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2日間の愛知での合宿はこのステラ・ストラダの人たちとの会食で終了。メンバーは食事から戻ると、荷物をまとめて一緒に明日からのU19第2次合宿のある伊勢市へと近鉄を使って移動した。
到着したのはもう夜の10時半であったが、高居さんが簡単なミーティングをしたいというので、ホテルの会議室に集まった。
あらためてこの後のスケジュールの確認をする。そして航空券がいったん配られてパスポートと名前の綴り、年齢・性別が一致しているか確認してくれと言われた。万一間違っていたらとてもまずいので、隣の人のもチェックしてあげてというので、千里と玲央美はお互いのチケットを確認した。ふたりの所には特に高居さん自身が来て、パスポートの記載と一致しているかを見ていた。いちばん最後に合流したので不安だったのだろう。
「Reomi Sato, Sex:F, 28 DEC 1990」
「Chisato Murayama, Sex:F, 3 MAR 1991」
とパスポートの記載を小さい声で読み上げながら航空券と見比べている。綴りは完全に一致しているし、千里の航空券も玲央美の航空券も性別はちゃんと MS になっている。
玲央美はもう千里が女性のパスポートを持っていることを気にしていないが、高居さんは千里が元男の娘ってことを知らないのだろうか?とそれを見ながら玲央美は疑問に感じていた。
「ふたりともまだ18歳なんだね」
「はい、そうです」
などと言っていた時、サクラが声をあげる。
「すみません。パスポートがありません」
「何〜〜!?」
昨年インドネシアに行った後は見ていないというので、実家にあるのでは?ということになり、すぐ実家に電話させる。
「ごめーん。僕がもっと早く確認させておくべきだった」
とサクラにずっと付いていた高田コーチが恐縮しているが、海外の大会に参加するのに、ここに至るまでパスポートを持って来ていないことに気づかなかったサクラが悪い。
実家ではお母さんと妹さんが必死に探してくれて、見付かったという連絡が入ったのはもう夜1時すぎであった。時間も無いし、郵送などでトラブルがあってはまずいので、高居さんが「私が交通費出しますから新幹線で持って来てもらえませんか」と言い、サクラの妹さんが明日届けてくれることになった。
「ところでサクラのパスポートは性別どうなってんの?」
「去年使った時は女だったけど」
「変更されてなければそのまま女かな」
「あれって性別変更した時はパスポートはどうなるんだっけ?」
「結婚で苗字が変わった場合と同じと思うけど。追記ページにそのことが記載されるだけ」
「そうか。性を変えるのも姓を変えるのも似たようなものか」
「でもそれって入出国する度にトラブると思う」
「航空会社からも性別が違うと言われるよね」
そういえば5月にドイツに行った時、雨宮先生が性別でトラブってたなあと千里は他人事のように思いながらその会話を聞いていた。
その日はパスポートの確認に手間取ったサクラ以外はみんな0時前後に寝て、千里も熟睡する。
次の日は朝6時に起きてホテルの朝食を食べた後、玲央美とふたりで散歩にでも出ようかと1階に降りて行く。
ちょうどホテルのロビーで彰恵と遭遇したので、彼女も誘って3人で出かける。バスケの話もせずにExileの誰が格好いいとかHey!Say!JUMPとKis-My-Ft2はどちらがいいかみたいな話をしながら歩いていたら、バッタリと花園さん・柏田さん・森下誠美の3人と出会う。3人はエレクトロ・ウィッカのチームメイトである。
「ごぶさた〜」
「ごぶさた〜」
と言い合う。
「私、U19に参加できなくてごめんねー」
と誠美が言う。
「おとなの事情だし、仕方ないよ」
とU19副主将でもある彰恵は言う。
「千里、日曜日は調子良くなかったみたいだけど、明日までにはもっと調子あげて来いよ」
と花園さんが言った。
今日から3日間、U19代表はWリーグの3つのチームと対戦するのだが、明日はエレクトロ・ウィッカとの対戦が組まれている。
「日曜日?何かしたんだっけ?」
と玲央美が訊く。
「うん。私、7月12日に大阪で亜津子さんと少し手合わせしたんだよ」
と千里は言う。
「あれ?千里たち山形に行ってたんじゃないの?」
と彰恵が訊くので
「うん。友人が急病で、その日だけちょっと看病に行ったんだ。その時偶然亜津子さんと遭遇したんだよ」
と千里は説明する。
その説明に彰恵は納得したようだが、玲央美は「へ〜」という顔をしている。この場に高梁王子か鶴田早苗が居なくてよかったという気がした。居たらまた話がややこしくなっているところである。その日花園さんに大阪で遭遇したのは元の時間の流れの千里(千里A)である。その千里Aは14日まで貴司の看病をしてから千葉に帰った。こちらの時間の流れの千里(千里A′)は12日は山形で練習していた。
千里A 千里A′
1-6 千葉 東京NTC
7-8 千葉 山形
9-11 大阪 山形
12 花園と遭遇 山形
13 大阪 山形→愛知
14 大阪 愛知
15 千葉 愛知
16 千葉 サマー初戦 ←★今ココ
17 千葉 サマー2戦目
18 塾の講師 サマー3戦目
19 東京→_ タイへ出発
20 _→奄美 タイ
21 奄美観光 タイ
22 日食観測 タイ
23 _→沖縄 選手権初戦
24 →鹿児島 選手権2戦目 (千里Bが千葉で塾の講師)
25 音劇博_ 選手権3戦目
しかしこの時間の流れの自分が東日本から西日本に移動してきたと思ったら、元の時間の流れの自分は西日本から東日本に移動したなんて、ほんとにうまくできていると千里は思った。
7月1-6日が今の自分が東京で、元の自分は千葉に居て結構ニアミスっぽいのだが、こちらはNTCで事実上缶詰になっていた。遭遇の可能性は極めて低かったのである。
「でも誠美、Wリーグでもかなり頑張ってるじゃん」
と彰恵が言う。
「うん。5−6月のスプリングリーグでは何とかなったかなという感じ。でもプロの世界は色々勝手が違って戸惑うことばかりだよ」
「いや、誠美ちゃんは既にうちの大黒柱ですよ。誠美ちゃんがリバウンド全部取って亜津子ちゃんが遠くから放り込むから相手はなかなか対抗できない」
と柏田さんが言う。
「まあ僕はリバウンドしか能が無いから。リバウンドは取ってるけど自分では全然得点できないんだよね」
「いや、それは柏田さんや平家さんもいるし、亜津子さんもいれば問題無い気がするよ」
と玲央美が言う。
「小杉さんは怪我の調子はどうですか?」
と彰恵が訊いた。
「だいぶ良くなっていると思うんですけどね。今回のサマーリーグまでは欠場しますけど、秋からのレギュラーリーグでは復帰できると思います」
「彼女も戻って来たら、優勝狙えるのでは?」
「そうなるといいんですけどねえ」
と柏田さんは言っていた。
この日の試合は夕方からなので、午前中はずっと練習場所に指定されている中学の体育館でずっと練習していたが、千里も玲央美も
「だいぶ調子上がってきたな」
と篠原監督から声を掛けられた。
確かに今月初めの状態を見たら、コーチ陣も随分不安を持ったから知れないなと思った。千里はしばらく眠っていたものが覚醒してきた感じだし、玲央美もセーブ運転していたのをやっと正常運転に切り替えることができた感じであった。
「玲央美、この調子なら1月の入れ替え戦は勝てそうだね」
と千里は小さい声で言う。
「そのつもり。来期1部に昇格することにしてサクラたちを迎えないと叱られそうだから。千里も2月の関東クラブ選手権は優勝しろよ」
「うん。そのつもりで頑張る」
関東クラブ選手権は6位以内に入れば3月に福島で開かれる全日本クラブ選手権に出場できる。そこで3位以内に入ると11月に高知で開かれる全日本社会人選手権に出場できて、これで3位以内に入ると2011年1月のオールジャパンに出場できる。オールジャパンまでは県予選からすると16ヶ月も掛かる、本当に遠い遠い道のりである。
玲央美の方はとにかく1部にあがった上で5-7月のリーグ戦で4位以内に入ると9月の全日本実業団競技大会に出場できて、そこで3位以内に入ると11月の全日本社会人選手権に出場できる。
つまり2010年11月の社会人選手権で、千里のローキューツと玲央美のジョイフル・ゴールドは激突する可能性もあるのである。
オールジャパンへのもうひとつの道は来年11月(全日本社会人より後)の関東総合で優勝することだが、これは枠は1つである。
お昼少し前にサクラの妹さんツバキが到着して、サクラにパスポートを渡した。そっさく高居さん自身がサクラのパスポートと航空券の照合チェックをしていた。
「なんか対照的な姉妹だね」
と彰恵が言う。
「うん。だいたい姉妹じゃなくて兄妹だと思われる」
などとサクラは言っている。
「私は身体が小さいのが悩みで、お姉ちゃんみたいに大きくなりたいってずっと思っていたんですけどね」
などとツバキは言っていた。
「ツバキちゃん、スポーツはしないの?」
「実はバレー部なんです」
「ほほお」
「リベロなんですけどね」
「おお、凄い」
「でもほとんど試合に出してもらえないんです」
「あらあら」
「まあ頑張ろう」
「お姉ちゃんは私の自慢です。日本代表なんて凄いですよ」
と妹さんが笑顔で言うのをサクラは複雑な表情で聞いていた。
サクラの妹さんが来たのでちょうど練習は中断した感じになり、妹さんも誘って一緒にお昼を食べに行った。彼女はここまで来たついでに今日の試合を見てから博多に帰るということであった。
メンバーは思い思いに休憩を取った上で15時からの試合を見る。どの試合を見るかは自由とされたが、千里・玲央美・早苗・王子の山形組は山形D銀行と花園さんたちのエレクトロ・ウィッカの対戦を見た。
D銀行は実業団連盟には所属しているものの実質プロレベルのチームであり、かなり見応えのある試合になることが予想された。実際見ていたが、エレクトロ・ウィッカはかなり本気っぽい雰囲気だった。相手がちょっとでもボールを持ったままタメを作ったりするとすぐ厳しいチェックに来る。うかつすると身動きできなくなる。花園さんは凄い気迫でD銀行の選手と対峙し、少しでもフリーになるとどんどんスリーを放り込んでいた。
試合は90-64でエレクトロ・ウィッカが勝った。
16時半からU19代表は、Wリーグの名門フラミンゴーズと対戦した。1956年に創立されたチームで、何と第1回日本リーグ(1967)に参加したチームの中で唯一の現存チームである。
東京T高校出身の中橋さんがメンバーに居て、千里も見た記憶があったので会釈したが、他にも数人会釈している子がいた。
それで試合が始まるが、向こうは最初は軽く流すつもりで始めたようであったが、すぐにマジ100%になる。メンバーにしても最初だけ中核選手を出して後は控え組に入れ替えるつもりで交代要員をスタンバイさせていたのに、すぐにその交代要請を取り消したようで、交代席に居た選手達がベンチに戻った。
千里がいきなりスリーを2つ続けて入れたので、次のシュートの時ファウルして停めようとしたが千里はきれいにゴールに放り込み、フリースローも含めて4点を一気にもぎ取る。玲央美は相手プロ選手を巧みにかわして中に進入しては美しいフォームでボールをゴールの上に置いてくる。王子はパワフルに相手選手を蹴散らしてはダンクを叩き込む。
全く違うタイプの3人のポイントゲッターに相手は翻弄される。あっという間に10-20と大差が付き始める。たまらず向こうはタイムを取って激論して出てきた後、何とゾーンディフェンスを敷いた。
名門プロチームが18-19歳のほぼアマチュアのチーム相手にゾーンを敷くというのは異例すぎるし、観客席に大きなどよめきが起きたが、このくらいしないと対抗できない相手と踏んだようである。
それでここから先はけっこう得点が拮抗するようになるが、序盤でのU19側のリードが重くのしかかる。更に第2ピリオドで投入した彰恵・江美子のコンビが第1ピリオドの玲央美・王子とは全く異なるタイプで向こうは混乱する。じわじわと点差が開いていく。
そして第4ピリオド、向こうはフォワードを4人入れるという異例のシステムで猛攻を仕掛けてきた。それで一時的には2点差まで迫ったものの、ここでU19側は、千里・玲央美・江美子という雰囲気に飲まれないメンバーを入れる。するとこのメンバーで相手の猛攻を何とかしのぎ、第4ピリオド後半相手が少し疲れてきたところで玲央美と交代した百合絵の2連続得点などが出て、結局96-101でU19が勝利した。
試合後向こうのメンバーたちは
「あんたたち強ぇ〜。世界選手権は決勝トーナメントまで行けよ」
と激励してくれた。
あちこちでたくさんハグする選手の姿があった。千里も向こうの正シューターの人、向こうのキャプテンの人、千里をいちばんマークした人とハグした。それで笑顔で引き上げてきた時、千里は客席で花園さんが物凄い視線でこちらを見ているのに気付いた。千里が彼女に手を振ると、向こうも笑顔で手を振ってくれた。
試合後多くのメンバーは一緒に夕食に行ったが、サクラだけは妹さんと2人で別行動で夕食を取り、駅まで見送りに行ったようである。しかし戻って来た時サクラが悩むような表情をしていたのが千里はとても気になった。
翌日。サマーリーグ2日目。今日の相手は花園さんや誠美が所属しているエレクトロ・ウィッカである。千里は朝起きた時、携帯にメールが届いているのに気付き開けてみたら花園さんから
《今日はスリーポイント競争しようね〜♪》
というのが入っていて、千里は苦笑した。
《じゃ、今日は9本対8本で》
と返信しておいた。
少し経ってから
《それ、私が9本でいいんだっけ?》
という返信が返ってきていた。