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(C) Eriko Kawaguchi 2021-11-19
その日、照絵は買物に行こうとしたのだが、龍虎を放置して行く訳にはいかないので、連れていくことにする。服を着替えさせようと思ったが、あいにくほとんどの服が洗濯中である(赤ちゃんの成長は速いので、すぐサイズが合わなくなる)。照絵は龍虎の衣裳ケースを眺めてから呟いた。
「あんたこれ着る?」
2002年6月17日(月)、千里たちの小学校で今年最初の水泳の授業が行われた。この授業は市が昨年オープンさせた屋内温水プール“ぷるも”を使用した。
千里たちの小学校にもプールはあるが、温水プールでもないし、屋外に設置されたものなので、使えるのは7月上旬くらいから8月中旬くらいまでの短い期間である。しかし屋内プールなら気温などを気にせず使えるので、昨年から市内の小中学校の水泳の授業に開放されていた。ただ多数の学校で共用するので、ここを使えるのは月に1度くらいである。
それで次の水泳の授業は7/1の週に学校のプールでになる予定である。
千里たちはバスに乗って市の中心部まで来ると、引率の吉村先生(男性)・桜井先生(女性)に続いて入場する。係の人がカウンターで人数を数えている。両手にカウンターを持って、どうも男女別の人数を数えているようである。
千里は蓮菜や恵香たちとバスの中からおしゃべりしており、おしゃべりしながら入場し、おしゃべりしながら更衣室に入る。かなりの女子が自分を見ていることにまるで気付かないかのように、おしゃべりしながら服を脱ぐと、その下にスクール水着をつけている。周囲の女子の緊張感が弛むのを、蓮菜や恵香は感じるが、千里は本当に何も意識していないかのようである。
蓮菜が言った。
「みんなが気になっているようだからサイズ測定しよう」
「サイズ?」
と千里は訊き返す。
「まずアンダーバストを計りまーす」
と言って蓮菜は千里の第10肋骨の付近に水着の上からメジャー(なぜか持ってる)を当ててサイズを計る。
「55cmだね」
「さすが細い」
「トップバストを計りまーす」
と言って蓮菜は千里の胸の膨らみのいちばんある部分にメジャーを当てて計る。
「61cmかな」
「差は6cmか」
「そんなものだろうね。ゆみちゃんは何cm?」
「私もっと小さーい」
と優美絵は言っている。恵香が蓮菜のメジャーを借りて測ると、アンダー53cm, トップ60cmで差は7cmだった。
「ゆみちゃんブラ着けないの?」
「私に合うブラは無いよー」
「うーん・・・」
「ゆみちゃんだと4Sかなあ」
「いや、そんな小さなのはさすがに売ってない」
「千里は、ブラジャー着けてるよね。サイズは?」
と美那が訊く。
「まだジュニアブラだよ。2Sサイズ」
「2Sかぁ」
というので、周囲はホッとしている(ごく一部焦っている子もいる)。まだAカップとかを付けている子はほとんど居ない。千里が万一にもAカップだったら、嫉妬される所だ!
「千里はアンダーが小さいから、A60とかを着けるにはまだ数年かかる」
と蓮菜。
「そうだなあ。高校に入る頃までにはそのくらいまで進化したいなあ」
と本人。
蓮菜と千里がそんな会話をしているのをそばで聴いてて恵香は疑問を感じた。
この子、中学高校では女子制服を着るつもりだろうか??でもこれだけバストが発達してくると、男子制服は物理的に入らない気もする。
結局そのままシャワーを通ってプールサイドに出る。
男子は男子更衣室、女子は女子更衣室を通過してプールサイドに出るので、男女が自然にまとまっている。それでそのまま準備運動をしてから、3レベルに別れて授業は始まる。
A ターンができる子
B 25m泳げる子
C 25m泳げない子
レベル分けは自己申告である。千里はもちろんCレベルに入る。ここは圧倒的に女子が多い。7レーンある内の第7レーンを使い、プールサイドの棒に捉まってバタ足練習から始めた。
Bは1-3レーン、Aは4-5レーンを使用して自由に泳がせる。ただし1レーンはターンの練習用で2-3レーンが泳ぎ用である。Bに吉村先生が付いていて、Cは桜井先生が指導する。Aは放置だが、特に問題はないはずである。好きなだけ泳いでもらう。なお、2/3,4/5レーンは泳ぐ向きを分離して衝突をできるだけ避けるようにしている。ターンしたら右隣のレーンに移動して泳ぐ。また追いつかれたら、速やかに譲るというのもルールである。
C組はバタ足練習を10分くらいした後で、ビート板を持って足だけで進む練習に移る。これを更に10分くらいした所で、少し泳げる子は6レーンで泳ぐ練習。まだまだの子は引き続きビート板を使い7レーンで、足だけで進む練習と分ける。ここのプールは6-7レーンは水深が浅いので、泳げない子が溺れる恐れが少ない。ビート板を使っても沈みがちな優美絵は特別コースでひたすらバタ足練習をしている。
千里はまだビート板を使っていたが、桜井先生から
「千里ちゃんは6レーンに行こうか」
と声を掛けられ、仕方ないのでそちらに移動した。
千里がわりとしっかり泳ぐので、美那から
「千里、結構うまいじゃん」
と言われる。
「私肺活量あるから、息継ぎをあまりしない方がいいと言われた」
「ああ、息継ぎの時にどうしてもフォームが崩れるよね」
千里の場合、4年生の時から桜井先生に個人指導を受けていただけあり、フォームはしっかりしている。ただ、筋力が無いからどうしても遅い!時間が掛かるので、25mに到達する前に力尽きてしまうのである。だから千里の場合、筋力さえつけば25mは泳げるようになると言われていた。
実際この日は20mくらいまで何度も到達し
「Bクラスに昇格するのは時間の問題だね」
と桜井先生からも褒められた。
授業が終わり更衣室に移動する。プールサイドから通路を通る、シャワー室のところで男女別れるが、むろん千里は女子の方に行く。蓮菜たちとおしゃべりしながら水着を脱ぐ。
周囲の女子たちの視線が凄い!
千里・蓮菜・恵香の3人以外は、会話をやめ、沈黙し息を呑んで千里を見ている。
千里は、微かな膨らみのあるバストを堂々と曝しながらバスタオルで身体を拭く。
女子たちの視線が熱い!
女子たちの視線は千里の下半身にも注がれているのだが、千里は全く気にしていないし、気付かないかのようである。蓮菜と恵香も普段通りの表情で千里と会話している。
千里は完全ヌードの状態を10秒近く続けた上でショーツを穿いた。周囲の緊張感が少し薄れる。更にブラジャーも着けると、緊張感はほぼ和らぎ、周囲での会話も再開された。蓮菜と恵香はその“後”で、“着替え用バスタオル”を使って、自分たちも水着を脱いで普通の下着に着替えた。
「みんなの前でヌードを曝しなよ」
というのは、先週末に蓮菜から言われたことである。
「だって千里、修学旅行の時、お風呂はどうするつもり?」
「え?私は男子だから男湯に」
「入れる?」
「無理だよねー」
「男湯に入れないのなら女湯に入るしかない」
「うーん。消去法かな」
「だからあらかじめ千里のヌードをみんなに見てもらおうよ」
「どうやって?」
「月曜日は、ぷるもで水泳の授業がある」
「うん」
「水着を脱いで普通の服に着替える時は、どうしてもヌードを曝す」
「え?私、着替え用のバスタオルを持ってるけど」
「だからそれを使わないでヌードを曝すんだよ。そしたらみんな千里は女の子の身体なんだというのを再認識してくれるから」
「恥ずかしいよぉ」
「千里が痴漢として通報されないために必要なことだよ」
そういう訳で今回千里はわざとみんなの前にヌードを曝したのであった。
照絵が龍虎を抱っこひもで抱いて買い物していると、しばしば買物中のおばさんたち、また女性の店員さんからも声を掛けられた。
「可愛いお嬢さんですね」
「はい、10ヶ月なんですよ」
まあキティちゃんの服着てたら、女の子と思うよね〜。
「この子、美人さ〜ん、きっと可愛いお嫁さんになるよ」
「この子、女優さんになれるかもね」
あはは。女優というのもいいかもね。
2002年6月22日(土).
千里が参加している合唱サークルは、この日旭川で行われるコーラス・フェスティバルに参加することになった。
今回の参加者は引率の馬原先生と松下先生(女性)以外には、6年生8人、5年生10人、4年生12人の合計30人(ビアニストの6年美那と5年香織を含む)。6年生は具体的には下記である。
6年生:蓮菜・穂花・佐奈恵・千里・映子・紗織・美都+ピアニストの美那
穂花(ソプラノ)が部長、映子(アルト)が副部長である。
これに小春も入っていたのだが、最近小春は小学生のような容姿を長時間維持するのが困難になりつつある。それで「丸1日キープする自信が無い」と言って不参加である。小春は座敷童子なので、彼女の不在は千里・蓮菜以外には全く認識されていない。
今回演奏する曲は2曲である。
ひとつはKinki Kidsの『情熱』を女声二部合唱に編曲したもの。もうひとつは一昨年の『キタキツネ』、昨年の『流氷に乗ったライオン』と同じ、高倉田博さんの作品で『キツネの恋の物語』という曲である(合唱組曲『カイの情景』より)。
いづれも4月から練習を始めたので、特に難曲である『キツネの恋の物語』はまだまだ未完成なのだが、度胸付けに一度人前で歌っておこうということで、このフェスで歌うことにしたのである。
『キツネの恋の物語』にはソプラノソロ、アルトソロの他に篠笛が入っている。
4月に、その篠笛を吹く人を決めた時のことである。
「篠笛は・・・あれ?誰か篠笛のうまい子がいたよね?」
と馬原先生は言ったが、名前が思い浮かばないようである。
「卒業した去年の6年生に居たのでは?」
「そうだったのかなあ」
小春のことは、(本人が目の前にいないと)千里と蓮菜にしか分からない。美那が少し悩んでいたようだが、美那は小春との関わりがあまり大きくないので、思い出せないようである。
「村山さんが凄くうまいですよ」
という声もあったが、
「村山が歌う方から抜けると、声量が足りない」
と蓮菜が言ったので
「確かにそうだ」
という声が多数あがる。
「千里は3人分くらい声を出してるからなあ」
と新部長に指名された穂花も言う。
つまり千里が抜けると、ソプラノの音量が足りなくなるのである。それで結局篠笛は、鼓笛隊でファイフを(千里と並んで)先頭で吹いている映子が吹き、バックアップで祭りの篠笛を吹いたことがある4年生の由衣も練習することになった(祭りの篠笛は“囃子用”だが合唱で使うのは“ドレミ調律”なので彼女は最初『この篠笛、変〜!』と言っていた)。
なおこの曲の篠笛パートは、小春が書き、作曲者に承認をもらったものである。コンクールで使うことを考え、編曲許可証を頂いているが、高倉田博さんは
「『キタキツネ』の篠笛の譜面を書いた人かな。ほんとにいいセンスしてるね」
と言っておられた。
蓮菜は後で千里と美那・穂花にだけ話した。
「千里が篠笛の担当をした場合さ、千里が声変わりして高音が出なくなったので、篠笛の担当に回ったと思う子が出るかも知れない。そう思って、千里の性別に疑義を起こさないように、私は反対したんだよ」
「色々考えてるんだな」
と美那は言ったが、穂花は言った。
「千里が男の子かも知れないと思っている子はひとりも居ないと思う」
「それはそんな気もする」
と蓮菜も認める。
「そして実際千里は女の子だから声変わりは起きない」
「ああ、それは間違い無い」
と美那。
「でもやはり千里が抜けたらソプラノの声量が厳しくなると思うよ。特にこの曲の最高音の付近は出る子の人数が少ないから、どうしても歌っているふりだけの子が増える。伸び伸びと安定してハイDを出せるのは、私と千里に津久美ちゃんくらいだもん」
と穂花は言った。
「いや、DどころかCが出る子もそう多くは無い」
と蓮菜が言う。
本来ソプラノの担当音域はA5までだが、最近は小学生の合唱団でもソプラノにC6を要求する曲は多い。特に全国大会で上位を狙おうという学校ならD6まで使う曲を選ぶのは当然。ただ出せるのは現時点でN小では3人しか居ない。
「万一穂花が休みで津久美ちゃんがソロを歌った場合は、千里だけが頼りだね」
と美那は言った。
この曲のソプラノソロは穂花、アルトソロは5年生の希望の担当だが、昨年は本番前に事故があったりしたので、バックアップで、ソプラノソロは5年生の津久美、アルトソロは6年の紗織も練習している)