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■娘たちのドラゴンテイル(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-11-10
 
2013年11月3日(日).
 
龍虎は昨年と同じ東京中野区のスターホールでピアノのコンテストに出場した。9月の発表会で弾いたのと同じ、ドビュッシーの『夢想』を演奏する。
 
コンテストは午前9時から始まり、だいたい学年順に演奏していって午後3時頃まで演奏は続く。昨年は5年生だったので午後1時すぎに弾いたのだが、今年は1時半頃になると言われた。
 
龍虎は昨年自分と一緒に特別賞をもらった小学1年(今年は2年のはず)の田中なんとかちゃん、自分と同じショパン『別れの曲』を弾いた4年生のなんとか・せいこちゃん(名前はどちらもうろ覚え)、が出ないかなと思って見ていたのだが、どちらも今年は不出場のようだった。
 
そのことを先生に言ったら
「私も気になって訊いてみたんだけど、その2人は今年はどちらも海外旅行しているらしいよ」
「へー」
「去年特別賞もらった子はタイ、去年龍ちゃんと同じ曲を弾いた子はイギリスに行っていると聞いた」
 
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「イギリスとかすごーい」
と龍虎が言うと、付き添いで来ている彩佳が
「むしろタイが凄い気がする。たぶんあちこち行き尽くした人が行く国だよ」
と言った。
「ああ、そうかも知れないね」
と先生。
 
「あるいは性転換手術でも受けに行ったとか」
と彩佳が言ったのに対して先生は
「まさか」
と言ったが、龍虎は“性転換手術”ということばを聞いて考えるように沈黙してしまった。それで彩佳は訊いた。
 
「龍も性転換手術したい?」
 
「別にそんなのしたくない」
と龍虎が答えると
「あら、こんな可愛い子が男の子になってしまったらもったいないわよ」
と先生は言った。
 
龍虎は恥ずかしそうに俯いたが《男の子になってしまったらもったいない》という先生の言葉が頭の中に何度も響いていた。
 
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ちなみに今日の龍虎の衣裳は川南が買ってくれたペールピンクの可愛いドレス!である。2着もあるはずの男児用スーツが当日になると絶対見つからないのはもう龍虎も諦めた!
 
(1着は寝る前に自分の部屋の壁に掛けていたのに朝起きると無かった。母からは「部屋に掛けていたと思っただけでは」と言われた)
 

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龍虎の出番は予定より少し遅れて13:40頃になった。
 
ドビュッシーのこの曲は、日本では「夢想」あるいは「夢」と呼ばれているが原題は「Reverie」。夢想とか空想という意味である。普通の「夢」はreveで、その関連語である。
 
両手を鍵盤の上に置く。
 
左手が8分音符で分散和音を奏でる中、右手はゆったりとしたメロディーをまるで白昼夢でも見ているかのように弾いていく。これは夢なら悪夢という気がする。むしろやはり目を開けたまま何かを夢想している情景なのだろうと龍虎は解釈している。
 
転調が続く(というよりまるで調自体が無いかのように不安定な)展開部もしっかりと弾いていく。そして最後は元の調に戻って主題を再現し静かに終止する。
 
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物凄い拍手があった。余韻が消えた後で、龍虎は立ち上がり、ドレスの端を持って、観客に向かって挨拶をした。
 

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龍虎はこのコンテストで3位に入賞した。1位も2位も超絶テクニックの曲を弾いた人である。
 
「ピアノはスポーツじゃないからね。龍の3位は物凄く価値のある3位だと思うよ」
と彩佳は言っていた。先生は
「来年は1位を狙おう」
と言っていたが、龍虎はコンテストの方向性と自分の音楽に対する指向が異なっているのを感じていた。
 
でも来年も、もし出るなら今度は制服だよね?だったらドレス着るのは今年が最後だよね?などと龍虎は思っていた。
 
さすがに制服なら・・・男子制服かなと思ったが、こういう可愛い格好できないのは少し惜しい気もした。
 
「でも中学生はみんな制服ですね」
と彩佳が言った。
「そうね。中学生だってドレス着てもいいと思うんだけど。セーラー服姿の龍ちゃんも格好良くていいかもよ」
などと先生は言う。
 
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セーラー服・・・着たいような着たくないような、と龍虎は思った。
 
でもまさかセーラー服で通学するなんて事態は起きないだろうし!?
 

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2013年11月3日には日食(ハイブリッド食)が起きた。
 
日食が見られるのはアメリカのフロリダ半島の東方900kmの海上から大西洋・アフリカ中部を横断して、アフリカ東端ソマリア付近に掛けての地域だが、日食帯はかなり狭い。いちばん広い所でも58km程度。持続時間は最も長い所で1分40秒(リベリア沖300kmの海上)である。
 
11/3 10:04:34 UTC 部分食開始
11/3 11:05:17 UTC 金環食開始
11/3 11:05:38 UTC 皆既食開始
11/3 12:47:36 UTC 食の最大 ガボンのランバレネ付近
11/3 14:27:42 UTC 皆既食終了
11/3 15:28:21 UTC 部分食終了
 
実際にはソマリア(UTC+3)では日没食となる。
 
この日食はタイや日本では見られない。ちなみに、部分食開始時刻の 10:04UTC は 17:04ICT, 19:04JST、そして部分食が終わる 15:28UTC は 22:28ICT, 24:28JST に相当する。つまり決勝戦が始まって間もなく金環食・皆既食が始まり、祝勝会が終わって少しした頃に皆既食が終わったことになる。
 
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(UTC:世界時≒グリニッジ時刻, ICT:インドネシア時刻, JST:日本標準時)
 
ハイブリッド食だが、金環食が見られるのは20秒弱で、その間に日食帯は400km移動する。つまり分速1200km, 時速に直せば72000km(1時間で地球を1.8周!)という猛スピードである。こんなに高速に物体は移動できないが日食は影にすぎないので物体が普通に移動可能な速度を超える。
 

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日食は太陽の前に月が割り込む現象であり、新月の時に起きる。これに対して月食は地球の影が月に落ちる現象であり、満月の時に起きる。日食や月食がなぜ新月や満月の度には起きず、だいたい年に2回くらいしか起きないかというと太陽の軌道(黄道)と月の軌道(白道)が、傾斜を持っているからである。両者の軌道が離れている所では同じ方角に太陽と月があっても重ならない。
 
つまり日食や月食はこの黄道と白道の交点(昇降点)付近に太陽がある時に発生する。大円と大円の交点だから交点は2つある(昇交点・降交点)。太陽は1年で天空を一周するから、白道との交点を年に2度通ることになり、食が発生しやすい時期も年に2度来ることになる。この食が発生しやすい時期を「食の季節」といい、約31日間ある。
 
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食の季節は1朔望月(29.5日)より僅かに長いので、食の季節の間に2度新月になって日食も2度起きることがある。また6月頃に食の季節があると、年始と年末の双方が隣の食の季節に掛かる。そのため、物凄くタイミングがいいと年に5回日食が起きることもある。過去に、1693, 1758, 1805, 1823, 1870, 1935にこのようなことが起きた。1935年は部分食4回と金環食1回が起きている。次は2206年に5回日食が起きると予測されている。
 

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昔の人はこの昇降点付近に巨大な龍がいて、太陽や月を隠してしまうのだと想像した。それでこの黄道と白道の交点のことをドラゴン・ヘッド、ドラゴン・テイルと呼んだ。天空の半分に達するような巨大な龍の頭としっぽという考えである。
 
実際には2013年11月3日のドラゴンヘッドは蠍座8度付近にあり、太陽と月は蠍座11度付近にあり、太陽と月の合(=新月)がドラゴンヘッドの近くで発生したので、日食になったのである。
 

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「へー。今日はアフリカで日食が起きるのか」
と帰りの車の中で龍虎は言った。ちなみにこの車は龍虎の母が運転していて龍虎と彩佳・桐絵が乗っているが、助手席が桐絵で後部座席が彩佳と龍虎である。
 
「昔の人は空に巨大な龍がいて、それが太陽や月を呑み込んでしまって日食や月食が起きると考えたんだよ」
と彩佳は言う。
 
「太陽を呑み込めるのは相当巨大な龍だね」
と龍虎。
 
「太陽の大きさって何kmくらいだったっけ?」
と桐絵が言うと
「直径約140万km」
と龍虎の母が答える。さすが学校の先生である。
 
「じゃそれを呑み込める龍も140万km以上の直径があるんだね?」
「大天使サンダルフォンの身長は3500万kmというから、それよりは小さい」
「上には上がいるなあ」
 
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「それでその日食・月食を起こすのは龍の頭としっぽということで、ドラゴン・ヘッド、ドラゴン・テイルと言うんだよ」
 
「それが月の昇降点なのよね」
と龍虎の母は補足する。
 
「太陽の通り道・黄道と、月の通り道・白道の交点」
「それって天空の反対側ですよね?」
「そうそう」
「ということは、天空の半分くらいのサイズのある龍なんだ?」
「ヘッド・テイル以外の所では太陽・月を隠さないから、頭としっぽを2つの昇降点にくっつけて、ぶらんとしているのかもね。だったら、サイズはもっと大きいかも」
 
「すごーい」
 

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「そういえば、ちんちんのことをしっぽとも言うよね」
などと言い出すのは当然彩佳である。
 
「何でそういう話になんのさ?」
と言っているのが龍虎である。
 
「男にはしっぽがあって、女にはしっぽが無い」
と彩佳。
 
「無いというより短いのかもね」
と桐絵。
 
「男のしっぽは10cmくらいで、女のしっぽは5mmくらい」
と彩佳。
 
「でもそれ外に出ている部分でしょ?」
「ああ。身体の中に埋もれている部分もあるよね」
 
「その埋もれている部分の長さは、男も女も同じくらいなんだって」
と桐絵が言う。
「へー!あれ結構長いよね」
と彩佳。
 
運転している龍虎母は困ったような顔をしている。龍虎はドキドキしながら聞いている。
 
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「だいたい男女とも3cmくらいあるらしいよ。埋もれている部分」
と桐絵。
「ああ。そのくらいはある気がする」
と彩佳。
 
え〜!?女の子のアレってそんなに長いの!?と思って龍虎は聞いている。
 
「だから龍のしっぽは既にサイズの上では女と同じだと思う」
と桐絵。
 
「うん。こないだ測った時は全長3.5cmでその大半が体内に埋もれていたもん」
と彩佳。
 
「じゃ、やはりあれは既にちんちんじゃなくてクリちゃんだな。って、まさか彩佳が測ったの??」
「実は毎月測っている」
 
龍虎母はもう開き直って笑っていたがひとことだけ言った。
 
「あやちゃん、妊娠しないようにだけ気をつけてね」
「大丈夫ですよ。龍に精液がある訳ないです」
「とは思うけどね」
 
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「でも万一妊娠したら、結婚してよね」
「ボクでも良ければ結婚くらいするけど」
「その言葉を忘れないように」
 

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龍虎はふと思った。
 
「でもボクのことじゃなくて、本物の龍のほうの、頭・しっぽって、どの付近からが頭で、どの付近からがしっぽなんだろう」
 
「うーん・・・」
と彩佳・桐絵も、龍虎母も悩んでいる。
 
「頭は口が開く付近までかな」
「その少し後ろに口ひげみたいなのがあるから、その付近までかも」
「しっぽの方は分からないなあ」
 
「ところで龍って卵生ですかね?胎生ですかね?」
と彩佳が訊く。
 
「さあ、どっちだろうね」
と龍虎母は言ってから考えるようにして言う。
 
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