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「貴司も順調に道大会に進出したのね? おめでとう」
とその晩、千里は貴司と電話で話した。
「ありがとう。そちらもおめでとう」
「ありがとう。でも明日も試合があるから気を緩めないようにしないと」
「うん。電話も短めにしようよ。でもまあこちらは学校数が少ないから1日で決着したから」
「こないだ田代君から聞いたけど、札幌なんか学校数が多いから、リーグ戦やって上位でトーナメントしてで、5日がかりみたい」
「札幌市だけで高校が50校くらいあるからなあ」
「でももう私と貴司が当たらないのはちょっと残念だね。貴司相手だと凄く燃えたんだけど」
「僕も燃えた。でも次対戦してたら、また千里にキスしてしまっていたかも知れない」
「さすがに今度やったら、ふたりとも除名されちゃうかもね。私は退学で」
「ああ、怖い、怖い」
「男子から女子に移動したこと誰かに何か言われた?」
「M高校の中嶋橘花ちゃんと少し話したくらい。彼女は私と対戦できるのが楽しみだと言ってた。こちらも身が引き締まる思いだけど」
「M高校だと松村(友子)もいたな?」
「うん。シューター対決だよ。橘花は直接的にはこちらの暢子とのフォワード対決になる」
「秋の大会でチラっと見ただけど、中嶋って貪欲にゴールを奪うね」
「自己流も究めたら凄いってのがあの子だと思う。ミニバス出身だけど所属していたミニバスのチームにそもそもバスケットが分かってる指導者がいなくてああいう欠点だらけのシュートの撃ち方になったと言ってた」
「フォームが間違ってても、それで得点してしまうのが凄い」
「うちの暢子もその点感心してた。どんな体勢からでも入れちゃうからね」
「他の人からは何も言われなかった?」
「そもそも男子チームに秋まで出ていた丸刈りの女子が私だったことにほとんどの人が気付いてないっぽい」
「確かに、女子なのに頭を丸刈りにして、男子チームに入っているというので注目されてしまった面もあったからな」
「3年生だったので、もう卒業するので出場しないのだろうとかいう勝手な噂が広がりつつあるみたい」
「ねぇ千里。千里の元カレのこと訊いてもいい?」
「いいけど」
「結局彼、どうすんの?進路」
「北大の医学部受けるよ。模試ではB判定」
「結局プロ野球には行かないんだ?」
「甲子園でBEST8だからね。1安打完封の試合とか凄かったし。ホームランも打ったし。それで日本ハムのスカウトさんが来たらしい。でもお断りしたって。彼としてはプロの一軍でレギュラー取れるほどまでの基礎的な素質は無いと思っているみたい。甲子園のマウンドで1番の背番号付けて投げられただけで充分だと言ってた」
「大学でも野球はしないの?」
「北大志望と聞いて、北大野球部の人も接触してきたらしいけど、大学で野球部に入るつもりもないって。6年間、医者の勉強に集中するって。その内草野球とかはやりたいって言ってたけど」
「なるほどねえ。でも高校でスポーツやってた奴の大半はそんな道だろうな。うちの山根さんも大学ではバスケしないと言ってたし」
その言葉を聞いて、千里は貴司が晋治の進路選択に自分のことを重ね合わせていること。だから敢えて、あまり話したことのない晋治のことを訊いてきたんだろうと思った。
「貴司は高校卒業後、どこか行くの? 大学に行かないならどこかの実業団に行くとか、あるいはbjリーグに行くとか」
「実業団は少し考えてる。でもbjはさあ。あれに入るとJBAの選手と一切接触してはいけないんだよね」
「ふーん」
「元々の友人であっても、電話やメールで話したり年賀状とかもNGで万一来たら送り返せっての」
「何それ〜〜!?」
「まあJBA側の嫌がらせだな」
「おとなげない気がするなあ」
「うんうん。だから高校や大学のバスケット選手とかとも接触できない。僕がもしbjに参加したら千里とこうやって話すこともできなくなっちゃう」
「嫌だよ、それは」
「僕も嫌。1年後まで千里と恋人でいられる自信はないけど、友だち関係に戻ったとしても、千里とは色々話したいし」
「うん。私もそう思う」
「もっともJBA側でもbjに同情的な人は結構いてね。数年後には歩み寄りも出てくるだろうね」
「それでも数年後か」
「ああいうのプライドで喧嘩してるから」
「確かに」
その晩、千里は叔母に2〜3ヶ月前から気になっていたことで、お願いをしてみた。
「あのね、あのね、私が今持っている女性ホルモン剤が年明けくらいで切れてしまいそうなの」
「ああ、やはり女性ホルモン飲んでるのね?」
「うん。それで実は私、その調達手段を持ってないのよ。でも切れちゃうと、私、男性ホルモンも少ないから、更年期みたいな状態になって、身体がいろいろまずいことになりそうで。精神もだけど」
「更年期障害は辛いみたいね」
「若い女性でも生理周期の黄体期はエストロゲンの数値が低くなるからPMSの原因のひとつは多分それだと思う」
「まあ確かにPMSがずっと続くのが更年期障害かもね。でも、今まではどうしてたの?」
(ここで千里が言っているPMSは月経前症候群 premenstrual syndrome のことだが、実は更年期障害 postmenopausal syndrome も略称がPMSである)
「偶然入手したのを少しずつ飲んでた。本来飲むべき量の3分の1くらいに抑えて。だから私ってまだ男性機能が完全には死んでないと思うんだ」
「あんた、去勢もしてないんだっけ?」
「うん」
「だってお医者さんが、男性器は無いという診断書を書いたって」
「あれ何かの間違いだと思う。診察された時は、お医者さん、私の性器に触ってたんだよ」
「ふーん。それでホルモン剤を調達するのに協力して欲しいってこと?」
「そうなの。女性ホルモンの入手には、私たちみたいな子の場合、まともに医療機関にかかって処方してもらう道と、勝手に個人輸入する道とがあるんだけど、医療機関で処方してもらうのは原則として20歳以上でないとダメなのよ」
「それはまた難儀だね」
「個人輸入する場合、書留で、必ず自宅で受け取る必要があるの。局留めはできないんだよね。本人確認があやふやになるから」
「それって違法ではないんだよね?」
「自分で飲む薬を自分で輸入するのは問題無い。でも個人輸入した薬を他人に売ったりしたら薬事法違反」
「なるほどね。だったら、私はそれが女性ホルモンというのは知らなかったことにしておいていい?」
「うん。お母ちゃんにバレた時は、ただのサプリか何かだと思ってたと言って」
「よし、そういうことにするか」
叔母としても少し後ろめたいものはあったのだろうが、千里の女性ホルモン調達に協力してもらえることになった。中学3年3学期もホルモン切れを起こして、けっこう自分でも辛かったので、今度は何とかしたいと思っていたのだが、回避のメドが付き、ホッとした。
女性ホルモン剤の調達のメドが付いたので、その日千里はエストロゲン、プロゲステロンを3錠ずつ飲んで試合に出て行った。このくらい飲むと心が安定するのを感じる。そういえば6月にアンチドーピングの検査受けた時は前日に6錠も飲んでたなと千里は思い出していた。
試合前のミーティングでこの試合では「無理するな」というのが通達される。道大会への進出は決まっており、1位か2位かは、トーナメントで有利になるかどうかだけの違いである。そこで暢子と千里は最初から最後まで出るものの、最初PGはメグミを使うなど、強い相手に主力以外の選手に経験を積ませること半分で行こうという話になる。
試合前の整列。橘花も友子もキリッとした顔をしている。こちらもみんな気合いの入った顔をしている。そしてスターティングメンバーは向こうも友子・橘花は入るものの、他は1年生の経験の少ない子を並べてきた感じだ。
ティップオフは控え組の長身選手同士で行い、M高校のボールで始まる。M高校の1年生PG伶子がボールを運んで来る。SGの友子にパスして友子が撃つが外れる。しかしそこに橘花が飛び込んで行ってリバウンドを取り自らゴールに叩き込む。試合はM高校の先制で始まった。
こちらも無理していないが向こうも無理しない感じである。あまり厳しいチェックはしないので、どちらかというとシュート合戦の様相になる。第2ピリオドまで終わって、52対50と点数は拮抗していたが、M高側は友子が18点・橘花が28点、N高側は千里が24点・暢子が20点と、ほとんどの点をこの4人で取っていた。
「お前ら、他の子に経験を積ませようとしてるのに」
「いや、相手のチェックが甘いから、楽にシュート撃てるんですよ」
「お互いにだよね〜」
「メグミはちゃんとポイントガードのお仕事してたよ」
「向こうの伶子ちゃんも同様だね」
第3ピリオドでは、M高校は友子・橘花を下げて代わりに茉莉奈や葛美が出てくるし、N高校も千里と暢子を下げて久井奈や留実子が出る。すると葛美と留実子が半分くらい点を取る感じになった。
第4ピリオドでは、双方とも主力を全員投入する。最終的には88対84で橘花たちのM高校が勝ったが、友子・橘花・千里・暢子、4人の得点が7割以上を占めた。試合終了後は和気藹々と握手したり抱き合う姿があちこちで見られた。千里も橘花・友子とハグしあった。