[*
前頁][0
目次][#
次頁]
(C)Eriko Kawaguchi 2014-06-08
「愛知のJ学園に凄いシューターがいるんだよ。千里ちゃん、絶対見ておくべきだと思う」
と会場に入ると橘花が言っていた。
J学園の試合はBコートの第2試合だ。J学園は昨年までの20年間でウィンターカップ14回、インターハイ13回の優勝をしている。今年もインターハイで優勝した。女子では日本最強の学校だ。
第1試合は岡山の倉敷K高校と神奈川の金沢T高校、福井のW高校と静岡のL学園であった。同じメインアリーナの中で2コート取られて試合が行われているので、両方の試合が見やすい付近に座り、両方を並行して見る。
試合開始から5分で千里は言った。
「レベルが違う」
「でしょ?」
と橘花。
「今の私ではこのレベルに太刀打ちできない。この相手には私のシュートは1本も打てないよ」
と千里は言った。
「ちょっと凄すぎるよね」
「これが全国BEST8のレベルだよ」
「でもN高校も全国BEST8まで行ったことあるよね?」
「うん。聞いてる。凄い人が2人いたらしい。その年は」
「何か凄く背の高い子がいるね」
「ああ、留学生らしいよ」
「どこの人?」
「セネガルだって。セネガルからのバスケ留学生は多いよ」
「へー」
「身長、どのくらいだろう?」
「あれは多分1m95cmくらい」
「きゃー」
「天井からブロックされる感じだろうな」
「こういう相手にこそ3ポイントだよ」
「撃たせてもらえたらね」
「でも全国で勝ち進むには男子も女子もセネガル留学生に勝たないといけないんだよ」
「しばしば上位ではセネガルvsセネガルになってるからなあ」
「でも金沢っていうから、石川県かと思った」
「神奈川県にも金沢はあるから。金沢文庫のあったところ」
「え?金沢文庫って石川県じゃないの?」
「うーん。まま、そういう誤解をしている人はある」
倉敷K高校と福井W高校が勝って準決勝に駒を進める。少し時間を置いて第2試合が始まる。石川県のB高校と道大会決勝でN高校を破って代表になった札幌P高校、そして愛知J学園と岐阜F女子高の対決である。
「こちらが石川県代表か」
「石川って他にはないよね?」
「沖縄県にも石川市がある」
「ああ、あれ市町村統合で名前が変わったよ」
「でも石川高校はまだあるね」
「しかし強いなあ。私たちの感覚では最強のP高校が結構苦戦している」
「でもP高校って、このレベルまで来れるほど凄いチームだってことでもある」
「あそこに勝たない限り、ウィンターカップには出られないからなあ」
そう言いながら千里も橘花もP高校のプレイを見ていた。
「でもあっちもこっちも外人さんだね」
と蓮菜。
「あれだけの体格差あったら、もう男女の別なんかどうでもいい気がしてきた」
と千里。
「うん。言えてる。だから千里ちゃんみたいな子も堂々と出ればいいんだよ。うちの男子でもあんな背の高い選手はいないよ」
と橘花。
「一応、外人選手はベンチ入り2人まで、オンコートできるのは1人だけの制限あるけどね」
と伶子。
しかし千里はその外人選手の動きを見ていて何か違和感を感じていた。それは何だろうなどと思いながら、色々おしゃべりしつつ両方の試合を見ていたのだが、やがて4人とも、J学園のひとりの選手に視線が集中する。
「すごいね・・・」
「素早い」
「精度がいい」
「なんかポンポン3ポイント放り込むね。千里みたい」
と蓮菜は言うが
「いや。私はあんなに素早く撃てない。ボールを確保してから撃つまでの時間が物凄く短い」
と千里は答える。
「でもフォームはきれい」
「そもそもパスを受け取る直前に素早くフリーになれる場所に移動してる」
「あれパスするガードもうまい。相手の動きを予測してフリーになれる場所を見つけて、そこに投げる。そして、そこに彼女が移動してる」
「こうやって観客として見てても素早く感じるから、コートで対戦していたらどこにいるか見失うレベル」
「千里ちゃんも見失うけどね」
「私のは気配を消しているだけ」
「ああ、やはり気配をコントロールしてるんだ」
「必要に応じてon/offするだけだよ」
「そのあたりはよく分からんな」
「でも同じ精度のいいシューターでも千里とは違うタイプだね」
と橘花は言う。
「あの子はフィジカルも強い。運動能力もある。堅焼き煎餅型。千里は体格や体力の弱さを器用さでカバーするソフトクリーム型」
「ああ、それはうまい表現かも」
と伶子。
ソフトクリームと聞いて、つい貴司としたフェラのことを思い出してしまう。
しかしその時、千里はふと思った。N高女子バスケ部で1年先輩のみどりさんが中学の時の同輩に凄いシューターが居たと言っていたことを。その人は特待生でJ学園に行ったと言っていた。それがこの子か。。。。
「あのシューターの名前知ってる?」
と千里は橘花に訊いた。
「花園亜津子だよ」
と言って橘花は千里が持っているプログラムに名前を書いてくれた。千里はその名前をしっかりと脳に刻み込んだ。
「この人、釧路出身でしょ?」
「そう。よく知ってるね」
「中学で同輩だった人がうちの2年に居るんだよ」
「ああ、それで」
「でも中学時代にこの人、見たことない」
「弱小チームだったみたい。彼女以外に強い人がいなかったから、そもそもまともにパスももらえなくて得点できなくて。だから道大会に出たことなかったらしいよ」
「そんな選手をよく見つけてスカウトしたね」
「J学園のOGで釧路出身の人がたまたま地区大会で目撃したと聞いた」
「なるほど」
「中学の時に道大会に出て来たことなかったというのでは千里もそうだな」
と橘花は言う。
千里は亜津子のプレイを食い入るように見詰めていた。
試合は愛知J学園と札幌P高校が勝って準決勝に進出した。
橘花と伶子は29日の決勝戦まで見るということだったが、千里は滞在費もかかるので帰ることにする。その日の夕方の便で蓮菜と一緒に旭川に戻り、翌28日朝に留萌に戻った。
その日の内に貴司と連絡を取り、駅の近くの貴司の好きなラーメン屋さんで落ち合った。お昼を食べながら会話する。
「へー、ウィンターカップ見てきたんだ?凄かったでしょ?」
「うん。凄かった。あれってやはり生で見るべきものだね。これが全国トップのレベルか、というのを肌で感じて興奮したよ」
「僕も今年のインターハイでそれを感じたよ。全国はレベルが違う」
「それでさ。貴司、私たちの関係を解消しない?」
「はぁ!? なんで?」
「私、あのレベルのチームと戦えるように自分を鍛える。これまで筋力トレーニングとかサボってたけど、少し頑張るよ」
「ああ、それはいいことだ」
「でもそんなトレーニングしたら、私、筋肉が発達するだろうからさ。貴司の恋人の可愛い女の子ではいられなくなると思って」
「うーん。それは今更だな。もう丸刈り頭の千里を見て、免疫できちゃったから、多少筋肉質になっても構わないよ」
「ほんとに?」
「まあ、実際に見たら萎えちゃうかも知れないけど」
「じゃ、その時は遠慮せずに振って」
「遠慮はしないから気にしないで」
と言ってから貴司は言った。
「冬休みは何日までだっけ?」
「1月15日が授業開始」
「だったらさ。それまでの間、毎日、僕と一緒に練習しない?」
「いいよ」
「でも一緒に練習する時は、丸刈り頭じゃなくて、今つけてる髪がいい」
「いいよ」
千里はその場でキャプテンの久井奈さんに電話して、冬休みの間、S高校の選手と一緒にトレーニングしていいかと確認した。
「それって、つまりデートってことね?」
「えー!?バスケの練習ですよー」
「分かってる、分かってる。でも妊娠だけはしないようにね。千里が退学になったら困るから」
「それはする時はちゃんとつけさせますから」
そばで聞いている貴司が、どういう話になってるんだ?といぶかる顔をした。
私ってやはり色々誤解されてる気がするなと思う千里であった。
「ああ。でもここのラーメン美味しいけど、ボリュームある! もう入らないや。貴司、食べかけで悪いけど、残り食べてくれない?」
「千里、体力付けるには、そのくらい完食しなきゃダメ」
「えーん」
その日の午後、千里が貴司と一緒にS高校の体育館に出て行くと、同学年の数子や1年先輩の久子が
「おお、珍客だ!」
と嬉しそうな声を上げる。
「久子先輩、突然で申し訳ないのですが、この冬休みの間、こちらで一緒に練習させていただけないでしょうか?」
「こちらは構わないけど、そっちの部の許可は取れる?」
「はい。うちのキャプテンと顧問には連絡して、S高さんが良ければOKということで」
「だったら、こちらは歓迎。ところで、千里、男子の方で練習するんだっけ?女子の方で練習するんだっけ?」
「なんか病院で検査受けたら、医学的に女であると診断されてしまったので、女子の方でよろしくお願いします」
「ああ、とうとう性転換したのね?」
と久子。
「性転換はしてないんですけどねぇ」
と千里。
「やはり中学の時に既に性転換済みだったんだよね?」
と数子。