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授業2時間枠ぶちぬきに掃除の時間まで使い、13:30-15:40という枠を使用している。一応校庭に15時半までに戻るように言われている。
それで千里たちは15時過ぎには作業を切り上げた。
「千里きれいにできてる」
「これだけ時間があればね」
「蓮菜はあと少しかな」
「残りは学校で仕上げる」
「私、まだ全然描けてない」
「恵香、ほとんどおしゃべりしてたし」
「るみちゃんもあまり描けてないね」
「ぼくは絵自体が苦手〜」
ともかくも4人は道具を片付けて15;10頃に山を降り始めた。登る時は20分掛かったが、下りは15分もあれば降りられるはず。15:25頃には学校に着くだろう。
さて日本列島には時差がある。留萌(141.6369 E)は明石(135 E)より6.6369度東にあるから、6.6369/360x1440分(24h) = 26.5分で、30分近く早い。だから日本標準時(=明石時刻)15:30は留萌の“地方時”では16時くらいに相当し、そろそろ夕方である。夕方は、猫目の動物の活動時間帯である。
一行は、蓮菜・千里・留実子・恵香、という順で歩いていた。
最初に気付いたのは千里である。千里は蓮菜の服を掴んで停めた。
「どうしたの?」
「みんな絶対声をあげたらダメ。刺激するから」
と千里は小声で(正確には全く声を出さずに全員の脳内に直信して)言った。
留実子も気付いて自分がいちばん前に行った。
それでやっと恵香も気付いて悲鳴をあげそうになったが、千里が恵香の口に手を当て、恵香も何とか声を出すのを我慢した。
少し先、たぶん50mほど先に熊が居た。
日本列島に居る熊はツキノワグマ(月輪熊)とヒグマ(羆)であるが、前者は本州および四国に生息していて、後者は北海道に生息している。ツキノワグマは刺激しない限りおとなしい生物だが、ヒグマは獰猛な生物である(*10).
そして熊など猫目の多くの活動時間帯は朝と夕である(薄明薄暮性という)。
(*10) アメリカでは「アメリカ熊は神様が造ったが、灰色熊(グリズリー)は悪魔が造った」と言われる。“くまのプーさん”やテディベアはアメリカ熊。
つまり今の時間帯は熊が夕御飯を確保するために活動を始める時間帯であり、下手すると千里たちは、熊の夕御飯になりかねない!
熊は大きさ1mくらいと見た。1歳くらいだろうか。向こうはまだこちらに気付いていない。木の実をとって食べているようだ。千里と留実子は、こちらが風下であることに気付いた。だから熊はこちらに気付きにくい(更に熊が寝起きだったのもあるかも)。留実子はこのまま後ずさりで逃げられないかというのを考えた。小声でみんなに言う。
「ゆっくり、ゆっくり下がろう。ただし後向いたらダメ。動物は自分に背を向けてるものを追う習性があるから」
みんな頷く。
「るみちゃん、だったらいちばん後に」
「分かった」
それで留実子を最後尾にして(代わって先頭には千里が立つ)、ゆっくりゆっくりと後退する。幸いにもまだ熊は気付かない。
それで恐らく70mくらいまで距離が開いた時のことだった。
「15時半です。N小の児童は全員学校に戻りなさい」
と大きな声で放送が流れたのである。
本来15時半までに児童は学校に戻らなければならなかった。しかしまだ戻ってない子がいるので放送が掛かったのである。
突然の放送に千里たちもびっくりしたが、熊もびっくりした。あたりを見回す。それで熊はこちらに気付いてしまった。
熊はこちらを見ると、威嚇もせずにいきなりこちらに向かって走って来た。
これはよくない傾向である。
熊が立ち上がって声を挙げたり地面を叩いたりして威嚇するのは、警戒したり、縄張りに侵入されて排除しようとする時である。それをしないのはこちらを“捕食”しようとしている時である!ヒグマは人間が近づいてくるのに気付くと、物陰に隠れて待ち伏せしたりもする。
留実子が前に出てこようとしたが、千里は彼女を後に突き飛ばした!
熊をじっと見詰める。距離を見計らう。しかし凄い速度だ。ヒグマって時速60kmで走ると言ったっけ?60km=60分なら1km(1000m)=1分(60s), 10mを0.6s, 70m離れていたとしても4.2秒で寄ってくる計算だ(千里は本気になればちゃんと計算できる)。僅かな気後れまたは焦りで“どちらがごはんになるか”が変わるなと千里は思った。小春が『撃って!』と言った僅か前、千里は作れる最大のエネルギーの塊(放送で熊がびっくりした瞬間から練っていた)を思いっきり熊の頭にぶつけた。ソフトボールのピッチャーだからコントロールは良い。
エネルギーの塊は美事に命中した。
熊がもんどりうつかのように向こう側へ仰向けに倒れる。凄い音を立てて地面にぶつかる。
そしてピクピクとしていたが、すぐに動かなくなった。
誰も動けなかった。最初に動いたのが千里である。熊の様子を確認してから
「るみちゃん」
と留実子を呼ぶ。
「これ死んでるよね?」
留実子は腰が抜けていたのだが、何とか頑張って立ち上がり、熊の傍まで来る。
「うん。死んでる」
「ねぇ、血抜きできる?」
「鹿の血抜きはやったことあるけど、たぶん同じ要領かな」
と言って、留実子は千里・小春・小町と4人で(千里は“本気”を出すとわりと腕力がある)熊の身体を道の傍の斜面に頭を下向きに斜めにすると、首の血管を多機能ナイフで切って血抜きをした。実際は小春が「この付近がいい」と指示した。
『頭蓋骨は破壊されてるし、首の骨も折れてた。千里、剣道で鍛えたから、キャンプ場で虎を倒した頃からかなりパワーアップしてる。これなら少々タイミングがずれても大丈夫だった』
と小春が脳内通信で言う。
あの時は虎の精を消滅させることができず、虎はわずかに残った。それが天津子のペット(?)になることになった。
『ごめん。タイミング早すぎた?恐かったから』
と千里。
『許容範囲だったと思う。剣道で人殺すなよ』
『人間は食べる訳にはいかないし』
千里はやはり剣道は小学校で引退して正解かなと思った。
「2時間くらいで血抜きできると思う」
と留実子が言う。
「血抜きしないと食べられないもんねー」
と千里。
「それ食べるの?」
とまだ座り込んでいる蓮菜が言う。
「焼けば美味しいと思うよ。今晩のごはんかな」
「ひとつ間違えば、私たちが熊の今晩のごはんになってたね」
と留実子もやっとジョークを言う余裕が出たようだ。
「こちらに来て見てごらんよ」
「腰が抜けて立てない」
「ああ。もうしばらく休んでればいいよ。じきに立てるようになる」
恵香が言った。
「誰か携帯持ってる?」
「私持ってるけど」
と蓮菜。
「貸して」
それで恵香は自分の母に電話していた。
「あ、お母さん、あのね。私の着替え持って来て欲しいの」
なるほどねー。千里たちは敢えて恵香の下半身は見ないようにした。
恵香の連絡が終わった後、蓮菜は我妻先生に電話した。
「あんたたちどこにいるの!?」
と叱られる。
「すみません。山の中でヒグマに遭遇したものですから」
「え〜〜!?」
「今血抜きしてます。今夜はみんなで熊肉パーティーしましょう」
「誰かマタギさんでも通り掛かったの?」
千里が電話を代わった。
「それが熊は何かにぶつかって勝手に倒れて死んじゃったみたいで。おかげで私たち命拾いしました」
「え〜〜〜!?」
しかしその日の夕方は本当にN小5-6年生で熊肉パーティーをした!留実子の血抜きは美事で「完璧だ」と猟師さんから褒められた。
「君、マタギになる気ない?」
などと勧誘されていた!
「でも熊肉って美味しいねー」
「熊肉は美容にもいいらしいよ」
「よし、たくさん食べよう」
熊肉は通常焼くと硬くなるので、熊鍋が良いとされるが、実は若い熊の場合は肉が柔らかく、焼肉もいけるのである。マタギさんもこの熊は1-2歳くらいと言っていた、熊は寄生虫がいるが、解体の時にマタギさんと熊料理の板前さんが目を光らせていて見つけられる範囲の寄生虫を取り除いたし、充分加熱して食べるよう調理係全員によくよく言っていた。
「たけど私たち4人が食べられてたら、明日の学習発表会の配役変更が大変でしたね」
などと蓮菜が言うと
「あなたたちが食べられてたら、学習発表会どころじゃなくなってるよ!」
と我妻先生は言っていた。
蓮菜は西の魔女、千里は北の魔女で、どちらもセリフが多い。これを1日で覚えるのは大変である(千里のように全てのセリフを覚えている子は他には居ない)。しかし児童が熊に食べられたら大騒動になっている。まず学習発表会は中止だったろう。
なお、熊の死因については、警察と猟師さんで死体を見て
「熊の額に凹みが出来てるから、岩か、木の太い枝にでもぶつかったんでしょうね」
ということになった!田舎の警察は素敵である。
ちなみに翌年から写生大会は時間が1時間繰り上げられた。早めに給食を食べて12:30-14:30となる。さすがに14時半なら熊はまだ寝てるだろうという趣旨である。
写生大会の翌日、9月14日(土)は学習発表会が行われた。今年のプログラムはこのようになっている。
8:40 開会の言葉
8:45 すずらん・なかよし
9:00 1年1組
9:15 1年2組
9:30 2年1組
9:45 2年2組
10:00 3年1組
10:20 3年2組
10:40 4年1組
11:10 4年2組
11:40 6年鼓笛隊
12:00 昼休み(お弁当)
12:55-13:05 吹奏楽部
13:10 合唱サークル
13:20 先生たちの合唱
13:30 5年1組
14:00 5年2組
14:30 6年1組
15:00 6年2組
15:30 閉会の言葉
千里は鼓笛隊に女子の衣裳で出てファイフを吹き、合唱サークルではサークルの制服(ピンクのチュニックとえんじのスカート)でソプラノを歌い、6年1組の劇では北の魔女とオズの魔法使いの“大きな顔”を演じる。わりと忙しいなと思った。
父は金曜日夕方に漁から戻ってきた所で寝てるということなので、安心して女の子の服が着られる!
千里は朝から玲羅の分と2人分のお弁当を作って学校に出掛ける。今日は留実子の分は鞠古君が作ってくれるという話だった。
玲羅は劇で『シンデレラ』のサボテン役と言っていたが、どこでサボテンが出るのだろうと千里は悩んだ。セリフとかは無いらしい。思えば我妻先生は全員に最低1つはセリフがある台本を書く人だった。ある意味天才だという気もする。多くの先生は出来合いの台本をそのまま使っているし、セリフがあるのはせいぜい10人くらいだ。
千里たちは下級生の劇は見ずに教室で最後の通し稽古をした。これは優美絵のためでもある。
10時半過ぎ、女子は理科室、男子は図工教室に行き、鼓笛隊の衣裳に着替える。11時に音楽室に集まり、一度合わせた。それで11:30くらいに体育館に移動し、4年生の劇が終わって舞台のセットが片付けられると、ドラムメジャーの典子を先頭に『ボギー大佐』を演奏しながらステージに昇った。
ステージ上の所定の位置に就くが、狭い!!!
その状態で『いっしょに歩こう〜Walking Into Sunshine〜』(ドラえもん映画の主題歌)『踊るポンポコリン』『ソーラン節』!と演奏した。会場はかなり盛り上がる。そして最後は『ヤングマン』を演奏しながら退場した、
楽器を返す人は音楽準備室に返してから、女子(千里を含む)は理科室、男子は図工教室に行き、普通の服に戻る。その後、各自の教室に戻ってお昼を食べた。
「ゆみちゃん、体調は大丈夫?」
と心配そうに声を掛ける子もある。
「元気元気、昨日クマさんのお肉食べてますます元気」
などと彼女は言っている。
優美絵は昨日午後は写生大会を免除してもらって、佐奈恵と2人でずっとセリフの練習をしていたが、熊肉パーティーには参加して「美味しい、美味しい」と言って食べていた。
今日は午前中学級全体での練習(最終リハーサル)の後も、佐奈恵と一緒に鼓笛も免除してもらってずっとセリフの練習をしていた。佐奈恵はサブメジャーなのだが、ステージ上の演奏ではサブメジャーが1人居なくても何とかなる(第1サブメジャーの佐藤君が隊列の最後を務めた)。