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「でも玲央美たちのチーム凄いね。わずか6人で実業団2部優勝って」
と千里は3日目が終わった後、部屋で言った。
「まあメンバーが凄いからね。私とローザと近江満子。それに元々居た川崎美花もインターハイ・インカレの経験者。けっこう巧いし、私たちと合流して以降、更にどんどん巧くなっている」
「強い人と一緒にプレイしていると伸びるよね」
「そうそう。それが強豪でプレイするメリット。4月からはサクラと池谷初美さんも合流するし」
「かなり充実するね」
「サクラの件は、今の時間の流れのサクラはまだ知らないことだから言わないでね」
「たぶんそれ言おうとしてもブロックされて言えないと思う」
「なるほど、なるほど」
サクラの就職先に関しては、おそらくU19世界大会が終わった後で話が出てくるのではないかと玲央美は言った。
「あと、千里の後輩の湧見昭子ちゃんも合流するから」
と悪戯っぽく玲央美は言った。
「え!?そうなの?」
「やはり知らなかったか」
「日曜(12月20日)N高校の合宿に応援に行って、性転換手術を受けたことと、春から実業団の女子チームに入るというのを聞いたばかり。そうか。それが玲央美のチームか」
「うん。私やローザが10月から参加するチームが《ミリオン・ゴールド》、サクラが10月から加入するチームが《ジョイフル・サニー》。池谷さんは少し遅れて加入する。そして両者は4月から合併して《ジョイフル・ゴールド》になる。そこに昭子ちゃんが参加する」
要するに4月からのジョイフル・ゴールドはこんな感じの陣営になるはずだ。
PG.近江満子 PG.伊藤寿恵子(JS) SG.湧見昭子 SF.佐藤玲央美 SF.向井亜耶(MG) PF.門脇美花(MG) PF.豊田稀美(MG) C.熊野サクラ C.池谷初美 C.母賀ローザ
中核選手10人の内5人が藍川さんがスカウトした人材である。そしてこのチームの発足とU19の活動とが微妙に絡み合っているのである。
「藍川さん、かなり手広くスカウトしてるなあ」
と言ってから千里は昭子の《参加資格》に疑問を感じた。
「昭子って、いつから女子選手として活動できるんだったっけ?」
「2008年8月30日付けの去勢手術証明書を持っていたから、2010年8月30日以降の試合に参加してよいという許可が出ているらしい。だから春のリーグ戦には出せないけど、9-10月に行われる東京都実業団選手権からは出場できる」
「それまではどうすんの?」
「ふつうに4月に入社させる。女子制服を着せて窓口業務をさせる」
「できるんだっけ?」
「あの子、声が男だったでしょ。それでは困るから今、というか7月以降ずっとボイトレ受けさせているんだよ」
「わあ、それは卒業までに頑張って女の子の声を獲得してもらわないと」
「うん。女の声が出せるようにならなかったら、入社の話も保留、性転換手術代も返してもらうぞ、と藍川さんが脅してるから必死になって練習してるみたい。まあバスケの練習も頑張ってるけどね。就職先が決まっているしということで、10月以降はウィンターカップに向けてN高校女子チームのレギュラー組の練習相手をしていたらしい。ウィンターカップの遠征には同行しなかったみたいだけどね」
うむむ。N高校OGの自分が知らなかったことを玲央美が知っているとは!
「手術代返してもらうぞって、もしかして手術代を出してあげたの?」
「そうそう。100万円なんて、そう簡単に払える人はいないよ」
「そうなんだよねー。みんなそれで苦労している」
「確か7月3日に手術を受けたとか入ってたよ」
と玲央美が言う。
「7月3日か。。。今日じゃん」
「あ、ほんとだ!」
「じゃ今日、昭子はとうとう本当の女の子になっちゃったのか」
「この世界の人口から男が1人減って、女が1人増えたんだね」
と玲央美。
「そうそう。ちんちんが1本減って、ヴァギナが1個増えたんだよ」
と千里。
「あれ、ちゃんとヴァギナまで作るんだ?」
「作らなきゃ結婚できないじゃん」
「確かに」
「実はそのヴァギナを作る部分の手術がいちばん痛い」
「ああ、やはり痛いんだよね?」
「うん。何しろとっても敏感な場所を切り貼りするからね」
「切ったり貼ったりか・・・」
「そしてその痛みに耐えないと性別を変えられないんだよ」
「大変だなあ。私も男になりたいと思ってた時期あるけど、手術痛そうだしと思って諦めた。まあちんちん付いてたら付いてたで面倒くさそうだしね」
「手術はせざるを得ないけど、無茶苦茶痛いし、手術後何ヶ月もその痛みが収まらないと聞くと、憂鬱な気分になるよ」
「手術はとっくにしてるんだよね?」
「もちろん。でなきゃ女子選手として出場できない」
実際には千里が体験しているのはまだ手術後3ヶ月〜半年経った時期の手術跡の痛みのみである。それでも結構ズキズキしていたので、手術直後の痛みって、どれだけなんだ?と当時千里はかなり憂鬱な気分だったのである。
「でも考えてみると、千里はよく手術代を払えたね。おうち貧乏だみたいなこと言ってたのに」
「私は音楽の仕事をしているから、その印税で払えたんだよ」
「千里、音楽の仕事、いつから始めたんだっけ?」
「2007年の2月」
「性転換手術はいつ受けたんだっけ?」
「2006年の7月(ということにしておこう)。去勢はその1年前」
「その話は矛盾しているのだが」
「時間が組み替えられているんだよ」
「なるほどー」
と行ってから玲央美は少し考えるようにしてから問う。
「千里、そういう時間の組み替えが起きているのなら、マジで去勢してから、インターハイに出たまで千里の体内的にはどれだけ経ってる?」
「ちょっと待って」
と言ってから千里は《いんちゃん》に確認する。
「去勢手術を受けたのは体内的には2007/11/01、インターハイに出た時は2008/10/01。だから335日経ってる」
10/01から11/01までは31日だから(2008年は閏年なので)366日から31を引いて335になる。このくらいは千里も暗算で計算できる。
「うーん。1年未満だけど、そのくらいはオマケしておくか。あれ?待って。2年のインターハイを2008年で出てるなら、3年のウィンターカップは?」
千里はこれも《いんちゃん》に確認する。
「3年のインターハイが2009/2/18-02/23、ウィンターカップは2009/3/26-3/31」
「3月31日! 高校生最後の日だったのか」
「うん。だから私はそれで自分のバスケ人生は終わりと思っていたんだけどねー」
と千里。
「お互い、簡単には辞めさせてもらえないみたいね」
と玲央美。
「日々くたくたになるまで練習して、手当はそんなに無いし、特に女子のお手当は安いし。それで自由にやめさせてももらえないってのは超ブラックなお仕事かも」
と千里。
「言える言える。名誉だけだよねー」
と玲央美。
「うまく行けば名誉だけど、失敗するとメチャクチャ叩かれる」
「割に合わないね」
「全く全く」
「でも取り敢えず千里は不正はしていないようだというのが確認できて良かった」
「私の身体を2年生のインターハイ直前に超精密検査してくれた協会のお医者さんが言ってたんだよね。あなたは骨格が完全に女子だって」
「ほほお」
「これは第二次性徴が発現する前に去勢したとしか考えられないと。普通は去勢してから2年経たないと女子選手として認めないんだけど、第二次性徴が出る前に去勢した場合は例外で、現在女性の形になっていれば即女子選手として認めるらしいんだよね。私はその基準で女子選手として認定されたみたい」
「なるほど。そういう例外規定があった訳か。実際、千里って声変わりもしてなきゃ、ヒゲも生えてなかったし」
「まあ声変わりは遅れて発生してしまったけど、ヒゲは生えたこと無いよ。実際問題として私の睾丸は未発達だったみたい。睾丸を取る前の時期に1度睾丸のサイズを測ってもらったら、思春期が始まる頃の男の子のサイズだと言われた」
「なるほどー」
「だから私の第二次性徴って、元々何らかの理由で遅れている内に大量の女性ホルモンが投与されるようになって完全停止して、それで停止している内に去勢手術を受けたのではないかと自分的には推測している。それで骨格が男性化してないんだよ」
「ふむふむ。しかし骨格というのはやばいな」
「ん?」
「センターとかやってる女子選手の中には間違い無く女だけど骨格は男子並みの子が結構居そうだ」
「ふふふ」
「でも今回のタイムスリップは玲央美も私の巻き添えになったっぽい」
と千里が言うと
「時間のずれは私も経験したことあるよ」
と玲央美が言う。
「ほんとに?」
「中学の時だけど、練習していて、あ、もう9時近いからそろそろ帰らなきゃ叱られると思ったのを覚えているんだよ。でもその日は練習していたダブル・クラッチがなかなかうまく行かなくてさ、夢中になって練習していて、たぶん時計を見た後で更に1時間以上は練習していた。でもその内、体育館にお父さんが来て声を掛けたのよね。わあ、これは殴られるかもと思ったんだけど、時計を見たら8時過ぎだったんだよ。2時間くらい時間が戻っていた」
「レオも巫女体質だからなあ」
「うん。それは自覚してる」
5日目の練習の時、王子(きみこ)が来て言った。
「村山さん、もしよかったら私にスリーを教えてもらえませんか? 近くからそれだけ高確率で入れる人がなぜスリーは全く入らない?と言われるんですよね。腕も太いから遠くから充分届くはずなのにと」
「王子ちゃんがスリーを覚えたら強烈に怖い相手になるなあ。でも今はチームメイトだし。少し見ようか。取り敢えず10本撃ってみて」
「はい」
それで王子がスリーポイント・ラインの所から10本シュートをすると、左右にずれたり、届かなかったり、バックボードやリングに当たって跳ね返って戻ってきたりする。1本も入らない。
「王子ちゃん、フリースローもあまり上手くなかったよね?」
「ええ。5回に1回くらいしか入りません。スリーは100回撃って1本入るかどうかです」
「要するにきちんと的(まと)を狙ってないんだな。スリーって物凄く遠くから撃つから腕力が必要みたいに思っている人も多いけど、実は腕力は大して必要無い。むしろセンスなんだよ」
「私、センスだけは無いと言われます」
「確かに苦手っぽいね。でも王子ちゃんの場合はそのセンスの弱さを腕力でカバーできるから、普通の人より楽にスリーを習得できると思うよ」
「そうですか!?」
「スリーが入るようになればフリースローはもっと確実に入るようになるだろうし。王子ちゃんみたいな子は相手が絶対ファウル仕掛けて来る。それでフリースロー入れられないと辛いよね」
「それは今までも結構あったんですよ。私にファウルを全くしなかったのはウィンターカップの旭川N高校だけですよ」
「まあ暢子がファウルを凄く嫌う性格だったからね。暢子が実質チームの中心になってからN高校のファウルは激減したんだよ」
「へー」
それで千里は王子に、むしろ腕力を全く使わず、置くように撃ってみるように言う。また彼女は両手で押し出すような感じに撃ち、その左右の腕のタイミングがずれてコースがぶれているようだったので、王子ちゃんの腕力ならこの距離でも片手で充分届くから、左手は単に添えるだけにして右手だけで撃ってごらんと言った。実際問題として彼女は近くからのシュートはいつも右手だけで撃っているのである。
それで撃たせると8本目にスリーが入った。
「入った入った! これ中学1年の時以来ですよ」
などと言っている。
4年間1本も入らなかったのか!?と千里は思ったのだが、話を聞いてみると、彼女は中学時代はサッカー部に所属していたらしく、その中1の時に入ったというのも体育の時間にしたバスケでの話らしい。
「今の感覚を忘れないで。王子ちゃんの手の力があれば、意識して力を入れなくても距離的には充分届くから。あとはゴールを狙う感覚を身につければ、結構スリーも入るようになると思うよ」
この日、王子はポジション別練習では、千里・渚紗といっしょにシューター組に入って練習したのだが、今日1日の練習で4−5回に1回はスリーが入るようになった。
「これは来年の岡山E女子高は怖いな」
と渚紗が言っていた。