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■女の子たちのウィンターカップ・最後の日(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-08-21
 
12月28日(日)。
 
朝起きた時、千里に《いんちゃん》が言った。
 
『千里、今日は体内時計で2009年3月31日だよ』
『へー』
『つまり今日が千里が体内的に女子高生である最後の日』
『わあ、だったら明日からは私って女子大生?』
『うーん。入学式前だからただの勤労少女かな』
『はぁ。でもこれで私の高校生タイムは終わりなのね?』
『まあ性転換手術を受ける頃はまた高校生に戻るよ。その時、千里は男子高校生から女子高校生に変わるわけで』
『なるほどー』
『手術は痛いから覚悟してな』
『あまり憂鬱になること言わないで』
『あと1月3日から13日までは男子高校生に戻るから』
『え〜?何のために?』
『千里が2009年の1月の時点でもお母さんとの約束で男の子のままでいたいなんて言ったから安寿さんが悩んでここに男子高校生の時間を入れてくれたんだよ』
『ぐっ・・・・私のせいか。いやだなあ』
 
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しかし自分も今日でもう女子高生生活は終わりなのかと思うと、ささやかな「卒業祝い」をしたくなった。朝練から戻って来た後、《きーちゃん》に頼んでコンビニでケーキを買って来てもらう。
 
「千里、それは何だ?」
と暢子が言う。
 
「うーん。なんかお腹が空いたからケーキ買って来ちゃった」
「いつの間に」
「千里、見付かったら謹慎もの」
「みんなの分もあるよ」
 
ということで、同室の暢子・薫・留実子で一緒にケーキを食べる。ケーキの入っていたケースは南野コーチに見付からないよう、ハサミで細かく切ってビニール袋に入れた上で捨てる。
 
「泣いても笑ってもこれが私たちの高校バスケ最後の日だからさ。もう全てを燃やし尽くすつもりで頑張ろうよ」
と千里は言う。
 
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「そうだな。年明けてからの親善試合は2年生以下のチームだから」
 
今年も1月にJ学園などとの親善試合をすることになっているが、この試合にはN高校は3年生は出ずに2年生以下のチームで参加することになっている。特例による3年生の参加はこのウィンターカップまでである。
 
「暢子とサーヤはH教育大で頑張ってね」
「うん。葛美さん(M高校OGで今年の春にH教育大に入った)からセンターのレギュラー争い、負けないからね、と言われた」
と留実子が言っている。
 
「1年間手合わせしてないけど、強くなってるだろうなあ」
 
「薫はA大学で頑張ってね。今関女3部でも薫が加入したらきっと1年で2部に上がれるよ」
「いや、それが今A大学の女子バスケ部、内紛しているらしくて」
「え〜!?」
「今のままだと解散しちゃうかもという話」
「うっそー!」
「まあその時はどこかのクラブチームにでも入るよ」
「うーん。。。。」
 
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「千里こそ、C大学に入ったら、C大学のバスケ部を1年で2部に上げられるだろ?」
「そうだなあ。でも私、今日でバスケはやめるつもりだから」
 
「それ誰も信じてないんだけど?」
 

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4人でケーキを食べた後で朝食に行くが、この日の朝食は朝からトンカツである。「勝つように」という語呂合わせの必勝祈願だが、食の細い雪子は3切れだけ食べて「無理〜」と言い、後は揚羽に食べてもらっていた。
 
「雪ちゃんは御飯食べられないのとスタミナが無いのが今後の課題だなあ」
と南野コーチからも言われている。
 
「1年生頃までの千里に似てるよね」
と暢子が言うと
「うん、昔の千里も信じられないくらい食が細かった」
と留実子が言っている。
 
「千里ちゃんはしっかり食べるようになったよね」
と南野コーチ。
「体重も結構増えたでしょ?」
「そうですね。1年生で入った頃は50kgくらいでしたけど、今は60kgくらいかな」
と千里。
 
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「その増えた10kgは全部筋肉だろ?」
と暢子が言う。
「だと思う。自分でも悲しいくらい腕も太くなったし」
「そりゃあれだけシュート打てるんだから、この程度の腕はあって当然。まだ細いくらいだと思う」
と言って暢子は千里の腕に触っている。
 
「もっともおっぱいが大きくなった分の重さ増加もあるかも」
「なるほどー」
 
「千里は結果的に中学の頃より女らしい身体つきになってるよ」
と留実子も言う。
 
「中学の頃は、やはり中性的な雰囲気があったけど、今は全体的に丸みを帯びてどこから見ても女にしか見えないもん」
と留実子。
 
「ありがとう。サーヤは男らしくなったと思うよ」
と千里が言うと
「まあ鍛えてるからね」
と留実子も答えた。
 
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「サーヤ先輩は男らしいと言われた方がいいのか」
と絵津子が言うと
「えっちゃんも充分男らしい」
とソフィア。
 
「ソフィーも筋力トレーニングしようよ」
と絵津子。
「うん。でも私の場合、下半身をもっと鍛えろと言われてるから当面はひたすらジョギングかなあ」
とソフィア。
 

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食事が終わってから部屋に戻る。千里は携帯で念のため新着メールチェックを掛けてみて、やはり貴司からのメールが無いのでため息をつく。
 
やや悶々とする気分だ。
 
『千里イライラしてるね』
と《きーちゃん》が言う。
『静かにしててよ』
『貴司君と連絡取れないからと言って周囲に当たるのはよくない』
と温厚な《たいちゃん》がたしなめる。
 
『ごめん』
 
『イライラするくらいなら、あの子との関係壊してこようか?そして千里が貴司君の奥さんになっちゃいなよ』
と《きーちゃん》は言う。
 
『貴司が自分であの子を振るまではこちらからは動かない』
『そんなこと言ってて、彼を完全に取られちゃったらどうすんのさ?』
『貴司がそれを選ぶならそれでもいい。私は貴司と友だちでいるつもり』
『無理しちゃって』
 
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千里はそれで昨夜から少し心にひっかかりができていた。
 

その頃、某所。
 
『だけどいいのか?勾陳。こんな所でこんなことしてて』
と《げんちゃん》が心配そうに言う。
 
『だって、千里みたいなことしてたら、絶対この子に貴司君取られちゃうよ、すまん疲れた、青龍代わってくれ。なかなか重たい』
と《こうちゃん》は言う。
 
『天空さんなら一瞬で運んじゃうんだけどなあ』
と《せいちゃん》は言いながら《こうちゃん》と交代して「それ」を抱えた。
 
『あの人は細々としたことには手を出さないから』
『フェラーリを運んだ時だけかな』
『あれは緊急事態だったからね』
 
『でも、これのためにわざわざ怪我して出羽に戻って治療してるなんて嘘までついてさ』
『いいじゃんか。怪我したのは事実だ』
『まあかすり傷だけどな』
 
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『俺は結構楽しめたよ。ああいう強いのはなかなか居ないから。やはり時々実戦やってないと、なまっちまう』
と《せいちゃん》は言う。
 
『あ、すみません、騰蛇さん、その子たち、まだしばらく目が覚めないようにコントロールおねがいします』
 
『やれやれ、お前たちのお節介にも付き合ってられんわ』
と面倒そうに言いながら《とうちゃん》は眠りが浅くなりつつあったふたりの脳を再び深い眠りに導いた。
 
『いっそのこと、この女の方は海にでも放り込んだら?』
と《せいちゃん》が言うが
『それバレたら千里に叱られて一週間飯抜きとか言われそうだからやめとく』
と《こうちゃん》は答えた。
 

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この日、東京体育館では女子の3位決定戦と決勝戦が行われる。(男子は準決勝の2試合が行われる。男子の決勝は明日である)
 
決勝はN高校とP高校で争われる訳だが、両校が「公式戦」や「公開試合」で闘うのは今年になって7度目である。
 
1回目はJ学園迎撃戦でP高校の勝ち、2回目は全道新人大会準決勝でN高校の勝ち、3回目はインターハイ道予選の決勝リーグ(N高校の勝ち)、4回目は道民バスケット大会の決勝でP高校の勝ち、5回目は国体道予選の決勝でN高校の勝ち、6回目はウィンターカップ道予選の決勝でP高校の勝ち)。なんとここまで3勝3敗である。
 
(両者はその他練習試合で今年4回対戦しているが、いづれも実験的な戦略を試したりボーダーラインの子たちの試用をしたりしているので勝敗はノーカウントである)
 
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ただここまでの試合は全部道内の大会であった。全国大会で両者が激突するのは初めてである。
 
N高校のメンバーはこの日早朝からのジョギング(絵津子はまた水を掛けられて起こされた)と軽い練習をした後、シャワーで汗を流してから休憩し(不二子やソフィアたちは休めと言われているのに朝食後も練習していた)10時半頃に会場入りした。
 
「ネット見てたけど、昨日のF女子高とP高校の試合が今回のウィンターカップの事実上の決勝戦だったと書いている人が多かったですね」
などと不二子は言う。
 
「まあ言わせておけばいいよ。私たちは無心で全力を尽くすだけ」
と揚羽は言っていた。
 
「今日の試合でP高校が勝てば『ほらやはり』と書かれるだろうし、私たちが勝てば『フロック』と書かれるだろうね」
と薫は言う。
 
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「まあ人間って、自分の考えているフレームでしか物事を見られないから」
と千里。
 
「だけど私、昨日の試合で前半終わった時『このまま行くと勝てますかね』と言おうとしたんだけど、言わなくて良かった気がします」
と絵津子が言う。
 
「うん。リードしている時に勝利を意識すると自滅することが多いんだよ」
「これで勝てたな、なんて発言するのは漫画とかだとだいたい死亡フラグだよね」
 
「といって負けを意識すると、だいたいそのまま負けちゃう」
「だからやはり無心にならないといけないんだ」
 
「野球なんかでも完全試合とかが成立しつつある時は、ベンチで誰もそのことに触れないようにするんだよね。本人も気づかないままってことあるから」
「大記録のこと考えちゃうと精神の平静を保てなくなりますからね」
 
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千里たちが会場入りした時、センターコートでは岐阜F女子高と東京T高校の3位決定戦が行われていた。多くの部員がそれを見に行ったが、千里は人の居ないサブアリーナの客席に行って、じっと目を閉じて精神を集中した。
 
他のメンバーも思い思いの時間の過ごし方をしていたようで、暢子は準々決勝と準決勝のP高校の試合のビデオを再度見ていたらしいし、ソフィアと不二子は練習しようとしたのを南野コーチに停められ、紅鹿・久美子を誘って食堂に行きジュースを飲みながらおしゃべりしていて、絵津子は控室の隅で寝ていたらしい。雪子は千里と同様に控室の隅で目を瞑ってじっと瞑想していた。揚羽は落ち着かなくて何度もトイレに行っていたようだ。
 
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千里はそろそろ集まってという南野コーチからのメールで意識を戻し、メインアリーナに戻る。電光掲示板を見るとちょうど第3クォーターを終えて既にT高校90-82F女子高という点数になっている。
 
「なんか凄い試合になってるね?」
と言って千里はスコアを付けていた胡蝶に尋ねる。
 
「F女子高の(神野)晴鹿ちゃんがスリー7本、T高校の萩尾さんがスリー8本入れてます」
「凄いね!」
 
昨日のP高校−F女子高の試合とは一転してハイスコアゲームである。
 
「今日のT高校は守備を軽めにして積極的に攻撃しているんですよ」
 
T高校はN高校との試合でも見せたように、元々守備が固いチームである。
 
「萩尾さん、今日は10本撃って8本入れてます。昨日の試合で覚醒したんじゃないですかね?」
「あり得るね」
 
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一方の晴鹿のほうは11本撃って7本入れているらしい。千里は客席から岐阜F女子高のベンチを見つめた。晴鹿と目が合った。千里はじっと彼女を見つめる。次第に晴鹿の目に闘志が湧き上がってくるのを感じた。千里がガッツポーズをすると、彼女もガッツポーズで応えた。
 
その後、最終ピリオドで晴鹿は積極的に攻撃を仕掛けた。マッチアップしている萩尾だけでなく、ポイントガードの青池からまでスティールを成功させ、速攻してほとんどフリーの状態でスリーを撃つパターンで得点を重ねる。終わってみると、彼女の活躍でF女子高は110-108でT高校に逆転勝ちし、銅メダルを獲得した。
 
結局晴鹿はこの試合で11本のスリーを入れた。一方の萩尾は何度もスリーをブロックされたり、あるいは撃つ前にスティールされたりして最終ピリオドは1本しか決めることができず、合計9本に留まった。
 
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これでスリーポイント女王争いで、萩尾は累計27本で暫定3位、晴鹿は累計38本で暫定1位となった。(伊香16 千里35)
 

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女の子たちのウィンターカップ・最後の日(1)

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