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■少女たちのBA(10)

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母の車に3人で乗って旭川まで行く。
 
千里は家を出る時は父の手前普通の服だったが、母の車の中でドレスに着替えてしまった。靴は先日根室で履いた黒い靴だが、赤いウォーキングシューズも必要になりそうだったので持って出た。
 
高速に乗るのはもったいないので、下道を走る。朝8時に出て、9:40頃に弾児のアパートに到着した。三回忌は特に他の親戚も呼ばないので、天子、弾児一家、武矢一家(但し武矢不在)のみでおこなう。それで、アパートにお坊さんを呼んでお経をあげてもらうことにしている。
 
千里たちは到着したらまずは仏檀の前に座り、津気子が“御霊前”と書いた袋を供えて、鈴(りん)を鳴らし3人で合掌した。
 
光江さんは千里を見て
「千里ちゃんがドレス着てるの見て安心した」
などと言っていた。母は
「お恥ずかしい」
と言っていたが。
 
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光江さんは津気子に
「津気子さん、よそ様の家に口出すのはよくないけど、中学に入る時はちゃんと千里ちゃんにはセーラー服を着せてあげてね」
と言った。
 
「考えておきます」
と津気子も答えた。
 
天子は千里を見て
「あら、お供さんが増えてる」
などと言う。
「最近加わったんです」
「まだ若い子だね」
「一昨年生まれたそうですよ」
「なるほどねー。元気そうでいい子だね」
などと言う。小町は褒められて喜んでいた。
 

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狭い2DKのアバートに、天子、弾児・光江、息子の顕士郎(小3)と斗季彦(年中)、それに津気子・千里・玲羅と8人も入るとかなりの人口密度である。
 
津気子がショートケーキを持参していたので、光江がお茶を入れてみんなで頂いた。お坊さんは11時頃にいらっしゃった。
 
8人が並ぶ中、お経をあげる。結構長い。千里は平気だが、玲羅は正座がもたずに足を崩してしまった。母は我慢しているがしばしば足を指で押しているのでたぶん辛いのだろう。
 
1時間近いお経の末、少しお話があって、お坊さんは帰っていった。
 
「まあこれでひと安心だね。次は七回忌だけど、私がいなかったら、坊さんとか呼ばずにお花と線香くらいあげるだけでいいから」
などと天子は言っている。
 
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千里は言った。
「天子おばあちゃんには、私の子供も見てもらうことになると思う」
「そうかい?それってあんたが産むんだっけ」
「もちろんそうだよ」
「じゃ千里が産む曾孫を見るまで長生きしなきゃね」
と天子は笑顔で言っていた。
 
(天子が京平に会うのは9年半後の2012.1.1)
 

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11時半頃、仕出しを取ってあったのが配達されてきたので、それを頂いた。豪華な仕出しだった。母が焦っている。きっと仏檀に供えたお金が少なかったんだ。うちは貧乏だからね〜。
 
1時頃退出する。奥の部屋を借りて3人とも普通の服に着替えた。母はブラウスに灰色のギンガムチェックのスカートで「通勤服みたいでお恥ずかしい」と言っていたが、間違い無く母のいつもの通勤服だ!千里は黄色いポロシャツにブルーのジーンズのロングスカート、玲羅は青いポロシャツに白い膝丈のキュロットである。玲羅はたっぷり遊ぼうという態勢だ。
 

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「お世話になりました」
と言って3階のアパートの部屋を出るが、千里は階段を2階まで降りた所で
「忘れ物」
と言って3階に戻った。
 
ピンポンを鳴らして開けてもらう。
 
「あら千里ちゃんどうしたの?」
 
千里は中に入って“ドアを閉めて”から
 
「母がこれ出すの忘れてたと言って」
と言い、不祝儀袋を光江さんに渡した。
 
「あら、気にしなくていいのに」
とは言ったものの、受け取ってくれた。
 
「じゃ可愛い女子中学生になりなさいね」
「はい、ありがとうございます」
と言って、アパートを後にした。
 

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母たちが待っていた。
「何忘れたの?」
「このボールペン」
と言って、千里はキティちゃんのボールペンを見せた。
 
「そんなのあったらすぐあんたのだと分かるね」
「そうだね。玲羅の好みじゃないし、顕士郎君や斗季彦君は使わないだろうし」
「男の子はキティちゃん使わないだろうね」
 

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折角旭川まで来たから動物園に行きたいと玲羅が言うので、旭山動物園まで行った。
 
「私疲れたから車で待ってる。2人だけで行って来て」
「分かった」
 
まあ、入場料の節約だろうな。動物園の入園料は大人は580円だが、小学生は無料!である。580円くらい大したことないと思う人が多いだろうが、その580円を節約しなければならないのが、うちの家計だ。
 
それで千里は靴を赤いウォーキングシューズに履き替えてから、玲羅と2人で入場した。
 
玲羅は走り回りながら楽しそうに動物たちを見ていく。ペンギン館の後、もうじゅう館で、虎・ライオン・雪豹・豹・ヒグマと見る。
『千里、何考えてんの?』
と小春が訊く。
『万一この子たちに襲われたら、対抗するのにこのくらいのパワーが必要かなと思って』
『そのくらい全く平気だよ。手加減したら千里が死ぬよ』
『じゃ、このくらい?』
『うん。まあそのくらいは最低必要かな』
 
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トナカイ、シカ、ラクダ、オランウータン。千里は疲れてきた!
 
様々な猿を見てから象に玲羅はしばらく見とれている。小春が『千里悪いことは言わないから象とは戦うな』と言った。ちょっとこの巨体が恐怖だよね。
 
玲羅はキリンもしばらく見ている。猿山は10分くらい楽しそうに見ていた。千里も少ししゃがんで休む。北極熊とあざらしを見てから、玲羅は
 
「ここ入る」
と言うので、遊園地に入る。母から預かったお金で、回数券を2000円分買った。
 
(この遊園地は2007年に廃止された)
 

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それでまずは“新幹線”に乗ろうとしていたらバッタリと蓮菜と田代君に遭遇する。
 
そういえば遠足の時の宝探しで、この動物園の遊園地入場券を当てたんだったっけ?
 
千里は気付かぬふりをしようとしたのだが、玲羅が
「あ、れんなお姉ちゃん!」
と言って走り寄ってしまった。仕方ないので千里も“玲羅を回収に”行く。
 
蓮菜は笑顔で玲羅の頭を撫でている。
「ごめんねー。お邪魔して」
と声を掛ける。田代君はあからさまに迷惑そうな顔をしている。
 
「ちょっと法事で出て来たんだよ。またね」
「うん。また」
 
この時千里は何でそんなことを訊いたのか分からない。
「今日こちらに来たんだっけ?」
「ううん。昨日出て来たよ」
「へー。じゃ楽しんでね。邪魔して本当にごめんね」
と言い、玲羅に
「さあ行くよ」
と言って、宇宙船の方に行く。
 
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「新幹線は〜?」
「あとで」
 
それでかなり離れてから玲羅に注意した。
「蓮菜たちはデートしてたんだよ。邪魔しちゃダメだよ」
「そうだったんだ!結婚するの?」
「小学生じゃまだ結婚できないよ」
「あ、そうか」
 
と言いながら、千里は“間違って妊娠するなよ”と親友の方に向かって呟いた。
 

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千里は旭川に行った翌日はソフト部の練習で1日汗を流した。その翌日7月29日(月)にはソフトボールの2回戦があった。千里はまたスコアラーとして参加した。相手はT小という春の大会でBEST4まで行った所である。
 
4回まで3対3であった。5回表に1点取られたが、その裏2アウト23塁となる。しかし麦美が打った良い当りは、ショートが深い所で停め、そこから矢のような送球をした。麦美も1塁に滑り込んだもののアウトの判定に麦美は立ち上がることができず、大泣きしていた。もし彼女がセーフなら逆転サヨナラになっていた所だったがタイミングは完全にアウトだった。相手ショートは控えのピッチャーであの送球は本当に凄かった。これでN小3回戦進出の夢は消えた。
 
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しかし26日の勝利はその後、10年近く語り継がれることになる!?
 
今年のN小は、みんな練習では千里の球を打っているから、速いピッチャーにも振り遅れないのである。だからT小のピッチャーも自分が“こんな弱小に”こんなに打たれるなんて、という顔をしていた。
 

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その2回戦が終わった翌日7月30日(火)、千里は剣道部の練習に出ていった後、市立図書館に行こうとバスで街に出た。合同庁舎前でバス停を降り、図書館に向かっていたら、ばったりと知っている顔に出会う。
 
「N小の村山さん?」
「K小の細出さん?」
「少し話しません?」
「うん」
 
それで、2人は図書館のロビーに入り、細出さんが「おごりますよ」と言って自販機の紅茶をおごってくれたので、ロビーのソファに座って話した。
 
「3回戦進出おめでとうございます」
「N小も惜しかったね。物凄い接戦だったのに」
「T小は強いもん。あそこまで食らいついただけでも上出来です」
「村山さんが出たら勝てたのに」
「私は出場資格無いから」
「それ実は嘘でしょ?」
「えっと・・・」
 
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「私、村山さんに謝らないといけない」
と彼女は言った。
 
「え?どうして?」
「ゴールデンウィークにR体育館で剣道の大会あったでしょ?」
「あ、うん」
「その時、私、友だちの応援に行っててさ」
「うん」
「それで村山さんが女子の団体に出てるの見て」
「あはは」
 
「それで私、あれ?と思って。『村山さんは男子だから女子の試合には出られないということだったのに』と話したら、友だちは『村山さんは去年の春の大会、夏の大会にも出てたし、今年1月の新人戦にも出てたよ』と言うから」
 
あはは・・・。そんな所で見られていたとは。
 
「私がそんなこと友だちと話してたら、運営の腕章付けた人が『君たちそれ本当?』とか言って」
 
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「ああ」
「ちょっと確認してもらうと言って、本部の方に行ったから、やばかったかなと思って」
 
「それでか。男子という疑いがあると言われて、全剣連(全日本剣道連盟)の登録証を確認された」
 
「私たちは間違い無く女子でしたよと言われたから、すみません、誰かと勘違いしていたようですと言った。じゃ剣道では女子として登録されてるんだ?」
 
「これ困ってるんだけどね〜」
と言って、千里が全剣連の登録証を見せると、細出さんは“性別女”という記載を見て、物凄く喜んでいた!
 
「大会では、私、男子の方にエントリーしてたのに、勝手に女子の方に移動されて」
 
「移動されて当然という気がする」
 
「登録証も男子として申請していたのに、あなた女性ですよね?と言われて、病院で検査されて、確かにあなたは女ですと言われて、女子としての登録証が発行されちゃって。仕方ないから女子として出てる。このままにしておくと話が大きくなって面倒なことになりそうだから、剣道は小学校卒業したら引退するつもり」
 
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「引退する必要無いよ。病院でも確認されたのなら間違い無く女子じゃん。だったら堂々と女子として出ればいい。そしてソフトにも女子として登録しなよ。そして私と中学では公式戦で対決してよ」
と細出さんは言う。
 
「でも私、戸籍上は男になっているし」
「でも実際は女の子だよね?」
「自分が男だと思ったことはないけどね」
「性転換手術とかしたんだっけ?」
「手術を受けた覚えは無いんだけど、少なくとも2年くらい前から私は女の子の身体で生きている。だから医学的検査とか受けても、女と判定されるだろうね。生理もあるし」
 
「もしかして半陰陽?」
「うーん。自分でもよく分からないんだけどね」
 
「半陰陽なら戸籍上の性別を訂正できるはずだよ。本来女の子だったのが、男の子みたいな形で生まれて、思春期頃になって、本来の性別の姿に戻るというのはわりとあるんだよ。村山さん、一度大きな病院で診てもらった方がいいよ」
 
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「そのあたり、あまり話を大事(おおごと)にしたくないし」
「女の子が男子とみなされて生きていく方がよほど大事(おおごと)だと思う」
「うん、確かに大変かも知れない気はする」
 

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彼女は千里に「きちんと女の子になった方がいい」と強く勧めたが、千里はこの時点では“ことを起こす”には、まだためらいの気持ちが大きかった。ただ、自分としてもこの後、どう生きていくか、少し考えたいとは言った。
 
彼女は夏の大会前に千里の性別について、N小側に、村山さんは剣道でも女子として登録されているし、間違い無く女子だから、女子選手として登録して参加して下さいと申し入れませんかと監督に言ったらしい。しかし千里が選手として出て来たら、K小の優勝に大きな障壁となるから、少なくとも大会が終わるまではその話はしないようにしようと言われたらしい。
 
「大会終了後にはそちらに言うからね」
「あははは」
 

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8月4日(日)には剣道の夏の大会があり、千里は女子として出場する。6年生はこの大会で(大会からは)引退するので、千里にとっては最後の大会になる。
 
「最後の大会だから団体戦に出てよ」
「うーん。じゃ最後だからということで」
「私もまだまだだから、千里先輩出てください」
とノランも言うので、千里はまた団体戦に大将で出ることにした。それで当日朝から、普段着で学校に出掛け、竹刀と防具を持ってR体育館剣道場に向かった。
 

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今回は春の大会よりまた更に参加校は増え、女子は12校の参加である。しかし春の大会に優勝したN小はシードされて1回戦は不戦勝。2回戦からとなった。
 
当たったのは1月の大会の個人戦で3位になった吉田さんの居るM小である。1月の個人戦では玖美子が三位決定戦で彼女に負けて4位になっている。吉田さんは副将になっているので、当たるとしたらまた玖美子と当たる。
 
しかし!
 
こちらの5年生3人が向こうの先鋒・次鋒・中堅を倒して、こちらの6年生に至る前に決着が付いてしまった。玖美子は
「ラッキー☆吉田さんとしなくて済んだ」
などと言っていた!
 
「今のくみちゃんなら、吉田さんに勝てると思うけどなあ」
「向こうも強くなってるかも知れないよ」
「それはそうたけどね」
 
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