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■女の子たちのウィンターカップ・最後の日(7)

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N高校の攻撃。残り43秒。
 
不二子がドリブルしながら攻め上がる。不二子のドリブルに隙がありすぎるのは、いつものことなのだが、江森がそれに突っ込もうとして自滅してしまったので、対峙している猪瀬としても慎重である。
 
ところがここで不二子はまたまたドリブルに失敗してボールがコロコロと転がっていく。猪瀬は当然ダッシュして取ろうとするが、そこに千里、そして佐藤もダッシュしていた。3人がほとんど同時にボールに追いついた感じではあったが3人の伸ばした手の先でボールは弾かれ、結局また不二子の所に戻ってしまった!
 
すると不二子はボールを確保して、目の前に誰も居ないので、そのままドライブインして、きれいにシュートを決める。
 
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「2ポイントゴール、旭川N高校・黒木不二子」
のアナウンス。
 
92-93.
 
また逆転!
 
割り切れない表情の猪瀬の肩を佐藤がトントンと叩く。
 

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P高校の攻撃。残り29秒。
 
気を取り直した猪瀬がドリブルで攻め上がる。
 
猪瀬の(N高校側から見て)左手では佐藤と千里が激しい争いをしている。佐藤がマークを外そうと動き回るものの、千里はしっかりそれに付いてくる。しかしこういう場面でP高校がいちばん頼りにしたいのが佐藤である。ふたりの距離がいちばん離れそうな瞬間を狙って猪瀬はパスを出す。
 
佐藤と千里のマッチング。ふたりが視線をぶつけあって複雑な心理戦をしている。佐藤の身体が、千里から見て左(エンドライン方向)に揺れる。千里は逆の右側に手を伸ばそうとした。しかその時客席から「左!」という貴司の声が聞こえた気がした。瞬間的に反発して左側に上半身を伸ばす。
 
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千里が左手で佐藤がドリブルしている最中のボールを弾き、ボールは絵津子の方に転がる。彼女が飛び付いてそれを取るが、そのボールを渡辺が叩き落とす。既にゲームの残り時間は24秒を切っている。N高校がボールを確保したらその瞬間P高校の負けは確定的になる。
 
転がったボールに佐藤と千里が飛び付くようにするが、身長181cmの佐藤と身長168cmの千里の、手の長さの分だけ佐藤が先にボールに触れる。佐藤はボールを掴むと、まるで回転レシーブでもするかのように床に落ちながら渡辺にトスした。渡辺がその転がった佐藤の身体を壁(というより堤防?)のようにして外側を回り、ドリブルしながらいったんハイポスト方面に出る。そして渡辺はスリーポイントラインの外側まで行ったところで美しい動作でシュートを撃つ。
 
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入る!
 
「3ポイントゴール、札幌P高校・渡辺純子」
のアナウンス。
 
95-93.
 
残りは12秒!
 

暢子がスローインの位置に付くが、みんなに「上がれ、上がれ」と指示を出す。不二子だけがセンターライン付近に残り、後の3人はフロントコートに上がる。P高校もここはプレスするよりきちんとディフェンスした方がいい判断し、引いて守る。
 
千里の所には佐藤、絵津子の所には渡辺、ソフィアの所には伊香が付いている。
 
暢子から矢のような速いパスがソフィアに送られる。このケースでは実は最も安全にキャッチできるのが、ここだったのである。佐藤や渡辺は油断できない。
 
そしてソフィアはボールを受け取った後、一瞬の心理戦で伊香を振り切ると、制限エリアにドリブルで飛び込んで行く。猪瀬がフォローに行く。ソフィアが思いっきりシュートするが、ボールは勢いよくリングに当たった後、大きく跳ね返って、何と千里の所に飛んできた。
 
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千里もびっくりしたが、そばに居た佐藤も驚く。激しいキャッチ争いを制して千里は何とかボールを確保。むろんここでP高校にボールを取られたらその瞬間N高校の負けである。さっきと逆の立場だ。
 
チラっと時計に目を遣る。残りは5秒だ。千里はボールを確保しているが佐藤は千里に覆い被さるようにして激しいディフェンスをしている。絵津子がフォローのために走り寄る。千里は佐藤の反対側に倒れるようにしながら絵津子にパスを出す。そして千里は床の上で一回前転してから起き上がると、絵津子からボールをパスバックしてもらう。
 
前転したおかげで、佐藤との距離は2mほど離れている。そして千里はボールをもらうと即撃った。
 
ところが佐藤は超反応して千里がボールをもらった瞬間、千里の方向にステップし、撃ったのと同時に力強くジャンプする。佐藤の指がわずかにボールに触れた。それで千里のシュートは本来の軌道を外れ、リングの端で跳ね上がる。
 
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ところがそこに走り込んできた暢子がゴール下で物凄い跳躍をして、跳ね上がったボールをタップでゴールに叩き入れた。
 
直後に試合終了のブザーが鳴った。
 

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審判はゴール有効のジェスチャーをしている。
 
「2ポイントゴール、旭川N高校・若生暢子」
のアナウンス。
 
95-95.
 
「同点につきオーバータイムとなります」
とアナウンスは続けた。
 
千里も佐藤も、絵津子も渡辺も、そしてスローインした後コートの端から端まで28mを走ってきてタップでゴールを決めた暢子も激しい息をしていた。
 

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大差を付けられたN高校が第4ピリオド猛烈な追い上げをして、手に汗を握る試合は結局延長になり、ふっと息を漏らす。
 
貴司はその時、自分の携帯の電源が落ちているのに気づいた。バッテリー切れのようである。それで充電用のバッテリーボックスに繋いでから電源を入れたら、電源を入れてすぐに着信がある。
 
見ると上司の高倉部長である。貴司は客席の後ろの方に行って取った。
 
「お疲れ様です。細川です」
「君、今どこにいるの?」
「いや、それが自分でも何が起きたかよく分からなくて。取り敢えず今東京です」
「東京? 君が試乗車に乗って行ったまま戻らないってんで、アウディのショップから会社に電話があっているのだけど」
 
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「済みません。すぐに連絡を取ります」
「それに君、昨日の練習を無断欠席したらしいけど、どうなってるの?」
「大変申し訳ありません」
「ショップには、細川はひじょうにしっかりした社員で、車を乗り逃げするするような男ではないから、必ず連絡があるはずですからと言っているから」
「恩に着ます」
「じゃ、すぐに連絡してね」
「はい」
「今日の練習はどうするの? 今日は練習納めだけど」
「少し遅れるかも知れませんが、必ず出席します」
「うん。ちゃんとしてよね」
 
それで貴司はショップに電話する。
「お世話になります。昨日A4 Avantを試乗させて頂いた細川と申します。店長いらっしゃいますか?」
 
それで店長が出るが言葉が険しい。
「いったいどこまで行っておられたんですか?」
「済みません。よく分からない内に東京まで来てしまって。今日中には戻りますから」
「東京?なんでそんな遠くまで行かれたんですか?その車、お買い上げ下さるんでしょうね?そんな距離を走ったら、もうその車は新車として販売できなくなってしまいましたよ」
 
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貴司は店長の言い方に少しむかついたが、自分が悪いのだから仕方ない。
 
「もちろん買いますよ。オプションとかも、今この車に付いているの全て買いますから、売買契約書を作っておいてもらえません?駐車場はうちのマンションに駐車場があるからそこを借りるから。保険もそちらで適当な保険会社を紹介してもらえます?」
 
「分かりました。お買い上げありがとうございます。では車庫証明の書類も準備しておきますので、ご住所をお教え頂けますか?」
 
貴司が買うと明言したことで向こうの態度が軟化した雰囲気だった。そして貴司がマンションの住所を伝えると向こうの態度が、ひじょうに丁寧なものになった。そんな場所に住んでいるのは、お金持ちだろうと思われたのだろう。
 
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「あ、でも3年ローンくらいでもいい?」
「えっと、頭金を少し入れて頂けましたら」
「100万くらいでいいかな。明日月曜の朝いちばんにそちらに振り込むから」
 
ボーナス出たばかりだし、バスケットの2部準優勝の報奨金ももらったし、そのくらいは即金で払えるはずだ。
 
「はい。充分です。お帰りお待ちしております。安全運転でゆっくりとお越し下さいませ。今夜も夜10時くらいまでは店に誰かおりますが、何でしたらお帰りは明日でも構いませんよ。その車は一応1月からしか売ってはいけないことになっているので、いったんこちらで引き取って再整備してから1月1日にそちらのマンションまでお持ち致しますね」
 
店長は最後はとても丁寧な言葉遣いになっていた。
 
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試乗車をそのまま売るわけではないのでは?とか試乗の時はスタッフが同乗するのでは?というツッコミは取り敢えず置いといて\(・_\)
 
試乗車を遠くまで乗ってしまうという話の元ネタは実は学生時代に英語の教材で読んだアメリカの短編小説です。タイトルも作者も分かりません。ネットで検索してもひっかからないので有名作者の作品ではないのかも。こんな話でした。
 
主人公は会社をクビになって1000ドルほどの退職金をもらう。ぶらぶらと歩いていたらバイクショップにハーレーダビッドソンがあるのに気づいた。格好ええと思って見ていたら、店主が出てきて色々説明する。これ試乗できる?と聞くと、少しお金を置いて行ってくださるならと言う。それで彼は退職金でもらった1000ドルをそのまま渡した。
 
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彼はハーレーに乗ると町中を走り回っている内に遠くまで走ってみたくなり、フロリダまで走って行った。女の子たちが彼のハーレーを見てキャッキャッ言う。さんざん見せびらかして満足した上でショップまで帰還した。
 
「どこまで行っておられたんです?」
「ちょっとフロリダまで行ってきた」
「フロリダ?なんでそんな遠くまで行かれたんです。お買い上げくださるんでしょうね?」
「ごめん。金が無い。さっき渡した金が俺の全財産なんだ」
「そんな、ひどい。このハーレーは入って来たばかりの新品だったのに、もうこれは中古品になってしまいましたよ」
 
私はこの小説でハーレーダビッドソンというバイクの名前を知りました。

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2分間の休憩。
 
千里も暢子も絵津子も半ば放心状態で椅子に座り、首筋に永子・久美子・海音がアイシング、そして薫と志緒と蘭が3人のふくらはぎをマッサージしてくれた。
 
5分間の延長戦・第5ピリオドが始まる。
 
こちらは雪子/千里/絵津子/暢子/紅鹿で出て行く。向こうは徳寺/伊香/猪瀬/渡辺/佐藤で出てきた。
 
マッチングの組合せは、徳寺−雪子、伊香−紅鹿、猪瀬−暢子、渡辺−絵津子、佐藤−千里となる。
 
オルタネイティング・ポゼッションがP高校の順番なので、P高校のセンターライン横からのスローインで延長ピリオドは開始された。
 
伊香がスローインして徳寺が受け取り、ドリブルしながら攻め筋を模索する。
 
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この時、千里のそばに佐藤が寄ってきて言った。
 
「手抜きしたら女装の約束」
 
千里は吹き出した。
 
「なんで〜?」
「だって千里、全力出してない。いつもの千里じゃない」
「私このやり方の方が玲央美を停められそうだから試してみてるんだけど」
「じゃ、その考えが間違っていることを教えてあげるよ」
 
と佐藤は言った。佐藤が徳寺にアイコンタクトする。彼女から速いボールが送られる。佐藤と千里のマッチアップ。
 
ここで千里は前半は彼女の動きに全神経を集中し、向こうが右または左に来ると思った瞬間、そちらに手を伸ばして止めようとしていた。しかしそのやり方ではほとんど彼女を停められなかった。そこで後半は何にも考えないことにした。心を無にして、自分の反射神経だけで停めようとする。すると左右の判断が約2分の1の確率で当たるようになり、結果的に彼女を半分は停められるようになったのである。しかしそのやり方が玲央美には不満な様子である。
 
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しかしこの方が停められるからと思い、千里は心を無にする。何千回とマッチアップの練習をしている故に相手が動けば身体はほとんど無意識に反応する。その反応が頼りだ。
 
佐藤の身体が右に揺れた瞬間、千里の身体は左に動く。そして果たして佐藤は左から突っ込んできたが・・・
 
千里は彼女を停めることができなかった。
 
千里が左手を伸ばしたにもかかわらずその接触を全く気にせず佐藤は中に進入する。彼女は自分のシリンダーのぎりぎり外側を通過したと思った。だから笛を吹かれるとしたら自分のファウルになるはず。しかしボールは佐藤が保持しているので、アドバンテージが取られて審判はふつう笛を吹ない。
 
急いで追うものの、佐藤は素早く制限エリアの中まで進んでいる。紅鹿がフォローに来てくれたものの、役者が違いすぎる。右手でシュートすると見せて、紅鹿がブロックしようとした所を、左手に持ち替えて華麗にシュートを放り込んだ。
 
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「2ポイントゴール、札幌P高校・佐藤玲央美」
のアナウンス。
 
2-0.
 

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女の子たちのウィンターカップ・最後の日(7)

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