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■娘たちの転換準備(2)

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チェリーツインは2009年の秋口から、秋月・大宅が書いた曲で構成した初のアルバムの制作を始めていた。但しふたりは自分たちが書いた楽曲の「添削」を醍醐春海(千里)を通して雨宮三森に依頼。雨宮はこの楽曲12曲の内、半分を醍醐に、半分をケイに手直しさせた上で、秋月・大宅・桃川および雨宮・新島・田船の6名で一週間掛けて検討会を開き、楽曲の大勢を確定させた。その上で11月下旬から1月上旬に掛けて精力的に収録作業をおこない、中旬までには録音作業自体は終了した。
 
そしてチェリーツインは続けて、このアルバムと同時発売することになったシングル『雪の光/命の光』の制作に取りかかった。この曲は約2年前の2007年11月に当時自殺しようとしていた桃川が奥尻島・旭岳で得られたメロディーを元にしているが、その楽譜がいったん失われていたのを、ケイや和泉たちによる捜索でノートを発見し、そのノートを元に醍醐が楽曲を復元したものである。最終的には田船と桃川が共同で演奏スコアの作成をしている。
 
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チェリーツインの面々(気良姉妹を除く5人)が網走市内のスタジオで精力的に楽曲の収録を行っていた1月下旬。夜10時頃まで作業を行ってから
 
「今日はこのくらいでやめとこう」
と言って作業を中断し、帰ることにする。網走市内から美幌町の牧場までは車で40分程度である。一応牧場のオーナーから厳命されているのは「作業が終わったら最低30分は休養してから車を運転すること」ということである。
 
それでメンバーは市内でなじみの居酒屋に入り、軽い夜食を取って身体を休めた。むろん未成年の八雲と陽子はお酒は飲まない。飲まないついでに今日のドライバーは八雲である。
 
満腹した所で居酒屋を出る。居酒屋の駐車場の方に行こうとした時、
 
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「ママ」
と言って小さな女の子が桃川の所に走り寄ってきた。
 
「誰?」
 
「春美さんの娘さん?」
と陽子が尋ねるが
 
「私、子供居ないよぉ」
と桃川は言う。
 
しかし女の子は桃川の手を握って「ママ」と言っている。
 
「ハルちゃん、この子のお母さんと似ているのでは?」
 
5人はその子を連れて居酒屋に戻り
「誰かこの子を知りませんか?」
と呼びかけた。
 
しかし誰も知らないようである。
 
「迷子ですか?」
とお店のスタッフさんが訊く。
 
「どうもお母さんとはぐれたようですね」
と大宅。
 
「じゃ取り敢えずお店で保護しましょうか?」
とお店の人が言ったものの、女の子は桃川の手を放そうとしない。
 
「気に入られてしまったようだ」
「どうしましょう?」
「本当にあなたのお子さんではないのですか?」
「私、子供いません」
 
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店長も出てきて話し合う。
 
「警察に連れて行った方がいいかも」
「そうかも」
「田中君、一緒について行ってあげて」
 
ということで、お店の副店長さんが付き添って、みんなで近くの警察署までその子を連れて行った。
 
当直をしていた男性の警察官がその子に名前とかを聞こうとするものの、空手か柔道の有段者か?という雰囲気のその屈強な警官を怖がっているようで何も話さない。そこで女性の警察官を呼び出して、話を聞かせる。
 
「君、名前は何ていうの?」
と30歳くらいの優しそうな雰囲気の女性警察官がその子に尋ねる。
 
「しずか」
「しずかちゃん、何歳?」
「6さい」
「幼稚園かな?小学校かな?」
「わかんない」
 
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桃川たちは顔を見合わせる。分からないということは多分未就学児で幼稚園などには行ってないのであろう。
 
「誰と来たの?」
「ママ」
「ママの名前は?」
「ももかわ・みち」
 
この時「え!?」と声を挙げたのが桃川である。
 
「桃川ってこの子言ってるけど、みちというのは、ハルちゃんの親戚か誰か?」
と大宅が訊く。
「いや、その私、高校生の頃から、牧場に来るまでの間、桃川美智と名乗っていたので」
と桃川。
 
それで女性警察官は尋ねた。
 
「ここにお母さんいる?」
「いるよ」
と言って女の子は桃川を指さした。
 

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女の子をその女性警察官が相手してあげている間に、桃川は男性警察官から事情を聞かれる。大宅が付き添ってくれた。
 
「あの子はあなたが母親だと言っていますが」
と警官。
「本当に知りません。私は子供産んだことないです」
と桃川。
「6歳だと就職して間もない頃かな?」
と大宅。
「うん。私大学出て2000年に就職したからその3年後になる」
と言いつつ、桃川は2003年生まれなら、亜記宏と実音子の2番目の子供・和志と同い年だなというのを考えた。亜記宏の所は年子で女・男・女と3人生まれた。名前は上から理香子・和志・織羽である。
 
50代くらいの警察官が入ってくる。なんか偉そうな感じの階級章を付けている。
 
「あの子、服のポケットとか、服の内側のタグとかも調べさせてもらったのですが身元の分かるようなものを何も持ってないようです。ただ洋服のタグに確かに《しずか》とひらがなで書いてあったそうです」
とその警官が言う。
 
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「もしこのまま身元が分からなかったら、どうなるんですか?」
 
「適当な預かり手が見当たらない場合は、一時保護所というところがありまして、迷子などは引き取り手が現れるまでそこで保護することになっています。実際には児童相談所に子供を泊められる設備があるので、そこが一時保護所の役割をしています」
 
とそのお偉いさんっぽい警官は言った。
 
すると悩むような顔をしていた桃川が言った。
 
「引き取り手が見つかるまで私が保護してもいいですか?」
 
桃川は見ず知らずの子とはいえ、自分を母親と慕っている子を放置できない気がしたのである。
 
大宅がびっくりしている。
 
「ハルちゃん、面倒見れる?」
と訊く。
 
「私が忙しい時は、陽子ちゃんたちとか、あるいは時枝さんとかが面倒みてくれるよね?」
と桃川は陽子を見ながら訊く。
 
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「まあうちの牧場で預かるというのなら、いけるんじゃない?」
と陽子が言う。
 
「牧場にお住まいですか?」
 
それで桃川たちは名刺を出す。
 
「ああ、マウンテンフット牧場の方々ですか。あそこならかえって安心だと思います。恐らくあなたはあの子のお母さんに似ているのではないでしょうかね。たぶんすぐ保護者が名乗り出てくると思いますので、それまで一時的に預かって頂けますか?」
 
「分かりました」
と桃川は笑顔で答えた。
 
その場で牧場のオーナーに電話して、子供を預かっていいかと尋ねると、オーナーは驚いたようであったが、警察も了承の上でなら構わない。誰かが面倒みてあげられると思うよ、と快諾してくれた。
 
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それで“しずか”と名乗る少女は桃川たちがいったん保護することにしたのである。
 
牧場にたどり着いたのはもう12時半である。
 
「眠いでしょ、しずかちゃん。私と一緒に寝ようよ」
と桃川は言ったが、
 
「シャワー浴びていい?」
と言う。
 
「うん。いいよ。私もシャワー浴びようかな」
と言って一緒に浴室に行く。
 
ところが、女性用浴室の前でもじもじしている。
 
「どうしたの?」
「ね、ママ。はずかしいから1人ではいってもいい?」
「うん。いいよ。ひとりで入れるって偉いね」
 
と言って桃川はひとりで彼女を脱衣室に入れた。
「何かあったら遠慮無く呼んでね」
「うん」
 
それで桃川は廊下で待っている。
 
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やがて服を脱いで浴室の方に移動したようである。それで身体を洗っていたようであるが、突然
 
「きゃっ」
という声とともに、ガラガラガラと何かが崩れる音。
 
桃川はびっくりして、中に飛び込む。
 
「しずかちゃん、大丈夫?」
「うん。だいじょうぶ。滑っちゃった。でもごめんなさい、くずしちゃった」
 
そこには「崩れた」お風呂の椅子が散乱している。このプラスチック製の椅子を塔のように高く積み上げるのは虹子の趣味である。
 
「崩しちゃうのは平気。またこれ好きな子が積み上げるから。でも怪我してない?」
 
と言って、しずかの身体を確かめようとして、桃川の視線は、しずかの身体のある部分に吸い寄せられる。
 
え!?
 
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「しずかちゃん、そのお股にあるの、何?」
「えへへ。できものかなあ」
 
そうか。これを見られたくなかったのか。
 
「変な所にできものがあるね」
「これ、おいしゃさんにいったらとってくれないかな?」
「うーん。。。それ取ってくれるお医者さんは知ってるけど、6歳じゃ手術してくれないよ。せめて高校生くらいになってから。取ってもらいたいの?」
 
「うん」
と、しずかは床に座り直してそこを隠してから頷いた。
 
「じゃ、それ恥ずかしがらなくていいから。でも、お風呂は他の人じゃなくてかならず私とふたりだけで入ろう」
「ありがとう、ママ」
 

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