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千里がテーブルの上に白いだるまを置くので
「面白いものを持って来たね」
と玲央美は言った。
「私って転んでばかりだけどさ。また起き上がるよ」
と千里は言いながら、何度も何度もだるまを横にしては、それが起き上がるのを見ていた。
「千里って昔から3〜4人居るという疑惑があるけど」
と玲央美が言う。
「そうなの!?」
「本当に3人くらい居たら、ひとりが調子落とした時も他の子がそれをカバーできるかもね」
「うーん。それは検討に値するご意見」
と千里も答えた。
「それに千里が2人居たら、前半と後半で別の千里がプレイするとスタミナ切れの心配も無い」
「それは13人で戦うようなものだからアンフェアだと思う」
「ほほお」
「だから1試合交替で出ればいいんだよ」
「なるほどー。そのやり方を採用しようよ」
「あはは。私が2人か3人居たらね」
10月25日の深夜。バンコクのスワンナプーム空港に小学6年・4年・2年の3人の子供を連れた中年の女性が降り立った。
入国手続きで自分および子供3人分のパスポートと入国カードを提示する。係官が顔をしかめる。
「These documents shows your are 43 years old woman and three boys, aged 12, 10, 7. But you are adult lady and three girls」
「These are boys. Don't you look them like boys?」
「No」
それで係官は各々の子供に直接日本語で尋ねた。
「君は女の子だよね?」
「違います。私は男の子です」
「君は女の子でしょ?」
「違うよ。私は男の子だよ」
「君は女の子?」
「わたし、男の子」
「君たちスカート穿くの好きなの?」
「いつも穿いているよ」
係官は首をふったものの、結局4人をそのまま入国させてくれた。
2013年10月27日タイ・バンコク。バスケットボール女子アジア選手権が開幕した。
この選手権のシステムはこのようになっている。
レベル1,レベル2の各6ヶ国でリーグ戦を行う。レベル1で5〜6位になったチームとレベル2で1〜2位になったチームで入れ替え戦が行われる。レベル1で1〜4位になったチームで決勝トーナメントを行い、3位以上が来年の世界選手権に進出する。
2年前のアジア選手権、また千里たちが高3の時にやったU18アジア選手権、大学2年の時のU20アジア選手権と基本的に同じシステムである。2年前のフル代表のアジア選手権も基本的には同じだった。五輪前年だった2011年の場合は優勝チームだけが五輪に行けて、それより下は最終予選に回らなければならなかった。
千里や玲央美たちは、2008年のU18アジア選手権(インドネシア・メダン)でも、2010年のU20アジア選手権(インド・チェンナイ)でも優勝しているが、2011年のフル代表のアジア選手権(長崎県大村市)は中国に敗れてオリンピックに行けなかった。今回はリベンジの戦いである。
そして今回のA代表のアジア選手権が行われるのは3年前にU19世界選手権が開かれた日青センター(Bangkok Thai-Japan Youth Centre)の体育館である。
千里は体育館の屋根を見て、あそこにいたカマキリ大王様はお元気かな?などと思いを馳せていた。思えばU19世界選手権の時は、自分も玲央美も最悪の精神状態だった。しばらくバスケから離れていた。しかしあそこで自分は再生したのだった。
千里はあの時の事を思い出し、この地は自分が復活の狼煙(のろし)をあげるのにふさわしい場所だと思った。
直前に選手が大きく入れ替わったため、背番号も大きく変更せざるを得なくなり、ユニフォームも全員分が作り直しとなった。超特急で23日中に制作が行われたが、その日の便には間に合わず、結局羽田を深夜に出る便で、協会スタッフの人が持って来てくれた。
HND 10/24 1:35 (JL033 767-300) 6:05 BKK
それで千里たちは24日朝に新しいユニフォームに腕を通したが、千里が日本代表の(ロースターの)ユニフォームを着たのは2011年のアジア選手権(大村)に参加した2011.8.25以来2年2ヶ月ぶりである。
千里は武者震いをした。
2008.11 U18アジア選手権 インドネシア・メダン 優勝
2009.07 U19世界選手権 タイ・バンコク 7位
2010.09 U20アジア選手権 インド・チェンナイ 優勝
2011.07 U21世界選手権 アメリカ・ロサンゼルス 3位
2011.08 アジア選手権 日本・大村 3位
2012.06 五輪最終予選(千里不参加)トルコ・アンカラ 6位
2013.10 アジア選手権 タイ・バンコク
さて、今回レベル1にいるのは、中国・韓国・日本・台湾の東アジア4強と、インド、カザフスタンである。
10月27日、まずはカザフスタンとの試合があった。
この試合、千里や玲央美は軽く流す感じでプレイした。コーチたちも急造チームの連携を再確認するような使い方であった。
試合は94-59で日本が勝った。
初日の結果
KAZ59×-○94JPN TPE85○-×57IND KOR72○-×70CHN
暫定順位 1.JPN 2.TPE 3.KOR 4.CHN 5.IND 6.KAZ
「いやぁ、びっくりした。まさか中国が負けるとは」
「韓国頑張ったなあ」
むろん日本代表チームも観戦していたのだが、第1ピリオドも第2ピリオドも韓国がリードはしていたが僅差だったので中国は後半本気を出して追いつくだろうと思っていた。しかし韓国は最後まで頑張って、最後の中国の猛追を振り切り、逃げ切ったのである。
千里たちは一人で24得点取り笑顔でみんなから叩かれている!?ホン・ソヨンをじっと見つめていた。リバウンドにアシストに大活躍の185cmイ・ハイランも手強いぞと思って千里は見ていた。長身のセンターなのにこの試合で最もアシストが多かったのである。試合を見ていても、本当によくオフェンス・リバウンドを拾っていた。2年前に日本に勝つ原動力になったキム・ヘソンも今回は最初から出てホンに次ぐ18得点を取っている。この2人で韓国の得点の6割ほどを稼ぎ出している。
翌日10月28日。この日の対戦相手は台湾である。
台湾には先日の東アジア競技大会で不覚を取っている。それで敗戦した時の主力だった広川妙子や月野英美などが「リベンジさせて欲しい」と監督に訴え、
広川妙子/三木エレン/月野英美/石川美樹/馬田恵子
といったメンツで出て行った。今回のロースターの中ではすっかり“年長組”という感じになってしまったが、若い選手がたくさん入って来ていることから『まだまだ引退はせんぞ』という意気込みで、物凄く頑張った。
最終ピリオドではさすがに若い選手ほどの体力が無いので疲れが出たのと、向こうが必死の反撃をしたので少し点差が詰まったものの、それまでの貯金で逃げ切った。
この日は“若手”は彼女らを小休憩させるためにスポット的に使う程度に留めた。
この日の結果
IND62×-○109KOR KAZ62×-○103CHN JPN69○-×57TPE
暫定順位 1.JPN(2勝) 2.KOR(2勝) 3.CHN(1勝) 4.TPE(1勝) 5.KAZ(0勝) 6.IND(0勝)
中国と韓国は順当に勝って、現時点では日本と韓国が得失点率で1,2位を争っている。
そして3日目、10月29日。
今日はその1,2位争いをしている韓国との試合である。
日本にしても韓国にしても、日韓戦というのは異様に盛り上がる。この日は会場の日青センターに来てくれている応援団もやや騒然とした雰囲気だった。
選手の中にも興奮している感じの子がいる。
「なんかワクワクしますよね」
「やはり韓国戦は燃える」
「こういう雰囲気好き〜」
「今日は勝ってその勢いで中国もぶっ飛ばしましょう」
などといった声もある。
試合は最初ハイテンションの韓国選手たちが空回りする感じになって日本が先行したものの、その内落ち着きを取り戻してきて、結局前半は同点に終わる。
後半、キム・ヘソンが出てくる。2年前のアジア選手権では日本は彼女1人にやられたのである。
「千里、やってみる?」
「やらせて、やらせて」
それで千里が彼女にはマッチアップすることにした。
前回彼女は180cm 90kgの登録だったが、今回は182cm 96kgの登録になっている。しかし千里は「シンユウよりずっと小さいな」と思った。
スペインで身長のあるシンユウやリディアと対戦している時のことを思い起こす。キムは身長・体重もあるが足腰が強く、スピードもある。
しかしシンユウよりリディアより遅いと千里は思った。
そして千里はこの選手は今叩いておかないと、調子に乗ると“日本キラー”になると思った。
それで彼女にはわざと隙を見せて自分を抜こうとするように誘う。そして自分の所に充分近づいて来てから、左右どちらかを通り抜けようとする時に、巧みにスティールする。
スティールしたら玲央美や純子にパスして攻め上がる。
玲央美にしても純子にしてもひじょうに足が速い。まだ相手が戻りきらない内に制限エリアの近くまで行く。玲央美ならそこからスリーを撃つし、純子なら早く戻ってきたディフェンスを抜いてレイアップに行くか、逆サイドにいる玲央美か後ろから追ってきた千里にパスしてスリーを撃つかである。
そういう訳で日本は、千里がキム・ヘソンを完全封鎖したのである。
キムを下げてホン・ソヨンを入れてくる。彼女は1,2ピリオドにも出ていたのだが、広川妙子に押さえられていた。
千里がそのままマッチアップする。
182cmのキムがスモール・フォワード登録なのに対して176cmのホンはパワー・フォワード登録である。日本だって180cmの玲央美がスモール・フォワード登録だから、よその国のことは言えない。SFかPFかは本人の性格の問題である。そして器用なキムに対してホンはパワー勝負である。しかし192cmのシンユウといつもやっている千里にはホン程度の体格は全く問題にならない。
最初敢えてホンが突っ込んできたのに対して千里は逃げずに彼女を“反射”した。跳ね返されてホンが『うっそー!?』という感じの顔をしている。
もちろんホンのチャージングである。日本ボールになり攻め上がるが、スローインのボールをもらった千里は韓国側がみんな戻ってしまっているのを見るとスリーポイントラインの所まで行き、素早く撃つ。韓国側の『しまった!』という感じの顔。千里のスリーが怖いのは分かっていたはずが、日本の速攻を繰り返し見ていたので、つい意識から外れてしまったのである。
次の守備機会からはホン・ソヨンは戻らずにとにかく千里に早めに付いて自由にさせないようにしようとするが、パワー型の彼女に千里をマークするのは難しい。意識の隙に千里はどこかに行ってしまうので、キョロキョロする場面が多数見られた。
千里のマーカーはイ・ハイランに交替する。しかしホン以上にパワー型であるイにはとても千里のマーカーは務まらない。控えのポイントガードを投入するが、彼女は隙は見せずに千里をウォッチし続けるものの、千里が細かく動き回ると、脚力が付いていかず、結果的に振り切られてしまう。
それで結局このピリオドは日本がリードすることとなった。
第4ピリオド。
韓国はフォワード5人の構成で猛攻を掛け、一時は日本を逆転する。これに対して日本はタイムを取り、千里/玲央美/純子/王子/恵子
というラインナップを送り出した。
すると韓国は、取り敢えず千里の所は抜けない。玲央美の所も抜けない。王子の所も抜けない。一番マシに思える純子の所から突破しようとするが、千里がキム、玲央美がホン、王子がイと対峙しているので、純子と対峙しているパクには純子を抜くのは厳しい。
かくして攻めあぐねている内に24秒経ちそうになるので、結局キムがスリーを撃つも、きれいに千里にブロックされる。身長差が14cmあるのに完全にタイミングとコースを読まれてしまった。
結局日本ボールになる。すると王子はそのパワーとスピードでイを圧倒するし、玲央美は巧みなフットステップでホンを交わしてシュートを狙う。玲央美に対して離れて守るとスリーが飛んでくる。千里も近づけば瞬発力で突破されるし、離れると即スリーを撃たれる。この3人に気を遣いすぎると、純子も恵子もパワーのあるプレイヤーである。
それで結果的にこの後の韓国の“猛攻”は空振りになってしまう。あっという間に日本が再逆転。更に最後はずっと出ていたホンとイに疲れが見え始め、結構な差がついてしまった。
試合終了。
審判のコールの後、挨拶もなく引き上げようとした所を注意されて挨拶する。そして千里が若いキムに、純子がパクに各々韓国語で呼びかけて握手を求めると、向こうも笑顔になって応じてくれた。
本日の結果。
CHN97○-×36IND TPE87○-×57KAZ KOR71×-○78JPN
暫定順位 1.JPN(3勝) 2.KOR(2勝) 3.TPE(2勝) 4.CHN(2勝) 5.KAZ(0勝) 6.IND(0勝)
この時点で、日本と台湾の決勝トーナメント進出が確定した。またインドの脱落も決定した。
カザフは残り韓国とインドに勝ち、その韓国が台湾にも負けた場合、2勝同士になり、その場合韓国に勝っているので3位または4位になる可能性が残っている。インドの場合は残り日本とカザフに勝ったとしても、既に韓国にも中国にも負けているので5位にしかなることができない。中国は万一台湾と日本に負けてしまった場合、中国・韓国・カザフの得失点率の勝負になる可能性がある。
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娘たちのドラゴンテイル(2)