広告:ボクの初体験 2 (集英社文庫―コミック版)
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■娘たちの転換準備(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-10-28
 
2010年1月。
 
オールジャパン(皇后杯)に出場していた札幌P高校は5日の準々決勝で敗れ6日の午前中、一緒に合宿をしていた旭川N高校とともに北海道に戻ることになる。この後両校の合同合宿は8日から17日まで札幌で行われる。
 
N高校OGの千里は一行より一足早く6日朝の便で函館に渡り、奥尻島に入って『雪の光』の復元作業を行った。一方P高校OGの佐藤玲央美と堀江希優も後輩たちより少し早く宿舎を出て、三鷹市内にあるKL銀行体育館に行った。
 
4月1日付けで、玲央美の《ミリオン・ゴールド》を所有するJI信用金庫が、希優の《ジョイフルサニー》を所有するKL銀行に吸収されることになっており、女子バスケット・チームも両者合同して《ジョイフル・ゴールド》になることになっている。今日はその新チーム発足準備会なのである。集まってきたメンバーはこのような顔ぶれである。
 
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■JI信金系
PG.近江満子(旭川R高校)
SF.佐藤玲央美(札幌P高校)
C.母賀ローザ(愛知J学園)
PF.門脇美花(栃木B高校)
SF.向井亜耶(茨城M高校)
PF.豊田稀美(群馬S高校)
 
■KL銀行系
PG.伊藤寿恵子(東京U学院)
C.池谷初美(旭川L女子高)
C.熊野サクラ(福岡C学園)
PF.堀江希優(札幌P高校)
G.長沼西花 横川克美 田村舞美 村田里奈 鈴木一子
F.芹沢優美 元山佐知香 加藤敦美 渡辺美代 前田由利奈
 
■新加入者
PG.越路永子(旭川N高校)
SF.小平京美(札幌P高校)
SF.三田和菜(札幌P高校)
PF.夏嶺夜梨子(旭川N高校)
SG.湧見昭子(旭川N高校)
C.ナミナタ・マール(岩手D高校)
 
この他に現在アメリカ留学中の高梁王子(岡山E女子高)も高校卒業後加入する「可能性がある」が、まだ数年先のことなので、ここには来ていない。
 
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多くの子たちはジャージや現在のチームのユニフォームなどを着ている。勤務している銀行の制服を着てきている子もいる。現在高校生の子は学校の制服を着ていたりする。ところが1人異彩を放っている子がいた。
 
「湧見ちゃん、素敵なお召し物だね」
と佐藤玲央美は彼女に話しかけた。
 
「こんにちは、佐藤さん。なんで皆さん、ジャージとか制服なんですか?」
「今日の会合には、動きやすい服でとあったのだが」
「え?そうなんですか?夏嶺(夜梨子)さんが、お正月は振袖だよと言ってたから、これ着せてもらってきたのに。あれ?ヨリちゃん、制服着てる」
 
夜梨子が苦しそうに笑いをこらえている。同じ高校の越路永子は首をかしげているので、どうもこの事件は夜梨子の単独犯行のようである。
 
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「まあ、可愛い子は振袖でいいんじゃない?君はうちのチームのマスコットガールだよ」
などと、P高校の制服を着ている小平京美が言っている。
 
「うん、とっても女らしくていい」
とジャージ姿の池谷初美も褒めてあげると、昭子は照れている。その照れている所がまた可愛い。
 
「でも昭ちゃんは、振袖ででもちゃんとお仕事できるはず。ちょっとやってごらんよ」
と言って熊野サクラがボールを1個持って来た。
 
「うん」
と言って昭子はボールを受け取ると、スリーポイントラインの所に行ってそこからボールをシュートする。
 
見事に決まる。
 
「すごーい!」
という声が昭子のプレイを見たことのない選手たちからあがる。
 
「じゃ昭ちゃんはその服で試合に出るということで」
「この服装はさすがに違反になります!」
 
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「でもなんか人数が多いね」
と言っているのはKL銀行の《一応》キャプテンを務めていた芹沢優美である。
 
「JI信金が6名、KL銀行が14名、新規加入が6名だって」
とKL銀行副主将の元山佐知香。
 
「JI信金さん6人しか居ないって、たくさん辞めたの?」
と長沼西花。
 
「ああ、今季はそもそも6人しか居なかったんだよ」
と《実質的なチームリーダー》であった伊藤寿恵子が事情を説明する。
 
「うっそー!? たった6人で2部優勝したの?」
と横川克美。
 
「うちだって、実質サクラちゃんと初美ちゃんの2人だけで4部優勝したようなもの」
と言って寿恵子は笑う。
 
「確かに確かに」
と田村舞美。
「あんなに勝ち進むって初めての体験で気持ち良かった」
と村田里奈。
「私も高校時代はいつも1回戦負けだったし」
と加藤敦美。
「同じく同じく」
と前田由利奈。
 
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「でもこれだけ居たら、私たち試合に全然出られなくなったりして」
と渡辺美代。
 
「なんか今、スリーを決めた振袖の女の子とか、全然凄そうでないのに凄いみたいだし」
と鈴木一子。
「もしかしてJI信金側の選手や新規加入組って、みんなインターハイ常連クラスだったりして」
と田村舞美。
 
「背の高い人たくさんいるし」
と横川克美。
「外人さんも2人もいるし」
と加藤敦美。
 
「いや実際私たちの実力で関東実業団1部のチームの選手と戦えるわけがない」
などと芹沢主将は開き直っている。
 
「じゃ私たちの存在意義は?」
と加藤敦美。
「テーブルオフィシャルとか主審・副審も楽しいよ」
と元山副主将。
 
「まあ審判って選手以上にハードだけどね」
と芹沢。
「みんな毎日20kmジョギングして体力付けよう」
と元山。
「20kmですか!?」
と前田が悲鳴を上げる。
 
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各自いろいろおしゃべりしてざわついている中で、京美が小声で昭子に訊いた。
 
「ところで手術はもう終わったの?」
 
「7月に手術しました。その後、名前も正式に昭子に変えたんです」
と昭子は答える。
 
「すごーい。もうちゃんと女の子になったんだ」
「いや、性別だけは20歳にならないと直せないんですよ」
「ありゃ大変だね」
「だから、今は名前は女だけど性別は男という状態」
「あちこちでトラブりそう」
「女子選手として試合に出られるのも今年の8月30日以降なんです」
「だったら秋の大会には間に合うな」
 
「じゃ女子選手としての登録証は8月に発行?」
と池谷初美が訊く。
 
「ああ、登録証はちゃんと持っています」
と言って昭子は《湧見昭子》名で《旭川N高校女子バスケット部》という所属シールの貼られた登録証を見せる。
 
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「ちゃんと女子バスケ部になってるじゃん」
「それは前から持ってたね」
と京美が言う。
 
「公式戦には出られないけど、これで普通にバスケの試合の無料観覧とかもできるんですよ」
「へー。凄い」
 

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やがて、体育館にスタッフやお偉いさんたちが入ってくる。
 
最初にKL銀行の頭取が挨拶し、JI信金の頭取代行も続けて挨拶する。KL銀行の業務部長から、新しいチームのスタッフが紹介された。
 
ヘッドコーチにはJI信金アシスタントコーチという名目ではあっても実質的な監督であった藍川真璃子、アシスタントコーチにJI信金ヘッドコーチで、この半年間は無給で務めてくれた蓬木(よもぎ)さんとKL銀行ヘッドコーチであった田梨さんが就任する。各自挨拶した。
 
「4月からの新しいキャプテンと副キャプテンなんだけど、キャプテンはKL銀行の伊藤寿恵子さんにお願いしたいのですが」
と藍川ヘッドコーチが言う。
 
「あ、寿恵子さんなら歓迎」
とこれまでのKL銀行主将の芹沢が発言すると、他の元からのメンバーたちも頷いている。伊藤本人も深く頭を下げて受諾の意思をあらわす。実際には事前に打診していたはずだ。
 
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彼女は34歳・2児のママで、一度引退していたのだが、チームの要として田梨監督から乞われて復帰したのである。KL銀行の元からのメンバーにとっては「内輪の人」であり、彼女がキャプテンならという雰囲気になる。
 
「副キャプテンはJI信金側から門脇美花さんで」
と藍川。
 
「うっそー!?」
と本人が驚いている。こちらは事前に何も話していなかったようだ。
 
「だってうちのチームの最古参」
と玲央美が言う。
 
「うん。美花ちゃん、けっこうリーダー向きの性格だよ」
とJI信金の元からのチームメイト向井亜耶が言う。
 
「いい?」
「はい。じゃ頑張ります。KL銀行の皆さんもよろしくお願いします」
と美花は言った。
 
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「ところで来期からの体制なのですが、基本的に《ジョイフル・ゴールド》はプロ契約、あるいは契約社員方式によるものとします」
と業務部長が説明する。
 
「プロ契約は年俸+出来高払い。年俸をいくらにするかは各自の成績と期待度で決めます。一応ここにいる皆さんに、プロ契約したらいくら報酬をお支払いするかの査定をしておりますので、それをお配りします」
 
といって部長は26人のメンバーひとりひとりに封筒を渡した。
 
「いやぁ!生活不能」
と叫んでいる子がいる。
 
「契約社員の場合は成績と無関係に給料をお支払いします。その場合、プロ契約に比べると上下の幅が小さくなります。今お配りした書類のB欄に書かれているのがその金額です」
 
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「どっちみち無理っぽい」
と嘆いている子がいる。
 
「私もけっこうきついけど、これまでの月5万よりはマシだな」
とJI信金の豊田稀美が言う。
 
「5万って、今までスポーツ手当が5万だったの?」
とKL銀行の長沼西花が訊く。
 
「ううん。給料が月5万」
「うっそー!?それでどうやって暮らすのよ?」
「まあよく生き延びたなというのが正直な所かな」
 

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「それで皆さんにはもうひとつの選択肢をご用意することにしました」
と業務部長が言う。
 
「当初の計画では《ミリオン・ゴールド》と《ジョイフルサニー》を合併して《ジョイフル・ゴールド》を作るだけのつもりだったのですが、それではバスケを趣味としてやっていきたいという人たちには辛いのではないかという意見が出まして、結局2つのチームを維持することにしました」
 
選手たちがざわめく。
 
「手続き上は2部のJI信金《ミリオン・ゴールド》を《ジョイフル・ゴールド》と改名し、こちらはプロ契約または契約社員の選手で構成します。一方で、4部の《ジョイフルサニー》を《ジョイフル・ダイヤモンド》と改名し、こちらは正社員またはパート社員の選手で構成します。こちらは普通の会社のお給料のみで、スポーツ手当なども出ません。むしろ会費を毎月1000円徴収して活動費の一部に当てます」
 
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ざわめきが大きくなる。
 
「それで所属支店を分離することにします。《ジョイフル・ゴールド》はKL銀行三鷹支店の所属として、全員三鷹支店との契約にさせて頂き、《ジョイフル・ダイヤモンド》はKL銀行神田支店の所属にして、こちらに所属したいという人には異動の辞令を出します」
 
「それどちらに行くかは各自の希望でいいんですか?」
と芹沢優美が質問する。
 
「そうです。好きな方に所属していただいていいです。神田支店の勤務になればまあふつうのOLさんのお給料になります。現在支給しているスポーツ手当は無くなりますが。また17時まで勤務した後、夕方から集まって練習ということになります。練習場所との交通費も自己負担です」
 
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「そちらに行ったら、私でも試合に出番ありますよね?」
と鈴木一子が訊く。
 
「頑張ればね」
と田梨コーチが言う。
 
なんだか鈴木や前田が笑顔で手を取り合ったりしている。村田など
「神田のOLですと言ったら、もてそう」
などと言っている。
 
しかし元山は厳しい顔で尋ねた。
 
「じゃ結局ジョイフル・ダイヤモンドは早い話、KL銀行のお荷物組の姥捨て山のようなものですか?」
 
その時、旭川N高校の夏嶺夜梨子が発言した。
 
「先輩、入れ替え戦頑張ってください。4月から私、そのジョイフル・ダイヤモンドにお世話になりますから」
 
「あんたはわざわざ姥捨山の方にくるわけ?」
「私は高校時代は万年補欠で一度も公式戦には出られなかったので」
と夜梨子。
「ほほお」
 
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「私もそちらに行きますから、先輩よろしくお願いします。私も公式戦のベンチには座ったことないです」
と札幌P高校の三田和菜が言う。
 
「ちなみに2人ともインターハイ・ウィンターカップに何度も出たチームの補欠組だから、けっこう強いよ」
と藍川がコメントする。
 
「じゃ、ちゃんとジョイフル・ダイヤモンドもチームとして維持していくんですね?」
と元山は確認する。
 
「今週末の入れ替え戦に勝てば来期は3部だよ。頑張ろうよ、サチ君」
と田梨コーチが言うと、元山もようやく納得したようであった。
 
「3部に昇格するより4部のままの方が私は気楽だけど」
などと前田。
「うん。3部って強そう。4部なら私でも充分通用する」
などと鈴木。
 
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「あんたらが少し強くなったら結構3部でも行けると思うけどなあ」
と芹沢が言った。
 

そして週末の入れ替え戦では、JI信金《ミリオン・ゴールド》もKL銀行《ジョイフルサニー》も勝って、各々1部・3部昇格を果たした。
 
玲央美たちJI信金は部員わずか6名で2部優勝して、更に入れ替え戦にも勝って1部昇格を決めるという快挙である。
 
4月からは新チーム《ジョイフル・ゴールド》での活動になるが、5-7月のリーグ戦で4位以内に入り、9月の全日本実業団バスケットボール競技大会で3位以内に入ると11月の全日本社会人バスケットボール選手権大会の出場権を手にすることができる。
 
全日本社会人バスケットボール選手権大会は千里たちもクラブチーム側の代表として出場を目指す。
 
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玲央美たちが入れ替え戦をやった日、大阪では大阪実業団男子の入れ替え戦も行われていたが、貴司たちのMM化学はこれには出なかった。昨年は2部で2位になって入れ替え戦に出たものの敗けて昇格ができなかった。今年は1位になったので自動昇格で来季から1部に上がることになった。
 
このあたりの入れ替えのルールは地区によって結構異なっているようである。
 
この後、貴司たちは5-7月に行われる大阪実業団バスケットボール選手権大会で14位までに入れば近畿実業団バスケットボール選手権大会に出られて、ここで2位以内になると全日本実業団バスケットボール競技大会に出られて、ここで6位以内になると全日本社会人バスケットボール選手権大会に出られることになる。
 
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なお似た名前で全日本実業団バスケットボール選手権大会というのもあるが、こちらはその先の上位の大会が無い。
 
貴司たちは昨年も近畿選手権大会までは行ったものの、2回戦で負けてその上の実業団競技大会には進出できなかった。
 

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