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「千里は誰かに贈った?」
と何気なく香奈が訊く。
「えっとね・・・」
と言って千里は少し焦る。すると美緒が
「チョコ売場で一緒になったんだよね〜。けっこう豪華なチョコ持ってた」
と言うので
「すごーい」
と声が上がる。
「それ誰に渡したの?」
「あ、えっと、あれは渡せなかったんだよ」
「ほほぉ!」
とみんな感心している。千里は物理的に渡し損ねたのでそう答えたのだが、みんなは勇気が無くて渡しきれなかったと解釈したようである。
「でもそれ相手は女の子?男の子?」
と由梨亜が尋ねる。
「え?男の子だよ。なんで?」
と千里がキョトンとして答えたので、一瞬他の女子たちが顔を見合わせた。
「千里、この集まりのレギュラーになってもらおうよ」
と聡美が言い出す。
今までは千里は「時々」招かれていたのである。
「うん。千里って充分女子だもんね」
という声があがる。
すると桃香が手をあげて発言する。
「裁判長!千里が女子である証拠として、この写真を提出します」
「ん?」
それは一昨日桃香がレポート作成のためにファミレスに来た時に撮影した千里のファミレス女子制服姿の写真である。
「あ!それは!」
「え?可愛い!!」
と他の女子たちから声が上がる。
そういう訳で千里は完璧にこの集まりの「正メンバー」になったのである。
2月20日(土)。
今日から3日間、茨城県ひたちなか市の、ひたちなか市総合運動公園体育館で関東クラブバスケットボール選手権が行われる。この大会で6位以上になると来月福島で開かれる全日本クラブバスケットボール選手権に出られて、そこで3位以内になると、11月に行われる全日本社会人バスケットボール選手権に出られて、そこで2位以内になると来年のオールジャパン(皇后杯)に出ることができる。
これはお正月のオールジャパンにつながる長い長い道の途中なのである。千里たちは昨年10月の千葉クラブバスケットボール選手権で優勝してここに出てきた。関東8都県から2チームずつが出ており、千葉からはローキューツと2位になったフェアリードラコン、東京からはすっかり顔なじみになった江戸娘ともうひとつはフォー・オリーブスというチームが出てきている。最初4人の女子で結成したのでフォー・オリーブスらしい。現在は部員が20名ほどいて、ベンチに座れない子もあるという。
「うちは全員ベンチに座れるな」
と国香が言う。
今日の出席者は
6.浩子ひろこ(PG) 7.茜(PF) 8.玉緒(SF) 9.夏美(SF) 10.沙也加(SF) 14.夢香(PF) 15.美佐恵(PG) 16.国香(SF) 17.菜香子(PF) 18.麻依子(C) 19.千里(SG) 20.誠美(C) 21.来夢(SF) 22.歌子薫(SF)
と14名で、稼働できる部員が全員出てきた。他に在籍している部員は3人いるものの、全員完全な幽霊部員である。
そして今日から薫は出場できるのである。薫は2008年2月20日に性別診断で睾丸が無いことを確認されているので、今日から女子選手としての登録証が有効になった。ただし「途中登録者」であるため全国大会には出られない。この大会で勝ち上がっても来月の全日本選手権には出られない。全国大会に出られるようになるのは4月1日からである。
誠美と来夢も途中登録者なのだが、バスケ協会の都合に絡む特例移籍であるため彼女たちは3月の全日本選手権にも出場可能である。実は千里も途中登録者なのだが、千里は日本代表経験者ということでこれも特例でバスケ協会の許可が出ており全国大会に出場できる。日本代表の特例で許可が出ていることは千里は先月になってから知った。
「8月にその件は千里に言った記憶があるのだが」
と麻依子は言ったが
「ごめーん。忘れてたかも」
と千里は答えていた。
タイムスリップ問題の矛盾を回避するために、千里の記憶に残らないように操作されていたのだろう。
「しかし薫は今日は女子選手としての公式戦お披露目だな」
と麻依子が言う。
「とにかくみんなが全国に行けるよう頑張るだけ」
と薫。
「薫は高校の時も国体やウィンターカップに私たちを送り込むために頑張ってくれたね」
と千里は言う。
「国体かぁ。出たいけど無理だなあ」
と薫は言う。
「ああ。薫は居住地とチーム所属県が違うのか」
「そうなんだよ。東京在住で、千葉のチームに所属しているから、出場不能」
「国体の選手選考会はチーム単位の参加だもんなあ」
「どっちみち今年は千葉は国体選考会をしないんだよ」
と監督が言う。
「え?なんでですか?」
「千葉で国体が行われるから、千葉は特例で選考会を実施しなくてもいい。それで地元優勝すべく、2年前にチーム結成して合宿に次ぐ合宿で強化してきている。だから今年はふだんの年のような選考会は無し」
「うーん。。。。突っ込みたいけどやめとこう」
「まあ言わぬが花の部分はあるよね〜」
「来年はまた選考会があるから、歌子君が国体に出たいなら、住所を千葉県内に移しておくといいよ」
と監督。
「あ、それはしようかな」
と薫は言った。
「でも去年は国体選考会には出なかったね」
「当日参加できそうなメンバーが5人居なかったからね」
「ごめーん」
今日の1回戦の相手は神奈川2位のチームであった。この試合では来夢と誠美を温存しようということで、
浩子/千里/国香/麻依子/薫
というメンツで出て行く。この試合では国香は1,3ピリオドに出すことにした。
ここはそこそこ強いチームではあったものの、ローキューツの敵ではなかった。千里も途中でさがって、夢香や夏美を使って運用する。32-76で快勝した。他のメンツも短時間ずつ出してあげることができた。
「これで私の出番は終わりかなぁ」
などと茜が言っている。
「短時間なら中核メンバー休ませるために出すこともあるから、ちゃんと身体は暖めておけよ」
と西原監督は注意していた。
午後からの2回戦は埼玉2位のチームだが、栃木1位のチームに勝って上がってきている。心して掛かることにする。
浩子/千里/来夢/麻依子/誠美
というメンツで出て行く。
「うちのチームの問題点って浩子に代わるバックアップのポイントガードがいないことだよね」
などと美佐恵が言っているが、美佐恵がそのバックアップ・ポイントガードである。それでみんなから
「あんたが頑張ればいいじゃん」
と言われていた。
しかし美佐恵はバイトが忙しくて、なかなか練習にも出てこられないようである。
ここは結構強い相手で、千里もプレイしていて、かなりの手応えを感じたものの、千里がスリーを放り込み、誠美がリバウンドを取り、麻依子・国香・来夢・薫といった強力なフォワード陣もどんどん敵陣に侵入して点数を上げていくと、相手は全く対抗できない。
それで結局46-86で快勝した。
これでこの大会ベスト4以上が確定し、来月の全日本クラブ選手権への出場が決まった。
「やったやった」
「じゃみんな3月20-22日、福島予定入れておいてね〜」
「OKOK」
「出番は無いだろうけど、全国大会なんて初めてだから絶対行くよ」
なおこの2回戦で敗れた4チームは順位決定戦をして2チームが全国選手権に行けることになる。
上弦の月が西の空に掛かる中、4人の屈強な男たちに連行されるように30代の夫婦が雪原を歩いて来た。夫婦の妻の方は小さな女の子を抱いている。やがて一行は湖畔に到達する。
「凄いな。湖が凍ってない」
とひとりの男が言う。
「この湖は真冬でも滅多に凍らないんだとオヤジさんが言ってたよ」
とリーダー格っぽい男が言う。
「ここの湖は物凄く深いんだよ。それで凍りにくいらしい」
「深いと凍りにくいんですか?ヤマサキさん」
「冷えるのに時間が掛かるから。湖が凍るためにはその水全てが0度にならなければならない。対流があるから表面近くがいちばん高温なんだよ」
とヤマサキと呼ばれたリーダー格の男が言う。
「へー」
「対流ってそういえば中学で習った気がする」
「風呂のお湯だって表面が暖かくても底は冷たかったりするだろ?」
「ああ、確かに!」
「まあそういう訳でここがお前らの死に場所だよ。保険金も掛かってるから安心しな。お前らの親父は保険無しで死んじまって。全くもったいない」
とヤマサキが夫婦者に言うと、ふたりはもう諦めきったような表情をした。妻に抱かれた女の子はキョトンとした顔をしていた。
「せめてこの子だけは助けてもらえませんか?」
と夫が言ったが
「あいにく子供がいたら一緒に消せと言われているんでな。でないと心中死体に見えないから。借金に追われた夫婦が無理心中というのはよくある話」
とヤマサキは冷たく言った。
関東クラブ選手権に、ローキューツは4台の車に分乗して来ていた。
千葉市からひたちなか市の会場までは2時間ほどである。ここは公共交通機関ではひじょうに行きにくい場所にある。最寄りのJR駅は勝田駅だが、勝田駅から会場最寄りのバス停まで20分掛かり、更にバス停から会場まで徒歩15分掛かる。練習用のボールなどを運ぶのもこのルートでは厳しすぎる。
車で2時間の行程なので、いったん帰ってまた明日出てくるべきか、1泊するべきか実は悩んだのであるが、ひたちなか市の隣の大洗市に、1泊2500円という格安の旅館があるのを玉緒が発見してくれたので、今日はそこに泊まることにしていた。
実は千葉からひたちなか市まで3台の車で往復すると、それだけでガソリン代と高速代で合計4万円近く掛かる。すると2500円で16人泊まるのと大差無いのである。
「2500円にしては割といいね〜」
と部屋でくつろいで、夏美が言う。
「まあきれいな部屋だよね。掃除も行き届いている」
と国香が言っている。
「まあ少し狭い気もするけどね」
と千里。
「これどうやって7つ布団敷くんだ?」
「まあ何とかなるんじゃない?」
実は最低宿賃で泊まるために8畳の部屋に7人ずつと、男性の監督・コーチは4畳半の部屋に2人という部屋割りなのである。
「高校時代の合宿で6畳に8人寝たことある。あの時よりはマシな気がする」
と夢香。
「よく寝れたね!」
「まあ朝は混沌としていたよ」
「明日の朝はそうなっている気がする」
「レズっ気のある子は自己申告すること」
と麻依子。
「自己申告したらどうするの?」
「いちばん端で寝てもらう」
「ああ、端ならいいか」
「窓の外で寝ろと言われるかと思った」
「あんたレズ?」
「微妙な気がする」
「じゃあんた端で」
「いいよー」
「今の時期に窓の外で寝たら、さすがに風邪引くよ」
「凍死してたりして」
「北海道ならあり得るな」
夕食は付いていないので、近くのファミレスにみんなで食事に行った。
「居酒屋じゃなくてファミレスになるのが、やはり女子チームだよね」
などと谷地コーチが言っている。
「女子というより実は未成年が結構居る気がする」
「何人いるんだっけ?」
「未成年は5人」
とメンバーを管理している浩子が即答する。
「来年は居酒屋でもいいかもね」
「でも今年も監督とコーチだけ居酒屋でもいいですよ〜」
「いいよ。あとでビール買って帰るから」
「あ、私も帰ってからビール飲もう」
「何ならいったん旅館に戻ってから車で買い出しに行きませんか?」
「ああ、それでもいいね。じゃビール6缶パック1つくらい?」
「提案。1箱(24缶)買いましょう」
「そんなに飲むの!?」
「来夢さんはウワバミだという噂がある」
「どこから、そんな根も葉もない噂が??」