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=冬の夜(文部省唱歌)=
燈火近く衣縫ふ母は春の遊びの楽しさ語る
居並ぶ子どもは指を折りつつ、日数かぞへて喜び勇む
囲炉裏火はとろとろ、外は吹雪
囲炉裏の端に繩なふ父は過ぎし戦(いくさ)の手柄を語る
居並ぶ子供は眠さを忘れて、耳を傾け拳(こぶし)を握る
囲炉裏火はとろとろ、外は吹雪
※戦後一時期「過ぎし昔の思い出語る」と改変されたが、それだと
子供たちがこぶしを握る理由が分からなくなる。
女は夢に、男は想い出に生きるという感じか。
この歌と混同しやすい『ともしび』はこんな歌詞
夜霧の彼方に別れを告げ、おおしきますらお出でてゆく
窓辺にまたたく灯火に、つきせぬ乙女の愛の影
原詞(Огонёк)の作詞者は Михаил Васильевич Исаковский、(1900-1973) という人ですが作曲者は不明です。この作詞者は「カチューシャ」の作詞者でもあります。世界観が似ている気もする。この曲は日本ではスローテンポに叙情的に歌われますが、ロシアではアップテンポで行進曲風に演奏されるらしい。(そういうロシア歌謡が多い)
На позиции девушка
Провожала бойца,
Тёмной ночью простилася
На ступеньках крыльца.
И пока за туманами
Видеть мог паренёк,
На окошке на девичьем
Всё горел огонёк.
外国の歌を日本に持って来た時スローテンポに改変される例はロシア歌謡以外でも結構多いですね。以前言及しましたが『おじいさんの時計』なんかも原曲はかなりのアップテンポです。バンジョー鳴らしてカントリー風に演奏する。『ともしび』もバラライカとかバヤン(アコーデオン)とか弾いて元気よく演奏してそう。
まゆりは千里に調整してもらって男声も出せるようになったのだが、まゆりが男声で祝詞をあげるのを聞いて弓佳や和枝が驚いていた。
「宮司さん、声どうしたんですか?」
「妊娠でホルモンバランス崩れてるんで低い声が出るようになったのかも」
「妊娠中にヒゲが生えてくる人もあるらしいですね」
「胎児が男の子なのかな」
「そんな気がする。しかも双子なのよね」
「だったらダブル男性ホルモンですね」
その日清香は言った。
「千里。大学も同じ所行こう」
千里は言った。
「清香大学行くの?」
清香は高校出たら警察学校に入るのかと思っていた。
しかし清香は言う。
「千里と2人で全中を制した。来年はインターハイを制して、4年後にはインカレを制そう」
「それはいいけど、清香の入れる大学とかあるんだっけ」
「進路指導の先生に訊いたら取り敢えず学年100位以内に入りなさいと言われた」
「うん。最低その成績が無いと大学進学は無理だと思う」
基本的には3組以上だろう。今清香は5組である。入学当初の6組よりは上げて来ているから勉強は頑張っているほうである。それでも5組からの大学進学は厳しい。Fランク大学(*1)くらいしか入れない。が千里はFランクに行くくらいなら事業に専念するか神職になりたい。
(*1) FランクとはEの次ではなくfreeという意味で、予備校が(予備校の生徒の中には)落ちた生徒を見付けきれなかったので偏差値が計算できずランキング表に掲載できなかった大学のこと。俗に「名前さえ書けば合格する」と言われる大学。しばしば学力の敷居は低いが学費の敷居は高く、お嬢様学校になっている所や経営難で卒業までに消滅する(結果的に卒業できない!)危険がある大学もある。
「だから勉強するぞ」
「うん。頑張って」
清香は2学期頭の実力テストでは学年130位くらいだった。100位以内は充分可能性のある目標だ。
清香は頑張る子だからあるいは行き先見付かるかもね。
きーちゃんに言うと
「取り敢えず中学の英語をしっかり勉強したほうがいい」
と言って、ベネッセの中学のテキストを清香の前に積み上げ
「まずこれを上げなさい」
と言った。
「中学の勉強とかして意味があるの?」
「勉強は基礎が大事だからね。中学の英語が分からないと高校の英語は問題外」
「じゃ取り敢えず頑張る」
さて、千里の妹・玲羅は現在中学3年生で来春高校進学だが全然勉強してないので中学の先生から「公立は無理」と言われた。母はいっそ定時制にやろうかとも悩んでいたが、旭川の“東の千里”が私立の学費出してあげるから普通高校に行かせてやってというので留萌の私立高校で“答案に名前さえ書けば通る”というU高校を受ける方向である。
それでも千里は玲羅に
「少しは勉強しなよ」
と言ってベネツセの中1の英語のテキストを送ってやった。それで最近英検4級を取った父とたくさん英語で会話をしたりしているようである。
12月初旬、千里Rは姫路ハウジングさんのCMに出て来た。
今回は芦屋の高級住宅街に行き、1軒の家にお邪魔して、そこのお庭やリビングでフルートを吹いた。
ここのリビングはとても天井が高かった。そして床の間に竹刀が置いてある。
「御主人、剣道をなさるんですか?」
と千里は訊いた。
「うん。僕もするし娘もする。というか君も剣道するね」
「はい。まだ低段者ですが」
「いや、君はかなり強い」
と御主人は言うと「玲花!」とお嬢さんを呼んだ。
「ちょっとお手合わせ頂けませんか」
と御主人。
「とても敵いませんよ」
と千里は言ったが、お嬢さんは
「それはこちらのセリフ」
と言った。しかし竹刀を借りて対戦する。リビングの天井が高いのは竹刀が振れるようにであったようだ。ディレクターの藤沢さんが成り行きに驚いているがカメラは回している。この対戦もCMに使うつもりなのだろう。
「寸止めで1本勝負」
「はい」
それで両者蹲踞して相対し、立ち上がって中段に構える。
「はじめ」
の声で撃ち込み、「面」と言って、相手の頭に寸止めする。しかし相手の竹刀も千里の頭に寸止めされていた。
「相打ちだな」
「引き分けですね」
「君高校生?どこの高校?E高校?」
「いえ。H大姫路です」
「ほどほど強い所だな。でも最強の所じゃ無い方がいいよね。大会で最強の所に挑めるから」
ああ、その考え方は面白いなと思った。
「強い所に入ると練習では強い人とやれるけど、どうしても馴れ合いになりやすい。大会は真剣勝負」
なるほど。
「お姉さんはどこの大学ですか?」
「京都教育大」
へー。そんな大学もあるのか。でも待てよ。進路指導の先生が、教育学部のある大学はスポーツ強いところが多いと言ってたぞと思う。
「まあのんびりした剣道部だよ。君みたいに強い人にはあまりお勧めしない」
などと玲花さんは言っていた。でもこの人凄い強いのに!
その日2組の中森聖美は千里に言った。
「コーラス部で市内の中学・高校でやるクリスマスコンサートに出るのに人数が足りないのよ。千里、顔貸してよ」
「私歌下手だよ」
「千里が歌うまいのは1年の時音楽の時間で一緒だった子たちの多くの証言がある。更に西川のCMでも美しい歌声を聞いた」
「しまった」
それで千里は12月24日(振)のクリスマスコンサートでコーラス部の応援で歌うことになった。千里は前日23日(日)の吹奏楽部のイベントでも応援を頼まれている。
12月8日は留萌に行き、留萌クルージングの営業開始に立ち会った。この時、柳里君から相談された。
「実は玲耶とセックスしてしまった」
「いいんじゃないですか。本人もセックスしていいよと言ってたし」
「それで結婚すべきかどうかで悩んでいる」
「好きなら結婚すればいいと思うし、それほどでもなければ結婚しなくてもいいんじゃないですか」
「でもセックスしといて結婚しないって無責任じゃないかなあ」
決断力のある柳里君らしからぬ悩みだなと思った。
「むしろ責任感とかで結婚されるのは嫌ですよ。純粋に好きかどうかだけで決めればよいと思う」
「実は元は男だった人を愛せる自信が無い」
「だったら普通に友だちでいいんじゃないですか。友だちだけどお互い同意すればセックスもする。つまりセフレですよ」
「そんなのいいのかなあ」
「お互いそれで納得してれば何も問題無いと思いますよ。彼女だって折角女になったから男とセックスしてみたいんですよ。彼女も性欲で行動してるんだと思いますよ。お互い気持ち良ければそれでいいんじゃないですか」
「そうだよね。お互い同意してやる分には構わないよね」
「逆に恋人や夫婦でも非合意のセックスはレイプですよ」
「全くだね」
「それに結婚しようと言われてから後でやはり元男とは結婚できないと言われるより最初からセフレのままの方が向こうとしては気楽ですよ」
「確かに期待させておいてやはり結婚できないと言われるのは嫌だよね」
「だから好きかどうかだけで決めればいいんですよ」
「うん」
「ちなみにあの子妊娠は可能なんだっけ?」
「可能ですよ。だから結婚するまではちゃんと避妊してくださいね」
「分かった。ありがとう」
12月10日(月)、NHK学園のスクーリングで札幌に行った武矢が財布と携帯の入ったバッグを落としてしまったというので旭川の千里に救援を求める連絡があった。実は携帯が無いので母の携帯も含めて連絡先の類いも全く分からなかったものの、偶然にもスーツのポケットに旭川N高校の教頭の名刺があったので学校に電話したらしい。
武矢がN高校の教頭の名刺をもらったというのは2年ほど前、千里が中3の時に面談した時のハズである。千里は「お父ちゃんってスーツ、クリーニングしないの〜?」と思った。
千里はJRで札幌に行き、安いバッグと財布を買い、財布に適当な額を入れてバッグに入れ、また母の携帯番号などいくつかの連絡先のメモも入れてスクーリングをしている学校の事務の人に預けた。武矢は授業中だった(お陰で武矢は女子制服を著た千里を見なかった)。武矢は
「息子が荷物持ってくるかも」
と学校の人に言っておいたのだが、学校の人からは
「お嬢さんが持って来られましたよ」
と言われてバッグを渡されることになる。
千里は父の救援をしたあと、札幌駅で佐藤玲央美と偶然遭遇し、ケンタッキーで少し話した。彼女は言っていた。
「自分のチームがインターハイやウィンターカップに行くのは当然と思っていた。だからチームの中でレギュラー枠に入ることにしか関心は無かった。他の部員はただのライバル、レギュラー争いの競争相手でしかなかったから連帯感とか仲間意識も無かった。でもこの夏インターハイの道予選で負けて私はフォーザティームに目覚めた」
玲央美は身長181cmあり、普通ならセンターをしてもいいくらいの背丈だ。実際中学の時はセンターだったし、高校でも最初はセンターのバックアップのパワーフォワードだった。しかし後に日本代表ではスモールフォワードとして活躍している。パスも出せるし自ら中に切り込んでいってシュートもできればスリーも上手い。そういうプレイスタイルを見れば確かに彼女はスモールフォワード向きなのだが、普通はこういう長身の選手にスモールフォワードをさせることは誰も思い付かない。しかし彼女がスモールフォワードとして目覚めたのがこのインターハイ予選敗退の時であったのだろう。
(この時は3校が2勝1敗で並んだのだが得失点差でP高校は3位に沈み代表を逃した)
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女子高校生・冬の夜なべ(1)