広告:ここはグリーン・ウッド (第1巻) (白泉社文庫)
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■娘たちの再訓練(2)

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12時から女子の決勝リーグ最終戦が行われる。L女子高とZ高校の試合は単純にL女子高が勝ったものの、N高校とP高校の試合は激戦となった。2点差で負けていたものの残り2秒でキャプテンの揚羽が得点を決め、ぎりぎりで追いついて延長戦となる。延長戦でもシーソーゲームが続くが、最後はソフィアのブザービーターのスリーが決まって5点差でN高校が勝利した。
 
「ん?これどうなるんだ?」
と藍川は一瞬思った。
 
L女子高もN高校も2勝1敗である。得失点差の勝負になるはずだ。しかし試合が終わった後のN高校が凄い喜びようである。そして15分ほど前に試合が終わって客席に移動していたL女子高の子たちが泣いている。それで藍川は今年のインターハイ代表がN高校になったことを認識した。
 
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実際にはN高校はわずか1点の得失点差でL女子高を上回っていたのである。最後のソフィアのブザービーターがもし3ポイントではなく2ポイントであったら、両者は得失点差で並び、直接対決でL女子高が勝っているのでL女子高が北海道代表になるところであった。
 
藍川はあらためてスリーの重さを感じた。
 
「私が現役時代もスリーのルールがあれば良かったのに」
などと不平を言うかのようにつぶやく。藍川の時代にはどんなに遠くから入れても2点にしかならなかったのである。
 

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13:30からの男子決勝リーグ最終戦を見る。N高校はやはりあの女子選手が出ている。そしてこの子が大活躍であった。
 
「本当になんでこの子、男子チームに出てるのよ。この子が女子チームに居たらあんなに苦労しなくても女子はスッキリと代表を決めていたのに」
などと思う。
 
しかしやはり1人だけ頑張っていても、他で完璧に負けている。どんどん点差は開いて行き、20点差で負けてしまった。これでN高校男子は決勝リーグ全敗で4位に終わった。
 
藍川はロビーに出て行くと、その男子チームに入っていた女の子がフロアから出たあと、女子トイレに入って行くのを見た。
 
「やはり女の子なんだよね?女子トイレに入るってことは。見た目が女子だけど男子というわけじゃないよね? あの子、何年生だろう?」
 
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そんなことをつぶやきながら藍川は女子トイレの前で待つ。それで彼女が出てきたところで声を掛けた。
 
「ね、ね、今の試合で君、凄い活躍だったね」
 
彼女は突然声を掛けられて驚いたようだったが、返事した。
「ありがとうございます。でも負けてしまいました」
 
その声を聞いて藍川は驚く。彼女は外見はどう見ても女の子なのに声は男の子なのである。
 
「あれ?君、女の子?男の子?」
「すみませーん。自分では女のつもりなんですけど、性転換手術受けないと女子の方には出られないんですよ」
「嘘!?あなた男の娘なの?」
 
それで彼女は自分のバスケ協会の登録証を見せてくれた。バスケースに入れられた登録証を最初見ると
《湧見昭子・女・1991年5月15日生》
と書かれている。
 
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「女子じゃん」
「自分では女のつもりだから、ふだんこちらを見えるようにしています。でも現在有効なのはこちらなんです」
と言って、その内側に入っていた、もうひとつの登録証を見せる。
《湧見昭一・男・1991年5月15日生》
と書かれている。
 
「あんた男と女の両方で登録されているの?」
「エンデバーには去年も今年も女子として参加しました。そういうのに参加するのに女子のIDが必要なので発行してもらったんです。こちらでも各種の割引特典や大会に無料で入場したりする権利は行使できますが、こちらでは公式戦には出てはいけないことになっています。それで公式戦にはこの男子のIDで出るんです」
 
藍川はしばらく考えていた。
 
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「1991年生まれってことは、あんた今3年生だよね。去勢は?」
「2年生の時にしました」
「ということは、もしかして2年後の来年には女子選手の資格ができる?」
「その時点で性転換手術が済んでいれば女子選手として試合に出られるそうです。でもお金無いし、そもそもあの手術って20歳すぎないと受けられないんですよ」
 
「18歳以上で手術受けられる所知ってるよ」
「ほんとですか?」
「手術代も出してあげようか?」
 
「あのぉ、あなたは?」
「私はまああんたの高校の1年先輩の千里の先生かな」
「わあ、千里先輩の先生だったんですか!」
 
「今新しいバスケットチームを作るのに、選手を探しているんだよ。だからあなたが高校卒業した後、うちのチームに入ってくれるなら、性転換手術代も、出してあげる。まあ契約金代わりかな」
 
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と言いつつ、私、玲央美にもローザにも契約金払ってないなと思う。
 
「えっと、もしかして女子チームですか?」
「あんた、女子選手になりたいんだろ?」
「なりたいです!」
「じゃ、あなたのお母さんにも会わせてくれる?」
「はい!」
と昭子は嬉しそうに答えた。
 

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男子の試合が終わって随分経ってから、昭子が旭川N高校女子の控室に戻ってきたので部長の揚羽が
「昭ちゃん、遅かったね。男子のミーティング長くかかったの?」
と声を掛けた。
 
「ううん。ミーティングは1分で終わっちゃった。細かい反省会は旭川に戻ってからするって。でもその後、スカウトさんに声掛けられちゃって」
 
「おぉ」
「やはりあのスリーを見たら勧誘したくなるよね」
「大学かどこか?」
と南野コーチが訊く。
 
「いえ。実はまだチーム結成前らしいです」
「へー!」
「実業団になるかクラブチームになるかは未定らしいんですけど」
「ああ、それは運営形態の違いにすぎないから」
「クラブチームも実業団も上位のチームは実質的な中身は変わらない」
 
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南野コーチは悩むような顔をして尋ねた。
「真剣に訊きたいけど、昭ちゃん、それ男子チーム?女子チーム?」
「女子チームだそうです」
 
「やはり・・・・」
「ついでに私の性転換手術代も出してくれるって」
「おぉ!!!」
 
「それはぜひ出してもらって」
「うん。そして来年からは女子選手として活躍を」
 
「まだちょっと私自身としては手術受けるかどうかという点で迷っているんですけど」
 
「いや、それはぜひ手術しなさい」
とほとんどの女子から言われた。
「手術代も出してもらえるなんて、まず無い機会だよ」
「男子としてはインターハイ行けなくなっちゃったし、今日これから手術してもいいんじゃない?」
 
「今日手術ですか!?」
とさすがの昭ちゃんもびっくりしたような声を出した。
 
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それから10日ほど経った(2009年)7月1日朝6時。東京都内某所。ふたつの都道が複雑な交わり方をしている所。ここに「時空の歪み」があることは、ある程度のレベルの霊能者の間では知られている。
 
藍川はじっと目を瞑って待っていた。
 
突然車のエンジン音が聞こえてくる。藍川は目を開き、目の前を真っ赤なインプレッサ・スポーツワゴンが通過していったのを確認し微笑んだ。そして電話をする。
 
「あ、江美子ちゃん。やはり玲央美と千里、一緒だよ。こないだ教えたA地点付近に行くと居ると思うよ。うん。じゃね」
 
そして藍川は自分のスカイラインGT-Rに戻ると、朝の便で羽田に到着するはずの近江満子を迎えに八王子ICの方に向かった。
 
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2009年12月21日早朝。
 
ウィンターカップに出場するため東京に出てきた旭川N高校女子バスケ部のサポートをするためにV高校に来ていた千里は、朝食のサラダに掛けるドレッシングが無かったというのでコンビニに出かけていて、佐藤玲央美と偶然遭遇した。若干?のトラブルはあったものの、買ったドレッシングを宿舎に届けてから、千里は自分のインプで玲央美を札幌P高校の宿舎まで送ってあげるのに出た。V高校を出た時、千里の時計はMON 21 DEC 5:55 と表示されていた。
 
しかしふたりは車の中で話していて、どうも「何か変なことが起きているようだ」ということで意見が一致する。
 
ふたりとも今年夏に行われたU19世界選手権に出た覚えがないのに、後輩たちから「U19世界選手権は凄いご活躍でしたね」と言われるのである。
 
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そこで千里は車をいったん脇に駐めてふたりで更に話して悩んだ。
 
その時、千里の赤いインプのそばに赤いランエボが停まる。中から出てきたのは鞠原江美子である。
 
「いたいた。鬼ごっこは終わり。千里、玲央美、高田総統が待ってるからおいで」
と彼女は笑顔で言った。
 
「何があるの?」
「何って今日から合宿だからね。NTCだよ」
「何か大会があったっけ?」
「何言ってるの。今月末はU19世界選手権じゃん。ふたりとも代表として発表されているからね」
 
「U19世界選手権って終わったのでは?」
「まさか。今月23日からだよ」
 
そして千里がハッとして自分の時計を見ると、日付は WED 1 JUL 6:06 となっていたのであった。
 
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「でも江美子、なんで私たちがここにいるって分かったの?」
と千里が訊くと
 
「千里の居る場所は私の携帯にいつでも表示できるから」
と言って江美子は自分の携帯を見せている。
 
あ! そういえば江美子と一緒に参加している冬山修行で、江美子が迷子になった時のため、千里の位置を江美子に報せるアプリを入れていたのであった。それで江美子は自分たちのいる位置を見付けたのだ。
 
「私も一緒にいるって分かったの?」
と玲央美が訊く。
 
「うん。冬山修行の参加者のひとりから連絡があったんだよ。今2人は一緒にいるって」
「参加者のひとり?誰?」
「藍川真璃子さんだよ。元日本代表シューターの」
「藍川さんか!?」
「玲央美も千里も藍川さんと一緒にトレーニングしてたんでしょ?」
 
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千里は藍川さんのしわざか!と何だか合点が行ってしまった。しかし藍川さんひとりでこんな大がかりな仕掛けはできないはずだ。たぶん美鳳さんも絡んでるし、時間の操作までするとなると《大神様》の許可を取っているはずだ。
 
「千里、これっていわゆるタイムスリップって奴だっけ?」
と玲央美が訊く。
「どうもそうみたい」
と千里。
 
「何スリップしたの? 千里、雪道走るんなら、スタッドレス付けるかチェーン用意してないとダメだよ」
などと江美子は言っている。
 
「じゃ私たちはこれから7月のU19をやることになるのかな」
「そんな感じだね」
「でもこの時期、私たちは元の時間の流れでも存在しているよね」
「たぶんそちらの私たちとは遭遇できないと思う」
「無理に会おうとしたら歴史から抹消されたりして」
「あり得る、あり得る」
 
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「何かよく分からないけど、そうそう、千里にこれ渡してって藍川さんから」
と江美子が何かの紙を渡す。
 
それで千里が見てみると、どうもExcelのワークシートをプリントしたもののようで、こんな数字が並んでいた。
 
何これ〜!?
 
2009/12/20 2011/02/24─→┐
2009/07/01 2008/04/17 2011/02/25
2009/07/02 2008/04/18 2011/02/26
(中略)    ↓     ↓
2009/08/03 2008/05/20 2011/03/30
2009/08/04 2008/05/21 2011/03/31
2009/12/21 2011/04/01←─┘
 
最後に「2.25-3.31の35日間は2009-2010年冬山修行に読み替え。安寿さんの了承済み」というコメントが付いている。数字はプリンタで印刷されたものだが、コメントの字は美鳳さんの肉筆だ。千里は毎年100日の冬山修行を暦日外ですることが課されている。その100日の修行の内の35日をこのU19選手権のための日程に振り替えるということのようである。千里の体内時刻の組み替えはどうも安寿さんの作ったExcelのワークシートで管理されているっぽい。それをプリントした巻物?を千里の体内にセットすると千里の時間が切り替わっていくのである。私って機械仕掛けなのかしら?と千里は思うことがある。
 
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「どうも私たち8月4日までU19のお仕事してから12月21日に戻るみたい」
と千里はその数表を見て玲央美に言った。
 
「U19世界選手権は8月2日までだよ」
と江美子が言う。
 
「それって8位以内に入ったらだよね?」
と玲央美が確認する。
 
「そうそう。13位以下なら7月28日で終わり、9位以下なら8月1日で終わり」
と江美子は言った。
 

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世界選手権のシステムは複雑である。
 
参加国16ヶ国が最初A〜Dの4つのグループに分かれて予選リーグを戦う。それで各グループの最下位は13-16位決定戦に回る。前回2007年日本はチェコ・カナダ・セルビアに3連敗、グループ最下位だったのでこの流れになって、早々にスケジュールが終了してしまった(13-16位決定戦で2勝して13位となる)。
 
各グループの1〜3位はE(A1 A2 A3 B1 B2 B3), F(C1 C2 C3 D1 D2 D3)という2つのグループに分かれて2次リーグ(Eight Final Round)を戦う。このリーグ戦では各々予選リーグで戦わなかったチームと戦う。つまり各チーム3試合である。そして予選リーグの戦績と合わせて6試合の結果で各々1-6位を決定する。
 
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ここで各グループの5-6位は9-12位決定戦に回り、1-4位が準々決勝(決勝トーナメント)に進出する。
 
準々決勝で勝てば準決勝へ、負ければ5-8位決定戦へ。
準決勝で勝てば決勝へ、負ければ3位決定戦へ。
 
最終日まで試合があるのは、決勝トーナメントに進出した8チームのみとなる。
 

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娘たちの再訓練(2)

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