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■娘たちの転換準備(4)

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約1時間置いて、10:40から、またまたサブアリーナで2回戦に臨む。相手は高校生のチームだったが
 
「え?嘘。H大学じゃない」
などと言っている。前の試合がサブアリーナだったので、あまりそれを見た人がいないのであろう。
 
「いや、H大学に勝ち上がってきた所ならきっと無茶苦茶強いと思う」
「見て。あの20番付けてる人、あれ180cm以上無い?」
「だめだー。負けたぁ」
 
などと対戦前から言っている。
 

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整列して試合を始める。
 
この高校生チームがなかなか強かった。向こうはこちらにビビることなくプレイした。試合は54-86でローキューツが勝ったものの、充分手応えのあるチームであった。
 
「あんたたち強いよ、インターハイととか出たことなかったっけ?」
と試合後、来夢が向こうの選手に声を掛けていた。
 
「決勝リーグまでは結構行くんですけど、それを突破できないんですぅ」
「ああ。あと1歩だね。頑張ってね」
「はい!ありがとうございます」
 

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交流戦をはさんで準決勝が行われる。
 
主催者との話し合いで、薫は2回戦までで、準決勝以上では使わないことにしていたので(薫はベンチにも座らない)、このあとの試合は、その穴を浩子・夏美・夢香の3人で埋める必要がある。
 
準決勝からはメインアリーナの方に会場を移す。準決勝で当たったのは、宇都宮C女子校。インターハイの常連校であった。さすがに彼女たちはこちらの「正体」を知っている。
 
「え?H大学じゃない!」
というお約束の声のあとで
 
「うっそー!インターハイ・リバウンド女王の森下さんがいる」
「待って。あのロングヘアはスリーポイント女王の村山さんじゃん」
「村山さんって世界選手権にも出てたよ」
「負けたぁ」
 
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といった声が聞こえてきた。
 

しかし「負けたぁ」などと言いつつ、そう簡単に諦めるような彼女たちではない。千里も名前を知っていた多摩さんが千里をマークするダイヤモンド1のゾーンを組んでこちらに対抗する。
 
それでこちらも前半はあまり無理せず、麻依子や夢香を中心にした攻撃を組み立てる。むろん向こうが少しでも千里に無警戒になっていると、美しくスリーを放り込む。
 
前半はそれで30-32と結構競っている状態で進行した。
 
しかし後半は千里は積極的に走り回り、相手のマークを脚力で振り切る。それでフリーになると即浩子や麻依子からのパスを受けてスリーを入れる。
 
この積極攻勢で後半は24-46とほぼダブルスコアとなり、合計で54-78と大差でローキューツが勝った。
 
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向こうの監督さんが
「お前ら今週末は合宿するぞ」
と大きな声で叫んでいた。
 

「千里、多摩さんをかなり鍛えてあげていた気がする」
とフロアから出た所で薫から言われた。
 
「才能ある選手とやると楽しいよ」
と千里は言う。
 
「余裕あるな」
 

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再び交流戦をはさんで決勝が行われるが、この試合だけセンターコートを使用するので、センターコート用のバスケットゴールが電動で降ろされた。周囲にたくさんギャラリーも入って来て決勝戦のスタートである。
 
相手は何と中学生チームである。
 
1回戦不戦勝、2回戦は娯楽的にやっているOLのチーム、3回戦は50-60代のメンバーのチームに勝って勝ち上がってきている。
 
どうも今日の大会は片側だけに強い所が集まってしまったようだ。
 
相手の雰囲気を見て、このゲームには千里と誠美は出ないことにしようと決める。
 
それで浩子/夏美/来夢/夢香/菜香子というメンツで出て行く。この中で来夢をのぞいて浩子の次に強いのは夢香、そして菜香子はPF登録だが長身なので実際にはセンター的な役割である。
 
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「おお、やっと出番が来た!」
などと夏美や菜香子は張り切って出て行った。
 
その彼女たちも充分楽しめる相手であった。相手攻撃もあまり無理して停めずに結構撃たせる。但しリバウンドは菜香子や来夢でほとんど取らせてもらう。こちらの攻撃はしっかりとゴールを決める。
 
そういう展開で、じわじわと点差が開いていく。
 
後半は玉緒を夏美の位置に入れ、来夢の代わりに麻依子が入ってゲームを進める。それで結局38-78で決着した。
 
ゲーム終了後、向こうのメンバーの顔が充実していた。遙か格上の相手にも充分のびのびとプレイできたことで、満足だったのであろう。
 
「また頑張りましょう」
「はい!」
 
と声を掛け合って、コートを出た。
 
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すぐに表彰式になる。
 
キャプテンの浩子が1位の賞状と、賞品の栃乙女の目録をもらい、高く掲げて会場全体の拍手をもらった。
 
続いて2位の中学生チーム、3位の2チームにも、各々賞状と賞品目録が渡された。
 
最後に主催者代表の挨拶があって、大会は終了した。
 

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「けっこういい汗流せたね」
「最終的に全員出られて良かった良かった」
 
「国香さん、久しぶりのベンチの感触はどうでした?」
「出たくて出たくて」
「無理しないでくださいね〜」
「また病院に逆戻りとかは勘弁してくださいよ」
 
優勝賞品は栃乙女15箱(登録選手枠12+スタッフ枠3)ということだったので、1箱ずつ分けた上で、1箱は谷地コーチのお土産にして残り2箱はその場でみんなで食べてしまった。
 
「美味しい美味しい」
「甘くていいね〜」
「栃乙女けっこう好きになった」
 
「次は2月14日、冬季クラブバスケットボール選手権だからね。よろしくー」
 

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桃川は警察との電話を終えて困ったような顔をして受話器を置いた。
 
「どうだって?」
と山本オーナーが訊く。
 
「該当しそうな捜索願いは出ていないそうです」
と桃川。
 
「どういうことなんだろうね?」
と山本も腕を組んで言う。
 
桃川が“しずか”と名乗る《少女》を保護してから半月が経ったが、子供が行方不明になったという届けで、しずかに該当しそうなものが全く無いのである。警察も道内だけでなく、全国の警察に情報を流しているものの、一向に届けは無い。むろん小学生以下の子供の捜索願いはしばしば出るものの、届けをした親たちはしずかの写真を見て、うちの子ではないと言った。
 
桃川は何度かしずか本人に
「誰にも内緒にしてあげるから、本当のこと教えて」
と言って、お父さん・お母さんのことを尋ねたものの、しずかは『私のママはももかわ・みち』としか言わない。
 
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あるいは親に虐待などを受けて、心の闇を抱えているのではというのも、桃川と山本とで相談し、子供の扱いに慣れている女性カウンセラーを札幌から呼び話してもらったものの、彼女もしずかの親のことや住んでいた場所については聞き出すことができなかった。
 
ただ、桃川や山本は、しずかのことばが北海道内陸部(札幌・旭川・帯広など)の言葉であること、彼女が結構都会のことを知っているっぽいこと、逆に美幌での生活を面白がっており、しばしばきれいな景色に見とれていたりすることから、多分内陸部の都会に住んでいたのではないかと想像していた。
 
「でもさ、ハルちゃん、あの子、君が名乗る前に『ももかわ・みち』と言ったんだろう?」
「そうなんですよ。それが不思議で」
 
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「だとすると、あの子は最初から君の名前を知っていたことになる。だから、あの子はきっと君の知り合いの誰かの子供なんだよ。それも君が高校時代からこの牧場に来るまでの間の時期のね」
と山本は言った。
 
「やはり、そういうことになりますかね」
 

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桃川はしずかの写真を、高校や大学時代の友人、前勤めていた楽器製造会社の同僚で連絡の付く人、更には奥尻島出身の友人などにもメールして、この子を知らないかと尋ねてみたものの、誰1人としてしずかのことを知っている人はいなかった。また子供の行方を捜している人がいないかというのも尋ねたもののみんなそういう人にも心当たりはないようであった。
 
牧場での滞在が長くなってきていることから、桃川と山本はこの子を昼間は保育所に行かせた方がいいと話し合った。そこで地元の保育所に打診した所、数日お試しで預かって問題無ければということになったので、オーナーの妹の英代さんが付き添い、行かせてみた。それで特に問題無く過ごし、他の子とも仲良くやっていたので、そのまま当面9時から3時まで預かってもらうことにした。
 
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2月中旬。山本は町の教育委員会に掛け合い、この子の親がもし3月まで見つからなかった場合、町の小学校に暫定的にでいいから入学させて欲しいと申し入れた。教育委員会は警察に保護した時の状況や、その後の経過などを確認した上で了承。しずかは4月から「桃川しずか」として小学校に通うことになった。
 
ところでこの時点で桃川は山本オーナー夫妻と英代さんだけには、しずかが肉体的には男の子であることを話してはいるものの、山本はそのことを保育所にも教育委員会にも言わなかった。
 
「言えば揉めるし、そのことで、あの子はきっと傷ついて、ますます殻に閉じこもってしまうと思う。あの子見ても、まさか男の子だとは誰も思わないからバッくれておけばいいよ。1年も2年もバッくれるわけじゃないし、どうせ数ヶ月だろうしさ。絶対ばれないよ」
と山本は言った。
 
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「親の所に戻れば男の子として学校に行かないといけないだろうし。ここにいる間だけでも少し夢をみさせてあげていいかもね」
とも英代さんも言った。
 
誕生日については、本人が「さくらづか・やっくんとおなじたんじょうび」と言ったので9月24日と判明した。それでしずかは
 
《桃川しずか 2003年9月24日生・女》
 
として(それまでに本来の保護者が名乗り出なかった場合)4月から1年生として小学校に通うことになったのである。
 

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山本オーナーは言った。
 
「ハルちゃん、しずかちゃんのために結構な出費をしてない?少し援助しようか?」
 
「いえ。私、子供産めない女だから、こういうことするだけでも半ばママゴトみたいな感じで楽しいんです。だからお金のことは大丈夫です。頑張ります」
 
「んじゃ、君の給料に家族手当つけるから」
「わっ、すみません!」
 
「でもね、ハルちゃん」
「はい」
 
「その子は今君を頼っているけど、いつかは別れの時がくる。本当の母親が来たら、きっとその子は君のことなど一瞥もせずに『おかあちゃん』とか言って走り寄って抱き合ったりするだろうね。そして二度と君を見ることもないだろう。その時にチャイルドロスにならないようにしようね」
 
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桃川はそのことを山本に指摘されてから少し考えて言った。
 
「私、どうしよう?」
 
と言う桃川は半分泣き顔だった。
 
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