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最後スティールされた王子が「ごめーん」と謝っていたが
「こういうのも経験だから、また頑張ろう」
とみんな励ましてあげていた。
「そもそもフリースロー2本とも入れられていたらあそこで同点停まりだったのに」
「うん。それもまた練習しようよ」
「しかし花園君には村山しか対抗できず、村山には花園君しか対抗できないというのが、よく分かった試合だった」
と篠原監督が言っていた。
「花園さんのマッチングの技術ってほんとに高いんですけどね。その彼女が唯一勝てないのが千里なんですよ」
と江美子が言う。
「その千里を完璧に押さえられるのは実はうちの玲央美だけ」
と彰恵が楽しそうに言う。
「でも私では亜津子さんに勝てないんだよ」
と玲央美本人が言う。
「その《三すくみ》というのはもう2年くらい前から、一部で囁かれていたんですよ」
と桂華が言っていた。
「佐藤はU19が終わったら実業団に行くんだろ?」
と高田コーチが言う。
へ〜、高田さんはそれを知っているのか、と千里は思ったのだが
「ええ、そのつもりです」
と玲央美は少し驚いたような表情で答える。
「村山はクラブチーム。花園君はWリーグ。それぞれ別の舞台で活動するんだな」
と少し遠くを見るような視線で高田コーチは言った。
「まあオールジャパンに行けば3人が激突できるよ」
と彰恵は言う。
「まあそれと3人とも来年くらいには日本代表のフル代表で顔を並べるだろうしね」
と江美子。
「玲央美は今すぐでもフル代表行けるだろうけど私は無理だよ」
と千里は言う。
「そんことはない」
「三木(エレン)さんが凄すぎるもん」
「あぁ・・・」
三木エレンは1995年のアジア選手権で初めてフル代表になり翌年のアトランタオリンピックにも出場した。それ以来、14年間にわたって女子バスケ日本代表の正シューティングガードとして君臨している。
「千里、もしかして手合わせしたことあるの?」
「この2月にした」
「へー!」
「雲の上の人だと思ったよ」
「千里が雲の上の人と言うってのは、ほんとに凄いんだろうな」
「だったらさ、千里」
と彰恵は言う。
「三木さんが雲の上の人であるなら、千里に残る道はひとつだけ」
「うん?」
「花園さんを倒すしかないよ」
千里は少し考えてから
「うん」
と答えた。
この日の夕方「U19女子日本代表応援団」と自称するグループが合宿所にやってきた。メンツは応援団長が竹宮星乃、副団長が花和留実子、その他、大秋メイ、夢原円、富田路子、海島斉江、中嶋橘花、松前乃々羽、若生暢子、宮野聖子、山岸典子、萩尾月香といった面々である。
U18/U19代表候補に挙げられていた人や、今回代表になった人のチームメイト・元チームメイトである。どうも、「センターメーリングリスト」(森下誠美・花和留実子・熊野サクラ・中丸華香・富田路子)のメンバーが中心になって呼びかけて集まったもののようである。但し誠美はリーグ戦の最中ということで遠慮したようである。
全員ガクランを着て「フレーフレー」などとエールを送ってくれた。
「しかしガクラン着てると、全員男性と思われるかも知れん」
「いや、誰も女が混じっているとは気づかないかも知れん」
高田コーチの提案で、U19女子日本代表とU19女子日本代表応援団とで試合をすることになった。
「この試合で応援団が勝ったら、応援団が代表になって、今の代表が応援団になるから」
などと高田さんは言う。
「え〜〜!?」
と代表側から声が上がるが
「よし、頑張って私たちが代表になろう」
と乃々羽や星乃が張り切っている。
応援団の子たちはみんな「練習を全くしなかったら何か変」ということで軽く汗を流すつもりでちゃんとバッシュを持って来ていたので、みんな動きやすい服装に着替えてきた。
それで少し準備運動をした上で10分クォーター、40分の試合をした。
向こうは乃々羽もPGとしては割と背があるし、海島斉江など「センターですよね?」と言われるくらいの長身である。千里はこれは外人チームとやる格好のシミュレーションになるぞと思った。フォワードも橘花・暢子・星乃・メイなど一癖も二癖もあるメンツが揃っている。そしてセンターでは留実子や円の存在感は格別だし、路子もかなり強い。こちらの華香・サクラが向こうに圧倒されそうなのを必死でゴール下でジャンプしてボールに飛び付いていた。月香もウィンターカップで「スーパー月香」になった後遺症?で物凄くスリーの精度が良くなっている。渚紗が「負けそう〜」などと言っていた。
しかし代表側も負けてはいない。玲央美・江美子・彰恵といったメンツは確実に点数を取っていくし、王子もこの強烈な相手に気合い負けせずに何度もダンクを叩き込んでいた。そして千里は巧みにフリーになってスリーを撃ち込む。
結果は78-92でU19代表側が勝った。
「何とか勝てたぁ」
「惜しかったな」
と双方から声があがり、試合後はハグ大会となった。
その後、みんなで一緒にしゃぶしゃぶレストランに行く。入口の所で
「男性は4000円、女性は3000円なのですが」
と言われて
「実は男だという人は正直に申告するように」
などとお互い言い合っていた。
レストラン側は男性が、高田コーチ・片平コーチだけと聞いて「え〜!?」と半ば疑いのまなざしを向けていた。
「アメリカやロシアをぎたんぎたんに叩いて来いよ」
などと暢子が千里に言ったが
「さすがにその付近にはかなわないよ」
と千里は答える。
「組合せ見たけど、ロシアと予選リーグで当たるだろ?」
「うん」
「ロシアとかアメリカは予選リーグはなめてると思う。実際決勝トーナメントに行けさえすればいいと思っているし、日本は弱小だと思っているから、予選リーグのロシア戦というのが、日本が決勝トーナメントに行けるかどうかの鍵だよ」
と暢子は言う。
千里は少し考えた。
「それ言えるね。ロシアに勝てたら予選リーグを3勝で通過できる可能性がある」
「そしたら二次リーグのアメリカに負けても、5勝1敗で決勝トーナメント進出」
「日本が決勝トーナメントに行くにはそれしか道はないかも知れない」
「うん。だから頑張れ」
竹宮星乃は彰恵や江美子と同じテーブルに座って、またまたすべった話で笑いを取っていたようである。王子のそばには夢原円や富田路子、それに松前乃々羽など「ワイルド」なタイプの子が集まって、なんか殴り合い!?ながら楽しくやっていたようであった。しばしばパンチが出ているのでレストランの人が停めるべきかどうか悩んでいる雰囲気だった。このテーブルはお肉の消費量も凄まじかった。
サクラと華香の所には留実子と桂華が座っていたが、話がやや深刻になっていたらしい(後で桂華から聞いた)。
華香もサクラも一時期バスケを離れていた時期の影響で昨年の勘を完全にはまだ取り戻していない。特にサクラは合宿の直前までバスケから離れていた。それで彼女は
「自分は日本代表を務める自信が無い」
と言い出したのである。
「ね、ここ数日思っていたんだけど、サーヤ、僕と代表を代わってくれないかな。サーヤはずっと春からバスケやってたのに、僕はずっと居酒屋のバイトしててバッシュに足も通していなかった。ここしばらくだいぶ鍛え直したけど全然ダメ。リバウンドかなり取れるようにはなったけど、まだ感覚が物凄く遠いんだ。ボールが落ちてきたのを見てから『しまった。このボールがそこに落ちてくるのは分かってたはずだ』と思うことばかりでさ。高校時代はそんなの瞬間的に落ちてくる場所が分かっていたのに。このままじゃみんなの足手まといになってしまう。今日の試合でも僕、完璧にサーヤにもマルちゃんにも負けてた。僕が病気とかいうことにすれば代表の差し替えは認められると思うんだ」
そういうサクラの苦悩に満ちた告白を聞いた留実子は黙って自分のバッグからパスポートを取り出した。
そして
「片平コーチ、ライターお持ちですよね?」
と声を掛けた。
「持ってるけど?」
「ちょっと貸してください」
「花和君、タバコ吸うんだっけ?」
などと言いながら片平さんは留実子にライターを貸してくれた。
すると留実子は自分のパスポートの端にそのライターで火を点けてしまった。
「え〜!?」
と片平コーチが驚いて声をあげる。
「ほら、僕のパスポート燃えちゃった。これで僕は海外に行けないから代表にはなれないね。仕方ないからクララ何とかしなよ」
と留実子は言った。
それを見たサクラはその場で泣き出した。
華香が背中を撫でてあげる。
「ごめんね。弱音吐いて。僕頑張る」
とサクラは言った。
「僕いっそもう性転換しちゃおうかなあ」
などと留実子が言うので
「それはまだ10年くらいは勘弁してよ」
と高田コーチが言った。
この日、サクラは華香・留実子・桂華・彰恵、そして高田コーチと一緒に深夜遅くまでずっとリバウンドの練習をしていた。
18日。サマーリーグ3日目の相手はシグナス・スクイレルであった。このチームはこの春に玲央美が入社したものの解散になってしまった白邦航空のスカイ・スクイレルを継承したクラブチームで、スカイ・スクイレルに所属していた選手4人と新人3人を加えた選手数わずか7人のチームである。資金力が無いので全員何かの仕事をしながら選手をしている。実態は実業団に近い。
この日の朝、篠原監督は
「今日の試合、センターは熊野で行く。交代無し。40分頑張れ」
と言った。
「はい」
とサクラは決意に満ちた声で答えた。
「中丸は休みな」
「分かりました」
「村山・佐藤・鞠原・前田も出さないから」
つまりこちらも7人で戦うことにしたのである。
試合開始は11:00である。
こちらは朋美/渚紗/百合絵/王子/サクラというメンツで始める。
そしてこの日のサクラは凄かった。竹宮星乃が「今日のサクラは鬼気迫るものがあった」と言っていた。
サクラはこの試合でオフェンス・リバウンドもディフェンス・リバウンドも9割以上取った。相手センターは180cmくらい、サクラと似たような背丈の選手なのだが、向こうはボールが落ちてくる場所に寄せてもらえないし、最初から居ても押しのけられて全部サクラが取る。そして自ら10点も点を取った。
こちらの中核的なポイントゲッター4人が出ていないと、王子の破壊力は目立つので、相手はしばしばそれをファウルで停めに来る。この日の試合だけでも王子は10回もファウルされたが、20投のフリースローの内12本をゴールに入れた。
「ウィンターカップでは16回ファウルされて、32本中成功したゴールは4本だったから、凄い進歩」
と言って片平コーチが褒めていた。
そういう訳で試合は58-88の大差でU19が勝った。
試合後、玲央美が向こうの元スカイ・スクイレルの選手の人と話していた。
「しかしさすが日本代表。高梁さんも熊野さんも凄いね」
と彼女たちは言っていた。
そばで聞いていた王子とサクラが嬉しそうにパンチを当て合っている。
「熊野さん40分間全くパワーが衰えなかった」
と言われると
「この春にスタミナを付ける特訓をしていたんですよ」
などとサクラは答えていた。
「ところで佐藤さん、U19代表の発表ではバスケット協会所属と書いてあったけど、今どこにも入ってないの?」
「しばらく浪人していたんですけど、秋には東京の実業団チームに拾ってもらうことになったんですよ」
「なーんだ。フリーならうちに勧誘しようかと思ったのに」
「すみませーん」
「今日は出場しなかったね?」
「ちょっと昨日頑張りすぎたもので、体力回復してなくて」
「ああ、なんか凄い試合だったみたいね」
「じゃまた〜」
と向こうの選手たちが手を振ってくれて別れた。玲央美は再度深くお辞儀をしていた。
次の時間帯、12:40から山形D銀行と三木エレンの所属するサンドベージュの試合があるので、これを多くのメンバーが見学した。
三木エレンは現在33歳。チーム最年長であるが、むしろ5歳・10歳年下の選手より、よほど若く感じた。動きが素早いしテクニックとパワーを合わせ持っている。
「千里や花園さんとは違うタイプのシューティングガードだね」
と桂華が言う。
「うん。この人はどんな距離からでも撃つ。ペネトレイトも上手い。そういう意味では私や亜津子さんより玲央美に近いタイプ」
「確かに千里や渚紗がいなければ玲央美はシューティングガードで登録してもいいくらいだもんね」
「うん。私は便利屋なんだよ」
と玲央美は笑いながら言っている。
試合は78-55でサンドベージュが勝った。
千里はじっと三木さんを見ていたが、三木さんを鋭く見つめる視線がもうひとつあることに気づく。見ると花園さんであった。千里が花園さんを見たので向こうもこちらに気づく。お互いに笑顔で手を振った。
明日はタイへ出発である。