って指定されたコースの端の所につかまる。このクラスは飛び込みもできない子が多いので、飛び込みスタートではなく、水中からのスタートである。
 
スタートの笛が鳴り、泳ぎ出す。一応クロールの型(正確にはクロールっぽい型)で、8回ごとに息をしながら泳いでいく。5mラインを過ぎて、10mラインを過ぎて、15mラインを過ぎて、そろそろ20mラインかな?このあたりで泳げなくなったことにしよう・・・と思ったら、手が何かにぶつかってしまった。
 
え!?
 
と思って立ち上がったら、プールの向こうの端だった!!
 
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どうもラインを1本見落としてしまったようだ。
 
「村山さん、やはり最後まで泳げたね。あなたは次の25mタイムレースにも参加決定」
 
とそちらの端に立っている桜井先生が言った。千里は昨年夏からずっと桜井先生の個人レッスンを受けているので、先生は千里の実力を知っている。
 

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そういう訳で、結局千里はタイムレースにも出ることになった。
 
「25mじゃなくて50mとか100mに出てもいいけど。途中で立ち上がってまた泳いでもいいよ。あんた持久力はあるから100m程度は泳げる気がするんだよね」
などと桜井先生は言っている。
 
「50mとか無理です!25mにします」
と最初千里は言ったのだが、隣から小春が
「100mにしなよ」
と言った。
 
「そんなに泳ぐ自信無いよぉ」
「100mの1組は男女混合だよ」
と小春が言う。千里は一瞬考えてから言った。
「出る!」
 
桜井先生が笑っていた。
 
後から聞いたのでは、100m泳げる女子が少ない(この時点では千里以外に3人しかいなかった)ので、時間節約のため男子の記録の低い子4人と一緒に泳ぐということであった。
 
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千里はターンはできないのだが、一度立ち上がってから再度泳いでもいいということであった。またプールの途中でも辛くなったら一度立ってからまた泳いでもよいということである。
 

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少女たちの修復(6)

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