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■娘たちの再訓練(9)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-11-08
 
千里たちは12日(日)の夕方までD銀行との練習に出て、その日の内に荷造りを済ませ、一部の荷物は16日からの三重県での合宿所に宅配便で送る。13日(月)の朝になってから王子(きみこ)が「荷物が片付かない!」と騒いでいたので、整理を手伝ってあげた。
 
「これバンコクに持って行く必要ないんじゃない?実家に送ったら?」
「あ、それでもいいか」
 
などという感じで彼女の荷物の整理だけで2時間掛かった! 一週間居ただけなのに、なぜこんなに荷物が増殖したのかは謎である。
 

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千里と玲央美は一部の荷物をNTCに駐めている千里のインプに置いていきたいので、名古屋に直行する早苗・王子と別行動になった。千里たちがJ学園大学の研修施設に着いたのはもう20時頃である。荷物を部屋に置いてから体育館に行くと、みんな練習しているので、それに参加する。
 
「千里も玲央美も凄い進化してる!」
と彰恵が声を挙げる。
 
「TS大学組でかなり練習したつもりだったから、スターター枠をぶん取れるかもなんて言ってたのに、この仕上がりはちょっと焦るね」
と桂華が言っていた。
 
しかし千里は何と言ってもサクラと華香が凄く良くなっているのに安心した。正直、先の合宿の様子を見ていたら、センター陣にかなりの不安があったのである。
 
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もっともそれを言うなら、みんな私の仕上がりに不安を持っていたろうなというのも考えた。
 
「何気にサクラのフリースローが確率良くなってる」
と江美子が言う。
 
「一週間でミドルシュート練習2000本やったから」
「すごーい」
「リバウンドも4000本やった」
「おお、頑張ったね」
 

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この夜の練習は集まったメンバーが勝手にやっていたものだが、翌日の朝から本格的な合宿が始まる。最初にJ学園大学のチームとの練習試合をする。向こうには花園さんと同学年だった日吉紀美鹿や、昨年U18候補に入っていたものの直前で落とされた大秋メイなどがいる。
 
スターターは各々こうなった。
 
J大 柳本/広瀬/大秋メイ/日吉紀美鹿/発坂
U19 朋美/千里/玲央美/王子/華香
 
向こうは取り敢えず3年生中心のメンツで出てきたようだ。1年のメイや2年の紀美鹿を入れたのは、多分こちらの選手のことをよく知っているからということであろう。しかしU19側の朋美と華香もJ学園大で、つまりこの2人も相手プレイヤーのことをよく知っている。
 
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メイは昨年の9月15日まではU18で千里たちと一緒に練習していたものの落とされた。人数の関係で誰かが落とされるのは仕方なかったとはいえ、自分だってU18に残る力はあったのにという悔しい思いを持っている。彼女はこの日の試合でリベンジに燃えている感じであった。
 
しかしメイにマッチアップした玲央美は彼女を完璧に圧倒した。そしてその対決を通じて、メイは自分の心の中にあった屈折した感情を次第に昇華させていったようにも見えた。彼女は第1ピリオドだけで交代したが、ピリオド終了時に玲央美にハグを求め、玲央美がメイの背中を数回叩くと
 
「私もまた頑張るね」
と言っていた。
 
さて、試合の方は第1ピリオドが終わった所で、14対28とダブルスコアでU19のリードである。
 
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やはり千里と玲央美が覚醒してきたし、王子も強い人たちとの戦い方を少しずつ覚えてきたし、華香は第1次合宿の後でどこかでやってきたらしい特訓で昨年までの感覚をかなり取り戻している。手強いメンツである。
 
そこで第2ピリオドでは相手はメンバーを一新して4年生を中心とするチームで出てきた。但し日吉紀美鹿(2年生)だけが残る。一方のU19側も早苗/渚紗/彰恵/江美子/サクラ、とラインナップを一新した。
 
J学園大学の4年生中核メンバーは高校時代に何度も全国の頂点に立ったことのある人達である。さすがに手強い。しかしU19側もかなり強烈なメンバーが揃っている。第1ピリオドに出たAチームがパワー勝負ならこの第2ピリオドに出たBチームはテクニックのチームである。
 
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そして点差はどんどん開いていった。
 
「これ40分やらなくてもいいかな」
とこちらの片平コーチと向こうの藤崎コーチで話し合い、試合は第2ピリオドまでで打ち切られ、30-54でU19の勝利となった。
 

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練習試合の後は基礎トレーニングやポジション別練習、1on1などをする。このあたりの練習がなかなかハードである。例によって王子が「きつーい」などとすぐ弱音を吐いていた。
 
実際には、千里やサクラなどの方がよほどきつそうな顔をしていた、と後から彰恵に言われたが、千里は辛いのは辛いが、これを乗り越えないと自分で納得の行くプレイができるようにならないと思い、必死で頑張っていた。
 
練習は朝8時に始まり、お昼と夕食をはさんで夜8時まで続けられたが、大学生の方は日吉さんやキャプテンの蔵敷さんなど数人を除いてはみんな軒並み途中でダウンしていた。
 
練習が終わった後は大学生たちと一緒に近くのスパに入りに行った。例によってフロントの人が
 
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「すみません、男性はこちら、女性はこちらに並んで下さい」
と言うものの、全員女性の方に並ぶので、特に数人に
 
「男性の方はすみません、こちらに」
と声を掛け
「私、女です」
と返事するというやりとりが起きていた。王子など
 
「あなた男性ですよね?」
「こないだセックスチェックされたけど女だと言われましたよ」
 
などとやっていた。
 
このスパではマッサージをしてもらう子も結構居た。千里もアロマオイルを使った全身マッサージをしてもらったが、凝っていた筋肉が優しく揉みほぐされていき、至福の気分であった。
 
王子も
「気持ち良さそう。でもお金持ってないし」
などと言っていたので
「お金は出してあげるから、受けといでよ」
と言って、受けさせた。
 
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彼女の筋肉は無茶苦茶硬かったようで、最初やっていたセラピストさんが音を上げてベテランの人に交代していた。
 
本人は途中で眠ってしまっていたようだが、翌日
「すごく身体が軽い〜」
などと言っていた。
 

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7月3日に国内某所で性転換手術を受けた湧見昭子は13日に退院して旭川に戻った。まだ夏休み前だが、昭子は7月1日以降学校を休んでいた。このまま夏休みいっぱい自宅で静養する予定である。傷の治り具合などは旭川市内の某病院で見てもらえることになっている。そのあたりの手配も藍川さんがしてくれたのである。
 
「こんばんは〜。身体の調子はどう?」
と言って、14日の夕方、絵津子・久美子・揚羽・雪子・志緒、それに1年生の横田倫代の6人が御見舞いに来てくれた。もっとたくさん「本当の女の子になった昭子ちゃんを見たい」という希望者はあったものの、大勢で押しかけてもということで、このメンツになったらしい。実は朝練のメンツに近い。
 
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「少しは痛みが減ってきた」
と昭子は答える。
 
「手術したあそこを見た?」
「見た」
「どうだった?」
 
「すっごく嬉しかった。これが私のお股なの?すごーいと思った。本当に女の子の形になってるんだもん。痛い手術をした甲斐があったと思った」
 
「おお、それは良かった」
 
「ちんちんに触る度に憂鬱な気分になってたから、もう付いてないといのうが嬉しくて嬉しくて」
「ふむふむ」
 
「病院は男性の患者も女性の患者もふつうに居るんだよね。それで手術前はネームプレートは湧見昭一で男性と一緒の部屋だったんだけど、手術が終わった後は女性と一緒の部屋に入れられてネームプレートも湧見昭子になったの」
 
「なるほどー」
「画期的だね」
 
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「おめでとう。女の子になれたよ。これでお嫁さんにも行けるよ、と言われてもう感動しちゃって」
 
「昭ちゃん、ほんと可愛いし、結婚してもいいという男の人は現れると思うよ」
と雪子が言う。
 
「羨ましい」
と言ったのが倫代である。
 
「みっちゃんも早く女の子になれたらいいね」
と揚羽が言う。
 
「うち貧乏だから去勢とかも受けられる目処が立たないんですよね」
「高校卒業したら、貯金して手術受けるといいよ」
「はい、私も頑張ります」
 

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千里たちの愛知での合宿2日目・7月15日は、明日からのサマーリーグにも参加するステラ・ストラダの若手メンバー6人に来てもらった。指導料6万円(但し負けたら無料)+交通費という約束だったらしい。
 
相手はこちらが高校出たばかりのメンバーがほとんどということで、最初は冗談を言いあったりして、とっても軽い感じであった。
 
しかし試合が始まると20秒で顔色が変わった。
 
最初のティップオフで華香が勝ってボールを玲央美が取ると、既に全力疾走している千里の背中めがけて鋭いボールを投げる。千里はボールが到達する直前に振り向いてキャッチし、1秒で体勢を立て直してスリーを撃つ。わずか7秒で3点取る。相手がスローインして攻め上がってきた所に早苗と千里が連係プレイで相手の死角を巧みに利用したスティール。千里から王子にパスが渡ると、王子は居並ぶプロを蹴散らしてダンクシュート。
 
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そういう訳で試合開始から20秒で既に0-5になってしまったのである。
 
向こうはいきなりタイムを取って何か激論していた。それでその後は向こうもかなり気合いを入れてきた。指導料はともかくプロが18-19歳の子たちに負けたら恥とばかり必死のプレイを見せる。
 
しかし玲央美のパワーとスピードには簡単には抵抗できない。王子の頑丈な身体にはファウルに行った方が弾かれて倒れてしまう。千里のスリーはタイミングが読みにくくてブロックできない。
 
第1ピリオドが終わった所で16-24とU19側が8点リードしている。
 

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最終的に試合は58-82でU19が勝利した。試合終了の時に向こうのメンバーの顔がこわばっていて、キャプテン同士以外では握手も無かった。その後、高居さんが彼女たちをお昼御飯に連れて行ったようである。
 
その日も千里たちはJ学園大学の人たちを相手に基礎的な練習を続けた。日吉さんは「とにかく欠点の多い」王子が凄く気になるようで色々声を掛けていた。
 
「王子ちゃん、無駄なファウルが多いんだよね。動体視力はいいみたいだから、相手の手の動きを把握した上でボールを狙えば、ファウルせずに結構スティールできると思うよ」
 
などと言って、道下さんとマッチングさせて彼女からボールを奪う練習などをさせていた。
 
夕方、唐突にステラ・ストラダの選手たちがやってきたが、何と16人全員で来ている。
 
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「リベンジしたいから練習試合させて」
などと言う。こちらはそういうのは大歓迎なので、早速試合をすることにする。
 
片平コーチは朋美/渚紗/彰恵/江美子/サクラといった技巧派中心のメンツを先発させた。このメンバーが相手と結構よく渡り合う。彰恵も江美子もプロ相手に全く臆することなくプレイし、マッチングも気合い負けしない。リバウンドでも、サクラは相手正センターと五分五分の勝負を演じた。
 
第2ピリオド、早苗/千里/玲央美/百合絵/華香とパワーのあるメンバーを出すと、相手は千里や玲央美を抑えきれない。いちばん上手い人が千里、次にうまい人が玲央美に付くのだが、どちらも振り切られてしまう。千里は一瞬気を抜いた隙に目の前から居なくなるし、玲央美はパワーとスピードを兼ね備えているし、どんな距離からでもシュートする。
 
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そして後半投入した王子は破壊力バツグンである。
 
最終的には70-78でU19側が勝利した。
 
「君たち朝より強くなってる!」
と朝来た時に中心選手だった人が嘆くように言った。
 
「この子たちは時間単位で進化していってるんですよ」
と審判を務めてくれたJ学園大学の満島コーチが言っていた。
 
そして
「負けたから私たちが君たちにおごるよ」
と言って夕飯を焼肉店に招待してくれたが、王子やサクラ・華香の食べっぷりに向こうの選手達は「凄い凄い」と喜んで?いたようである。
 

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娘たちの再訓練(9)

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