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駅前で降ろしてもらい、列車を待ってたら母が来る。
「どうしたの?」
「念のためと思って」
と言って箱を渡された。一瞬何だろう?と思ったが正体に気付いてギャッと思う。
「ありがとう」
「それとこれ青沼さんへのお土産」
これは留萌のお菓子・テトラポットである。
「ありがとう!」
これはありがたくもらった。
千里はテトラポットはそのまま手に持ったが、避妊具の方は扱いに苦慮した。こんなの人に見られたくない。
「小春持ってて」
「はいはい」
ということで、彼女に持っててもらうことにした(小町が興味津々)。
生理用品入れにも蓮菜にもらったのが2個入っているけどね!
改札の時間になるので、切符にスタンプを押してもらい中に入り、8:12の深川行きに乗った。
ぐっすり眠っていく、9:09に深川に到着し、9:35のスーパー宗谷1号に乗り継ぐ。切符をもらったのでなければ特急なんて乗らないよなあと千里は思う。旭川には9:53に到着した。わずか18分乗るのに特急料金を600円も払うのがもったいない気もするが乗換時間+乗車時間で44分で済ませるのにこの料金を払うのである。普通列車を待つと10:05-10:38まで待つことになり、深川到着から旭川到着まで89分もかかる。特急を使うことで深川からの時間が半分になる。
千里は深川駅でトイレに行っておいた。特急に乗って15分ほど景色をぼんやりと見ていたが、到着3分前に洗面台に行き、顔全体を化粧水ペーパーで拭いてからカラーリップを塗っておいた。鏡に向かって笑顔を作り、キティちゃんのポーチだけを持って列車を降りる。ポーチには財布・リップ・手鏡・ハンカチ・ティッシュ・生理用品入れ!などが入っている。髪にはキツネの髪留めが2つ付いている!
晋治は出札の所まで迎えに来てくれていた。手を振って挨拶する。
「可愛い〜」
「ありがと。それと切符ありがとね」
「ううん。でも久しぶりに会えた」
「うん。嬉しーい」
ふたりは留萌と旭川に離れているのでなかなか会えない。
お土産のテトラポットを渡す。
「ありがとう。これ割と好きー。東京の“ひよこ”に少し似てるよね」
などと彼は言う。
「へー。そんなお菓子があるんだ」
駅を出てから平和通り(歩行者天国:日本初の恒久的歩行者天国である)をのんびりと散策する。
途中アクセサリーショップがあった所で
「何か買ってあげるよ」
と言うので一緒に入る。
少し迷ったが、幾何学模様のカチューシャを買ってもらった。ペンギンの飾りの付いたのは小町が『食べがいがありそう』なんて言ってたので、帰るまでに無くなってるかも知れない気がした!
お昼は通りの中にある中華料理屋さんに入った。
「海老チリが美味しいよ」
「辛(から)そう」
「じゃ八宝菜にする?」
「じゃそれで」
ということで、千里は八宝菜定食、晋治はその海老チリ定食を頼んだ。来たのを見たら、海老チリって真っ赤で「ほんとに辛(から)そう」と思った。
お昼を食べた後は、映画でも見ようか?と言われたのだが
「それよりキャッチボールしようよ」
と言った。
「そんなんでいいの?」
「私たちにとっては最高のデートだよ」
それで商店街で身体を動かしやすい、(千里の)Tシャツとショーパンを買う。代金は晋治が半分出してくれた。バスでいったん晋治の下宿先まで行き(晋治のおじさん・おばさんは不在だった)、ボール数個とグラブ2個を持ち出す。
晋治の部屋で着替えたが、背中を向いて着替えたので、お互いの下着姿は見ていない。
それで晋治の自転車に2人乗りして、学校まで行った。
2人乗りすると・・・千里の胸が晋治の背中に接触する。
「千里、おっぱいが結構ある気がする。おっぱいあるの?」
「内緒」
校庭を一緒に5周走ってから準備運動をする。組んで柔軟体操もしたが、当然身体が接触するのでドキドキした。彼もドキドキしてるだろうなと千里は思う(心臓以外の場所もドキドキしていることには、男性の生態を理解していない千里は気付かない)。
「千里の身体って凄く女らしい」
「だって女の子だもん」
彼が何かを我慢しているような顔をしているので何だろうと思う(やはり千里は男という生物を理解していない)。
それからキャッチボールというより、お互い投球練習をする。野球のボールは小さいので最初は少し感覚がつかみにくかったがすぐ慣れた。
晋治はワインドアップから野球のピッチャーのフォームで勢いよく投げ込む。正直凄い球だと千里は思った。千里はウィンドミルから速球を投げるが晋治は「いいボール投げるねぇ」と言った。
しばらくそれで投げ合っていたら、野球部の関係者?が通り掛かる。
「青沼、それ誰?」
「すみません。うちの妹なんです。目こぼしして下さい」
「妹さんか。本当は女子禁制だけど、妹さんならまあ目を瞑っておくか。でもさすが青沼の妹さん。凄い球投げるね」
「いいピッチャーでしょ?」
「君何年生?」
「6年生です」
「ね。君、性転換してうちに入学する気ない?」
などとその先輩?は言っていた。
2時間くらい身体を動かしたらけっこうお腹が空いたので、マクドナルドに寄ってテイクアウトした。晋治はビッグマックを頼む。千里はベーコンレタスバーガーを頼もうとしたのだが晋治が「見なかったことにするから、千里もビッグマック頼みなさい。カロリー補給しないと、留萌に辿り着くまでに倒れるよ」というので千里もビッグマックを頼んだ。
「あまり遅くなるとお母さんが心配するだろうから」
と言って、そのままバスで旭川駅まで行く。
そして17:30のライラック25号に乗せてくれた。改札の所で千里は晋治と抱き合ったがキスはしなかった。ふたりは実はまだキスをしたことがない。
ホームで見送る晋治に、窓からずっと手を振っていた。
旭川17:30-17:48深川17:58-19:21留萌
マクドナルドは列車の中で食べたが、やはりひとりで食べきれない気がしたので、半分小町にあげたら「美味しい美味しい」と言って食べていた。
汗を掻いていたので、特急のトイレの中で下着を交換(念のため用意して小春に持っていてもらった)し、身体も化粧水入りの身体拭きで拭いてから、出掛けた時のワンピースに戻った。
深川駅の公衆電話から母には到着時刻を連絡していたので、母が車(この時期はスバル・ヴィヴィオ)で迎えにきてくれていた。母としては、特に御近所様に千里の女装を見られたくないのだろうが、今更という気がする。だいたい自分のことを女の子だと思っている人の方が多分多いと千里は思う。
「あ、これお土産」
と言って千里は母に、“氷点下41度”を渡したが、玲羅が
「あ、これいいよね」
と言って取って、すぐ開けて美味しそうに食べていた。母はどこかに“回し”たかったようだが、諦めてお茶を入れて自分も食べていた。
8月14日、千里が4年生たちに“形”を教えてくれと言われ、学校に出て行ってたら、ソフト部の顧問・右田先生から「後でいいからちょっと来て」と言われた。
ああ。。。例の問題かなと思ったら、やはりそうだった。
練習が終わってから職員室に行く。
「僕全然知らなかったけど、君、剣道部では女子で登録されてるのね」
あはは。
「それなんですけど、男子としてエントリーしようとしたら、君女子でしょ?と言われて女子の試合に出ることになっちゃって。それでスポーツ少年団の登録と剣道連盟の登録も女子ということで登録されちゃって」
「え〜?だったら、うちにも選手として登録できたのでは?」
「すみませーん。女子選手として活動するには後ろめたい気持ちがあって」
すると少し離れた所に居た、剣道部の顧問・角田先生がこちらにやってきた。
「村山さんは間違い無く女子ですよ。大会で上位に入った女子には念のため病院で性別検査もされますけど、彼女はちゃんと女性であると判定されましたから。僕はてっきり、ソフト部にも女子選手として登録されていると思ったんですけど、そうじゃなかったの?」
「男だから選手登録できないと聞いていたんだけど」
「でも私、戸籍上は男ということになっているから」
「だけど実際は女子だよね」
「それはそうなんですけど。その問題はあまり大事(おおごと)にはしたくなくて」
桜井先生が寄ってきた。
「村山さんの性別問題は、性別を変更しようとすると、お父さんが厳格なので、家庭内が大騒動になって、下手すると、家庭崩壊にもつながりかねないんですよ。それであまり表沙汰にはしたくないという本人の希望なんです。だから保護者呼んでとかだけは、やめて欲しいんです」
「うーん・・・」
「でも女子なのは間違いないんですか?」
「それは間違いないです。毎月の身体検査も村山さんは女子と一緒に受けてますし」
「そうなんだ!」
「先日の修学旅行でも他の女子と一緒にお風呂に入りましたよ」
「だったら間違い無い」
「だから剣道部に女子として登録しているのは不正行為とかではないです」
と桜井先生は断言する。
「いつから女子なの?」
と右田先生は尋ねるが
「彼女の性別の変化についてもあまり追及しないでやって下さい」
と桜井先生が言う。
「分かった」
「でも君が女子なんだったら、ソフト部にも女子選手としても登録させてよ」
と右田先生は言った。
「でももう大会は終わりましたし」
「この話、実はK小の監督から聞いたんだけど、どうも向こうも大会終わるのを待ってからこちらに連絡してきたみたいで」
あははは。
「女子選手として登録するのはいいよね?」
と桜井先生が確認する。
「そうですね」
と千里も答える。拒否する言い訳が無い。
「いや、万一練習中に怪我とかした時の保険の問題とかで、これまでも不安だったんだよ」
「ああ、それは問題ですね」
「じゃ、角田先生、彼女の登録番号教えて下さい」
「村山さん、いいよね?」
「はい」
それてソフト部の顧問・右田先生は、剣道部の顧問・角田先生から、千里のスポーツ少年団登録番号を聞き、その番号でソフト部にも千里を登録してしまった。千里の番号を選手登録システムに入力すると、ちゃんと女と表示されるので「おぉ」と嬉しそうに声をあげていた。
これで千里はソフト部の正式部員となった。
「まあ保険とかの問題さえクリアできたらいいから、君が正式部員になったことは他の子には黙っておくよ。あまり騒ぎを大きくしたくないんでしょ?」
「はい」
「それに君が実は女子選手として登録できたと他の子たちが知ったら、みんなに袋叩きに遭いそうだし」
「それ恐いです」
その日帰宅した英世は言った。
「引っ越すよ」
「へ!?」
多数の女性が入ってきて、テキパキと荷物をまとめていく。照絵は時々彼女たちから訊かれることに答えていった。
大した荷物もないので2時間ほどで荷物はまとまってしまう。すると今度は男性が多数入って来て、段ボール箱をどんどん運び出して行く。そして荷物はあっという間に搬出された。
「僕たちも移動しよう」
「うん」
それで照絵は龍虎を抱っこひもで抱いて近くの契約駐車場まで行き、ファミリアの後部座席にセットしたベビーシートに乗せた。自分はその隣に乗る。英世の運転で車は出発した。
「だけど突然だね」
「いや、高岡さんがさ、ぼくらがあまりにも安いアパートに住んでいるのが申し訳無いと言って。それでもう少ししっかりしたマンションに住むといいよと言って、家賃も持ってくれるんだよ」
「へー。じゃ実質龍ちゃんの新しい家で、私たちはその付き添いね」
「確かにそうかもね」
と英世は笑っていた。
先日風呂釜を直してもらったばかりなのにすぐ引っ越すのは申し訳けない気もしたが、次に入る人が新しい風呂釜で助かるよと英世が言うので、それもそうだと思うことにした。
車が到着したのは松戸市内のマンションである。照絵たちが到着してからほどなく、荷物を載せたトラックが到着し、男性の作業員たちが荷物をマンションに運び込む。その後、女性スタッフがやってきて荷物をほどき、各段ボールにマジック書きしてある場所に中身を戻してくれた。
それで引越はほんとに楽々と終わってしまった。
龍虎にとっては、市川市内の夕香のマンション(恐らく受精場所)、千葉市内の志水英世のアパートに続く3軒目の住処であった。ここは東松戸駅に近く、物凄く便利が良い。西馬込駅行きに乗ると新橋まで直接入れるので、銀座線に乗り換えて、(ワンティスがメインに使うスタジオのある)青山へも楽に行ける。
また夕香のマンションは市川市内だが、実は(松戸市の)矢切駅に近く、北総線で3駅であり、夕香が来やすいというのもあったようである。
(高岡猛獅は一応住所は目黒区のマンションになっているが、猛獅がそこに帰ることはほとんど無い。彼はほぼスタジオに住んでいる!!あまりにも忙しすぎる)