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千里は18時頃、《きーちゃん》と入れ替わって東京に行き、江東区の体育館で秋葉夕子との2度目の練習をした。ところがこの時、千里と夕子は偶然にもこの体育館で河合麻依子(旧姓溝口)とバッタリ遭遇した。
「お久しぶり〜」
「お久しぶり〜」
「千里、アジア選手権頑張ったね!」
「おお、私がアジア選手権に出たことを知っている人がこんな所に」
「ん?知らない人もいるの?」
「あまり知られていない気がする」
「うっそー!?」
「希良々ちゃんは?」
「旦那に預けてきた」
「へー!」
「こういうのは最初の教育が肝心なんだよ」
「なるほどー」
「妊娠中は全然練習ができなかったから、なまっちゃってなまっちゃって」
「いつもどこで練習してるの?」
「適当。空いてる時間と場所を見つけては、やってる」
「よかったら、毎週私たちと練習しない?」
「するする!」
そういう訳で2回目の練習で麻依子が合流して、この練習のメンツは3名になったのである。
この江東区の体育館での練習が終わった後は、今度はスペインに転送してもらった。つまりこの日はこのような位置交換が行われた。
18:00 車中=千里、東京=きーちゃん、スペイン=こうちゃん
step1 車中=きーちゃん、東京=千里、スペイン=こうちゃん
step2 車中=こうちゃん、東京=千里、スペイン=きーちゃん
22:00 車中=こうちゃん、東京=きーちゃん、スペイン=千里
千里のスペインでの練習が終わったのはスペイン時間の21時、日本時間の11/15午前5時である。
一方、冬子たちが乗っているインプレッサが東京に到着したのは、14日の夜23時頃であった。つまり、夕方以降、この車を運転したのは主として千里に扮した《こうちゃん》である。更に一部の区間《くうちゃん》に頼んで車をワープさせている。
普通に走っていればあり得ない時刻の到着だったのだが、あまりにもあり得ない時間なので、冬子はもう気にしないことにした。しかし実はワープ区間があったので冬子が懸念するほど、とんでもない速度は出ていなかったのである。
千里本人は朝5時に日本に戻ってきた後、先日青葉が買った土地の掃除に行くことにした。霊的なものは最初に行った時に掃除してしまったのだが、物理的なゴミが結構落ちていることに先日行った時気付いていたのである。それで何となく気分で巫女衣裳を着け、千葉市内に回送してもらっていたハイゼットに乗り、例の土地に行って掃除を始めた。
まずは軍手をつけて、大きめのゴミを拾い、燃えるゴミの袋・燃えないゴミの袋に入れていく。これは《りくちゃん》や《げんちゃん》たちも手伝ってくれた。1時間ほどもすると、ハイゼットの荷室にゴミ袋がたくさん積み込まれる。やはりハイゼットで正解だったようである。ミラでもインプでもこんなには積めない。
あらかた片付いた所で、竹ぼうきで庭を掃除していたら、何か“高貴な”存在が来たことを認識する(千里はこの手のものが見えない)。
「しかし汚い家だなあ」
と言っている。ああ、この人、青葉の後ろに居候している神様だ、と気付いたので
「その家は崩してきれいな祠を建てるから大丈夫ですよ」
と神様の方を向いて言った。
「そなた、私が見えるのか?」
と神様が驚いたように言う。
「ごめんなさい。私は見えないんです。でも感じることはできます。この感じは女神様ですよね。私も毎日は来られませんが、来られる範囲で来てお掃除くらいはしますので」
「そなたが《毎日》掃除してくれるのなら、ここに住んでもいいかな」
「私は《時々》しか来られませんけど、それで良かったら」
「ふむ。神様との付き合い方を知ってるな」
と女神様は楽しそうに言っていた。
基本的に神様と“約束”をしてはいけない。万一約束をしてそれを守れなかったら、恐ろしい罰が待っている。聖書マタイ伝に「誓ってはならない」とあるのは、とても意味深である。
女神様が廃屋を見詰めると、その家は一瞬で崩壊した。
「解体の手間を省いてやったぞ」
千里が見ると、どうも基礎のコンクリートも細かく破砕されたようである。電動ハンマーやシャベルカーなどで細かくする手間が省けた感じだ。
「まあ、築60-70年だったみたいだから、崩れることもありますよね」
と千里は言う。
「戦後間もない頃に建てた家だろ? その頃の家って適当な造りなのが多いんだよ」
と《姫様》。
「解体作業するつもりで来た工務店の人、廃材片付けの作業になっちゃいますね」
「工事費、少し安くなるかな?」
「あの子は同じだけ払うと思います。でも工期は短くなりますよ」
「それはよいことだ」
と女神様は楽しそうに言った。
信子は11月15日の夕方、東京に戻ると《ベージュスカ》の仲間、正隆のアパートまで行き、神在祭の写真を見せて旅の報告をした。正隆は都内に入ったらもう着換えていいよと言っておいたのだが、実際には信子は女装のまま正隆のアパートまで来たので、一緒に信子を迎えた三郎と目を合わせて頷いた。信子がクリスマスのライブで女装で歌ってもいいかなぁ、などというので
「ぜひやろう」
と勧めておいた。
信子はその日の夜遅く自分のアパートに戻ると、すぐに《ベージュスカ》と友好バンド《ホーン女子》の共同で作ったCDを千里の住所(千葉)に送った。これは16日の朝ポストから収集され(17日は日曜日なので)18日に配達された。それを聴いた千里はすぐにそのCDを冬子のマンションに持ち込んで聴かせる。
「凄くいいね!」
と冬子も驚くように言った。それで彼女たちのライブも聴きにいってみようということになり、信子に連絡したら12月25日のライブのチケットを5枚送ってくれるということだった。
一方、信子は東京までヒッチハイクで帰る時に乗せてくれたユーと名乗る男性(実は作曲家の上島雷太)と偶然再会し、ふと気付いたらホテルに行っていて、女性としての初体験をしてしまう。
「君可愛いし」
と口説くユーに対して
「私、女声も出せないし」
などと悩むように信子が言うので、ユー(上島)は彼女にボイストレーニングを受けることを勧め、良いトレーナーを紹介し、そのレッスン代まで出してくれた。信子は恐縮するが、ユーは下心とかとは関係無く、若い才能のある人を伸ばしたいのだと言っていた。
「それに君はもっと自分は女の子だという自信を持つべき。君って女の子にしか見えないから、男を装う方がトラブルになる」
とユーは言ったが、それって高校卒業する時に女子のクラスメイトたちにも言われたし、先日も千里さんや冬子さんに言われたなあと思った。
千里は“ディオチェスタ”に乗って、このディオチェスタやST250などを購入した中古バイク屋さんにやってきた。
「何か安いスクーターありませんか?」
とスタッフの人に声を掛けた。
「あ、そのディオチェスタ覚えてる。まだ動いてましたか?」
と見覚えのあるお兄さんが言った。
「ほとんど動きません。エンジン掛けてみます?」
「ええ」
と言って、スタッフの人が始動しようとするが掛からない!数回やってみるがダメである。
「これ掛かりませんよ。でも今これで乗り付けましたよね?」
「100回に1回くらいエンジンが掛かります」
「ああ、それはもう買い替え時ですね」
それで店内に展示してあるスクーターやバイクを見て回る。
「50ccがいいんですか?」
「ええ。私は大型二輪の免許も持っているんですけど、原付免許しか無い友人も使うので」
「大型二輪取られましたか!何に乗ってます?」
「ZZR-1400」
「すげぇ!」
「でも友人は教習所に行くお金が無いと言ってて」
「ああ。自動車学校も高いですもんねぇ」
「今、ディオチェスタはあまり安い在庫が無いんですよね〜」
「似たような感じのならいいですよ」
「好みとかあります?」
「荷物がたくさん入るのがいいんですが」
「ご予算は?」
「2万円くらいで」
「無茶言わないで下さい」
「ちなみにあのディオチェスタを下取りにとかできないですよね?」
「むしろ処分料を頂きたいですが」
「部品取りとかにできない?」
「だったら10万円以上お買い上げ下さったら、処分料無料という線で如何です?」
「うーん。そうねぇ。じゃもし10万以上買ったら」
それでお兄さんは千里を連れて店内を歩いていたが
「あ、これはどうです?」
と言って見せてくれたのはヤマハVOXである。価格は14万円と書かれている。
「ラゲッジが大きいね!」
「でしょ?これテニスラケットが入るってんでCMやってましたよ」
「すごーい!」
と言ってから、千里はよくよく荷室を見る。
「質問です。これメット(ヘルメット)入ります?」
「よく気がつきましたね。それが唯一の欠点なんです」
「メットの入らないメットインって意味無いじゃん!」
「困ったもんですね〜」
その時、お兄さんはハッとしたようにして言った。
「お客さん、新古車はダメですか?」
「お値段次第では」
「50ccにしては収納が広いんですよ」
と言って連れて行って見せてくれたのはYamaha BW'S(ビーウィズ)である。台湾ヤマハの製造で、北米仕様はZumaの名前で売られているスクーターだ。
「確かに収納広いね」
「ディオチェスタよりこちらが少し広いですよ」
「それに新しい」
「これ2012年型なんですよ」
「凄い。お値段は12万くらい?」
「勘弁して下さいよ。ここに書いてある通り20万円です。定価は23万2千円ですよ」
千里は腕を組んで考えた。
「16万では?」
「それも無茶です。新古車はあまり引けないんですよ」
「18万」
「これかなりお得ですよ〜」
「18万5千円」
「うーん・・・・・19万9千円でどうです?」
「18万8千円」
「いや、それが限界です」
「せめて19万ジャストで」
「無理ですよ〜」
とお兄さんは言ってから、考えるようにしていたがやがて言った。
「お客さん、収納がある方がいいんでしょ?だったらリアボックスの中古の32Lがあるんですが、それを取り付けましょうか」
「ああ、それはいいね!」
「まあお腹に入らない分をしっぽに収納しようと」
とお兄さんが言うので千里は一瞬、ドラゴンを倒した勇者ベオウルフ(Beowulf)が、倒したドラゴンのしっぽ(ドラゴン・テイル)を自分の鎧に取り付ける様を想像した。このバイクが BW'S だけど、ベオウルフも BW じゃん。
すると《こうちゃん》が『そういう想像は不快だ』と言う。
『別にこうちゃんを倒したりしないから』
『俺はむしろ、“しっぽの無い”女性が性転換手術を受けて“しっぽ”を身体に付けるのを連想した』
などと《こうちゃん》が言うので
『こうちゃん、性的欲求不満では?』
と言ってみる。
『それにBWはBoy to Woman とも読める』
と《こうちゃん》。
『何それ?』
と千里は訊いてあげる。
『少年が成人式の儀式で“しっぽ”を取り外して大人の女になる』
『こうちゃん、エロ漫画の読み過ぎ。でも、しっぽを取り外すのなら逆では?』
などと千里が《こうちゃん》と話していると《りくちゃん》が呆れていた。
「32Lってどのくらいだっけ?」
と千里は訊いた。
「見ます?」
「ええ」
それで見せてもらうと結構でかい。そしてわりとしっかりしている。多少の塗装の剥がれはあるものの、問題になるレベルではない。多分新品で買うと1万円くらいすると思った。買い取ったバイクから外したものなのだろう。
「いいですね、これ」
「これ取り付けて20万1200円でどうです?ここの剥がれている塗装は直しておきますよ」
「それは助かる。じゃ、お兄さん、格好良いからそれで」
「ありがとうございます」
「ディオチェスタの処分料も無料でいい?」
「いいですよ。お客さん美人だし」
千里はお兄さんと握手した。
そういう訳で、ディオチェスタの後継の通勤通学用スクーターとして千里はYamaha BW'S 49cc 2012年型 Blue (Deep purplish blue metallic)を買ったのである。
このスクーターは主として《てんちゃん》や《いんちゃん》が使うことになる。
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娘たちのドラゴンテイル(12)