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■少女たちの修復(11)

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「誰かアルトソロ歌える人?」
と阿部さんが部員たちに訊くが、みんな顔を見合わせている。
 
「こういう時は千里の出番だな」
と蓮菜が言った。
 
「私はソプラノだよぉ」
「千里は声域が広いからアルト音域も出る」
「出るかも知れないけど歌ったことない」
「じゃ今1度練習するといいね。スタッフさん、練習していいですか?」
「5分間認めます」
とスタッフの人が言った。
 
「トランペットは?」
「ガムテープで塞いだのを使えばいいよ」
「でも海老名君が指を痛めている」
 
「これ僕も左手で持っていたら、左手は指が動かなくても何とかなったんだけど」
と彼は言っている。
 
「小春、トランペット吹けるよね?」
と蓮菜が訊く。
 
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「吹けることは吹けるけどこの曲は練習したことない」
「今練習するといいね」
 

それでZ小の子たちを待たせたまま、N小は、美那のピアノ、千里のアルトソロ、小春のトランペット(マウスピースは海老名君が使用していたものをウェット・ティッシュで拭いて使用する)で自由曲の『流氷に乗ったライオン』を演奏した。
 
「うまく行った!」
「びっくりした」
という声まであった。Z小の子たちが腕を組んだりして厳しい表情で見ていた。スタッフさんが新しい伴奏者名(ピアノ・トランペット)、ソロを歌う子の名前と学年を書き留めて審査員の所に走っていった。
 
「時間です。N小学校の皆さん、ステージに上がってください」
と進行係の人が呼びに来た。
 
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「行こう」
と阿部さんが声を掛けてステージに移動する。馬原先生がまだ動揺しているっぽい部長の高花さんに楽譜を指揮台の所に置いて来る役目を頼んだ。
 
「僕はどうしようかな?」
と海老名君が言っているので
「全国大会のステージに立つだけでも価値があるから、合唱の隊列に並びなよ」
と阿部さんは言う。
「でも僕男だけど」
「コンテストの規定上では、パートと肉体的性別は関係無い。女子がバリトン歌ってもいいし、男子がソプラノ歌ってもいい」
「ソプラノは出ない!」
「じゃアルトの所に並びなよ」
「アルトの後ろに並ぼうかな?」
「予備の制服あるけど着る?」
「スカートは勘弁して!」
 
それで海老名君は(ボーイズ用)スーツのまま、アルトの後ろに並んで声の出る範囲で歌うことにした。彼は元々歌がうまいし、声変わりは既に来ているもののハイトーンなのでアルト声域も結構出る。彼が女性アイドル歌手の歌を原キーのまま歌っているのを何度か見たことがある。阿部さんは譜めくり係をすることにした。
 
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前の学校の演奏が終わったのに、次の学校がなかなか出てこないので客席が結構ざわめいていたようである。そこに最初に高花さんが入っていき指揮台のところに楽譜を置いて、そのまま指揮台の真正面、全体の中央付近前列に立った。彼女はこれをしたので、かなり気持ちを引き締めることができたようであった。
 
続いてアルトの子たちが入って行き高花さんより奥側(指揮台から見て右側)に並ぶ。海老名君はアルトの一番後ろの端に立った。背が高い彼はこの位置が目立たない。
 
そしてソプラノの子が入って行き並ぶ。千里はソプラノの集団で入っていったが、中央寄り、高花部長の隣に立った。高花部長とアルトの6年生・金野さんの間に立つ。小春はソプラノの並びの端、ピアノの傍に(ガムテープで穴を塞いだ)トランペットを持ったまま立った。
 
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「北海道代表・留萌市立N小学校。まずは課題曲です」
というアナウンスがある。美那が最初の音を出す。みんな声を出して合わせる。
 
馬原先生の指揮棒が振られ、美那の前奏に続いて課題曲『ロボット』を歌う。1番は不安げな表情で、そして2番のいじめを告白する所は平坦にロボット的に。そして最後の夢落ちは安堵したような表情で。
 
歌い終わった後のみんなの表情が明るい。いい感触。自由曲に行く。
 
小春は列から前に出てきて指揮者の馬原先生の傍に立つ。美那が最初の音を出す。美那の弾く前奏に続いて小春がトランペットを吹く。流氷に乗ってしまい自分の運命に不安を持ったライオンの雄叫びである。小春のトランペットは海老名君に比べてパワーは無いものの物凄く表情豊かであった。そのトランペットの音が終わった後合唱が始まる。この段階では千里はソプラノパートを歌う。
 
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テーマを繰り返してから、千里のアルトソロが入る。千里はそこまでソプラノパートを歌っていたのだが、ここから16小節アルトの声域でソロを歌う。千里はこの声域を普段あまり人に聞かせていないのだが、安定していて響きが豊かなアルトである。間島さんのアルトは倍音が少なく軽い感じのアルトなのだが、千里のアルトは倍音が豊かで劇的な感じのアルトである。これで歌の雰囲気が結構違ってしまうのだが、今日はやむを得ない。
 
千里のソロが終わった後には小春のトランペットが8小節入る。そして歌が再開する。千里はここでは再度ソプラノパートを歌った。
 

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終曲。結構な拍手が来た。N小の部員たちも一様に表情が明るい。かなりいい感じで歌うことができた感覚があった。
 
ステージから降りて自分たちの席の所に戻る。その後Z小が入って来て演奏する。Z小の子たちもかなりハイレベルな演奏をした。そして最後にA小の子たちが入って来た。彼女たちは長時間電車に閉じ込められていて相当疲労していたはずである。会場に到着したのは千里たちが演奏していた時間帯でもう練習も無しに到着してすぐステージに上がっている。コンディションは最悪である。
 
しかしA小の演奏は素晴らしかった。
 
演奏が終わると会場全体から物凄い拍手が贈られた。
 
「A小の4連覇かな」
と阿部さんはつぶやいていた。なお部長の高花さんは間島さんの様子を見に医務室の方に行っている。
 
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A小の演奏が終わったのが16:52であった。
 
進行係さんから「今年の自由演奏は無しとさせて頂きます。楽しみにしていたかた、申し訳ありません」という案内があった。すぐにスペシャル合唱団の演奏になる。普段の年なら30分練習して合わせてからの演奏なのだが、今年は練習無しのぶっつけ本番である。各校から代表3名が出て歌うのだが、N小は高花さん・間島さん・小塚さんの3人が出ることにしていた。しかし間島さんは医務室で寝ているし、高花さんもそのお見舞いに行っている。
 
馬原先生の指示で、高花さん・間島さんの代わりに赤津さん(S)と金野さん(A)が出ることになり譜面を渡されていた。曲は『さんぽ』である。ふたりとも「自信なーい」などと言いながらステージに上がった。
 
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しかし知っている人の多い曲なので、会場全体での演奏になった。
 

その演奏の途中で高花さん、間島さんと、間島さんのお母さんに教頭先生が戻ってきた。
「どうですか?」
「もう大丈夫だそうです」
「それは良かった!」
 
「皆さん、ご迷惑掛けて済みません」
と間島さんが謝るが
「伶花ちゃんが謝る必要無いよ」
と阿部さんが言う。今日みんなが落ち着いて演奏出来たのはひとえに阿部さんの統率力だった。リーダーにはふだん力を発揮するタイプと危機の時に力を発揮するタイプがいると言うが、阿部さんは確実に後者だ。高花さんは普段は良いリーダーなのだが、今日はパニックになってしまった。あまりにも事件が起きすぎて無理も無いのだが。
 
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「ただ北海道に帰る手段なんですが、できたら飛行機を使わないでと言われました」
と教頭先生。
「ああ、それは用心した方が良いかも」
と小塚さんのお父さんが言っている。
 
「だったら私が間島さんに付き添ってJRで帰りますから、教頭先生は児童たちを引率して飛行機で帰って頂けませんか?」
と馬原先生が言った。
 
「うん。そうしようか」
 
なおこの余分な交通費は主宰者が出してくれることになった。
 

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スペシャル合唱団の演奏が終わり、参加者が各校の席に戻った頃合いを見て、審査員長がステージに立つ。司会者が「結果発表です」と言う。
 
「金賞・関東甲信越代表・東京都A小学校」
 
大きな拍手が贈られる。最悪のコンディションだったのに、最高のパフォーマンスだった。文句無しの金賞である。A小はこれでこのコンクール4連覇である。
 
「銀賞・九州代表・熊本県Z小学校」
 
これにも大きな拍手が贈られる。
 
「うまかったもんねぇ」
「結構うちと微妙な気もしたんだけど、向こうの評価が高かったかな」
などという声が出ながらも、千里たちはみんな惜しみない拍手をした。
 
ここで司会者は言った。
 
「今年は2位が同順になってしまいました。それで実は銀賞がもう1校あります。その代わり銅賞が1校です」
 
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会場がざわめく。
 
「銀賞、北海道代表、留萌市立N小学校」
 

千里の周囲で「きゃー」という声があがる。高花さんが間島さんの手を握って「賞状を受け取ってきて」と言う。間島さんは一瞬迷うような表情をしたものの、馬原先生も肩を叩くので、笑顔になってステージに上がった。それで賞状を受け取り、高く掲げた。会場全体から拍手が贈られた。
 
最後に銅賞が発表されたが、東北代表の岩手県M小学校が獲得した。
 
終わったのは17:20頃である。
 
閉会宣言の後、記念撮影となる。主宰者から帰りの便の時刻を尋ねられたが、今日はもう間に合わないだろうと思い、1泊して明日帰ることにしたと言うとでは記念撮影は最後でいいか?と言われたのでそれでよいと言った。
 
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熊本から来ているZ小はすぐにもここを出れば羽田から20:10のスカイマーク福岡空港行きに間に合うということで慌ただしく記念写真を撮って会場を出ていった。結果論でいえば千里たち留萌N小も最初チケットを確保していた新千歳行きJAS最終に間に合っていたのだが、既にチケットは払い戻しして明日の便を確保している。
 
Z小の次は岩手から来ているM小が記念撮影をした。彼女たちも新宿から中央線経由で上野に行けば19時の《やまびこ》に乗れる。盛岡からはバスで自分たちの町まで戻れるらしいが到着はたぶん夜11時くらいという話である。全くお疲れ様である。ちなみに熊本Z小は《有明53号》の熊本駅到着が0:11なので自分たちの町に戻れるのは夜1時半の予定らしい。
 
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Z小の後、(都内の)A小が「お先にどうぞ」と譲ってくれたので、千里たちN小が記念撮影をした。賞状は高花部長が持ち、子供たちと馬原先生・教頭先生だけで1枚、保護者も入って1枚撮影した。撮影の時A小の子たちが拍手してくれたので、N小はそのあとA小の記念撮影まで残って、A小が優勝旗と賞状を持って撮影するところを拍手で祝福した。
 
その後、A小の部長とこちらの高花部長が握手して別れた。
 
なお破損したトランペットだが、主宰者のスタッフが付き添って教頭先生と一緒に楽器店に行き、主宰者側のミスで楽器を破損してしまったことを謝り、主宰者が楽器代金を弁済するとともに、借りたN小には責任は無いので、ブラックリストなどに載らないように処理して欲しいと頼み、楽器店の社長さんの了承を得た。
 
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この処理があったので教頭先生がホテルに戻ってきたのは20時頃であった。
 

他の子たちは19時頃に新宿のホテルに入ったのだが、ひとりが
 
「なんか疲れたし、お腹も空いたね」
と言った。すると誰かが
「そういえばお昼食べてない」
と言い出す。
 
「忘れてた!」
という声が多数あがる。
 
あまりにも凄いことが起きたので、みんなお昼のことはきれいに忘れていたのである。馬原先生や教頭先生も乱射事件の後の処理などで忙殺されていて気付いていなかった。
 
それで夕食はバイキング設定のあるレストランに入って食べたが、みんな充分元を取るくらい食べていた。普段から食の細い子もこの日はかなり食べていたようである。
 

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翌日警察から連絡があり、大会が終わったのであれば、もしよかったら銃弾で穴の空いたトランペットを証拠品として提出してもらえないかとの打診があり、教頭も同意した。警官がホテルまで取りに来た。
 
「ガムテープで穴を塞いだんですね!」
「金管楽器は途中に穴が空いたら鳴りませんから」
「穴を開け閉めしたりして音程が変わらないんですか?」
「それは木管楽器の場合です」
「楽器って難しいんですね!」
 
そんな話をして警部補の名刺を渡した警官は預かり証を書き、トランペットを持って行ったが、後で返してくれるかどうかは微妙だなとみんな言っていた。このトランペットは海老名君個人のものではなく学校の備品ではあるが、すぐにブラスバンド部の大会で使うので無いと困る。それで教頭と校長が電話で話し合った結果、学校側ですぐに新しいトランペットを1つ購入することになった。代金については、旅行保険から降りるはずと旅行代理店では言っていた。
 
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チケットの振り替えにしても、こういうのは“寄らば大樹の陰”だね、とみんな話し合った。
 
「自分たちでチケットを確保していたら宿も取れず振り替えもきかず、トランペットは泣き寝入りだった」
 
「しかし海老名君や他の児童にも怪我が無くて良かった」
と校長は言っていたが、全くである!
 

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少女たちの修復(11)

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