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(C)Eriko Kawaguchi 2014-06-06
「そういう訳で村山君は今後は女子選手として試合に出てもらうことになりましたので、所属も男子バスケット部から女子バスケット部に移籍することになりました」
と宇田先生が言うと、部室に集まった40人ほどの男女バスケット部員から拍手が湧く。
この日は1-2年生の部員が中心だが、3年生で引退している黒岩さん・渋谷さんや蒔絵さんなども出てきていた。
「だから俺が『君女子の入部受付の方に並んでよ』と言った時、ちゃんとそちらに並んでくれていたら良かったのに」
と渋谷さんが言う。
「宇田先生から今年は女子枠で取った選手を1人男子バスケ部に入れるからと言われた時は、訳が分からんと思ったんだけど、これで正常化だな」
と黒岩さん。
「私が卒業する前に、千里ちゃんが女子バスケ部に来てくれて嬉しい。今年はインターハイもウィンターカップも行けなかったけど、来年は頑張ってね」
と蒔絵さん。
「正直、今の男子バスケ部から村山を失うのは辛いんだけど、まあ女子は女子チームに参加するのが自然だからな。代わりに花和をもらえない?と訊いたら花和も既に医学的検査で女であることが確定しているからダメと言われた」
と2年男子キャプテンの真駒さん。
「学校説明会で千里ちゃんと留実子ちゃんがうちに来訪した時に、凄い選手が2人も入ってくれると思って期待していたのに、千里ちゃんは男子バスケ部に入ると聞いて、何で〜!?と思ったからね。やっと来てくれたね」
と2年女子キャプテンの久井奈さん。
「本人から一言どうぞ」
と宇田先生が言うので、千里も挨拶する。
「どうも混乱させて済みません。自分では男だと思ってたのですが、お医者さんに見せたら、君は女だと言われるので、申し訳ないですが、女子の方に参加させてください」
「いや、千里は自分では女だと思っていたはず」
「だいたい医者に見せなくても、誰が見ても女」
「6月の段階で女性検査官におしっこしている所を見せているし」
「中学の修学旅行では女湯に入ったと言うし」
「中1の夏に札幌でチンコ切る手術受けたというのを村山の友だちから聞いた」
「ビキニの水着姿でテレビ出演している録画がうちにあったって友だちが言ってた」
「というか体育の時間に女子水着を着ている所を見ても何も違和感が無い」
「美術の先生も村山の骨格は女子の骨格だって言ってた」
「彼氏とはちゃんとヴァギナでセックスしているらしい」
など声が上がる。何か微妙に変形した情報とか、他のと混線した情報とか勝手な憶測とかが混じってるみたいなんですけど!?
「ところで髪はどうしたの?」
「男子だと五分刈りでないといけないかなと思っていたのですが、女子として参加するのなら、このくらいの長さかなと思って」
千里はショートウィッグを着けて、この場に来ている。
「それで女子制服を着ているのは?」
「女子生徒でないと女子バスケ部には入れないのではないかと思って」
「じゃ今後は授業もそれで受けるの?」
「いえ、授業は丸刈り頭で男子制服で受けますが、部活の時はこの髪で女子制服で」
「中途半端な!」
「いさぎよくない!」
「女と確定したんだから、女の自覚を持つべき」
「これ書いてみたんだけど、見てくれない?」
と千里は『鈴の音がする時』と題した五線譜を智代に見せた。
昼休みの音楽練習室である。
「ふーん。格好良い曲だなあ。この歌詞は蓮菜?」
「そうそう。歌詞がすごくおしゃれだから、その雰囲気に合わせて曲を付けてみた」
「Lucky Blossomが演奏していた『六合の飛行』は美しい曲だと思ったけど、これはまた違う雰囲気。どうやって作曲するの?」
「『六合の飛行』は思うままに龍笛を吹いて、それを書き留めたんだよ。でもそういう作曲のしかたって、気付かずに既存曲に似たものを作ってしまう危険があるから、この曲はメインとサビの最初のモチーフだけフルートで探したあと、頭の中で展開して行って作った」
「偉い偉い。その方がコントロール効くからね。ここの所、こうしたらどうかな?」
と言って智代は鉛筆で少し譜面に書き込む。
「ああ、その方がいいね」
「あと、ここはこんな感じでは?」
「うーん。それはちょっと意図と違うんだよね。だったら、こんな感じは?」
「ああ、それはいいかも」
そうやって千里と智代は譜面を20分ほど掛けて調整した。
「よし、これでスコア作ってみるね」
「よろしくー」
その作業を見ていた3組の麻里愛が声を掛ける。彼女は音楽コースに所属していてピアノもヴァイオリンも物凄く上手い。
「あんたたち、キーボードで弾いてみたりせずに譜面の調整やってるね?」
「えっと弾いてみる必要ある?」と千里。
「五線譜見れば音は分かるからいいよね」と智代。
「私は弾かないと分からないよ!」と麻里愛。
「え?でも麻里愛ちゃんなんて絶対音感持ってるだろうから、麻里愛ちゃんこそ弾く必要ないでしょ?」
「一応絶対音感は持ってはいるけど。あんたたちも持ってるの?」
「私、全くない。調子笛ないとヴァイオリンの調弦できないし」と千里。
「私は相対音感しかないけど、音符の並びから曲想を読んだり、編曲したりするのにはドレミさえ分かっていれば充分」
と智代。
「あんたたち、実は凄くない?」
「そうかな? 私、ピアノの試験に3回連続で落ちて先生から、才能無いって言われてるけど」
「私、こないだ東京の音楽家さんにヴァイオリン下手ねって言われたけど」
放課後、千里が部活に行こうと体操服を持って更衣室に行くと、先に更衣室に入っていた同じ女子バスケ部1年の寿絵から言われる。
「千里、女子制服に変えたんじゃなかったんだっけ?」
「今まで授業受けてたからね。授業は男子制服で受けてるから」
「ふーん。その髪は?」
「あ、トイレに寄って来たから、トイレの洗面台の所でウィッグ装着してきた」
「なるほど」
着替えている最中に留実子も来たのでいっしょにおしゃべりしながら着替えてその後、バスケット部の練習場になっている南体育館(朱雀)に行く。
南体育館はバスケのコートが2面取られている。入口側を男子、奥側を女子が使用している。千里はこれまで入口側で練習していた。
それで既に北岡君や氷山君たちが練習している傍を
「すみませーん。通りまーす」
と言って通り抜けていく。
「あ。女子の方のコート使えるのいいなあ」
と北岡君。
これまでの男子と女子の実績差で、女子の練習エリアの方が男子の1.5倍ほどの広さがあるのである。練習用のゴールネットも多数設置されている。
「北岡君も女子の方に来る?」
「いや、そっちに行くには、あそこちょん切らないといけないみたいだし。さすがにそこまではできないや」
と北岡君。
「北岡君、もし女の子になりたいなら、ボクの子宮と卵巣におっぱいもあげるよ。代わりに北岡君のおちんちんとタマタマをボクにちょうだいよ」
と留実子。
「そんな一瞬悩むようなことを言わないでくれ!」
と北岡君。
落合君はコーチの北田さんが付いて、ひたすらシュート練習をしている。
「村山〜、村山が抜けたので、春の大会にSGで出すからと言われて今日から猛特訓らしいよぉ。取り敢えず1日シュート1000本だって」
などと落合君。
「頑張ってね〜」
練習の内、最初の30分は準備運動や柔軟体操に、基礎的なトレーニングをする。柔軟体操は男子の方ではいつも真駒さんが「何か女と組んでる感触で俺チンコ立っちゃうんだけど」などと言いながらも組んでくれていたのだが、女子の方では留実子と組む。
「るみちゃん筋肉すごいね」
「まあ、それで性別疑われたんだけどね」
「男性ホルモンとかもチェックされた?」
「うん。されたけど、残念ながら女性の正常値の範囲らしい」
「でも私より高かったりして」
「ああ。高いよ。暢子がみんなに見せてた千里の血液検査表の数値よりボクの男性ホルモン値の方が高いなと思ったもん。それで千里は既に去勢してると確信した」
「うーん。。。」
もう今更、去勢してませんなんて言っても誰も信用してくれないだろうなあ。
次の30分はパス・シュート・リバウンド練習である。4−5人1組になってパスしてシュートして、そのシュートが外れたらリバウンドを狙うという連続練習で、パス→シュート→リバウンドと回転していく。
が、例によって言われる。
「千里〜。もう少し外してくれ。千里の前に居るとリバウンドの練習にならん」
「すみませーん。無意識に入っちゃうんです」
「いや、優秀なシューターって、しばしばそうなんだよ。私の中学の時の同輩がそうだったもん。入れようと思って入るもんでもないし、外そうと思って外れるもんでもないみたい」
と2年生のみどりが言う。
「その人はどこの高校に行ったの?」
「特待生になって愛知のJ学園に行ったよ」
「今年のインターハイ優勝校か!」
「うん。決勝戦の中継見てたけど、ポンポン3ポイント入れまくっていた」
「もし私たちが来年のインターハイに行けたら、そこと当たる可能性もあるわけか」
「あまり当たりたくない相手だなあ」