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(C) Eriko Kawaguchi 2021-11-26
「君、声変わりしたくないよね?」
と妖しげな雰囲気のお姉さんは言った。なんかセクシーな服着てるなあと思った。身体にピッタリした黒い服である。おっぱいが凄く大きいし、それがハッキリ見える。
「したくないです」
「じゃ声変わりしないようにしてあげようか」
「どうするんですか」
「睾丸を取ればいいのよ」
「取るんですか?」
と言ってドキドキする。
「昔は聖歌隊の男の子は声変わりしないように睾丸を取っていたんだよ」
「それは聞いたことあります」
「あの有名なハイドンだって15歳の時に睾丸を取ったんだから(*5)」
「へー」
「歌手志望で高音を維持したい男の子が睾丸を取るのは普通なんだよ」
「そうなんですか」
「あなた声変わりがこないようにオナニー我慢したり、パンティーにホッカイロ貼り付けたり、お風呂に入った時、お湯の吹き出し口に睾丸を当てたりして努力してるけど」
そんなことまで知られてるなんて・・・でもホッカイロはオナニー我慢するのとセットなんだよなあ。あれしてるとあまりしたい気持ちにならなくて済む。
「睾丸がついてる限り、あと2-3ヶ月で声変わりは起きるよ」
(*5)実際には手術直前に父親が飛び込んで来て、手術を中止させた。その結果ハイドンは17歳で声変わりが起きて聖歌隊をクビになった。
ドキッとした。そんなに早く来ちゃうの?
「だから睾丸を取ってあげるよ」
どうしよう?
「睾丸取ると、お婿さんに行けなくなるけど、君、どっちみちお婿さんになる気は無いよね?」
「女の子と恋愛する気持ちにはなれないんです。といって男の子にも興味ないけど」
「でも君が声変わりしちゃったら、女の子の友だちはみんな離れていくよ」
やはりそうなるのかなあ。それ寂しいなあ。男の子とは友だちになれないし。そもそも、サッカーとか野球とかにも興味ないし、音痴な女の子アイドルにも興味無いから、男の子とは話が合わないもん。
「じゃ取って下さい」
「よしよし、すぐ終わるからね」
「はい」
お姉さんは彼のパジャマのズボンを下げると、パンティも下げてお股を露出した。そして、何か金属の触れ合う音がしばらくしていたが、痛くはなかった。麻酔を掛けてあるのかなと思った。
「手術終わったよ。これで君はもう声変わりが来ることはないよ」
「ありがとうございます」
と言って起き上がって見た。
嘘!?
「あのぉ。ちんちんも無いんですけど」
「ああ、サービスで取ってあげたよ。ちんちん必要だった?」
無い方がいいけど、心の準備が・・・
「それに割れ目ちゃんがあってまるで女の子みたいなんですけど」
と言いながらそこを開いてみる。ドキドキする。このコリコリする所は何だろう。気持ちいい。まるでちんちんに触ってるみたい。もう1年以上していないオナニーの記憶が蘇る。
「睾丸を取ると男性ホルモンが無くなってホルモン中性になるけど、その状態では身体のあちこちにトラブルが起きやすい。だから代わりに女性ホルモンが分泌されるように卵巣を埋め込んだから。卵巣があると月に1回その卵子か体外に出てくる。生理とか月経と言うの。知ってる?」
「知ってます」
「その出てくる道を作らないといけないから、女の子と似た形にしただけだよ。出て来た時はこれ使ってね」
と言って、四角くて薄いフィルムに包まれた少し厚いものを手渡された。
ドキッとする。
これの正体と使い方は知っている。
「トイレは女子トイレ使うことになるけど、これまでも女子トイレ使ってたから今までと変わらないよね」
確かにスカート穿いてる時は、女子の友だちが「こちらに来なよ」と言って、女子トイレに一緒に行ってたけど、だったら毎日スカートで学校に行かないといけないのかな・・・
いいな、それ。でもお父さんが何か言うかな?
「あ、そうそう。半年くらいしたら胸が膨らんでくるからちゃんとブラジャーしてね」
それって、ほとんど女の子になったということでは?
「じゃ頑張ってね。いっそ女の子になりたくなったら女の子にしてあげるから」
とお姉さんは言ってどこかに消えた。
女の子にしてあげるって、既に女の子になってる気がするんですけど!?
でもどうしよう?女の子になったと知られたら、お母さんに叱られないかな?
と思った所で目が覚めた。
おそるおそる、手をお股の所に伸ばして、パンティの中を確認する。
パンティを穿いているのは、ぶらぶらしないように固定し、昼間貼り付けているホッカイロが確実に睾丸を温めるようにするためである。夜間は繰り返し使用可能な充電式のカイロを当てている。
そのカイロをよけて触ってみる。
一瞬無い?と思ったけど、小さくなってるだけみたい。何よりも割れ目ちゃんが無い。だったらきっとちんちんはあるのだろう。これは時々こうなってることがある。あまりにも小さくて自分でもどこにあるのか、目視でも触っても分からない。おしっこするとじわっとにじみ出てくるから、その付近を拭く。たいてい半日くらいで“普通に”小さい状態に戻っている。
頭の中に女の人が言っていた「睾丸が付いている限り、あと2-3ヶ月で声変わりは起きる」という言葉が響いていた。
頭を振って起き上がると、枕元に何かあるのに気付いた。慌てて青いランドセルの内ポケットに隠した。なんでこれがあるの〜〜〜!?今のは夢じゃなかったの〜?
ソプラノのハイトーンというのはとても奥が深い世界で「凄いハイトーン」と思っているものでも実はそれほど高くはなかったりする。
多くの流行歌手の音域は高い声が出てると思う人でも実はほぼアルト音域(G3-E5)を越えていない。逆に言えばE5(五線譜の一番上の線間のミ)が出たら、女性歌手の歌はたいてい歌えるので、女声のボイトレしてる人は頑張ってほしい。
宇多田ヒカルの『Automatic』はE5までしか出ていない。MISIA『Everything』もE5まで。ジューシーフルーツ『ジェニーはご機嫌ななめ』だって最高音はD5。
ポールモーリアの『エーゲ海の真珠』(原題ペネロペ Penelope)で、サビの部分に女声で「ランラランラー」という声が入っている。オリジナル版でこの部分を歌ったのは“スキャットの女王”ダニエル・リカーリである。さぞ高い音を使っているかと思うと、実はF5までしか使っていない。並みのソプラノなら普通に出せる音である。
ささきいさおが歌った「宇宙戦艦ヤマト」のバックに「アーアーアーアー」というソプラノボイスが入っているが、これはG5まで(ひょっとしたらF5で切れてるかも)しか使っていない。
ユーリズミックスの「There must be an angel」の冒頭「ティラリラリラリラリラー」というスキャットは最高音E5である(youtubeのデータにはE♭5に聞こえるものもある。登録した人の再生速度が遅かったのか、実際に半音下げて歌ったものかは不明)。
ClariSはわりと高音を使っているように聞こえるが本人たちの声はアルト音域を越えていない。『irony』はE5まで。『sakura』ではクララ本人の声はE♭5までだが、バックコーラスはB♭5まで行っている。今回色々調べていて、流行歌の中で発見した最高音である。
ケイト・ブッシュはかなり高い音を使っており、デビュー曲『Wuthering Heights(邦題:嵐が丘)』では出だしがいきなりE5で、途中F#5まで使っている。でもソプラノ標準音域はC4-A5であり、その最高音に達してない。彼女の『Violin』ではもっと高い音を使っているという情報もあるが、私には確認できなかった。
そういう訳で“ソプラノの最高音”A5というのは、とんでもなく高い音なのだが、これより更に高いC6が普通に要求されているのが、ハイレベルな合唱の世界である。でもたぶん20人くらいソプラノが並んでいても本当にC6を出しているのはきっと数人。他の人は歌っているふりしてるだけ。
C6を使う曲として私が思いつくのは『CATS』の『Memory』である。この曲の最高音がC6である。この曲の最低音はG3で、音域が2オクターブ半あるので1人でこの曲を歌える人はかなり限られる。公演ではしばしば最高音の付近だけ別の人が歌ったりしている。この曲を録音している多くの歌手が途中でオクターブ下げている。
そして『魔笛』の“夜の女王のアリア”の最高音はF6で、これを出せる人というのは間違い無く世界的なソプラノである。
モーツァルトは知人にこの音を出せる歌手(妻の Constanze の姉 Josepha Weber)がいたから、この音を敢えて指定したものと思われる。しかし天才ソプラノでも若い内しか出ないから、若い頃に夜の女王を演じた人がしはしば後に女王の娘パミーナ役(やはりソプラノ)に転じる。それでこの劇では、多くの場合、役柄と演じる人の年齢が逆転している。
千里たちの学校は7月24日(水)に終業式が行われ、25日から夏休みに入った。その翌日、7月26日(金)には、ソフトボールの夏の大会、第1試合があった。千里は選手登録していないので、いつものようにスコアラーとして参加する。背番号は“コーチ”の背番号 31 である。ソフトボールでは主将が 10, 監督が 30 と定められており、コーチは 31,32,... となる。
試合前の練習で、千里がピッチャーの杏子(背番号1)とキャッチボールをしていたら、向こうのベンチがざわめいていた。杏子も最近かなりボールにスピードが出て来たからなあと千里は思った。
試合が始まるが、向こうはなぜか調子が悪い感じがした。焦りのようなものを感じる。打ち急ぐ感じなので、杏子がどんどん三振を取る。ぴしゃりぴしゃりと抑えていき、ランナーは出るものの後続を断って、0点に抑える。一方で3回、由姫がヒットで出て、初枝がバンドで送り、麦美のヒットで帰すという理想的な得点の仕方で1点を取った。この1点を杏子が守り切って、勝利をあげた。
N小が大会で勝ったのは実に5年ぶりだったらしい。
試合後、千里は向こうの4番打者さんから声を掛けられた。
「そちらは今日は登板しなかったんですね。あなたの球を打ってみたかったのに。上位の試合に温存たったんですか」
「え?私は選手ではなくスコアラーですけど」
「選手じゃないんですか〜?」
「だってコーチの背番号 31 だし」
「でもコーチ兼選手ならそのままコーチの番号で出るし。どうして選手登録してないんです?」
「色々不都合があって」
「まだ転校から時間が経ってないとか?」
どうも向こうは千里がエースだろうと思い、あのピッチャーが出てくる前に先発ピッチャーを打ち崩そうと焦ったので結果的に自滅したっぽい。でも今日の杏子は球が走っていて、すごく良かったと千里は思う。
彼女が千里の球を打ちたいと言うので、球場外で麦美に座ってもらって、千里はスピードボールを投げ込んだ。彼女はバットが完全に振り遅れた。
「すみません。もう一度」
彼女は三球目でやっとバットにボールを当てたが、1球カーブで外した後の全力投球の速球を空振りして三振となり、彼女との対決は終了した。
「中学はどちらに行きます?」
「たぶんS中かなあ」
「私はたぶんB中に行くけど、中学でまた対決しません?」
「すみませーん。中学では多分ソフトしないと思うので」
「そうなの〜?凄く残念」
と彼女は本当に惜しそうに言った。
「中学では何するの?剣道に専念?」
と帰り際、麦美に訊かれた。
「何だろう。剣道も小学生で終わりと玖美子には言っているけどね」
「取り敢えず、マジで今年の秋か冬にでも手術して本当の女の子になりなよ。千里ってまずちゃんと女の子にならないと、何も話が始まらないよ。中学ではセーラー服着たいでしょ?」
「着たーい」
と千里はマジで言った。
7月27日(土).
ソフトボールの試合の翌日。
祖父(父の父)村山十四春(1925-2000)の三回忌が行われた。
本来なら、父・母・千里・玲羅の4人で参列すべき所なのだが、父は
「月曜には船に乗らないといけないし寝てる。すまんけど、お前たち3人で行ってきてくれ」
と言った。自分のお父さんなのに!
それで母と千里と玲羅の3人で行くことになった。だいたい昨年の一周忌(*6)は千里1人で行った。今回母が行くことにしたのは、あまりにも不義理するのは申し訳無いからである。玲羅は単に旭川までお出かけできて喜んでいる。
母は普通の喪服を着る。玲羅は先日、根室の庄造さんが亡くなった時に着た黒いドレス(元々は昨年千里が十四春の一周忌で着たもの)、千里も先日根室で着た黒いドレスである。
(*6)よく混乱が見られるが、日本の仏教では、亡くなって1年後の命日だけを「一周忌」と“周”の字を使い、2年後の命日は三回忌、6年後の命日は七回忌と、以降は“回”の字を使う。たから「一回忌」「三周忌」は誤り。