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信子が着換えを使い切ってしまったと言っていたので、冬子がお金を出してあげて、千里の運転でイオンまで行き、着換えを買ってきた。その後で、ゆまの提案で《性別暴露大会》をした。
千里が最初に自分は小学生の頃から女性ホルモンを摂っていて、高校1年生の時に性転換手術を受け、戸籍上も既に女性になっていると、初めて友人の前で早期に性別移行していたことを告白した(実際にはこういう勝手な告白をしているのは、こうちゃんである:こうちゃんは千里に卵巣があることを知らない)。
冬子は小学生の頃から女性ホルモンを摂っていたことは認めたものの、去勢したのは大学1年の時、性転換手術は2年の時と言って、ブーイングを受けた。
「だって冬の従姉が、冬は幼稚園の時、既におちんちんは無かったと証言している」
と政子が言うので、千里が苦しそうに笑っていた。
「私は戸籍上も肉体的にも女だけど、自分が女だというのに違和感がある」
とゆまが言うと
「え〜〜?男性じゃなかったんですか!?」
と信子が超絶驚いていた。
「私はレスビアンと分類されることが多いし、FTMだと思っている人も多いけど、実際にはそのどちらともつかない、微妙なポジションなんだよ」
と、ゆまは苦悩するように告白した。
「まあどっちみち恋愛対象は女性だよね?」
「うん。それだけは確か」
「つまり今夜の宿泊者の中で最大の危険人物」
と冬子が言う。
「今日は自粛する。お酒飲んで早めに寝ようかな」
とゆまが言うと
「お酒を飲むとかえって危険な気がする」
と冬子は言う。
「じゃお酒も自粛!」
信子は
「私はご覧の通り、女装者です。実は麻雀の罰ゲームで女装してヒッチハイクで出雲まで行って来いということになっただけで」
と最初言ったが
「信子ちゃんは視線が女の視線だし、女装に全く違和感が無い。長く女の子をやっている人でしかあり得ない」
と冬子・千里に指摘される。
それで彼女も「小さい頃から女の子になりたいと思っていた」と告白した。
その告白を聞いた時、“千里”の目がキラリと光ったことに、他の4人は誰も気付かなかった。
「普段からスカート穿くんでしょ?」
「5着持ってることは持ってるけど・・・」
「下着は女の子下着だよね?」
「実はタンスの中の7割くらいが女物。男物下着は体育の授業がある時とか銭湯に行く時とか」
「女物下着で銭湯に行けばいいのに」
「男湯で女物下着を曝すのは恥ずかしいです」
「女湯に入ればいいんだよ」
「無理です!」
「無理じゃないと思うけどなあ」
暴露大会の後でお風呂に行くが、あまり広くないということだったので、千里とゆま、冬子と政子というペアでお風呂に行った。ゆまは例によって先客の女性から悲鳴をあげられ、千里が「この子間違いなく女です」と弁明してあげた。
但し本当にゆまと一緒にお風呂に行ったのは、この日ずっと信子をガードしていて、夕方千里たちとの再遭遇を演出した《すーちゃん》である。
信子にも「入っておいでよ」と政子が言っていたが「私は特殊事情があるので、身体拭きで身体を拭いておきます」と言っていた。それで、深夜なら誰もいないから、夜中1時か2時頃に入りに行くといいよと、みんなで勧めておいた。
そして深夜2時。
信子は起きだしてお風呂に行ってみた。最初自粛して男湯に入ろうとしたのだが、男性従業員さんが中に居て
「わっ。お客さん、こっち男湯。女湯は隣!」
と言われる。
「済みません!間違いました!」
と言って戸を閉める。
それで恐る恐る女湯に入ると誰もいなかった。他に誰も居ないなら入ってもいいかなあと思い、服を脱いで浴室に入る。身体を洗うと、一週間ぶりなので物凄く気持ちが良かった。
やはり親切な人たちに出会えて良かった、と思いながら浴槽に浸かっていたら、入ってくる人があるのでギョッとする。しかしそれが“千里”だったのでホッとした。
「信子ちゃん、女湯に慣れてないみたい」
「ごめんなさい。私、女湯に入ったのは初めてで」
「冬子にしても私にしてもまだ男の子の身体だった頃から、女湯に入っていたよ」
と“千里”は言った。
「小さい頃ですか?」
「私は性転換手術を受けて本当の女の子の身体になったのは高校1年の時だけど、実際には小学校の時も中学校の時も、男湯に入ったことは一度もない。いつも女湯に入っていた」
「よく入れましたね!」
「うまくごまかしていたからね」
「どうやってごまかすんですか?」
「おっぱいは付け乳すればいいんだよ」
「そんなのがあるんですか?」
「うん。そうだ。今持ってるから着けてあげるね」
と言って千里はなにやら肌色の物体を取り出して、信子の胸に貼り付けてしまった。
「わっ」
どこから出したんだ??と信子は思う。
「触ってごらん」
「すごーい。まるで本物みたい」
「よく出来ているよね。君にあげるから」
「え〜いいんですか?」
「でも、お股の方はどうするんですか?」
「それは必死に隠す」
「やはり隠すんですか!」
「今君がしているみたいにね」
「あまり見ないでください」
「でも取っちゃうのがいい。お股に突起物が無くなれば、楽に女湯に入れる」
「まあ女の身体になっちゃえば、そうでしょうね」
「取っちゃいたいと思ったことない?」
と“千里”は訊いた。
信子は少し考えてから言った。
「無くなればいいのにと思ったことは何度もあります。でも突然無くなることはないし、性転換手術とか受けに行く勇気も無いし。そもそもお金も無いし」
「まあ手術代が高すぎるからね。もし福引きで性転換手術が当たったら受けたい?」
「そんなの福引きに無いですよ!」
「もしあったら?」
信子は少し悩んでから答えた。
「受けたいかも」
「じゃ、今すぐおちんちん取っちゃおうか?」
「え!?」
「サービス、サービス。福引きの大当たりということで」
と言うと、“千里”は信子のお股にある突起物を掴み、ぐいっと引っ張った。
そしたら取れちゃった!
え〜〜〜!?
と信子が思っているうちに“千里”は
「私は先に上がるね。もう他の女の子に見られても大丈夫だから、ごゆっくり」
と言って上がっていった。
信子は信じられない思いで何も無くなった自分のお股を眺めていた。
ハッとして目が覚める。
夢か!!
びっくりしたぁ。
と信子は思う。だいたい、おちんちんが引っ張っただけで取れたりはしないよなあ。でも、ボク本当に性転換手術受けたい気分になっちゃった。でも夢の中の千里さんとも話したけど、あまりにも手術代が高すぎるし、などと考える。
取り敢えずトイレに行ってくることにして、部屋を出てトイレに行く。ここ一週間ほどの女装生活で、もう女子トイレに入ることは抵抗が無くなっている。それで女子トイレに入り、個室に入って、おしっこをした。
この時、何か物凄い違和感を覚えた。
へ?
と思い、お股を覗き込んだ信子は仰天した。
11月14日(木).
6畳1間に泊まった5人は、政子を除いて4時半に起床した。信子が着替えた服は旅館の人から空いている段ボール箱をもらい、それに詰めて宅急便で東京に送った。そして寝ている政子は腕力のある千里が抱いてインプレッサの後部座席に乗せ、他の4人も乗り込んで5時前に出発した。
なお本物の千里は出発して間もなく、スペインでの練習を終えて、千里に扮している《こうちゃん》と交替で、インプレッサの助手席に戻った。
信子が何やら悩んでいる感じなので、冬子が尋ねた。
「信子ちゃん、何か悩んでるような顔してるけど、どうかしたの?」
「あ。いえ、大丈夫です。でも人生って多分何とかなりますよね」
「うん。人生って色々なことがあるけど、結構何とかなるもんなんだよ」
と冬子は答えた。
その信子は千里の方をチラッチラッと見ていたが、ここにいる本物の千里は昨夜起きたことについて何も知らない。
この日は朝から美保関(みほがせき)を目指していた。昨日の夕方は島根半島西端の日御碕(ひのみさき)で夕日を見たのだが、今朝は島根半島東端の美保関で朝日を見ようという趣旨なのである。
この日の朝日は大山(だいせん)の付近から登った。
それはまるで大山が太陽を噴出したかのような感じであった。
「凄く力強い太陽だ」
とゆま。
「活力があふれてくるみたい」
と信子。
「うん。昨夜の日御碕の夕日はただただ美しかったけど、この美保関の朝日は力強い。エネルギーが湧き上がってくるようだよ」
と冬子。
千里は無言だったが、この日の出は、自分の心の日の出だと思っていた。もう私は傷心の失恋者ではない。私は“私”を生きるんだ。
千里は心の中に硬く、本当の再出発を誓っていた。
そう思って太陽を見ていたら、それがやがて大山の上に出て、まるで人間のような姿になった。そしてその“人”は飛び上がり、大山と分離した。
この“人”と“ジャンプ”する所を認識したのは、この場では、冬子以外の4人であった。
境港に移動して朝御飯を食べたが、この時、朝日が人の形に見えて、その人がジャンプしたというのが話題になった。冬子が気付かなかったというと、みんな
「冬子は働き過ぎ。疲れている」
と言った。
政子がその朝日を見て詩を書いたから、曲を付けてと言って冬子に紙を渡す。すると信子は不思議そうにして
「曲を作るとか、バンド活動とかしてるんですか?」
と訊いた。
「うん。このふたりは一緒に曲作りをしてお小遣い稼ぎをしているんだよ」
と千里が言う。
「すごーい。コンペとかに出すんですか?」
「コンペもやるけど、当選しないよね」
などと言っていたら、信子も
「コンペって、苦労して作っても優勝者以外は無報酬ですからね」
と言う。
「あれ?もしかして信子ちゃんも作曲とかするの?」
とゆまが尋ねる。コンペの仕組みを知っているというのは音楽関係者ではと思われた。
「何度かコンペに参加したことありますけど、ダメでした」
「へー。信子ちゃんの作品を今度見せてよ」
「あ、はい。じゃ東京に戻ったら仲間で作ったCDを1枚お送りします。住所教えて頂けますか?」
「だったら私の所に送ってもらえば」
と言って千里が住所を書いて紙を渡す。
「でも仲間で作ったというと、信子ちゃんこそバンドしてるの?」
「はい。4人組のバンドなんです。私の担当はベース兼ボーカルで」
「おお、凄い」
「他の3人は女の子?」
「あ、いえ。全員男で」
「じゃ、信子ちゃんは紅一点のボーカルなんだね?」
と政子が言うと
「あ、あれ?あ、そうですね」
と言って、信子は焦っていた。紅一点などと言われた経験が無いのだろう。
信子とは“ハワイ”の道の駅で別れたが、千里は《すーちゃん》に彼女を東京に辿り着くまでガードしてあげてと頼んだ。
『ところで、こうちゃん、信子ちゃんに何かしたの?』
と千里は《すーちゃん》に直信で尋ねた。
『うーん。あいつの悪戯はいつものことだけど、今回のはちょっとした親切だよ』
と《すーちゃん》は言う。
『ふーん。親切ならいいか』
と千里も答えた。
千里たちのインプは信子を道の駅に置いたまま先に出発したのだが、道の駅を出てすぐに政子が言った。
「信子ちゃんは今日の方が昨日よりずっと女の子らしくなってなかった?」
「私もそう思った。昨日は男の娘だったけど今日は女の子になってた」
とゆまも。
「あの子、罰ゲームで女装したとか言ってたけど、絶対ハマっちゃったよね」
と冬子が言うと全員同意した。
「あの子の人生は多分変わったと思う」
「もうあの子は女の子としてしか生きていけないね」
「たぶん数年以内に性転換しちゃうよ」
「もう既に性転換していたりして」
「でもあんなに可愛かったら、ヒッチハイクで乗せた人に襲われたりしないかな」
と政子が心配して言ったが、
「大丈夫だよ。神様にあの子が東京に帰還するまで共に居てお守り下さいとお祈りしておいたから」
と千里が言った。
「へー」
「同行二人って感じかな」
「そうかもね」
実際にはこの後、《すーちゃん》が信子に付き添っていたのだが、その間に信子が、蔵田孝治夫妻、東堂千一夜夫妻、最後は上島雷太の車に乗せてもらったのは、絶対偶然じゃない!明らかに“操作”されている!と《すーちゃん》は思った。
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娘たちのドラゴンテイル(11)