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練習前のジョギングは敢えて男子の方に参加した。
その後、貴司と組んで柔軟体操をしようとしたら
「こら、お前らどさくさに紛れて何してる?」
と佐々木さんに言われて、既に基礎練習に入っていた久子が来て組んでくれた。
「千里、中学時代も凄く女らしい身体だと思ってたけど、もうこれは普通の女の子と全く変わりがない」
などと言われる。
「高校に入ってから、けっこう脂肪がついた気もします」
「おっぱいも大きくなっているみたいだし」
「えへへ」
現在S高女子バスケット同好会(来年4月に部に昇格すること内定済)は部員が7人である。それで千里が入ると「偶数になって助かる」と言われた。
1on1の練習を2年女子の豊香さんとする。C中の出身で中学時代は練習試合で随分対戦した相手である。最初はいきなり音を上げられる。
「気合いが凄い! 負けたぁ!!」
でも実力者なだけに、2度3度とやる内に、こちらのフェイントをかなり読むようになる。そこでフェイントの《ルール》を変える。
「あれ〜!?今のは絶対右を抜けると思ったのに!」
「うふふ」
「村山のフェイントには規則性が無いんだよ。ちょっと俺とやってみない?」
と田臥さんが言ってくるので、対決してみる。
うまく騙したと思ったのだが停められてしまった。
「やられた!」
「村山もまだまだだな」
「修行します」
「うん。頑張れ。でも男子でも村山のフェイントに騙されないのは多分細川と俺だけ」
と田臥さんは言っている。田臥さんと5回マッチアップして3回停められた。
ちなみに貴司と千里の場合はお互いに全くフェイントが通用しない。貴司は千里を全部停めるし、千里も貴司を全部停める。最終的にどちらを抜くかあるいはシュートやパスに行くかが100%分かってしまう。しかし全国で勝ち上がるには貴司にも勝てるくらいにならないとダメだよな、と千里は思った。
練習が終わった後、貴司から言われる。
「僕の家で御飯食べてかない?」
「え?」
「千里さぁ、自分ちに行けば、お金無いから肉や魚食べられないだろ?」
「はっきり言ってくれるなあ。事実だけど」
「それじゃこのハードな練習に耐えられん。うちで蛋白質たくさん取っていけ」
「そうしようかな」
「それでさ、ついでに今夜は泊まっていかない?」
「貴司のお父さんが許してくれないと思う」
「だからさ。千里、そのウィッグ外してよ」
「えーー!?」
千里が母に電話してみると、あっさり「いいよ」と言う。
「でも朝は直接練習に行くんじゃなくて、一度こっちに顔出しなさい」
「うん」
といって電話を切る。
「泊まっていいと言われた」
「よしよし」
お泊まりする分まで着替えを持って来ていなかったので町のスーパーで下着とTシャツを買った。そしてウィッグを外して丸刈り頭に体操服という格好で、貴司の家に行った。
「お邪魔しまーす」
「あら、千里ちゃん、いらっしゃい」
とお母さんが歓迎してくれる。
「ねえ、お母ちゃん、うちに千里を泊めてもいい?」
するとお母さんは少し考えている。
「あんたさ、旭川に出た時はだいたい千里ちゃんちに泊まってるよね?」
「うん。そうしてる」
「だったら、あいこということで。でもアレはちゃんとしなさいよ」
「うん。ちゃんと付ける」
貴司の妹さん2人が来て
「凄いインパクトのある髪型ですね」
と言う。
「ロックでもしてるんですか?と言われたことある」
「ああ、ハードロックやる人なら、あり得るかも!」
お母さんは晩御飯を作ろうとしていた所だったが、千里は
「あ、手伝います」
と言って野菜やお肉を切ったりして手伝う。
「千里ちゃん、包丁の使い方がうまい」
「いつも朝御飯・晩御飯作ってますから」
「偉いね」
やがてお父さんが帰宅する。
「お帰りなさい。お邪魔してます」
と千里は挨拶する。
「あ、父ちゃん、これ僕の友だちの村山」
「初めまして。村山千里と言います」
「いらっしゃい。えっと、貴司のガールフレンド?」
「こいつ男だけど」
「え?」
「あ、すみませーん。私、よく間違えられますけど、一応男です」
「父ちゃん、女で丸刈りにしてる訳ないよ」
「確かに」
「今晩泊めるから」
「あ、うん。まあ男の子なら構わんか」
お母さんが笑いをこらえている感じであった。
貴司と妹さん2人、お母さんとお父さん、千里の6人で食卓を囲む。
「今日の天麩羅はすごくからっと揚がってるな」
「千里ちゃんがやってくれたんですよ。この子、料理が得意で」
「小さい頃からやっていたので。それでよく、いいお嫁さんになれそうとか言われます」
「いや、揚げ物ができるのはポイントが高い。本当にいいお嫁さんに
なれますよ」
とお父さんは言ってから
「あれ?男の子でしたっけ?」
と言って悩んでいる。
貴司の妹の理歌(中2)が
「男の子でも、ちょっと手術してお嫁さんに行ける身体にしちゃう手がありますよねー」
などと言っていた。
「ああ、私友だちからよく、手術受けて、女の子になっちゃうといいよと言われてました」
と千里が言うと、お母さんは頷いている。
「中学生でしたっけ? まだ声変わりしてないんですね」
とお父さん。
「高校1年です。中学時代はバスケ部で貴司さんの1年後輩だったんです。今は旭川の高校に通ってますが」
と千里が言うと
「ああ、バスケの関係ですか」
とお父さんは納得している感じだった。
「僕が旭川に出た時も、よく村山の家に泊めてもらってるんだよ」
と貴司が言うと
「ああ、それはいつもお世話になってます」
とお父さんは言う。
お母さんはもう笑いをこらえきれない感じであった。
夕食後も貴司の家のそばの道路で、ふたりでドリブルとパスの練習を2時間くらいやった。
「ボールが見えないよぉ」
「気配で感じて受け止めろ」
「雪でドリブルのボールが変な方向に行く」
「それでも何とか続けろ」
「雪上バスケットには強くなりそう」
「ああ。それ昔よくやったよ」
「へー」
朝5時。
「おい千里起きろ」
と言われて千里は目を覚ます。
「おはよー」
「朝練行くぞ。留萌に居る間だけでも、一緒に朝練しよう」
「うん」
貴司がウィンドブレーカーを貸してくれたので、それを着てふたりで一緒に早朝の留萌の道に走り出す。
道路はたくさん雪が積もっているし、少し小雪もちらついていたが、ふたりは一緒に雪に覆われた道路の上を走った。走っている内に身体も温まってくる。
「一緒に走ってて、千里、遅れなくなってる」
「私、夏の間、自転車通学で毎日往復12km走ってたから。11月からはJRにしたけど、叔母ちゃんにわざと駅の1km手前で降ろしてもらって駅まで走ってる」
「その効果かな」
「本当は向こうでも朝練したいんだけど、体力の限界越えるからやめろって言われたのよね。それで代わりにそういうのしてるんだよ」
「まあ千里は勉強もしてるからなあ。僕は勉強しないから」
「貴司も少しは勉強した方がいいよ」
「うん。赤点取らない程度にはやる」
貴司の家に泊まったのは年内はこの日だけであるが、夕食は毎日ごちそうになり(お母さんに少しお金を渡そうとしたが、そもそも夕飯を作るのを手伝ってくれるので相殺と言われた)、夕食後少し休憩した後で2時間くらい練習して、その後お母さんに車で送ってもらって帰宅する。しかしまた早朝は母に車で送ってもらって貴司の家まで行き、一緒に朝練をした。千里の母と貴司の母が何やら話しているのを見て何だろうと千里は思った。
30日の朝に貴司から言われる。
「うちの母ちゃんが、千里、31日から三ヶ日くらいまで、神社の手伝いしてくれないかって?」
「いいよ」
「まあその間は学校も閉鎖されてるしな」
と貴司も言う。
それで朝練の後、そのまま貴司の家に言って、お母さんと簡単に打ち合わせた。
「千里ちゃん、ロングヘアのウィッグは持って来てる?」
「持って来てます。煤竹の龍笛も持って来てますよ」
「おお、それは助かる」
その後で、自宅に戻ると母から
「お前、ずっとバスケの練習で1日出てるけど、お正月はうちにいるんだっけ?」
と母から訊かれる。
「ごめーん。大晦日と三が日は神社でバイト」
と答える。
「お前、ほんとに忙しいね」
「いつも何かしてないと落ち着かないんだよねー」
「千里、お前、三が日の後は時間取れないの?」
と父が訊く。
「うん。ずっとバスケの練習」
「なんだ。三池さんが、息子さん漁師になるんなら、冬休み中一度乗せてみる?とか言ってたからさ」
「ボクの腕力じゃ戦力にならないよ。じゃね」
と言ってS高へと練習に出かけた。
31日に神社に行こうとしていたら、留萌駅前でバッタリと留実子の姉・敏美と出会った。
「こんにちは〜」と千里。
「あけましておめでとう」と敏美。
「お正月は明日ですよ!」
「私は何でも素早くやるのが身上(しんじょう)なのよ」
「そうだ。素早くやっちゃったと言えば、性別変更完了、おめでとうございます」
「ありがとう」
「どんな感じですか?」
「ふふふ。とってもいいわよ」
「へー」
「そうだ。私の保険証見せてあげる」
と言って、健康保険証をバッグから取り出して千里に見せる。花和敏美・性別女という文字が印刷されている。
「わぁ、いいなあ。私、性別女の診察券は何枚も持ってるけど、保険証は未だに男だから」
「あ、でも留実子から聞いたけど、あんたも性転換しちゃったんだって?」
「うーん。なんか世間的にはそういうことになってるみたいです。でもどっちみち戸籍は20歳まで直せません」
「まあ仕方無いね」
「でも変更できるというのだけでも良いことだから」
「うんうん。カルーセル麻紀さんとかの世代は戸籍を変更できないことで本当に苦労してるもん」
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女の子たちの性別変更(10)