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今日の試合は12時からなので、朝の内に軽い練習だけした後は、11時までフリーということになった。王子などはそれまで寝てますと言っていたが、それも良い時間の過ごし方だ。試合前数時間の時間の使い方は難しい。
玲央美や江美子と一緒に近くのカフェで軽食を取り、その後、千里はコンビニで髪ゴムの予備を買っておこうと思い、彼女たちと別れてひとりで国道の方に行く。すると道路上でバッタリと思わぬ人に会った。
千里が会釈すると向こうも反射的に会釈してからしばらく考えているふう。誰だったっけ?と思い出せないのだろう。それで千里はそのままコンビニの方に行きかけたのだが、彼女は追いかけてきた。
「思い出した。あなた貴司の浮気相手だ。京田辺市の体育館で見た」
「私の見解としては緋那さんが浮気相手なんだけどね」
「私の名前知ってるんだ?」
「私の名前知らなかった?私は千里。貴司の妻だよ」
「まさか入籍してるの?」
「貴司が26歳になったら籍も入れることにしてる」
「6年先か。それまでには逆転する可能性もあるよね?」
「その時は私が再逆転するよ」
それでふたりはしばし睨み合う。
「あれ?でも確か千葉だったか茨城だったかに住んでいたのでは?」
「試合があるからこちらに来てるんだよ」
「試合ってまさかWリーグのサマーリーグ?」
「うん」
「バスケットのプロ選手だったんだ?」
「その内プロになるかも知れないけど、今はU19日本代表。合宿を兼ねてWリーグのサマーリーグに特別参加させてもらっているんだよ」
「日本代表なの!?」
「アンダー19だけどね」
「あれ?だったらもしかして私と同い年くらいかな?」
「私は1991年生まれだよ」
と千里。
「私は1990年生まれ」
と緋那。
「まあ似たような年齢かな」
「でも良かった。貴司が呼んだからここに来た訳じゃ無いのね」
「ああ、貴司も来てるんだ?」
「知らなかったの? 貴司がWリーグのサマーリーグを見に行こうというから。時間がうまく合わなかったから、別々の移動になったんだけど。あ・・・」
と緋那は言っていて自分で気づいた。
「Wリーグ見るって、目的は千里さんを見るためだったのね」
「私、まだ貴司の顔を見てないけど、その可能性はあるね」
「くっそー。何て無神経な奴だ」
「貴司の浮気は病気だから。それにね。緋那さん」
「ん?」
「貴司がわざわざ別行動しようって言ったってことは高確率で別の女と一緒にこちらに移動してきているよ」
「う・・・・」
と言って緋那はその可能性に今気づいたようだ。
「まあ、あいつはそういう奴だから。私もあいつの浮気にはもう達観してるけどね。ただし妻の座は誰にも明け渡さない」
「何か貴司の性格が少し分かった気がする」
「協定結ばない?」
と千里は言った。
「協定???」
と緋那は戸惑うように言う。
「私と緋那さん以外の女に手を出そうとしているのに気づいたら情報をお互いに流す」
「ふーん」
「とりあえず貴司が連れて来た女は今日中に私が排除しとくよ」
「へー!」
「これまで7年間付き合って排除してきた女の数は20人を越えるから」
「あいつ、そんなに浮気するの?」
「まああいつと私のゲームかもね。あいつはバレないように浮気をする。私はそれを見付けて潰す」
緋那は少し考えていた。
「千里さん、あなたと交渉するつもりはないけど、共通の敵への対処についてはお互いの利害が一致するよね」
「じゃアドレス交換しておこうか」
「いいよ」
それで千里は緋那とお互いの電話番号・アドレスを交換した。千里のアドレス帳に12月20日までは緋那のアドレスは入っていなかった。元の時間の流れではなくここでデータ交換したからだろうか。
「じゃ、また」
と言って千里は手を振って緋那と別れた。緋那は手を振らずにじっとこちらを見ていた。
やはり緋那さんって、ほんっとに頭の良い人だ。そして手強い! でも貴司は渡さないからね!!
その頃、貴司はほんとうに女子大生の女の子と食事をしながらおしゃべりをしていた。この子と一緒に12時からの千里の試合を見て、その後夕方からは緋那とデートし、そのままホテルでお泊まりするつもりである。
その時
「お水をお持ちしました」
という女性の声があるので、
「ああ、ありがとう」
と言って自分の分と彼女の分のグラスをそちらに寄せる。
がその女性の顔を見てあんぐりとする。
千里は笑顔でコップの水を頭から貴司に掛けた。
「わっ」
目の前の女子大生がびっくりしている。千里は彼女に言った。
「私、この人の妻なの。悪いけど帰ってもらえる?」
彼女は更にびっくりしていたが
「奥さんが居たの!?」
と貴司に言うと、怒った様子で帰って行った。
ずぶ濡れになって呆然としている貴司に千里は更に追い打ちを掛ける。
「ちょっと借りるね」
と言って、貴司の携帯を勝手に取ると、発信履歴を見て、ああこれだなというのを見付ける。
「こんにちは。今日予約していた細川ですが。はい、そうです。今日の予約、間違ってダブルで入れてたみたいなんですが、シングル2つに変更できませんか? はい。ああ、部屋は空いてましたか。良かった。はい、それでいいです。お願いします。お手数おかけします。ありがとうございました」
貴司は呆気にとられている。
「ダブルルームをデラックスシングルとエコノミーシングルに変更したから。デラックスシングルは女性専用フロアだから。貴司が夕方までに性転換でもしない限り、貴司がエコノミーシングルで緋那さんがデラックスシングルになるね。それとも今すぐ貴司のおちんちん切り落としてあげようか?。女の子になるのも悪くないよ。ちんちん無くなったら浮気もしなくなるだろうし」
貴司が思わずお股に手をやった。
「ごめん。でも、千里、なんで僕がここにいるって分かったの〜?」
「貴司のすることはだいたいお見通しよ。じゃね〜」
と言って千里は手を振って貴司から離れる。
「あ、待って」
と言って貴司が追いかけてきた。
「うん?」
「千里、今日の試合頑張れよ。それと世界選手権も」
「うん。ありがと。じゃ、試合前にセックスする訳にはいかないから、また今度ね〜」
と言って千里は貴司の唇に一瞬キスをすると、そのまま店を出た。
玄関の所に緋那がいる。後を付けられているなというのは気付いていたのだが放置していた。貴司にキスをしたのは緋那に見せるパフォーマンスでもあった。千里は笑顔で手を振って彼女の横を通り過ぎる。
「あいつ、ほんとにダブルデートしようとしてたんだね」
と緋那が千里の背中に向かって言った。
「よくあることよ」
と千里は緋那に背中を向けたまま答えた。
「貴司とデートしないの?」
「私試合があるから」
「だったら私がこの後貴司とデートしちゃうよ」
「今日は特別に譲ってあげるよ。あ、ホテルは別々の部屋に変更しちゃったからね」
「ふーん。まあいいか。でもよく貴司の居場所が分かったね」
「私、人探しが得意なんだよ」
それで千里は緋那を置いたままコンビニの方に向かった。
さて、今日のU19日本代表とエレクトロ・ウィッカの試合は12:10に開始された。スターターは各々このようになっていた。
Wic 宮川/花園/平家/柏田/森下
U19 早苗/千里/玲央美/江美子/サクラ
お互いに挨拶した後、花園さんが千里に笑顔で手を振っていたのでこちらも振り返した。
U19がサクラを先発させたのは向こうの先発センターは森下誠美だろうと読み、ライバルの彼女にぶつけてサクラを目覚めさせるためである。
その森下とサクラはティップオフの時、お互いに睨み合っていきなり審判から警告を受けていた。しかしこの警告でサクラは本当に覚醒した感じであった。ジャンプボールに身長で劣るサクラが勝ち、江美子がボールを確保して早苗→千里とつなぎ即スリーを撃つ。0-3. 花園が「ふむふむ」という感じの表情である。
向こうが攻め上がってくる。宮川→平家とつないで花園にボールが渡る。千里がブロックしようとしたもののタイミングを外してスリーを撃つ。3-3.
試合は千里と花園のスリーの応酬で始まった。
千里は最初こそは花園にスリーを入れられたものの、その後は彼女を完璧に封じた。第1ピリオドで彼女が入れることができたスリーは結局最初の1本だけである。そこで向こうは司令塔の宮川から複雑にパスを回し、こちらの守備に穴を開けそこから平家・柏田が進入してゴールを奪うパターンを多用する。
U19側の攻撃は早苗と玲央美がサインプレイで司令塔を交代で務め、そのどちらかを軸にして江美子が近くからゴールを狙うパターンと千里が遠くから放り込むパターンを使い分ける。そして少しでも相手が油断しているとみると玲央美が直接、どんな距離からでもシュートする。
第1ピリオドで千里は3本のスリーを放り込み、点数も18-23でU19の5点リードである。
第2ピリオド、向こうは花園が封じられているというので、もうひとりのシューティングガード・辻口を出してくる。しかし彼女は千里に簡単に振り切られてしまうので、千里はほぼフリーに近く、スリーを5本も放り込む。あっという間に点数は28-48とU19の大量リード、ワンサイドゲームの様相になってしまった。
ハーフタイムから戻って来た時のウィッカのメンバーたちの表情が厳しかった。昨日のフラミンゴーズとの試合を見た感じ、どうもプロ側はU19の壮行試合だから手加減してあげてみたいなことを言われていたっぽいが、昨日の試合が点数としては5点差であっても内容的には圧勝であったことから今日のウィッカは割とマジな姿勢だったのだが、割とマジじゃなくむしろ相手もプロチームと思って掛からないと、恥ずかしい結果になるぞと考え直した雰囲気であった。
怪我の回復がまだ万全でないはずの小杉来夢を入れて来た。むろん花園を戻す。第2ピリオドで辻口を入れてみて、千里は花園でないと抑えきれないことを監督は認識したようである。
小杉を入れて来た意図はシュートの正確性だろうなと千里は思った。向こうの柏田・平家・森沢といったベテランフォワードの人たちは必ずしもシュートの精度が高くない。外れてもリバウンドをセンターが取ってくれることを想定している。そして森下誠美はリバウンドがさすがに強い。こちらのサクラや華香も充分頑張るのだが、やはり誠美が優勢である。
ところがU19の千里・玲央美・江美子・彰恵といったポイントゲッターはみな高精度でシュートをゴールに放り込む。ほとんど外れない。これではリバウンド以前の問題になってしまう。
エレクトロ・ウィッカでもっともシュート精度が高いのが小杉なので、彼女を使わないと、この相手とは勝負にならないと考えたのだろう。
向こうは前半でやっていたパス回しをやめて速攻ぎみの攻撃になる。若手ポイントガードの武藤を使い、素早くゴールを狙う人にボールを供給してシュートを狙う。第1ピリオドで千里に封じられていた花園にも敢えて渡す。それで花園はこのピリオド、千里を2回抜いてスリーを入れることに成功した。彼女は以前の対決の時にやって成功した目を瞑って千里に対抗する手法を使っていた。
これでじわじわと追い上げてきて、第3ピリオドが終わったところで54-62と点差は8点まで縮まる。
第4ピリオド、U19側はずっと出ていた千里を下げ渚紗を入れる。また玲央美も下げて、桂華と王子を出す。ここまで出番の無かった彼女たちにこの強い相手を経験させておきたいという意図である。
向こうは小杉が体調的に限界なので下げ、若手のフォワード2人を入れてきた。どうしても精度は落ちるのだが、第3ピリオド休んでいた森下がリバウンドを必死の形相で取りまくりカバーする。ポジション取りの争いで華香が何度か倒されたりして「負けた〜」と言っていた。
それで終了間際とうとう向こうは71-75と4点差まで詰め寄る。凄まじい猛攻であった。このピリオド、花園は3本のスリーを撃ち込んでいる。
残り36秒でU19が攻めて行き王子がシュートしようとした所を向こうがファウルで停める。フリースローは王子は2本の内1本を入れて71-76.
残り26秒からウィッカが攻めてきて花園が桂華と渚紗のダブル・ブロックをかわして放り込み74-76.
残りは10秒。U19側は時間つぶしの作戦に出たのだが、ウィッカは凄まじいプレスに行き、柏田が王子からスティールに成功。スリーポイント・ラインの所に居る花園に矢のようなボールを送り、花園は受け取った次の瞬間撃つ。そしてボールが空中にある内に終了のブザーが鳴る。このスリーが当然入って77-76。ウィッカは最後の最後で逆転勝ちをおさめた。
終了後あちこちでハグし合う姿があった。千里も花園・森下とハグした。
結果的にはスリーの数は千里が9本、花園が8本で、朝、千里がメールで予告した通りになった。