広告:メイプル戦記 (第2巻) (白泉社文庫)
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■娘たちの転換準備(7)

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美幌町の農場で牛の世話をしたり、バターやチーズを作ったりの日々を送りながら、時々東京に出て行って音楽活動をするという生活をしていた桃川春美は、ここしばらく、それらの作業に加えて、自分を母親だと言って慕っている“しずか”という『女の子』の世話もしていた。
 
しずかは現在地元の保育所に朝9時から午後3時まで通っており、4月からは小学校に行く予定である。ランドセルはチェリーツインの他のメンバーがお金を出し合って、可愛いピンクのランドセルを買ってあげた。それを見てしずかは物凄く嬉しそうにしていた。
 
ちなみにしずかは保育所には「女の子」として通っており、そのことを保育所の先生でさえ知らないものの、しずかはその問題で何の破綻も起こさず日中を過ごしていた。桃川は破綻させないようにしているというのは、この子たぶん物凄く頭がいいぞ、と思い始めていた。
 
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そんな2月下旬の午前11時頃のことである。
 
牧場に突然思わぬ来客がある。
 
「おばあちゃん! 美鈴さん! すみません、ご無沙汰してて」
と桃川は本当に驚いて声をあげた。
 
それは真枝(弓恵)先生のお母さんで90歳になるミラと、弓恵の兄・太平の娘・美鈴さんであった。ミラは函館で太平夫婦・美鈴夫婦・美鈴の子供の誠子・宗久と4世代同居している。ミラは90歳であるが、見た目はまだ70代の感じで、誠子の娘がお嫁に行くまで頑張ると豪語している。
 
「ひいばあ、私の子供が男の子だったらどうするの?」
「男でもかまわんから、嫁に行かせる」
「まあ最近はそういうのもあるけどね」
 
などと曾孫の誠子とやりとりをしているなどと言っていた。
 
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「男に生まれても女になってしまう子もいるんだろ?」
「うん。それは割とふつうに居る。うちの大学の同級生にも男に生まれたけど女の子になっちゃった子いるよ。凄い可愛い子」
「ほほお。そんなに可愛ければ女の子になりたくなるかもね」
「うん。可愛い男の子はどんどん女の子にしちゃっていいと思うよ」
 
誠子にはまだ婚約はしていないものの、双方の親公認の恋人がおり、大学を卒業したら結婚を考えようかという話もしているので、ミラはとりあえず誠子の子供(玄孫)までは見ることができる可能性が充分ある。
 
美智(春美)は真枝先生のことを「おかあさん」と呼んでいたので、ミラさんのことも本人から許されて「あばあさん」と呼んでいた。美鈴は結果的には美智の従姉ということになる。
 
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そしてふたりは小さな男の子を連れていた。
 
とりあえず広間に通してお茶とお菓子を出す。男の子にはフルーツヨーグルトを出したら、美味しそうに食べていた。
 
「電話で話そうかとも思ったんだけど、渡したいものもあるし、ちょっと込み入った話だから直接と思って」
と美鈴は言う。
 
「ほんとうはうちのお母ちゃんに来て欲しかったんだけど、母ちゃん成人病の固まりって感じでさ。ぶつぶつ文句ばかり言ってるから私が代わりに来た」
と美鈴。
 
「弓恵が亡くなった後、美智が少し誤解しているんじゃないかと私は心配してね。それで私が来ることにしたんだよ」
とミラは言っている。
 
「でも私がここに居ることよく分かりましたね」
と美智(春美)は言う。
 
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「テレビ見てたらさ、チェリーツインって映ってて、そのバンドのピアノ引いてるのが、あれみっちゃんじゃない?と話してさ。それで確認してみたら、ピアノの人は桃川春美って書いてあるから、これみっちゃんが戸籍名を少し変えて芸名として使っているんじゃないかと思って」
 
「ひょんなことで春美にされちゃったんですよ」
と美智(春美)は笑顔で答える。
 
「それで、調べたらこちらの牧場が拠点だと分かって、訪ねてきたんだよ」
「そうだったんですか」
 

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「まず、これをあんたに渡しておく」
と言ってミラが何か書類を渡すので、何だろうと思って受け取る。
 
それは複数の証券会社の年間取引報告書、そして各口座の電子取引用ID/PASSのリストである。そして口座の名義人は「桃川春道」、つまり美智(春美)の戸籍名になっている。
 
「これ何ですか?」
「やはり聞いてなかったんだね」
「はい?」
 
「あんた、高校生の時に北海道南西沖地震で、ご両親やお祖父さん・お祖母さんが亡くなったでしょ?」
「はい」
「そのお見舞い金が7人分で2300万円出ている」
「へ!?」
 
「知らなかった?」
「全然知りませんでした!」
「じゃ本当にあの子は何も言ってなかったんだね。あの時、私に相談されたんだよ。高校生がいきなり2000万円なんて大金を手にしたら、絶対に人生を誤るって。だから、これは無かったことにして、自分の給料だけで、あんたを育てたいってね」
 
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「お母ちゃんがそんなことを・・・・」
 
美智(春美)は思わぬ話に驚いていた。
 
「それで私は弓恵と相談の上、そのお金を投資のプロに委託した。基本的に安全優先で運用して欲しいということで。そのお金はあんたが結婚するか、あるいは30歳になった時点であんたに渡そうということにした。これが結果的に17年間の運用で8000万円になっている」
 
「きゃっ」
と美智(春美)はその金額に悲鳴を上げる。
 
「これにはあんたが高校時代奨学金をまるごと弓恵に渡していたのをそのままあの子があんたの名前で貯金していた45万円も入っている」
 
「あれ全部貯金してくれていたのか・・・・」
 
「ところがさ」
 
と言ってミラは言葉を句切る。
 
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「弓恵の葬式の後あんたと連絡が取れなくなって。電話も通じないし、手紙は宛先不明で戻って来る。亜記宏に聞いたら『生きてはいる』とか言うからさ、なんか亜記宏と喧嘩でもしたのかと思って。でもその内、今度はその亜記宏とも連絡が取れなくなっちゃって」
 
「え!?」
「じゃあんたもやはり亜記宏とは連絡が取れてないんだ?」
 
「それなんですけど実は・・・」
 
と言って、美智(春美)は弓恵の四十九日が終わった後、唐突に亜記宏が自分に、高校大学時代に学資生活費として貸したお金400万円を返せと言ってきたということ。それは少し話がおかしいと思ったので話し合いたいと思って電話したものの、電話には出なかったということ、その督促のメールが2008年の秋頃まで続いたので、結果的に弓恵の一周忌にも出席できなかったことを美智(春美)は話した。
 
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「一周忌には亜記宏も出てない」
「え〜!?」
「私たちだけでした。三回忌は保留している。何なら今年あんたが出席して1年遅れの三回忌しない?」
「させてください」
「よし」
 
「私も、高校時代にお母さんに凄く助けてもらったことに恩義を感じていたし、それはいつか恩返しして、お母さんの老後をずっと見ていくつもりでいました。でも具体的にお母さんとお金のことで借用証書とかも交わしていませんし、就職後に何度かお金を渡そうとした時も『結婚資金に取っておきなさい』とか『将来子供の教育費に』とか言って受け取ってくれなかったんです」
 
「そんなの返す必要は無い」
とミラは断言した。
 
「そんなこと言うのなら、亜記宏だって、自分が生まれてから結婚するまでに弓恵が使ったお金を返すべきだよ」
とミラ。
 
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「あ、そうかも」
と美智(春美)。
 
「弓恵がいつかグチをこぼしてたけどさ。亜記宏は私立の大学に行ってアパート暮らしだったから学費・生活費が無茶苦茶掛かった。更に就職活動の時、最初東京の企業に入ろうとかしてたからその交通費も出してやったし、結婚式にも300万出してやったって」
 
「大学は仕方無いです。でもあの結婚式そんなに掛かったのか。豪華な結婚式だったし」
 
「それに比べて、美智は大学も国立で自宅通学で、学費は自分で奨学金とバイトでまかなってたし、就職先は自分で見つけてくれたしって。だからあの子の結婚式には400万くらいは出してやれるように貯金するんだとか言ってたよ」
 
「そんな要らないのに」
と言って、美智(春美)は涙ぐむ。
 
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「それに私が自宅通学を選択したのは自宅でピアノやヴァイオリンの練習ができるからなんですよ」
 
「弓恵にとっては、亜記宏も美智も等しく自分の子供だったんだよ」
「お母さんはいつも、そう私たちを扱ってくれました」
 
「私は一時期あんたと亜記宏で結婚するのかとも思ってたんだけどね」
「一時は半同棲状態だったんですよ」
「やはりそうだったの。なんで結婚しなかったの?」
「振られちゃったんです。ある日突然、俺結婚するからと言われて」
「それは酷い」
 
「でもそれならあっちゃんの妹であればいいと私は自分を納得させました。でも、何となく結婚式の後は、家に出入りしづらくなっちゃって」
 
「まあそれは仕方無いね」
 
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美智(春美)は自分が性別を変更していることをミラたちには言っていない。弓恵は美智自身にも、亜記宏にも「他人には言うな」と釘を刺していた。今話していてもミラや美鈴は、自分をふつうの女性だと思ってくれているようだ。
 

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「それから弓恵は亡くなった時に遺言書を残していた」
「え?そうだったんですか?」
「それも聞いてなかったんだね。遺言書では、自宅の不動産と預金は亜記宏に、グランドピアノなどの楽器類、楽譜類、CD/DVDなど、および所有している株式を美智に相続させると書かれていた」
 
「え〜〜〜!?」
「それで楽器や楽譜・CDとかは札幌市内のトランクルームに預けてある」
「わっ」
「そして所有していた株式は、あんたと連絡がつかなかったから、私の判断で相続税として必要な分だけ売却して、それ以外の分をあんたの株式口座に移している。これは300万円分くらいなんだけどね」
 
「ありがとうございます!それでいいです。でも、あのグランドピアノが300万するし、ヴァイオリンも150万円くらいのものだし、それ以外の楽器群も入れたら600-700万になりません? CD類はどのくらいになるか見当も付かない。無茶苦茶たくさんあったから」
 
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「相続税の計算のために税務署が評価したのでは、取得価格では2500万円だけど減価償却して300万円という評価だった」
「ああ、減価償却」
「だから結果的に土地建物で取得額は4000万だけど土地だけで評価して800万の不動産を相続した亜記宏と対等くらいになるはず」
 
「もしかしたらそうかも」
「亜記宏が相続した預金は、ちょうど相続税を払う分くらいあった。どうも弓恵がそれをきちんと計算して、株式を一部売却してそのくらいの残高を預金口座に入れてあげていたみたい」
 
「なるほど!」
 

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「でも結局、亜記宏はあの自宅を売っちゃったんだよ」
とミラは言う。
 
「そうなんですか!」
 
「あの付近一帯買い占められたみたいで、今、大きなマンションが建設中みたい」
「そうですか・・・」
 
自分が高校大学時代を過ごした家が無くなってしまったのは寂しい気がした。
 
「それで結局私たちも1年以上前から、亜記宏たちとは連絡が取れない状態が続いていたんだよ」
 
「実音子さんの実家の方は?」
 
「それがさ」
と言ってミラは顔をしかめた。
 
「どうもそちらが問題だったみたいで」
「はい?」
 
「実音子さんの実家は飲食店を経営していたんだけど、そちらの経営が行き詰まってさ」
「あらら」
「実音子さんのお父さんが自殺して」
「きゃー」
「お母さんは老人ホームに入れられたけど、完全に惚けてしまったみたい」
「そんな惚けるほどの年じゃないですよね?」
「まだ62-63歳だったはず」
 
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「うーん・・・実音子さん、お兄さんいませんでしたっけ?」
 
「ああ、それも聞いてないか。実音子さんのお兄さん・駆志男さんは3年くらい前に交通事故で亡くなったらしいのよ。奥さんの有稀子さんも一緒に」
「あらぁ」
 
3年前ならお母さん(真枝先生)が亡くなる前だろう。なぜ葬儀の時、亜記宏はそのことを自分に話さなかったのだろうか。母の死で心に余裕が無かったのか?
 
「その件も色々たいへんだったみたいよ」
「子供とかは?」
 
「女の子が1人、理香子たちの従姉になるんだけど、今小学3年生かな。その子は有稀子さんの実家で預かっている」
 
「可哀相・・・」
 
美智は自分が高1の時に孤児になってしまった経緯から、その女の子に同情した。
 
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「結局お兄さんが亡くなったので、亜記宏に店を継いで欲しいということになって、それはあの子も同意して頑張っていたらしいんだけど、ガス爆発が起きてさ」
 
「ありゃぁ」
「幸いにも誰もいない時だったから死傷者は出なかったけど、設備や食器とか全部壊れて、とても再整備するお金が無いというので廃業。借金だけが残ったんだけど、実音子さんも亜記宏も借金の保証人になっていたみたいでさ」
 
「やむを得ないですね、それ」
 
「大半は地元の銀行や金融公庫からの借金だけど、一部たちの悪いトイチみたいな所から借りていたみたいで」
「なんでそんな所から借りるかなあ」
「すぐ返すつもりだったんだろうね」
「返せるのなら、そういう所から借りる必要無いんですけどね」
 
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「私もそう思う。でも、それであの子たち逃げまわっているみたいで」
 
「なんか大変なことになってますね」
 
「おそらく家土地を売却したお金もそちらの返済に使われたんじゃないかね」
「でも全然知りませんでした。済みません」
「いや。私たちも、ついこないだ知ったんだよ」
 
「そうなんですか!?」
 

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「全然連絡取れないからどうなってるんだと思ってたのよ。郵便出しても戻ってくるしさ。それが先月ふらりとあの子たちがうちに来たんだよ。子供3人連れて」
 
「あら」
 
「それで、あんたたち今どこに居るのとか訊くけど、何も答えなくて。でもとりあえず御飯食べて、子供たちにおやつでもあげて、とかやってたんだけど、5日目の朝、行くと、この子だけが残っていて、亜記宏も実音子さんも後2人の子供も居なくなっていたんだよ」
 
「なんてことを・・・・」
 
ということは、今ここにいるのは和志なのか、と美智(春美)は納得した。その男の子が誰か分からなかったので、訊きたい気分だったのだが、どうもミラたちは、その子のことをこちらも知っていると思い込んでいる雰囲気で何となく訊きにくかったのである。
 
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もしかしたら男の子はひとりでも生きていけるだろうということで、放置して女の子2人を連れて、また知人の家などを頼って彷徨っているのだろうか。
 
思えば、四十九日の後に唐突に400万円要求してきたのも、金に困って取れる所からできるだけ取ろうとした結果なのかも知れない。
 

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娘たちの転換準備(7)

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